札幌のミニシアター「シアターキノ」が2022年7月4日に30周年を迎えた。
1992年、市民出資で始まった客席わずか29席の「日本一小さい映画館」は、創業から6年目の1998年4月24日に現在の場所、札幌市中央区南3条西6丁目南3条グランドビル2階に移り、63席と100席の2館体制にリニューアル。
これ以降も代表の中島洋さんと支配人の中島ひろみさん夫妻を大勢の市民株主やボランティアスタッフが支え、札幌を代表するミニシアターに成長した。
2020年の明けから始まったコロナ禍では、全国のミニシアターを応援する「ミニシアターエイド基金」に参加。2021年に42日間の休業を経て、6月1日から上映を再開し、2022年7月4日、つつがなく”30歳”の誕生日当日を迎えている。
その30周年記念企画の一環として刊行されたのが、『若き日の映画本』。キノとゆかりのある映画人や詩人、評論家たち41人が若い頃に見て心に刻まれた映画や今の10代20代に見てほしい映画についてエッセイを寄稿している。
※敬称略・掲載順
文月悠光(詩人)/是枝裕和(映画監督)/手塚眞(ヴィジュアリスト)/早川千絵(映画監督)/ホウ・シャウシェン(映画監督)/岩井俊二(映画監督)/常盤貴子(俳優)/阪本順治(映画監督)/犬童一心(映画監督)/宇野常寛(批評家)/松井久子(映画監督)/安藤桃子(映画監督)/津野愛(映画監督)/ピーター・バラカン(ブロードキャスター)/石川慶(映画監督)/森達也(作家・映画監督)/佐藤美由紀(映画プロデューサー)/沖田修一(映画監督)/吉田徹(政治学者)/谷口正晃(映画監督)/中野理恵(プロデューサー)/大林千茱萸(映画家・料理家)/河股藍(映画監督)/阿武野勝彦(プロデューサー)/熊切和嘉(映画監督)/金原由佳(映画ジャーナリスト)/金平茂紀(ジャーナリスト)/福間美由紀(プロデューサー)/谷本聡子(ピアニスト)/代島治彦(映画監督・プロデューサー)/西川美和(映画監督)/入江悠(映画監督)/小田香(フィルムメイカー)/小川智子(脚本家)/森直人(映画評論家)/三宅唱(映画監督)/想田和弘(映画監督)/田中綾(歌人・文芸評論家)/福永壮志(映画監督)/谷川俊太郎(詩人)/利重剛(俳優・映画監督)
本書のブックデザインは、かつてキノの映写技師だった佐々木信さんが代表を務めるデザインプロダクション3KGが担当。メインで担当した石田愛実さんが中島夫妻のリクエストに応え、執筆者ごとに内容に合わせてデザインを変える全41種類のレイアウトに挑戦した。
紙も、本文だけで片艶クラフトと未晒しクラフト、紀州色上の赤と黄、若竹、黒、オーロラコートの7種類を使用。
見返しのマーメイドのネオピンクが、本書の「ただものではない感」を盛り上げている。
読者アンケートハガキはアラベールのスノーホワイトを使い、ひろみさんの直筆原稿を元にした。
表紙カバーは、写真家のクスミエリカさんのアートワークを起用。クスミさんの父親はくすみ書房の久住邦晴さん(故人)。中島夫妻とも旧知の中で、「これは」と思う本を子どもたちに勧める「大人のおせっかい」を貫いた書店主であった。本書の完成を空の上から喜んでくれているのではないか。
カバーを広げるとエリカさんの作品の全貌が見えてくるので購入された方はぜひ、ご自分の目で確かめていただきたい。
こうした非常にチャレンジングな印刷・製本を担当したのは、札幌の石田製本株式会社のプリンティングディレクター田中嘉彦さん。丁寧な仕事で定評のある田中さんにまた新たな代表作が加わった。編集として書店ナビライターの佐藤優子も参加した。
ページをめくるたびに紙の色や書体、文字の大きさ、デザインが変わり(縦書き・横書きが混ざっているため、横書きの時は本をくるっと回して読んでいただくことになる)、さぞかし驚く読者が多いだろうが、実はこの「混沌さ」こそが本書の狙い。
混沌の中から自分が信じるものを見つけ出す力と同時に、”正解”は決して一つではない多様性を受け入れる心を育んでほしいという若い世代への願いが込められている。
巻末にはシアターキノ30年の歩みを、その年上映した象徴的な映画で振り返るヒストリー「この年のこの一本」が収録されており、執筆者紹介も通常の肩書きや経歴の羅列ではなく、キノとの関わりを書いた親近感あふれる紹介文になっている。
販売は道内各書店100カ所以上。シアターキノで購入すると特典ポスターがついてくるほか、遠方や北海道外の方に向けてAmazonにも上がっている。
シアターキノ30周年記念出版 若き日の映画本(Amazon)
取次は札幌のコア・アソシエイツ。コアと契約していない個人店などはキノに直接ご連絡を。俊カフェやアダノンキ、D&DEPARTMENT、Seesaw Books(いずれも札幌)、パストラル(帯広)でもすでに取り扱いが始まっている。
札幌・北18条のSeesaw Booksでも好評発売中!オーナーの神輝哉さんと中島洋さん、本の執筆者の一人である三浦綾子記念文学館の田中綾館長は、6月28日にトークイベント「まちの文化は「場」づくりから」(会場:札幌市図書・情報館)で集結。出てきたキーワードは「コモン」「サードプレイス」「みんな、とは誰なのか」。「場」づくりに本や映画が果たす役割を語り合った。
本書にも執筆している批評家の宇野常寛さん(唯一のアニメーション作品を紹介してくれた!)は、7月4日にキノで行われた30周年記念トークイベントで、「かつては映画や本などの〈他者の物語〉に触れてその後の人生が変わるような衝撃を受けたが、今は(SNSの普及もあり)〈自分の物語〉ばかりが語られる時代になった」と語った。
この宇野さんの言葉を借りると、書店や映画館という〈他者の物語〉に触れる場所を訪れることで世界は広く、豊かになっていくーー。
『若き日の映画本』を手に取ると、そのことが本の重みやカラフルさとともに実感できる。
画像協力:俊カフェ
続くこちらも記念本の話題。2022年6月26日に札幌の俊カフェで開催された「五勝手屋羊羹ファンパーティーと絵本『7394』のお話」。
2020年に創業150周年を迎えた株式会社五勝手屋羊羹(本社:江差町)の小笠原敏文社長をゲストに招き、同社の和菓子を楽しみながら今年3月に刊行した150周年記念絵本にまつわるお話をうかがった。
タイトルの数字は、令和2(2020)年7月31日時点での江差町の人口。「町への感謝、そして町の”今”を記すべく、この数字を題名にしました」。絵本は同社のオンラインストアの「おすすめ」カテゴリーから買うことができる。
物語は、同社創業の地である江差町の姥神大神宮に祀られている「折居姥(おりいうば)」にまつわる民話が題材になっている。
ニシン漁の始祖と崇められる折居姥の伝説を町や教育委員会、姥神大神宮らの監修の下、子どもも楽しめる絵本用テキストに落とし込んでいったという。
イラストは描いたのは、五勝手屋本舗のパッケージデザインも手がけたことがあるイラストレーターの中川学さん。『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社)や『だいぶつさまのうんどうかい』(アリス館)など、近年は絵本制作にも力を入れており、この日はZoomで参加した。
京都市にある慈舟山瑞泉寺の住職でもある中川さんはコロナ禍の中、江差町を訪れることが叶わず、関係者から送られてくるたくさんの画像を参考にしながら折居姥の物語を構築していったという。
波をイメージしたエンボス加工が美しいカバーを取ると、カモメ 視点の江差の街並みが見えてくる。
五勝手屋本舗といえば、誰もが真っ先に思い描くのは赤い包装紙が目印の丸缶羊羹だろう。
その五勝手屋本舗が創業150周年という大きな節目に、地元の歴史と後世に残したい普遍的な教え(「お年寄りを敬うこと。約束を守ること。自然を大切にすること。」)を綴った絵本を作り上げたことは、そう広くは知られていないのではないだろうか。
物語は現代と過去が巧みにつながり、そっと小さく描かれている丸缶羊羹を探し出すのもお楽しみの一つ。これからの北海道土産にはぜひ、丸缶羊羹とこの一冊を添えて。美味しさと一緒に土地の物語も伝えたい。
会の進行は札幌のフードライター深江園子さん。俊カフェオーナー古川奈央さんによる絵本の朗読も用意されていた。
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