アカウント登録した書店と出版社が直接受発注できるサイト「一冊!取引所」。上の画像は旭川のミツイパブリッシングが入力した『少女のための海外の話』紹介画面。
[2020.8.31]
「うちみたいな小さな店だから、そんなことをしなくちゃならないのかと思っていました」。
札幌市中央区にあるマイクロ書店「ラボラトリー・ハコ」の店主、山田真奈美さんが言う「そんなこと」とは、書店が欲しい本の注文書をFAXで出版社に送ること。
メールどころかLINEも当たり前のIT時代に、わざわざFAXでやりとりするのは、うちがマイナーな小口取引だからなのだろう。開店当初はそう思っていた、と打ち明けます。
ところがじきに山田さんは気づきます。日本の出版業界は書店の規模に関係なく、いまだにFAXのやりとりが主流であることを。そして注文書を受けとった出版社側もそれを手入力してPC管理をしているのだと……。
日本の出版業界は、大手二社を中心とする取次会社が書店に本を卸す「取次」システムが主流です。出版社と書店が直接やりとりをする「直取引」は一部を除き、主に中小規模の書店・出版社同士で行われています。
「取次」でも「直取引」でも、長らくやりとりに使われてきたメインツールはFAXであり、電話やメールはサブツール。
手間もかかり、「送ったはず」「いや、届いていない」などの手違いも誘発しやすいFAXを介した受発注業務は、書店・出版社の規模を問わず積年の課題になっていました。
こうした業界全体が抱える不都合を、「みんなにとって、より便利で楽しいシステムを作って解消したい!」と考えた人たちが立ち上がりました。
それが2020年6月1日からスタートした本の受発注プラットフォーム「一冊!取引所」。中の人たちに詳しいお話をうかがいました。
書店ナビ:「一冊!取引所」を開発・運営しているのは東京都目黒区にある株式会社カランタさん。「一冊入魂」がモットーの独立系出版社ミシマ社さんと、ディーエスケープロダクション合同会社さん、株式会社CICACさんの3社が出資し、この「一冊!取引所」を世に送り出すためにできた会社です。
書店ナビ:今回のZoom取材には同社代表の蓑原大祐さんと営業部部長の渡辺佑一さんにご協力いただきました。まずは自己紹介からお願いいたします。
蓑原:はい、私は当社の取締役でもある三島邦弘が出版社勤務時代に知りあいました。自分がクリエイティブディレクターとして独立するタイミングで三島もミシマ社を創業することになり、東京・自由が丘にあった事務所をシェアして以来のつきあいです。
社名のカランタとは、そのときに事務所を構えていたマンションの名前です。イタリア語で「40」の意味で、いま40代になった自分たちがまた新しいことを一から始めよう!という原点回帰の気持ちを込めてつけました。
画像左から株式会社カランタ 代表取締役 蓑原大祐さんと同社営業部部長 渡辺佑一さん
書店ナビ:素敵な社名ですね。お次は、ミシマ社での営業経験を土台に現在はカランタで活躍中の渡辺さんです。
渡辺:私はトーハンに7年間勤めていまして、ミシマ社の最初の社員として入りました。ミシマ社は直取引の会社ですので、長年書店さんへの営業案内や起票・請求などの営業事務の仕事を通して、本づくり以外のことに時間をとられる手間を身をもって実感してきました。
こうした手間を少しでも軽減できれば、出版社は本来一番やりたいことである本づくりに専念できますし、書店さんも本を売ることに集中できる。それをシステム化したのが、この「一冊!取引所」です。
いまは出版社が自社本を紹介し、それを見た書店が注文できるところからスタートしていますが、ゆくゆくは経理システムとの連携も視野に入れています。直取引だけでなく、取次を使っている出版社さんにもご登録いただけます。
書店ナビ:出版社はお好みの有料サービスを選んで登録し、書店は無料で利用できる「一冊!取引所」。PRポイントを教えてください。
蓑原:まずは、新刊情報の一元化です。書店さんにとっては各社のサイトを見に行かなくても、どこがどんな新刊を出しているのかがひとめでわかり、時間のロスがなくなります。
それから書店さんと出版社さんがダイレクトにチャットでやりとりできるところも好評です。電話ですと相手のタイミング次第では「今はちょっと…」という機会損失になるところを、チャットを使ってお互いに都合のいいときに返すことが可能になりました。
渡辺:チャットのログが残るところも重要だと思います。”書店あるある”の頼んだ本が届かないという事態も、これまでは業界のさまざまな慣習や刷り部数・配本などの事情で暗黙のうちに「しかたがない」という空気感になっていましたが、そこをなんとか”フェア”にしたい。
問い合わせや注文が間違いなく届いて、それに応えるという取引の基本中の基本を守る。そんな当たり前のシステムを作れたことが、大きいのではないかなと考えています。
書店ナビ:2020年6月1日にサイトを立ち上げて、一年目の目標を書店1000店・出版社100社登録と掲げています。8月中旬時点での登録数はいかがですか?
渡辺:書店さんは355店舗、出版社さんは37社に登録していただいています。最北端の出版社さんは旭川市にあるミツイパブリッシングさんで、最南端は屋久島のキルティさんです。
私自身、ミシマ社で13年間書店営業をしてきましたが、「一冊!取引所」に登録していただいて初めてその存在を知った個人書店さんもいます。
大手の取次さんに口座を開けないなど、仕入れに課題を抱えている方々に本を届けることができる、ひとつの道になればと思っています。
蓑原:わたしは宮崎県出身なんですが、自分が小さいころに通った書店さんが登録してくださったときは、とりわけうれしかったですね。
書店ナビ:全国の書店さんのなかには、「一冊!取引所を使ってみたいけれど既存のシステムが入っているし、今から新しいシステムを覚えるのはちょっと……」と二の足を踏んでいるところもあるかもしれません。
蓑原:ご指摘のとおりだと思います。実際のところ、「FAXのままでいい」というご意見もあると思いますし、これからこのシステムをどうやって浸透させていくかは我々の大きな課題です。
ただひとつ、大きな特徴をあげると、我々のシステムはソフトウェアを買っていただくのではなくクラウド上のシステムですので、利用者さんの使い勝手を聞きながら日々アップデートして、つねに最新版をお届けしています。
LINEやiTunesなどの新しいプラットフォームが定着するまでに3~4年かかったことを思うと、「一冊!取引所」もロングテールは覚悟のうえ。業界の将来を思えば、「絶対にやりぬく!」気持ちでのぞんでいます。
渡辺:使っていただいている書店さんからは「発注が楽しくなった」という声も聞こえてきて、とても励まされています。そう思っていただけるのは、これが”押し付けられたシステム”ではないからかもしれません。
今後の出版・書店業界はさらにIT化が進み、そのときになって新システムを一から始めるようでは時、遅しです。「一冊!取引所」をいま始める意義もそこにあると感じています。
書店ナビ:驚くことに「一冊!取引所」は登録料以外の仲介料をとっておらず、自己資金で運営されています。サイトにはどなたでも支援できるサポーター制度「一冊!サポーター」もありますので、関心をお持ちのかたはぜひ、そちらもご覧いただきたいですね。
書店ナビ:最後におふたりのおすすめ本を教えていただけますか?
蓑原:「一冊!取引所」の参加出版社さんの本じゃなくて本当に申し訳ないんですが、『星の王子様』です。小さいときに家にあって、子どもの頃から何度も読み返しています。
読む年齢によって毎回感じ方が変わり、大事なものがわかってくる。自分が困ったときに読む本です。王道でスミマセン(笑)。
画像左:「この本は買い替えて3冊目です」と蓑原さん。
画像右:35歳から将棋にハマり始めたという渡辺さん。
渡辺:私のおすすめ本は「一冊!取引所」でも注文可能な『等身の棋士』です。報知新聞の記者である北野新太さんが将棋の棋士たちを描いたノンフィクションで、一人一人の魂みたいなものが伝わってきて、心に深く響きます。将棋のルールを知らない方も楽しめます。
渡辺:将棋というのは、そのときどきの最善手を考える世界ですが、いま我々がやっている「一冊!取引所」も日々バージョンアップを重ねています。
技術責任者である今氏一路も交えて、皆で相談しながら「どの順番で、どう改良していくか」を考えるのは、将棋の最善手を指すような感覚に近いのかもしれません。
蓑原:まだまだやりたいことはいっぱいあります。渡辺の言うとおり、二手三手先を読みながら、これからも進化していきたいです。
書店ナビ:ありがとうございました。北海道からも応援しています!
続けて「一冊!取引所」を利用している北海道の出版社と書店にもお話をうかがいました。
先ほど「最北端の登録出版社」として紹介された旭川市のミツイパブリッシング代表の中野葉子さんは、2018年8月に書店ナビの「本のフルコース」も作ってくれました。
書店ナビ:「一冊!取引所」さんを知ったきっかけは?
中野:出版業界の知人から「こういうサービスが始まるらしいよ」という話は聞いていたんですが、うちにはちょっと敷居が高いかもと迷っていたところにカランタの渡辺さんから声をかけられて、始めてみることにしました。
使っているコースは年間3冊まで新刊登録ができて、年間3回FAXがわりになる無料の一斉メールを出せる「ライト」コースです。当社の出版ペースを考えるとこれくらいがちょうどよくて、既刊本を無料で登録できる点もいいですね。
書店ナビ:実際に使ってみて手応えはありましたか?
中野:都内の書店さんから、『みんなの教育』『ぼくが小さなプライド・パレード』のスウェーデン関連の2点を注文いただきました。以前から北欧系の本が気になっていた、とおっしゃっていただいて。
もともと北海道はどこに行くにも時間がかかるのに加えて、このコロナ禍になり、書店営業の足が止まってしまったなかで、こういうふうに書店さんに見つけていただけるのは本当にありがたいことだと思います。
今の状況が長引くかもしれないことを考えると、今後ますます「一冊!取引所」さんの存在感が増していくのではないでしょうか。 サポーター制度もあるので、広く応援してもらえるといいですね。
書店ナビ:次は書店の声も聞いてみましょう。2020年8月にリニューアルオープンした「ものがたり広がる書店 ラボラトリー・ハコ」の山田真奈美さんです。
山田さんは2017年から自分の店で本を取り扱うようになったとき、仕入れはどうされたんですか?
山田:書店勤めの経験がなく、何もわからなかったので気になる本の出版社さんに直接「本を仕入れたいんですが」と電話をかけました(笑)。
それで直取引に応じてくださるところ、辞典シリーズで知られる誠文堂新光社さんや雷鳥社さんほか数社と、いまもお取り引きさせてもらっています。
「一冊!取引所」さんのことはミシマ社さんのサイトかTwitterで知りました。すぐに登録して、これまで10社くらいにお問い合わせをして仕入れ条件を確認させてもらい、実際に本を取り寄せたのは3回です。
アノニマ・スタジオさんの『ぱらぱらきせかえべんとう』は試しに1冊入れたんですが、Twitterにそのことをアップしたらお客様から「わたしも読みたい!」という声をいただいてすぐに追加注文しました。
書店ナビ:システムの使い勝手はいかがですか?
山田:やはりFAXの発注書に比べると、画面にそのまま入力できるのはとてもラク! 発注してから中二日くらいで届いた本もあって、スピーディーなところも魅力でした。
チャットもすごく便利で、電話やメールだと「1冊しか入れないけど”ポップをください”ってお願いしてもいいのかな」と気後れすることも、チャットなら気軽に書き込めていいですね。
もうひとついいなと思うのは、各書店さんが気になる本を入れていく「リストに追加」というボタンです。そこを押すと自分が気になる本屋さんがどんな本を入れているのか見ることができて、参考になります。
書店ナビ:カランタの蓑原さんも「『リストに追加』は音楽でいえばプレイリストみたいなもので、相手の好みが把握できてそこから会話を膨らませることができる。ぜひ使ってほしい」とおっしゃっていました。上手に活用されているラボラトリー・ハコさんのお話、こちらも大変参考になりました。
書店と出版社、双方の声をすくいとりながらやわらかく進化していくクラウド型受発注プラットフォーム「一冊!取引所」は、動き出したばかりです。業界の未来を思い、書店の流通システムに一石を投じた波紋がどこまで大きくなるかは、書店や出版社に身を置く当事者であるみなさん次第。
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