5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.102 詩とパンと珈琲 モンクール 高橋 宏文さん
2017年春、北海道立文学館創立50周年記念イベントで本やしおり型のパンとお菓子を販売したモンクールの高橋さん。「おかげさまで完売になりました」
[本日のフルコース][2017.8.28]
書店ナビ | フランス語の「モンクール(Mon Coeur)」とは、英語の「My Heart」の意味。愛しいひとへの呼びかけや、「心をこめて」という意味でも使われています。 札幌市の中央区にあるパン屋さん「モンクール」は、2009年12月に開店以来、《詩とパンと珈琲》を提供し続けてファンを増やしてきた人気店。 |
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イートイン・スペースでは、ネルドリップのコーヒーでほっとひといき。気になるパンについてはフルコースの後にご紹介しています!
書店ナビ | オーナーの高橋宏文さんは得意のパンを、パートナーである詩人の城理美子さんは詩と珈琲を担当し、2014年に城さんが病でお亡くなりになったあとも、城さんの想いを継いだ高橋さんと仲間が定例の詩の朗読会を継続。 店の書棚には城さんが愛読した詩集や本が並び、モンクールを訪れる人々を見守っています。 |
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高橋 | 彼女が詩を書き始めたのは中学時代からで、将来は詩集を読んだり、朗読会ができる喫茶店をやりたいという夢を持っていたんですね。それなら、僕は大好きなハード系のパンを焼こうと。 店を北海道立近代美術館の近くに決めたのも、文化好きなひとたちが集まる空間になればいいなという思いがあったから。 城さんが亡くなったとき、生前企画していた朗読会を予定どおりに開いたら、大勢の方が集まってくださって、札幌のチェロ奏者、土田英順さんも来てくださったんです。 あのときの土田さんの演奏に背中を押していただいたような気がしています。 というわけで、今回僕がつくったのは彼女に教えてもらった詩人や僕もずっと好きな詩人たちによるモンクール流「詩集フルコース」です。 |
中原中也、ランボーを愛した城さんの詩集「夜の森」。
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
クレーの天使
パウル・クレー/谷川俊太郎 講談社
パウル・クレーが描いた天使の絵45点に、詩人の谷川俊太郎が18篇の詩を添えた詩画集です。
高橋 | 城さんが買ってきた本です。谷川さん、クレー、それに天使も大好きだったから。僕もクレーの色使いが好きだったんですが、ここで描かれている天使はすごいですよね。シンプルな線でここまで表現できるなんて。 |
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書店ナビ | ルネッサンス絵画に出てくるような、くるくるっと巻いた豊かなブロンドやバラ色の頬とかのゴージャスな天使像ではなくて、ささっと子どもが描いたような線だけれども「これが天使だよ」と言われたら確かに納得できる無垢な感じがします。 |
高橋 | その絵と響き合う谷川さんの詩を読むと、ページをめくるたびにキュンキュンきます。ちょっと”かなしカワイイ”と言うのかな、センチになっちゃいますね。 (本を持ち上げた瞬間に本のカバーがぱらっとめくれて)…あれっ、本体の表紙にもクレーの絵が使われてる!いま、はじめて知りました(笑)。徹底してますね。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
風の詩集
三木卓・川口晴美編集 筑摩書房
中原中也から松本隆まで、「風」をテーマに集めた詩集です。
書店ナビ | 掲載されている詩人たちの顔ぶれを見ると、中原中也、宮沢賢治、与謝野晶子、サトウハチロー、竹久夢二、三好達治…明治から現代までの詩人たちがズラリ。 しかも構成が「春の風」「夏の風」…と四季ごとにまとめられていたりして、こんなにも風の詩があることに驚かされます。 高橋さんが特に気に入っている詩はどなたのですか? |
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高橋 | やっぱり、「はっぴいえんど」時代の松本隆が書いた「風を集めて」かなあ。 文字で読むと新しい発見があって、例えば「あおぞらを」という歌詞が”青空”じゃなくて”蒼空”だったことがわかると、思い描く風景が変わってくる。詩の文面から細野晴臣の声が聴こえてきます。 このあと紹介する詩人、尾形亀之助も執筆陣の中にいます。 |
「風と詩人は相性がいいんでしょうね。カッコイイ詩が多いです」
パン料理 安定の口休め、たまにつまみたい大好きな味
美しい街
詩/尾形亀之助 画/松本竣介 夏葉社
1900年に宮城県で生まれ、1942年に亡くなった戦前の詩人、尾形亀之助の詩に、1912年東京都生まれで36歳の若さで夭逝した洋画家、松本竣介の素描が添えられています。
書店ナビ | 他の選者さんですと《魚料理》にあたるところを、さすがパン屋のモンクールさん、フルコースに《パン》を入れてくださいました。 こういうアレンジ、大歓迎です! |
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高橋 | フルコースのお話をいただいたときに真っ先に「紹介したい!」と思ったのがこの本なんです。で、うちはパン屋なので主役の《パン》にすえました。 城さんが亡くなってから身の回りのものを整理していたら、詩の朗読会にこの本をリストアップしていたことがわかりまして。読んでみたら、彼女が選んだ理由がわかるような気がしたんです。 どの詩もことばは非常に短いんですが、すとんと心に入ってくる。 なかでも「彼は待つてゐる」「私は待つ時間の中に這入つてゐる」「一日」の”待つシリーズ”は秀逸。相手のことを考えているやさしさが伝わります。 |
書店ナビ | 「彼は待つてゐる」の一部を引用しますと、 新しい時計が二時半 彼の時計も二時半 彼と私は そのうちに逢ふのです これは…モテますね、尾形亀之助。 |
高橋 | こんなこと書かれたらグラッときますよね(笑)。 詩もいいんですが、松本竣介の素描もとてもいい。巻末にエッセイストの能町みね子さんが寄稿していて、能町さんがすすめるなら間違いがない!という安心感もありました。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
立原道造詩集 僕はひとりで 夜がひろがる
画・魚喃キリコ パルコ
これも城さんが朗読会用に選定していた1冊。城さんがホントに好きそうな、ことばの世界にすっぽりと入っていく感じがして、魚喃(なななん)キリコさんの挿絵も世界観にぴったりとハマっています。
書店ナビ | 立原道造(たちはら・みちぞう)は、1914年東京生まれ。詩以外にもパステル画やスケッチ、建築設計図なども残しており、24歳のときに結核のため世を去りました。 魚喃キリコさんは熱狂的な立原道造ファンらしく、本書では生前未発表作品を含む56篇の詩に対して、36点の描き下ろしイメージ画をつけています。 |
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野の花や小鳥、風雅をやさしいことばで綴る「風のような詩人」を、この本で知ったという読者は多い。
高橋 | 実は僕、この立原道造詩集を読んではじめて、もっと詩を読みたいと思えるようになったんです。 城さんの詩作や朗読会はもちろんそばで見ていましたが、自分が自覚的に詩を読もうと思えたのはこの本がきっかけ。 詩は大人になってからでも出会えるものなんだと思います。 |
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珈琲とガトーショコラ スイーツでコースの余韻を楽しんで
現代詩文庫94 伊藤比呂美詩集
伊藤比呂美 思潮社
1955年東京都出身の伊藤比呂美、大好きなんです。これは初期の作品を集めたもの。詩のほかに子育てエッセイ『良いおっぱい悪いおっぱい』も有名ですね。
高橋 | 最後のお皿も当店らしく、《珈琲とガトーショコラ》にアレンジさせてもらいました。伊藤作品のガツンとくるインパクトがそれっぽいかなと。 |
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「初期の伊藤作品はまったく詩っぽくないんですよね。見てください、なんか小説みたいでしょ」
高橋 | 伊藤ワールドの特徴は、とにかくイヤラシイ(笑)。イヤラシクテ、カッコイイ。読者に”この人はいったいどこまで強いんだろう?”と思わせつつ、ふと弱さも見せて、でもその弱ささえも本当は強さであるような。 写真家のアラーキーに通じるところがあると思います。 |
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ごちそうさまトーク 素描と詩、モンクールのパンは似ている?
書店ナビ | フルコースを振り返ってみて、いかがですか? |
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高橋 | まず気がついたのは、自分が素描好きだということ。学生時代に自分も絵を描いていたので、5冊中3冊にその要素が入っていますね。 ことばをひとつずつ選んで組み立てていく詩と、1本1本の線を大切にする素描との相性の良さを再確認しました。 |
パンに使っている自家製酵母は開店以来ずっと使い足してきたもの。いつまでも食べていたいおいしさでパン好きをうならせている。雑誌の表紙を飾ったこともあるサババケットは、この日も完売。取材班が買って帰ったごぼうバケットも絶品でした!
高橋 | この店を出すときに考えたのが、ずっと探していた”お酒と合うパン”をつくりたいということ。ほら、自分が食べたいパンをつくれば、もし売れ残ってもヘコまずにおいしく食べられるじゃないですか(笑)。 もっと言うと、ワインやクラフトビール、リキュールにも合ううちのパンが、コーヒーやお酒を飲みながら詩を読む時間ともリンクできたら最高ですね。 |
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書店ナビ | 確かに「詩とパンと珈琲」と同じくらい「詩とパンとお酒」もいいですね。風の詩集や立原道造を知り、詩を身近に感じたくなってきたフルコース、ごちそうさまでした! |
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