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第262回 登別映像機材博物館 館主 山本 敏さん



5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.38 登別映像機材博物館 館主 山本 敏さん

入場無料。読書家の山本さんの私物や寄贈本が壁を埋め尽くし、映像史料図書館にもなっている。


[本日のフルコース]
映像作家が心のレンズに刻む
「外国旅ノンフィクション」フルコース

[2016.2.29]



書店ナビ 2015年9月26日、JR登別駅前の通りに「登別映像機材博物館」がオープンしました。館主の山本敏(やまもと・びん)さんは札幌出身の映像作家で、近年はJR北海道の12路線をめぐり、71 の“辺境・秘境駅”を撮影した作品『無人駅叙景』を発表し、目の肥えた鉄道ファンからも高く評価されています。
今回のフルコースも駅に通じる「旅」がキーワードですね。

『無人駅叙景』より。フォトライターの矢野直美さんも「まるごとの旅心ストライクです」と賛辞を寄せる。DVD1400円・Blu-rayとDVDの2枚組2600円(77分/販売コア・アソシエイツ)は道内主要書店やAmazonで好評発売中!


山本 撮影でいろんな土地に行きましたし、旅の本もずいぶん読みこんできました。フルコースをつくってほしいと頼まれて、すぐに頭に浮かんだ5冊です。


[本日のフルコース]
映像作家が心のレンズに刻む
「外国旅ノンフィクション」フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

蝿の帝国 軍医たちの黙示録

チェ・ゲバラの遥かな旅
戸井十月  集英社

アルゼンチンに生まれキューバで革命を成し、ボリビアで戦死したゲバラを追う旅。1959年、ゲバラが日本に来て、広島の原爆資料館を訪ねたことを知る日本人は少ない。そのゲバラを書いた戸井さんも65才を前に鬼籍に入った。まだバイクにまたがり世界の大陸を走っているのだろうか。前菜としてはいささか壮烈だが、筆致はそう重くないのがいい。

山本 いま、ゲバラを知らないひとが多いでしょう。若いひとはゲバラのTシャツを着たりして、ファッションアイコンとしてのほうが有名なのかな。
この本なら読みやすいですし、カストロ議長とも会ったことがあるルポライター戸井さんの目を通してゲバラの生き様を追体験できます。
(館内の書棚を見回して)ゲバラの妻アレイダ・マルチさんが書いた『わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶』も、この棚のどこかにあるんじゃないかな。
書店ナビ 館内にある貴重な映像機材もそうですが、山本さんの私物や寄贈本も含めたこの大量の本を見て二度ビックリです。映像関係以外の本も多く、書店の文芸・ノンフィクションコーナーをそのまま持ってきたみたい。
山本 友人知人たちは「これ、借りてもいい?」なんて言いながら気になった本を抜いていく。図書館みたいな役割も果たしています。

山本さんが使用・蒐集してきた貴重なアナログ映像機材(撮影・再生・編集・音声機材)を展示。約500タイトルのLD・DVDもある。




スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

アジアロード

アジアロード 
小林紀晴  講談社

小林さんはアジア旅ものを何冊も出している。そのどれもいいのだが手近な棚に在ったのがこの1冊。彼は主に人を撮る。グループかワンシュットのアップ系が多い。推し量ったタイミングが実にいい表情を捉えている。その表情は言葉になり、小林さんの文章も真面目だ。  




山本 アジアの旅本は大抵、「こんな危ない目にあったけどそこをこうやって切り抜けました」的な自慢話が多いでしょう?
書店ナビ わかるような気がします(笑)。危なければ危ないほど書くネタになる。
山本 まあ、実際に日本では考えられないようなアジア独自の風土があり、小林さんもちょっとあやしい世界に足を踏み入れていくんだけれども、ギリギリの一線を越えないまじめさが彼にはある。そこがいい。写真も雄弁です。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

空白の五マイル

空白の五マイル
角幡唯介  集英社

同じ早稲田の探検部出身の作家、高野秀行氏が窮地に陥ったとき現れて助けてくれるのは人間だが、角幡さんを助けてくれるのはいつもほんまもんの自然だけだ。チベット、ツアンポー峡谷に広がる謎の空白、五マイル。よくぞ助かって帰って来てくれた、と安堵する。だからこそこうして書いて出版され、私らが読めるシアワセ。角幡さんは北海道芦別市出身。




書店ナビ チベットのツアンポー峡谷とは「数々の冒険家たちのチャレンジを跳ね返し続けてきた伝説の谷」。本書は、その全人未踏の谷に角幡(かくはた)さんがしかも単独で挑戦した記録です。
第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞という骨太なトリプル受賞からも本書が与えたインパクトの大きさが伝わってきます。
山本 角幡さんの先輩にあたる高野さんも反政府ゲリラがいる土地に行ったりする辺境作家ですが、この人は結構ちゃらんぽらんなんです(笑)。でもそこが強みになっているのか、苦境に立っても現地で出会った人の力でどうにか生きのびている。
一方、角幡さんは生死をかけた命の冒険。次の一歩で死ぬかもしれないという息を飲むような場面に引き込まれます。この二人が対談した『地図のない場所で眠りたい』も読んでみたいな。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ディングルの入江

ディングルの入江
藤原新也  集英社 

虚実の迷宮に彩られた魔界というべきか。新也さんの本はいつだってそうだ。ミステリーならそんな偶然など、といぶかるが、なにしろ迷宮の名手、旅の展開も出会いも自然で無理がない。その余韻さえずっしりと重いが、決して悪くない。上質なワインに酔いしれる感じだ。続編もあり。


書店ナビ 作家・写真家の藤原新也さんは1972年発表のデビュー作『印度放浪』で多くの若者に衝撃を与えました。松岡正剛さんは友人でもある氏を「どこにも属さない写真と文章のスタイルで日本に殴りかかってきた」(「松岡正剛の千夜千冊」より抜粋)と評しています。
本書はその藤原氏の小説第一作です。
山本 アイルランドの西端にある小さな入り江を舞台に、現実と異世界を行き来するうちに老獪な恋愛物語が進んでいく…非常に新也さんらしい作風。
本当は5冊ともノンフィクションで揃えるつもりでしたが、この本はどうしてもいれたかった。読んでください。

『無人駅叙景』の撮影旅行は寝袋持参。「行き当たりばったりの旅」を楽しんだ。




デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

インパラの朝

インパラの朝
中村安希  集英社

亡くなった編集者安原顯さんは気に入った本なら3冊手に入れるという。1冊は読書用に、1冊は蔵書用に、そして1冊は気に入ったひとへのプレゼント用だという。この本が3冊私の書棚に在ったのは、悲しいかなプレゼントすべき相手がいなかったということだ。ともかく若いひとへ薦めたい1冊。表紙カバーの前書きには<三日分の着替えと洗面用具、パブロンとバファリンと正露丸を入れた。それからタンポンとチョコラBB。口紅とアイシャドウと交通安全のお守りを用意した>。こんな前書きを読まされたら面白いに決まっている。ユーラシア・アフリカ大陸684日の旅。こんなにも清新な女性旅を私は他に知らない。


書店ナビ 《デザート本》といいつつ解説文が一番アツいです。
山本 そうなんです、実はこの本を一番薦めたかった。表紙の写真に一目惚れしました。解説に書いたとおり、とても清々しい。男性にも女性にもおすすめ。古本屋で見つけるたびに買って、ひとに贈っています。

書棚でも2冊発見!その上の棚には山本さんが大ファンという釧路出身の作家、桜木紫乃作品が並んでいた。



ごちそうさまトーク 3月28日(月)にリニューアルオープン


書店ナビ 山本さんご自身はどんな旅がお好きですか。
山本 私のフィールドは、やはり北海道。ありとあらゆるところを廻りました。いまは『無人駅叙景』の次回作を撮影中。今年中に仕上げたいです。
書店ナビ 登別映像機材博物館の今後の動きを教えてください。
山本 冬季休館ももうすぐ終わり、3月下旬からリニューアルオープンを迎えます。機材の説明パネルをつけ、より興味を持っていただけるように工夫しました。
多目的ステージもあるので上映会などもいろいろ企画していきたいです。
書店ナビ 新たな展開が広がりそうですね。リゾートや観光地では味わえない峻厳な外国旅に連れて行ってくれるフルコース、ごちそうさまでした!

●登別映像機材博物館 最新情報を発信中! 

http://binmuseum.web.fc2.com/







2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんや編集者の方にお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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