2023年2月は北海道内で選書にまつわるトークイベントが行われた。そのレポートを2本立てでお届けする。
どちらの企画も道内の本に関わる人たちの立場を超えたコラボレーションで実現したもの。「図書館×書店×出版社」あるいは「ブックカフェ×書店」など、隣り合う関係性を膨らませた話題で盛り上がった。
全国で最も有名な「選書」する本屋さんといえば、北海道の中央部、空知エリアにある砂川市のいわた書店であることに異論を挟む人はいないだろう。
店主の岩田徹さんが始めた選書サービス「一万円選書」が、2014年に深夜番組で大ブレイク。NHKの『プロフェッショナル』をはじめ海外メディアにも取り上げられたことで応募が殺到し、今では年に一度だけ応募期間を設ける抽選式に。
年間3,700通は届くという応募の中から無作為に選ばれた当選者のみが、次の「カルテ」と呼ばれるアンケートのやり取りに進んでいく。
それほどの人気者になった岩田さんだが、常に言い続けていることが「同業者の皆さんもぜひ選書サービスをやってみてください」という業界への呼びかけだ。
自著『一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語』(ポプラ社)や『「一万円選書」でつながる架け橋 北海道の小さな町の本屋いわた書店』(竹書房)でもその手法を明らかにし、選書サービスの普及に努めている。
2023年2月5日、滝川市立図書館が主催したトークイベント「本を語ろう INたきかわ ~いわた書店×亜璃西社~」も、そんな岩田さんと札幌の老舗出版社・亜璃西(ありす)社出版部の井上哲編集長を招いたクロストーク。図書館が2階に入る滝川市役所の大会議室で開催された。
前半は二人が思い出の本を織り込んだ自己紹介をし、後半は事前に井上さんが書き込んだカルテをその場で公開する「一万円選書」の時間。通常はメールのやりとりで終わる岩田さんの選書を、
「公開されることがわかっていたのでちょっと遠慮して書いちゃったかも」と明かす井上さん(写真右)
1965年生まれの井上さんが記入した「これまで読んだBEST20」を一部紹介すると、
これを見て「まず気がついたのは戦争の本が多いですよね」と岩田さんが指摘すると、井上さんも「確かに。その理由は…なんでしょうね、戦争という極限状態に置かれた人々の姿に引き込まれるというのもあるでしょうし、今のウクライナのことを考えると “戦争はひどいものだ”と常に確認したい気持ちがあるのかも」と振り返った。
そこから先は岩田さんが井上さんのために選んだ「一万円選書」の紹介に。
はじめに「私もウクライナ侵攻のニュースを見たときに真っ先に思い浮かんだのが、この本でした」と浅田次郎著『終わらざる夏』を挙げ、続けてアーサー・ビナード著『知らなかった、ぼくらの戦争』や佐々木譲著『裂けた明日』などを紹介。
「今、本屋としてやらなきゃいけないことは”ペンで剣に勝つ”、その背中を孫世代に見せること」と熱く語った。
会場からの質疑応答では、大学で図書館のアルバイトをしているという学生が「読んでもらえる企画展示」について相談。
主催者である滝川市立図書館の深村清美館長が「うちから全国の図書館に広がった企画に、「泣いてすっきりしたい」「思いっきり笑いたい」などの5つの症状別に処方箋(書名を伏せた本)を貸し出すBOOKセラピーという企画展示があるんです。ぜひ取り入れてみては?」と紹介した。
最後に、岩田さんから「地元の出版社さんには5年後にも陳腐化せずに残る本を作ってほしい」とエールが送られ、井上さんも「歴史が浅いと言われる北海道にも歴史があることを知ってもらえる本を作りたいです」と語り、地元出版社の意欲をのぞかせた。
この日70名を超える参加者が集まった会場ではお二人が本を紹介するたびに熱心にメモをとる姿が見られ、その中に以前「本のフルコース」にご登場いただいたことがある大野重定さんのお顔を発見。後日感想をうかがった。
「この日のお話で一番心に残った岩田さんの言葉は『10冊の本を選んで渡すことは、その方に10人の賢者を紹介するのと同じこと』。私も読書の価値はそこにあると思います。井上さんの選書カルテからは、ボクシングや将棋、戦争という《勝負もの》や忍法・漫画家入門という《少年の心》がときめくジャンル、《男のロマン》の宇宙ものと並べて星野道夫や『秘密の花園』を選ぶ《純粋さ》を感じました。もし井上さんと語り合える機会があれば、そしてお酒があればきっと朝まで語り合えそうです」
さらに「大野さんもBEST20を考えるとしたら?」と水を向けたところ、「絞り切れないので思いつきでよければ」という言葉を添えて、以下のリストを送ってくださった。
《大野重定さんの思いつきBEST20リスト》
「週に3冊は読む」読書家の大野さんならではの幅広いラインナップを見ていると、「このタイトルを読んでみたい!」という興味もわいてくる。
このように《心の本棚》を見せていただいた上で、その人のために一万円分の本を選ぶという行為は、決して生半可な気持ちではのぞめず、時間も手間もかかることは明白だ。
それでも選書にまちの本屋の生き残りを見出した岩田さんは、今日も朝5時に起きて選書のために本を読む。
会場では地元のTSUTAYA滝川店が岩田さんや亜璃西社の本を販売し、今も引き続き店頭で専用コーナーを設けているという。
こうした図書館の企画で書店や出版社が北海道の読書文化のために集うコラボトークは、まだまだ深掘りしていける切り口がありそうだ。
滝川市立図書館は「図書館が町を支え、町が図書館を支える、理想的な互恵関係を実現」したことでLibrary of the Year 2021ライブラリアンシップ賞を受賞している。
2つめの選書イベントは、札幌市中央区にある谷川俊太郎さん公認のブックカフェ「俊カフェ」古川奈央さんが企画したもの。札幌の「ラボラトリー・ハコ」店主の山田真奈美さんと砂川の「いわた書店」及川昌子さんをゲストに、3人で選書トークを繰り広げた。
及川さんは前述の岩田さんの娘であり、「いわたま」名義で店のYouTubeやSNSを展開中。コロナ禍の2020年、ステイホームで急増した選書の問い合わせに応える形で、父と同じく1万円分相当の本を選ぶ「いわたま選書」をスタートした。
古川さんもコロナ禍にネットショップを立ち上げ、そのコンテンツの一つに谷川俊太郎作品オンリーの選書を盛り込んだ。
ラボラトリー・ハコの山田さんは知人が作るフリーペーパーに3冊のおすすめ本を紹介していたが、今は店頭に来るお客様に「何かいい本を」と聞かれたときに応じているという。
毎月約20人を対象とする「いわたま選書」は、本家「一万円選書」同様にカルテを使うが、その内容は及川さんオリジナル。
マンガやアニメでハマった作品・キャラクターや苦手なジャンル、「お酒は飲みますか?宴会の場などは好きですか?」などを聞き出し、岩田さんの方では取り扱いが少ないコミックも織り交ぜて独自の色を出している。
「いわたま選書」が「こんな世界もあったのか!」という刺激や従来の思い込みに揺さぶりをかける〈刺激型選書〉だとしたら、ラボラトリー・ハコの山田さんは「本当はもうその人の中に答えがあって、進みたい方向に一歩踏み出しやすいような本を勧める」〈並走型選書〉。そして古川さんは自他ともに認める〈谷川俊太郎型〉と呼んでもいいはずだ。
だが、どの場合でも根底には対話があり、希望を何も言わずにいきなり「自分にぴったりの本を選んで!」というリクエストはあまり現実的ではないことがよくわかる。
左からいわた書店の及川昌子さん、ラボラトリー・ハコ山田真奈美さん、イベントの企画者である俊カフェの古川奈央さん。
「ここでちょっと自慢してもいいですか?この本を山田さんや岩田社長に紹介したのは私なんです」と古川さんが笑いながら紹介した一冊は、福岡に実在する「宅老所よりあい」の人々を描いたノンフィクション『へろへろ』だ。
「うちに来てこの本を読んだお客様が感動して、その日のうちに山田さんにご紹介してくださり、岩田社長には私が直接砂川に行ったときに店頭にないことを確かめてからご紹介しました。谷川俊太郎さんも一瞬登場する『へろへろ』は介護施設の話ですが、宅老所スタッフさんの、入居者さんへの愛情の深さがすごい。皆さんにおすすめです」
この日、『よれよれ』の他にも谷川さんの詩集を数冊勧めた古川さん。営業の合間を縫って膨大な谷川作品のアーカイブリストをコツコツと作成している。
「料理本なら写真付きでレシピがきっちり書いてあるものより、イラストを添えて説明も「鶏肉がぷっくりしてきたら…」みたいな想像の余地があるほうを好んで置きます」という山田さん。
「2023年本屋大賞」に投票するため、現在もノミネート本の読書に追われる及川さんのイチオシは、乾ルカ著『明日の僕に風が吹く』。
本書を「いわたま選書」のレギュラー本として発注していたら、あるとき、岩田社長も「一万円選書」に入れていることが判明!「私の隠し玉だったんですが」と打ち明けてくれたこのエピソードには、さらにびっくりするような続きがあった。
「ネットでは”一万円選書になかなか当たらない”という声も聞こえてきてとても心苦しいんですが、中にはいわたま選書と一万円選書に立て続けに当選された幸運な方もいて。その方が社長のカルテに書くBEST20に、この『明日の僕に風が吹く』を入れてくれた時は嬉しかったです」
1店舗に2人の選者がいる、いわた書店ならではの選書かぶりが面白い。
後半、古川さんが投げかけた「選書で特に気をつけていることは?」の質問に、山田さんは「その人の〈知りたい〉になじむ本を選びたい」と回答。
「本は必ず頭から読まなくてはならないということもなくて、私が小さい頃からそうだったんですが、パッと開いたところから読み始める〈おみくじ読み〉があってもいい」と続けると、古川さんも「詩集こそ〈おみくじ読み〉にぴったり」とうなずき、「その言葉、知らなかった。これから私も使っていいですか?」という及川さんの一言に、皆の笑いが弾ける場面もあった。
約2時間にわたって続いた三者三様の選書談義だったが、共通していたのは「一冊の本を知るということは一人の人に出会うようなもの」「本は自分の〈好き〉を広げてくれるもの」という言葉に象徴されるような「本」が持つ可能性に目を向けてほしいという願いだと受け取った。
そのきっかけが書店やブックカフェに足を運ぶことであり、本のプロフェッショナルたちに選書を依頼することなのだろう。
今回のレポート記事に登場した方々のサイト等は下記の通り。ぜひ訪れていただきたい。
https://iwatasyoten.jimdosite.com/
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