5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.61 株式会社財界さっぽろ 顧問 酒井雅広さん
現在は若手記者の原稿チェックなどで誌面を支える酒井さん。
[2016.8.29]
書店ナビ | 北海道の政治・経済・社会に鋭く切り込む月刊経済誌『財界さっぽろ』顧問の酒井さんは、教育専門誌の記者を経て29歳のときに株式会社財界さっぽろに入社されました。以来、記者・編集者として30年以上のキャリアをお持ちの大ベテランです。 フルコースの5冊もやはり、「書く」プロフェッショナルたちのラインナップですね。 |
---|---|
酒井 | 専門誌から『財界さっぽろ』に移ってきたとき、今度は幅広い分野を相手にしなければいけないというところでずいぶん苦労しました。 そのときに読んだ本を中心とする5冊です。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
スローカーブを、もう一球
山際淳司 KADOKAWA/角川書店
雑誌『Number』的なスポーツノンフィクションの分野は本書に収められている「江夏の21球」によって開拓された。山際はテレビのスポーツ番組でも活躍し、フジの「プロ野球ニュース」では佐々木信也と双璧の名キャスターだった。
酒井 | 山際さん以前のスポーツ記事は「投げた!」「打った!」的ないわゆるスポーツ新聞調の決まりきった文章が多かったんですが、この人は見る角度が違う。選手たちの内面を描いて、スポーツの面白さをきちんと文章で伝えてくれるところに感銘を受けました。 ルポ風スポーツノンフィクションの嚆矢でしょうね。タイトルのつけかたも実にいい。見習うべきところが多い作品集です。 |
---|---|
書店ナビ | 収録されている8篇のなかで特にお好きな作品はなんですか? |
酒井 | 表題にもなっている「スローカーブを、もう一球」です。描かれている群馬県の高崎高校は地元の進学校で選手たちも頭がいい。体力や根性だけじゃない闘いかたを模索して、そのひとつがこの「スローカーブ」だったと思います。 当社も地方の一出版社として東京の大手と勝負するときがくるかもしれない。そのときに正面から相撲をとっても勝てませんから、違う土俵を設定して勝ちにいく方法を見出す姿勢が大切だと思います。 球速160kmの豪速球を投げなくても勝てる方法を。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
編集者の学校
Web現代編集部 講談社
当代の一流編集者、ノンフィクションライター、フォトジャーナリストらが語る編集者論。校長の元木昌彦は”開講”動機をこう語る。「私の新米編集者時代に、仕事が一段落して一杯飲みながら、先輩や古手の記者たちが聞かせてくれた、取材の裏話や失敗談が、今でも忘れられないほど面白かった。そんな”飛び切り”の話の幾らかでも次の世代に伝えてあげたいという思いで始めた」。
書店ナビ | 元木さんは元「週刊現代」の編集長で、いまはWEBマガジン「JCAST」で「元木昌彦の深読み週刊誌」というコーナーを書いています。 |
---|---|
酒井 | 本書は、売れっ子編集者や名の知れたライターたちが「こういうふうにして”売れる雑誌”をつくったんだよ」ということを書いた本。雑誌をつくる人間には必ず読んでもらいたいで一冊です。 もちろんぼく自身も持っていますし、文庫になったときに当時の編集部全員に買って「勉強するように」と渡しました。 執筆メンバーは本田靖春、嵐山光三郎、見城徹、田原総一朗…という大御所ぞろいで、思想や信条は各自異なるでしょうが、「雑誌を売る」という一点に対する情熱はみな同じ。 『財界さっぽろ』も同人誌ではないので、売れないとわれわれはめしが食えない。そのことを雑誌に関わるみなが理解してつくることが重要です。 売れる、すなわち読まれる喜びを味わうためにも、高校を出たての読者にもわかるような”伝わる文章”を書くように、と指導しています。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
増補・新装版 トップ屋魂 首輪のない猟犬
大下英治 イースト・プレス
週刊誌を最初に始めたのは、朝日新聞。その後しばらく、週刊誌は新聞社が発行するものだった。そこに風穴を開けたのが新潮社である。ところが、自前の記者がいないため、集められたのは野武士のようなライターたち。彼らは数々のスクープを飛ばし、トップ記事を書いたので「トップ屋」と呼ばれた。草柳大蔵、梶山季之、竹中労らが逝くなか、最後のトップ屋ともいえるのが、大下英治。本書は彼の自伝。
酒井 | 雑誌屋稼業についたのなら、やはり一度はトップ記事を書かないと。私が現役のころから毎月の編集会議で「今回のトップは誰だ」と決まったら、その本が出た1、2週間くらいまでは社歴も年齢も関係なし、トップをとったやつが一番エライ。そういうものでした。 そのトップ屋人生をいまも現役で続けていらっしゃる大下さんの体力、精神力、好奇心の強さにただただ驚愕です。 実は大下さんが主催する勉強会に参加したことや、お仕事ぶりを拝見したこともありますが、とにかく取材や書くことが好きでたまらないんでしょうね。「知りたいことを聞きにいく」記者魂を生涯貫いていらっしゃる。敬服します。 文章のスキルのことをいうと、大下さんは会話と会話をつなぐ文章が非常にお上手です。「誰々がこう言った、それを聞いた誰々は…」という、ありきたりな言いまわしになりがちな会話のつなぎを、実にさまざまな表現で書いています。勉強になりますよ。 |
---|
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
我、拗ね者として生涯を閉ず
本田靖春 講談社
本田靖春は読売新聞記者からフリーの”社会派記者”になった。なぜこの肩書きを使うかというと、生前はノンフィクションライターやジャーナリストと呼ばれるのを嫌がっていたからだ。がんに冒された終末の身で書きつづった本書に、あえて「拗ね者」というタイトルを付けたところに、本田の生きざまと意地が投影されている。文庫もあり。
書店ナビ | 著者の代表作は1963年に東京の入谷で起きた幼児誘拐、吉展ちゃん事件を描いた『誘拐』や読売新聞社会部の花形記者、立松和博が売春汚職報道の”誤報”で突然逮捕された事件を追った『不当逮捕』。 数々のノンフィクション賞を受賞しています。 |
---|---|
酒井 | タイトルにある「拗ね者」とは、一般社会では嫌われやすい人間のことを指しますが、この業界にはよくいるタイプ(笑)。ものごとをやや斜めから見て、卑屈なことをいったりする。 ただ、本田さんの場合、この「拗ね者」ということばは権力に対峙する意味で使っていたように思います。あらゆる権力におもねらず、覚悟をもって社会悪を暴いていく。 こういう記者が世の中には絶対必要です。武家社会でたとえたら、違法を監視する「目付」かな。 それにこういう本が出るくらいですから、本田さんは周囲に十分愛されていた。本当に嫌われていたのなら、フリーの記者の自伝なんて世に出ません。尊敬する記者のひとりです。 |
「財界さっぽろ」編集部では見出しを決めてから原稿を書く。事前にレイアウトを決めて文字量が出る「先割り」なので、最後の1行までぴったりと使いきる。「原稿が足りない分、花のイラストなんかを入れてごまかすなんて言語道断。読者への怠慢です」。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
文章は接続詞で決まる
石黒圭 光文社
センテンス(句点と句点の間)は短いほど、接続詞は少ないほど、文章は読みやすく理解しやすい、とぼくは考えている。しかしどうしても接続詞を使わざるをえないケースがあり、語彙の少ないぼくは迷ってしまう。そんなときに見つけたのが本書だ。句読点や接続詞を多用したダラダラ文を書かないためにも、ぜひ読んでもらいたい。
書店ナビ | 接続詞、私も迷います。極力使いたくないけれども、あったほうが流れがよくなるのかな、とか…。 |
---|---|
酒井 | 基本は接続詞がなくてもスラスラと読める文章がうまい文章ですよね。特にわれわれのような記者は構造と展開で記事を読ませていきますから、構造さえしっかりしていれば接続詞に頼ることもない。 とはいえ、やはり使う場面が出てくるわけで、この本を読むと必要なところに適切な接続詞が入っていれば、文章が格段に読みやすくなることが理解できます。 筆者がいろいろな本から取り出した例文の選び方にもセンスを感じます。職業を問わず、文章を書くすべての方におすすめです。 |
ごちそうさまトーク 「記者」という生き方を再確認
書店ナビ | 5冊のフルコース、振り返っていかがですか? |
---|---|
酒井 | 書籍の編集に興味があって入ったこの世界でもう30年近くになり、現場の第一線は若手に任せていますが、誌面づくりはいつでも真剣勝負。書くことに煮詰まったり悩んだりしたときに力をくれた5冊になりました。 フルコースには入れませんでしたが、財界さっぽろに入社当初、苦手だった企業経済について学ばなくてはと思い読んだ本に、内橋克人さんの『匠の時代』シリーズがあります。これも勉強になりました。 |
書店ナビ | 誰もが発信者になりうるいま、「書くこと」「伝えること」を生業とする記者こそ、襟を正して先達から学ぶことがいっぱいありますね。 「記者」という生き方があることを再認識させてくれたフルコース、ごちそうさまでした! |
©2024北海道書店ナビ,ltd. All rights reserved.