2025年3月16日、札幌市図書・情報館で「想像すること まだ見ぬ、誰も知らない世界へ」と題したウノサワケイスケさんのトークイベントが開催された。
[2025.4.18]
書店ナビ:今回は北海道外からのゲストによる3冊バージョンの「本のフルコース」をお届けします。はじめに選者であるクリエイティブディレクター・デザイナーのウノサワケイスケさんのキャリアをご紹介します。
ウノサワさんのデザイナーとしての歩みは1982年から始まりました。JRの「エキゾチックジャパン」「フルムーン」やApple社の日本デビューキャンペーン広告で知られるアートディレクター鈴木八朗氏に師事し、1985年から駒形克己デザイン事務所に在籍。
駒形氏とともにニューヨーク近代美術館MoMAを訪れた際にのちに30年間携わることになるホリデーカードの存在を知ったといいます。
その後1987年に独立。フリーの初仕事はアメリカで誕生した音楽と名優たちの朗読を楽しむアニメシリーズ「ラビットイヤーズ」日本版のディレクション・デザインでした。
以降サザンオールスターズや井上陽水などアーティストの映像ディレクションや、ヴァージン・アトランティック航空、PLAZA社といった世界のトップ企業のブランディングなど数々の目覚ましい実績を残してきました。
MoMAのホリデーカードは日本時間の深夜にNYに電話をかけて自ら売り込んだ。「”来週来れる?”と聞かれたのでそれは行きますよね(笑)」。そこから毎年コンペに参加し1995年に第1作が発表されてから2025年で30年を数える世界で唯一のアーティスト。
書店ナビ:近年のウノサワさんは地方創生にも目を向け、2020年4月に徳島県那賀町木頭(きとう)地区に誕生した「この地で生まれ育った子供たちが多様な人生や感性に触れ合い未来への刺激を受けられる場」である「未来コンビニ」プロジェクトに参画。
2022年6月には初の絵本『ちいさな ハチドリの ちいさな いってき』を発表しました。
“世界一美しいコンビニ”をコンセプトとする「未来コンビニ」は世界のデザイン賞を多数受賞している。
書店ナビ:3月16日に行われた札幌市図書・情報館でのトークは、上記のようなウノサワさんの厚みのあるキャリア紹介に「ドキュメンタリー番組を見た気持ちになりました」と述べた参加者もいたように、まだまだ詳しく知りたいお話が満載でした。
はじめに2024年3月に亡くなられたかつての上司、造本作家・デザイナーの駒形克己さんとのエピソードを聞いてもいいでしょうか。
ウノサワ:僕が駒形さんの事務所に入ってすぐのことです。夜9時に出張先の駒形さんから電話がかかってきて「明日から来なくていい」と言われました。聞けば僕が版下を仕上げた幾つもの星を散りばめたデザインのポスター、その星の位置が全部1ミリずつズレていたんです。
もちろんそれはやり直しましたが、続けてまたすぐに「頭揃えで」と言われた版下をなぜか「後ろ揃え」で作ってしまうミスをして、さすがに自分でもマズいと思いました。
その後、駒形さんに「誰でもいいから相手を想定して名刺を100通り作ってみて」と言われてそれをやっていくうちに、自分がどうしてそんなミスを連発したのか原因がわかったんです。
要は版下やデータを完成させることばかりに集中しても、肝心の中身を理解していないからミスが起きる。
それよりも名刺を作る相手のパーソナリティーや肩書きを考えて書体やレイアウトを選んでいれば、「頭揃え」が「後ろ揃え」になるなんてことは起こりえない。 そこに気づいたあとは、目立ったミスはほぼなかったと思います。
書店ナビ:自分が何をするか理解したうえで手を動かす、という学びですね。
ウノサワ:駒形さんはどんな仕事でも最初の打ち合わせが終わったら相手が話したことや自分の頭の中に浮かんだことをバーっとA4の紙に何枚も書き出すんです。
それを持って次のプレゼンにのぞむので、単にCDジャケットのデザインを作るとかではなく自然とプロモーション全体の話になっていく。そういう仕事の組み立て方をどんな小さな仕事でもやっていた人でした。
彼に仕事をやってもらえる人は幸せだなと、そばで見ながらいつも思っていました。
書店ナビ:ウノサワさんのキャリアを見ると、ブランディングや地方創生、絵本などお仕事が多岐に渡っています。
ウノサワ:僕はあまりデザイナーという職業にはこだわってなくて。これまでにも「これ、僕ができるのかな」と思うような依頼を投げられることは多々あったんです。 でも僕の中にその可能性がないと相手はそれを投げてこないだろうから、来た仕事はほぼ断らずにやりました。
その結果「ああ、できるんだ」と気づかせていただけるのがすごく面白いですよね。
「自分はデザイナーだから」と職業にこだわるあまり、自分の可能性を閉じてしまうのはもったいないなと思います。
株式会社メディアドゥの企業ロゴをデザインした縁で藤田恭嗣社長の出身県・徳島に関わり始めた。プロバスケットボールクラブ「徳島ガンバロウズ」のクリエイティブディレクターも務めている。
書店ナビ:トークの時に「社会課題に関して共感を得られるようなデザインとは?」と聞かれたウノサワさんの回答が、「よくデザインは問題解決だと言われていますが、僕は元々ある長所を伸ばすことも忘れてはならないと思います。
長所を思いきり伸ばすことで気づきが生まれ、問題が解決できるという例を
これまでたくさん見て来ました」でした。
ベクトルがつねに前向きで、チャレンジを楽しんでこられたんですね。
北海道立文学館館長も務めたことがある作家池澤夏樹さんの新装版『南の島のティオ』全3巻の挿画もいま描かれているとか(2025年6月・8月・10月に岩崎書店から発売予定)。
ウノサワ:僕が『ハチドリ』を出してから2人を知っている人間が繋いでくれました。池澤さんの本は何冊か読んでいましたが、『南の島のティオ』は児童書でありファンタジーの要素もあって他の本とはちょっと違いますよね。
池澤さんとはあえて直接お会いしていないです。イチョウの枝を筆がわりにして素描っぽく描いたタッチが気に入ってくださったようで、いま1巻目を描き終わりました。ものを書く方とご一緒できるのはすごく楽しいです。
書店ナビ:刊行を楽しみにしています。それではここからウノサワさんにお持ちいただいた「最高の装幀本」フルコースにまいりましょう!
胸ポケットに入っているのは《デザート本》。大小振り幅のある3タイトルをご紹介いただいた。
ウノサワ:大竹さん、好きなんです。このちっちゃいサイズもすごくいいですよね。
裏表ジャバラ式!「大竹さんのトークイベントに行ったことがあります。あの飄々としたところも好きです」
書店ナビ:普段の読書はどのような本を?
ウノサワ:基本なんでも読みますが、特に強い女性が綴った言葉に惹かれます。往年の名女優マレーネ・ディートリッヒがAからZまでのアルファベットごとに文章を書いた『ディートリッヒのABC』(フィルムアート社)が大好きで、以前ドイツの版元に「挿画を描かせてほしい」と言ったことがあります。
それの返事はありませんでしたが「そんなに好きなら」とサイン入りの原本をいただきました。もし、うちが火事になったら何を置いてもその本を持ち出します。
それと飛行家リンドバーグの奥さん、アン・モロウ・リンドバーグの『海からの贈物』(新潮文庫)もすごくいい。何回も読んでいます。
後日ウノサワさんが送ってくれた実物画像。典雅なサインの下にナンバーも。
書店ナビ:図録がタブロイドという発想もすごいですしボリュームもたっぷり!まさにデカ盛りの迫力です。
「勘弁してよ、と思うと同時に最高です」。海外のアーティストではホックニーが好きだというウノサワさん。
ウノサワ:展覧会が始まってすぐに売り切れたので再販されて即買いに行きました。内容も整理されていますし、いろんなサイズの大竹作品が過不足なく収録されている。デザイナーの方もよく作ったなと思います。
大竹伸朗といえばスクラップブック。ギターのネックが飛び出すなどどこまでも自由。「大竹さんとみうらじゅんさんのスクラップは完璧です」
書店ナビ:ウノサワさんも何かスクラップされてますか?
ウノサワ:ええ、押し花や落ち葉、小枝とかの植物系スクラップも始めました。
ウノサワ:《デザート》は2冊ご用意しました。大竹さんの濃さを最後まで味わいたい方はこちらを。
豆本サイズに本紙を切って冊子の真ん中をホチキスで止めただけという直球の装幀本。
ウノサワ:普通はこういう作りだと小口のところが多少不揃いになるのでカットして揃えるんですがこの本はあえてそのまま。すごくかっこいい装幀です。この本の作りもそうですが、大竹さんはいつも”開いている”感じがします。
そしてもう1冊、和のテイストでさっぱりしたいなという方にはこちらをご用意しました。
書店ナビ:「一隅を照らす」の意味を調べると「一人ひとりが自身の置かれている場所、立場において、他の人や社会を大切にしながら自分らしく輝くこと」とありました。
屏風型カードを開くと次々と思わぬ造形が現れる。表が白、裏が黒のコントラストも美しい。
ウノサワ:大竹さんと駒形さんはタイプはまるで違いますが、大竹さんは僕自身のマインドがちょっと内向きになりそうなときに”開いて”くれる存在です。
駒形さんはミニマルなところで色々なものを見せてくれるので、作品を見ると頭が“整理”されます。
書店ナビ:2025年のご予定を教えてください。
ウノサワ:MoMAのホリデーカードデザイン30周年を記念して新作を作っているのとMoMAサイトでウノサワデザイン特集を、MoMA Desing Storeでも特設コーナーを展開してくれるそうなので先方と詰めている最中です。アメリカで作品集も発表します。
書店ナビ:最後に「デザインの仕事で頑張りたい、でもなかなか大きな仕事に出会うチャンスがない」と思っている若い人たちにエールをお願いします。
ウノサワ:僕は徳島でやる気のある中小企業の人たちが頑張っているのを見ていますが、そういうビジネスや協業の輪にデザイナーもどんどん入っていけばいいと思う。
実際、僕もホリデーカードだけでなく「やりたい」と思った仕事は全部自分から動きました。みんなが行かないんだったら自分が行く。もしフラれたら次に行けばいい。
「やりたいです」ということを声に出したらきっと誰かが応えてくれる。コール・アンド・レスポンスを楽しんでほしいですね。
書店ナビ:トークでも「どんどんプロポーズすればいい」とおっしゃっていたのが印象的でした。「まだ見ぬ、誰も知らない世界」を誰よりも楽しんでいるウノサワケイスケさんのフルコース、ごちそうさまでした!
アーティスト/クリエイティブディレクター/デザイナー
クリエイティブディレクターとして経営戦略、コンセプトの立案からデザインコミュニケーション計画、ビジュアル戦略を一気通貫し構築する。グローバルな活動を活かし新たな視点で国内外の企業CI、ブランディングを数多く手がける。デザイン統括監督として携わる徳島県木頭地区の活動において、地域推進の活動が認められ世界のデザイン賞を多数受賞。絵本、児童書の著作をはじめ、ニューヨーク近代美術館MoMAのホリデーカードデザインを手掛ける。
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