
おばけのマール作者の中井令さん。最新作『おばけのマールとぶんぶんぶんがくかん』とマールぬいぐるみを11月22日から始まる北海道立文学館の特別展で販売する。
[2025.11.17]

書店ナビ:2025年11月22日から札幌市中央区の北海道立文学館でかわいいおばけの特別展が始まります。そのこの名前は「マール」。札幌は円山に住んでいるおばけのマールです。きっと道民の皆さんは「知ってる!」という人ばかりでしょう。
マールの1作目『おばけのマールとまるやまどうぶつえん』が発表されたのは2005年12月10日のことでした。
これまで13冊のシリーズ本が発表され、2025年はマールの生誕20年!その節目と北海道立文学館の開館30周年が重なり、同館で特別展「シリーズ刊行20年 おばけのマール ほんがだいすき!」が開催されることに。
これに合わせて14冊目の最新作『おばけのマールとぶんぶんぶんがくかん』も発売されます。

書店ナビ:絵を描いているイラストレーターの中井令さん、マール20周年おめでとうございます!
中井:ありがとうございます!マールシリーズは絵本の原作と文を担当しているけーたろうさん(正体はヒミツなのだそう)と私、そして印刷・製本の中西出版のKさんの3人でずっと続けてきました。それがもう20年にもなったなんて…月並みですが皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
書店ナビ:マールの物語は円山動物園を皮切りに、北海道立三岸好太郎美術館や札幌市青少年科学館、札幌交響楽団、ウポポイなどさまざまな公的施設・組織等を巡る筋立てになっていますが、聞けば全企画の大半がけーたろうさんと先方との出会いや思いがけないご縁によって実現してきたのだとか。
行政や特定のクライアントによる案件ではなく、常に舞台となるお相手と作者たちが直接やりとりする絵本づくりを真摯に続けてこられたことが、非常にすばらしいと思います。
それではここから先は、中井さんにお願いして作っていただいたマールのフルコースを一緒にいただきながら、マール20年のあゆみとその魅力をたどっていきましょう!

書店ナビ:先に当時の北海道全体の状況を振り返りますと、旭川市の旭山動物園が「行動展示」を軸にした動物園改革に1997年から着手し、2004年の「あざらし館」オープンを引き金に年間入園者数300万人時代に突入……と、マール1作目が生まれた2005年は、実は日本中が旭山動物園ブームの真っ只中。
札幌の円山動物園は影を潜めていた、と言ってもいい時期だったと記憶しています。
中井:ですよね。「円山動物園を応援する絵本を一緒につくりませんか?」と以前から見知っていたけーたろうさんから声をかけられた当時は、確かにそういう時期だったと思います。
私はそのときイラストレーターとして活動していましたが数カ月前に母を亡くして毎日ただ呆然とするだけの日々…。
絵本は描いたこともないし、とお話を聞いた直後はためらいましたが、もしかしたらこれは母が「何かに打ち込んで元気になりなさい」「札幌を応援するようなことをしてみたら」と私に言ってくれているのかも、と思いお受けすることに。それがマールの始まりです。

「当時の園長さんから”弱いものの味方をしてくれてありがとう”と言ってもらえたことがとても嬉しかったです」
書店ナビ:初めての絵本づくりはいかがでしたか。
中井:広告の仕事でポスターやチラシなどの一枚絵はたくさん描いてきましたが、絵本の場合はどのページに描いたマールも同一人物、同じマールであるように描く、というのが当時は予想以上に難しかったです。きっとタッチとか些細なことかもしれませんが「別のこに見えちゃダメだ」とつねに自分に言い聞かせていました。
それから構図的なことをいうと、どのページをぱっと開いてもすぐにマールが主人公だとわかるように描くにはどうしたらいいかとか、今はどれも当たり前のことですが何かもかもが初めてで新鮮でした。

中井:お話はすごく簡単なんです。マールが犬と出会って、一緒に遊んでけんかして、仲直りしたから笑って、ごはんを食べてみんなと踊って楽しいね、というシンプルなお話。
でも実はこれがものすごく大事なことで、子どもでも大人でも、どんなに大国のえらい人でも人と人が仲良くするための基本中の基本のこと。おともだちづくりが得意なマールにピッタリのストーリーが出来上がりました。

アイヌの神謡によく出てくるフクロウやカワウソ、オコジョたちに肌の色や思想などが異なる人間同士の共生を重ねた。

「夫の蔵書の中に知里真志保著作集があったので神謡に関するところに目を通して参考にしました」
中井:「けんかしちゃった」のページにだけアイヌ語表記がないのは、アイヌ語に人と争ったり敵対したりする、いわゆる「けんか」に該当するようなことばがないから。
アイヌ文化はことばをとても大事にしていて、絵本が出来上がるまでウポポイのスタッフの方々と何度もやりとりさせてもらったことがすごく勉強になりました。

多言語版のけんかのページ。「この本がこどもたちがアイヌ語・アイヌ文化を知るきっかけになったら嬉しいです」

書店ナビ:北海道立三岸好太郎美術館を描いた4作目の実績が、三岸夫人であった洋画家の三岸節子(1905-1999)の故郷である愛知県一宮市とマールを取り結んでくれました。
しかもタイトルに「モーニング」という気になることばが。
中井:名古屋モーニングはご存知の方も多いと思いますが、実は一宮市もモーニング発祥の地と言われているんです。住んでいる方々には当たり前の風景も、よそから訪れるとモーニングのボリュームに喜んだり、三大七夕祭りにも数えられる賑やかなお祭りや美しい木曽川堤の桜並木、そして三岸節子記念美術館…と心躍るスポットがいっぱいあるんだよ、ということをマールに思い描いてもらいました。

取材を見守る壁いっぱいのキャラクターたち。あっ、デスクトップにマール20年展のビジュアルが!
書店ナビ:マールが初めて北海道を飛び出した不安などはありませんでしたか。
中井:美術館の学芸員さんたちをはじめ、一宮の方々がとてもあたたかくマールと私を受け入れてくださって。その情熱にずいぶん助けていただきました。
ちょうどコロナ禍だったこともあり、皆で「飲食店を応援したいね」と「マールモーニング」というコラボ企画を作ったんです。
一宮市内の飲食店さんに「マールの名前やキャラクターを自由に使ってメニューや商品を販売してください」と呼びかけたところ、Instagramの「#おばモ」タグにかわいらしいマールメニューの投稿が続々と集まって!期間中、毎日インスタを見るのが楽しみでした。

マールの話し相手になってくれたおばあさんの正体はもちろん…。手前の缶バッジはコラボメニューを食べてくれた人にプレゼントした特製マール缶バッジ。
中井:それからもう一つ嬉しかったことは、作中の”おばあさん”をあえて顔を見せずに最後まで後ろ姿で描いてアノニマス(匿名)にしたところ、読者の中に「これはぼくの絵本です」と言ってくださる方々がいたんです。
マールが行きたがっている場所を少年時代の自分も大好きだったと”ご自分の物語”として受け止めてくださって、後ろ姿の選択で本当によかったなと実感しました。

中井:この絵本がきっかけになってキタラで札幌交響楽団による絵本読み聴かせコンサートも実現しました。絵本を読んでくれたのは森崎博之さん。私とけーたろうさんは客席でお客様と一緒に楽しませてもらいました。

こちらはコンサートのために5冊だけ作った絵本台本。森崎さんはわざわざ中井さんが描いた自分のキャラクターに寄せた衣装で着てくれたのだとか。
書店ナビ:作中でマールと一緒にコンサートに行くおばけともだち、カシミヤさんがおしゃれでステキです。

口癖は「ノンノン」とちょっとフランスの香りがするカシミヤさん。

「カシミヤは5作目『おばけのマールとおかしなとけいだい』に一度登場してるんです。ほら、右ページに」。マール絵本にはこうしたシリーズを通したつながりが随所に潜んでいる。
中井:コンサートの最後は、絵本のクライマックス同様にラデツキー行進曲の演奏にあわせて場内みんなで手拍子をしながら盛り上げるんです。その盛大な演奏と手拍子の中に座っていると、まるで絵本を描いた私が絵本の中に入り込んだようで、なんとも言えない不思議な感覚に包まれました。マールに関われて本当に幸せ、心の底からそう思えた体験でした。

クライマックスのラデツキー行進曲演奏場面。音符がよく見ると「ノノノン ノノノン…」とカシミヤさんの口調に!札響メンバーは当時の団員たちの画像を見ながら一人一人描いていった。

中井:タイトルに「フルコース」とあるので《デザート》はこの本かなと。三岸夫妻に関連した2作をつなぐお話です。他のシリーズ本とはちょっと違って、ストーリーもリリカルで絵も少しグラフィカル。大人っぽい絵本になりました。判型もミニサイズです。
書店ナビ:全作通して、マールは何のソフトを使って描いてらっしゃるんですか。
中井:フォトショップです。多い場面でレイヤーを600枚くらい重ねたりして。何もそんなに、と自分でも思うんですがどうしても描いてしまう。
きっと読者のみなさんには見えないなとわかっていても楽譜を本物の楽譜どおりにしたり、ロッカーの鍵番号まで描いてしまったり。時間がないのに描きたくなっちゃう。自分で自分を追い詰めてるんです(笑)。

描き込み始めると朝4時までになることもあるという中井さん。マール20年展のために夏から休日返上で準備に打ち込み、いよいよお披露目のときが近づいている。
書店ナビ:11月22日から始まる北海道立文学館開館30周年特別展「シリーズ刊行20年 おばけのマール ほんがだいすき!」https://www.h-bungaku.or.jp/は、どのような経緯でお話が決まったんですか。
中井:『おばけのマールとちいさなびじゅつかん』の「がくげいいいんさん」が現在、文学館にいらっしゃって、開館30周年特別展にマールをやりたいと声をかけてくださって、実現することになりました。

ところで先ほどから、このかわいいこが気になります。
中井:この展覧会に合わせて作りました!初めてのマールぬいぐるみです。自分でぬいぐるみ製作の業者さんを探していたら、そのうちの一社の方がご自分の娘さんに「マールを読み聞かせていました!」とおっしゃって。
これはもう運命的な出会いだとそこにお願いしたら、ご覧のとおり理想的な仕上がりに。親バカですが、届いたときにかわいすぎて気絶しそうになりました。
書店ナビ:グッズも充実した文学館での特別展、楽しみですね。20年間続けてこられたマールシリーズ、改めて描き手としてマールの魅力をどのように感じていらっしゃいますか。
中井:10作目でアイヌ語やアイヌ文化を題材にするとなったとき、実は最初すごく私の中でハードルが高かったんです。
アイヌ語といえば、当時はイランカラプテしか知らないような自分がいったい何を?とためらいましたが、そのときに中西出版のKさんが「今までずっとマールがやってきたことって、みんなの入り口だったよね」と言ってくれたんです。
小さいこには敷居が高そうな美術館もそうですし、科学の入り口になる科学館もそう。マールで専門的な教科書を作ろうということではなくて、いろんな興味関心の入り口になる絵本をつくっていく。そう考えると「やってみよう」という前向きな気持ちになれたことを覚えています。
マールはみんなの入り口。しかもマール自体が何かを象徴しているわけではないので、とても自由な存在。だからどこにでも行けるし、だれとでもおともだちになれる。こういうところがマールらしい魅力だと思います。
書店ナビ:20年展は11月22日から2026年1月18日まで、3カ月間のロングランです。会期中たくさんの方にマールとおともだちになってほしいですね。作者の中井令さんによるマールフルコース、ごちそうさまでした!

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