宮沢賢治研究にも力を入れている励起先生。今回とっておきのお宝エピソードを披露してくれた。「4500冊」ってすごい!
[2019.9.30]
書店ナビ:2016年2月にソフトバンク出身の荒井優校長が着任して以来、企業とのコラボ授業や生徒の自主性を重んじるカリキュラムで高校教育のあり方に一石を投じ、全国から注目集める札幌新陽高校。
北海道書店ナビでは荒井校長のフルコースに始まり、2017年には同校1年1組とのコラボワークショップも行い、24人の生徒さんに「お互いに取材しあうおすすめ本フルコース」を作ってもらいました。
書店ナビ:そのときの1年1組の教科担任だったのが、国語教諭の高橋励起(たかはし・こうき)先生です。 実はその時からずっと「励起先生にもいつかフルコースを作っていただこう」と目を付けていました。
高橋:ありがとうございます(笑)。
書店ナビ:励起先生の趣味が登山であること、生徒たちと取り組んだ「宮沢賢治」研究のことは広く知られており、新陽高校オリジナルの教科書副読本『青の旅路 宮沢賢治と北海道』(東京書籍)の出版も話題を集めました。
取材は2019年8月末にリノベーションされたばかりの職員室で。副読本『青の旅路』編集に参加した大竹仁さんと新飯田姫那さんも同席してくれた。
高橋:僕の登山歴は亡くなったばあちゃんの骨を娘である母親が「富士山で散骨したい」と言い出して、それにつきそったところから始まりました。
その時は台風直撃で山頂までたどり着けなくて、それがものすごく消化不良で。北海道に帰ってきてからひとりで旭岳に登り、「これだ!」という手応えを感じました。
以来、近くの山に手当たり次第に登り始めて、北アルプスや冬の羊蹄山にも。ヒマラヤには2011年と2013年の2度登りました。
教え子の励起先生評は「童心を忘れない先生。先生と生徒って上と下のイメージがあったけれど、励起先生は私たちと対等に話してくれる。それはきっと先生の心の中にも”高校生”がいるからだと思います」。
書店ナビ:励起先生のヒマラヤ登山の写真は、新陽高校入学案内のポスターや表紙に使われたこともありましたね。
《前菜本》に星野道夫さん(1952~1996)の本を選んだ理由は?
高橋:山旅に限らず、旅に出るときはいつも道夫さんの本を携えていくのが自分の中のルールになっています。
この『旅をする木』も、もう何十回も読んでいるんですがページを開くたびにいつも、本の舞台となっているアラスカとその時に身を置いている自分の旅が重なっているように感じるんです。
一番好きな「ワスレグサ」は道夫さんが旅に出ている間に生まれたわが子をを思う心情が描かれていて…(ページをめくりながら)ここ、ここがいいんです。
…人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。
そんなことを、いつの日か、自分の子どもに伝えてゆけるだろうか。
高橋:(両脇に座る生徒さんたちに)この気持ちはねえ、自分が父ちゃんになったらわかるのよ。
人間が生きている時間とは別に「もうひとつの時間」――それは野性動物たちの時間かもしれないし、草木の時間かもしれない――それがあることを忘れない感覚がとても大切。
それと道夫さんは自然描写がとてもやさしくて、そこは宮沢賢治にも通じると思います。…うーん、これ《前菜》じゃなかったかな、メインぽいですね(笑)。
書店ナビ:植村直己さん(1941~1984)は兵庫県生まれの登山家・冒険家です。1970年8月26日アメリカ合衆国のマッキンリー山の単独登頂に成功し、世界初の五大陸最高峰――モンブラン(ヨーロッパ)、キリマンジャロ(アフリカ)、アコンカグア(南米)、エベレスト(アジア)、マッキンリー(北米)――登頂に成功しました。29歳のときでした。
その後冒険の地を北極・南極に変えてからも世界的な評価を得て、1984年マッキンリー山の冬季単独登頂に成功後、消息を絶ちました。同年に国民栄誉賞を贈られています。
このあとも続くご自慢のサイン本シリーズ。古本屋で見つけては買っている。
高橋:植村さんと北海道の帯広は実はゆかりがあって、帯広動物園の中には植村直己記念館があります。植村さんの夢だった野外学校を実現しようと有志の方々が「植村直己・帯広野外学校」も開いています。
植村直己さんを一言で表すと、”冒険心の固まり”みたいな人。「冒険って特別な人にしかできないこと」だと思いがちですが、植村さんを見ているとそうじゃないんです。
大学時代は運動神経が鈍くて「ドングリ」なんていうあだ名を付けられるくらいだったのに、型破りの行動力で冒険の世界に突き進んで行く。そこにすごく共感します。
だからといって本人がストイックかというと全然そうじゃなくて、この本にも、できないスキーをプロ級だとウソをついて売り込んだことや初体験の話とか「そこまで書いちゃうの?」と言いたくなる俗っぽいことがたくさん書いてある。すごく人間らしいんです。
だけどやっぱり誰よりも努力をして登頂や遠征が成功するように細心の注意を払っている。不思議な人、魅力的な人です、植村さんは。
書店ナビ:教科書副読本『青の旅路 宮沢賢治と北海道』を生徒たちと一緒に作った励起先生は、宮澤賢治(1896~1933)が1927年3月28日に書いた心象スケッチ「一○一九 札幌市」に着目し、新たな解釈をまとめた論文を執筆。日本近代文学会北海道支部の会報第22号に掲載されました。
高橋:高校生になったときに父親から渡された人生で初めての詩集が、この本でした。最初に読んだときは正直「よくわからない」だったんですが、何かの作品を読んだときに自然描写がすごくリアルで、みんなが知っている自然の景色をこうして言葉にできるこの人はすごい!と感動したんです。それからどこに行くにも持ち歩いて、現在に至ります。
副読本を作ってからいろんなご縁ができて、2109年5月に帯広で講演会をしたときのことです。
会場である方に声をかけられまして「自分の親戚の祖父が宮沢賢治の親友で、親戚である孫は今も岩手に住んでいる。いま祖父の遺品を整理しているらしいので、よかったら受け継いでくれないか」と。
それで岩手に行ってわかったのは、その「賢治の親友」という方は「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュのモデルとされる藤原嘉藤治(ふじわら・かとうじ)さんだったんです。
嘉藤治さんは賢治亡き後、全集出版に力を尽くした方で、その嘉藤治さんの蔵書や資料本が4500冊以上あるから持って行っていいと言っていただきました。
…ええ、一度に全部は持ってこれませんでした(笑)。その一部がこちらです。
音楽教師だった藤原が演奏会前に、使い込んだ自分のチェロと賢治所有の立派なチェロを交換しそのまま保管していたため、賢治の実家が空襲に遭ったときも藤原の手元にあった賢治のチェロは焼けずに残り、現在岩手県の宮沢賢治記念館に展示されている。
『宮澤賢治全集』1巻の奥付。編纂・装幀に名を連ねる文人たちの顔ぶれがすごい。
詩集『春と修羅』第二集より。「嘉藤治さんの書き込みがあちこちにあって、このページの書き込みは単なる憶測ですが嘉藤治さんなりの解釈なのかもしれませんね」
書店ナビ:どれも研究者にとって貴重な”お宝”ですね。それが励起先生の手元にきたことに運命のようなものを感じます。
高橋:僕なんかがいただいていいのか、という気持ちですが、いろんなことがつながってここまできたことに、ただ感謝の一言です。
まずは4500冊を札幌に、しかもどこに?持ってくるのかを考えないとなあ。
高橋:続けてこちらも、僕にとっての”お宝”(写真左)なんです。
1941年に出版された『單獨行』初版本!「初版じゃないんですけどもう1冊持っていて、古本屋で見つけたら買うんです。僕の奥さんにはきっと『こんなボロボロの本をなぜ…』と思われているかも(笑)」
書店ナビ:著者が活動した昭和初期は複数でパーティーを作って登るのが常識だった山岳界に、単身で、しかも立派な装備もなく地下足袋(!)で数々の登攀記録を残した加藤文次郎(1905~1936)。
厳寒の槍ヶ岳北鎌尾に果てた30年の生涯をもとに、新田次郎が小説『孤高の人』を書きました。
高橋:山は、結局のところ、どんなパーティーでも山と向き合っているのは自分ひとり。その究極の形を突き詰めていった人です。
文太郎さんのすごいところは、超人的なトレーニングをこなすかたわら、当時自分が使える装備の中で最大限に知恵を絞っているところ。
非常食に庶民的な甘納豆を持参するとか、おにぎりを包む油紙を体に巻いて雨風をしのぐとか持てるアイテムを駆使し、理想の登山像を追い求めている。現代登山が忘れてしまった初期衝動に満ちています。
けれども「山を制覇してやる!」といったヨーロッパスタイルではなくて、あくまでも山に入る喜びを得るために登っていた。そんな気がします。
コミックもあるので、そっちを先に読んでもいいかもしれませんね。
高橋:この本はハセツネさんが亡くなったあとにご本人の遺稿を奥さんの昌美さんが編集したもの。僕はハセツネさんの自然観が大好きで、本書から一部引用しますね。
人間は本来、自然のなかで生きていかなければいけないんだよっていうことを知るために、もしかしたらぼくは山に登ったのかもしれません。
高橋:…これにつきると思います。
彼は山登りを教育の中に取り込んだ先進性もあって、1982年8月には八ヶ岳でジュニア・アルピニスト・スクールを開いています。小学生にいきなりゴリゴリのロープワークをさせたりして、今じゃ絶対実現不可能(笑)。
東京都山岳連盟の呼びかけで、現在「ハセツネカップ」という24時間耐久レースも行われています。
本書のあとがきは奥さんが書いていて、その文章がまた心に残る。山に生と死があるように日常の中にも生と死がある。好きな人を喪った悲しみを「生きぬくことは冒険だよ」というハセツネさんの言葉に落としこんでいく奥さんの思いに泣けてきます。
ちょっと重たい《デザート》でしたね。アルコール入りのチョコケーキみたいな(笑)。
なんとも愛嬌のあるくずし字の直筆サイン。「川」が象形文字のよう。「きっと面白い人だったんだろうなと思います」
書店ナビ:5冊を振り返ってみて、いかがですか?
高橋:5人の共通点を考えると、オリジナリティーがあるということと、自然との向き合い方を知っているところ。
皆さん30代40代で亡くなりましたが、生きているということをあらゆる言葉や行動で伝えようとしてくれた人たち。そんな極端に際立った人たちの存在が、自分を構成する要素になっているのかなと感じます。
僕の中ではこの5冊はオーソドックスで、もっとマニアックな選書にしようかなと迷いましたが、結局は”王道”に落ちついた。山に行くときに携えたい別格の5冊です。
ラストのサイン本は、夫婦クライマーで知られる山野井泰史さんと妙子さん。
書店ナビ:サイン本を探す古本屋通いは、前述の藤原嘉藤治蔵書4500冊があるためしばらくお休みするという励起先生。宮沢賢治研究、引き続き楽しみにしています。
極限と自然に生きた挑戦者たちの世界に登攀するフルコース、ごちそうさまでした!
帯広出身。小さい頃から家族でパラグアイやカナダ、オーストラリアなど海外移住の経験多数。酪農学園大学大学院で博士号(農学)を取得後、札幌新陽高校に国語教諭として勤務。得意の登山やアウトドアを授業に活かすかたわら宮沢賢治研究も継続中。二児の父。
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