北海道書店ナビ

第260回 寿郎社 代表取締役編集長 土肥 寿郎さん



5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.36 寿郎社 代表取締役編集長 土肥 寿郎さん

寿郎社は2000年4月7日設立。昨年は10冊(!)の本を刊行した。


[本日のフルコース]
われわれの頭からすっぽり抜け落ちている
《近現代史》を知るための本フルコース

[2016.2.15]







書店ナビ 北海道に数ある地元出版社のなかでも、「寿郎社」(じゅろうしゃ)さんの目線はつねに全国区。新刊が出るたびに主要な全国紙に新聞広告を出す姿勢からも、つくり手が注ぎこんだ膨大な熱量と「読むべし!」という気迫を感じさせます。
土肥 僕は10年間東京の晩聲社(ばんせいしゃ)という出版社で編集の基本を学びました。そのときから専門分野はつねに「近現代史」で、2000年に札幌で寿郎社を立ち上げてからもその軸足は変わりません。
僕らの大先輩にあたる近現代史の編集者はみな、著者とともに「この本が出た瞬間に歴史をつくることになる」という覚悟と責任感をもってつくってきました。
数数の名著が明らかにしてきた戦前戦後で劇的に変化した歴史観、神話的な見方から科学的な視座で史実を冷静にとらえ直した歴史観というものは、僕らがいまの社会状勢を考えるうえで非常に大事なものさしになってくれます。
ところが、昨今の政治を含めた社会状況を見ると、どうもその大事なものさしがないがしろにされているように感じます。大人はきちんとした近現代を知ろうとせず、あるいは一部を曲解し、未来をになう子どもたちに至っては近現代史を学校で習う間もなく社会に出てしまう。
書店ナビ メディアの見出しを鵜呑みにしがちなのも自分の中に知識がないから…。近現代史への理解は一部の人間のものではなく、国際人としての教養のひとつですね。
土肥 「どうしてこういう社会になったのか」「あの国との関係はいつからこうなのか」。その答えを見つけようと一所懸命本をつくってきた先輩たちの仕事がないがしろにされたままの現状に僕は怒りさえ感じています。
いまからでも読んでおきたい本はたくさんあります。一緒に勉強していきましょう。


[本日のフルコース]
われわれの頭からすっぽり抜け落ちている
《近現代史》を知るための本フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

[改訂版]かえりみる日本近代史とその負の遺産 

[改訂版]かえりみる日本近代史とその負の遺産 
玖村敦彦  寿郎社

土肥さんの解説
靖国神社に首相や閣僚が参拝するとなぜ中国・韓国は怒るのか? それに答えるには100年あまり歴史をさかのぼって考えなければならない。本書は明治維新以来現在までの147年を――つまり明治維新からアジア太平洋戦争敗戦までの《近代史》と敗戦から今日までのいわゆる《戦後》と呼ばれる《現代史》を――概観するのに最適の本。著者は歴史家ではなく、大学で基礎理学を教えてきた門外漢だが、それゆえに信頼できる最新の知見にもとづく《近代史》を徹底的にわかりやすくまとめることができた。本書を読めばアジア諸国との軋轢がなぜ生まれるのかが、(池上さんの本より)よくわかる。
書店ナビ 本の内容もさることながら巻末のポケットに入っている付録の〈近代・現代対照年表〉がすごいです! 広げたら驚きのA2サイズ!
日本の大転換期である1868年の明治維新から始まり、日清戦争、日露戦争、満州事変を経てアジア・太平洋戦争が終わる1945年までが上の段に記載され、1946年から本書が出た2015年までが下の段に記されています。
戦後70年の歩みと戦中・戦前の出来事を照らし合わせていくと、さまざまな気づきが得られるすばらしい構成です。
土肥 「こういう年表が欲しい!」と長年思い続けていたもののどこにも見当たらないので、とうとう本書の出版を機に自作に踏みきりました。日本と世界の150年の歴史を一望できることが近現代史理解に大きな助けになると思います。
紙はたたんで巻末のポケットに入るギリギリの厚さを探り、字の大きさもなんとか読める6ポイントに。熟慮のすえにたどりついたベストなフォーマットだと自負しています。

土肥さんの理想を形にした付録の〈近代・現代対照年表〉。内閣総理大臣の名前と日本で起きた地震も掲載されている。


オレンジとグレーの帯には「明治維新から○年」「日清戦争から○年」と、主な出来事からの経年が記載されている。






スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

それでも日本人は「戦争」を選んだ

それでも日本人は「戦争」を選んだ
加藤陽子  朝日出版社 

土肥さんの解説
普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?(本書カバー惹句より) 東大で日本近現代史を教える加藤陽子先生がなんと中高生に日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争が起こった原因について講義した――というほど堅苦しくはないが――内容をまとめた本。《前菜》本で挙げられた歴史事象としての「点」と「点」が、この《スープ》本によって隙間が埋められ「面」となってゆくのが快感になるはず。そして「血の通った人間」が引き起こす戦争の実体が見えてきて戦慄することに。


書店ナビ 先生がしゃべりたおす一方的な講義ではなく、ところどころに中高生からの質問や感想がさしこまれているのが読みやすいですね。
たとえば本書の332ページ、太平洋戦争に関する質問「日本とアメリカは圧倒的な戦力差があることはわかっていたのに、どうして日本は戦争に踏み切ったんですか」とか「日本軍は、戦争をどんな風に終わらせようと考えていたんですか」など、スルドイ質問が出ています。
土肥 いい質問ですよね。そうやって疑問に思ったことをずっと考え続けた結果、知識は本物になっていく。地図や人物写真、参考書のようなワンポイントメモもあり、本の造りもかゆいところに手が届くように丁寧につくられています 。

2007年の大晦日からお正月をまたいだ集中講義は5日間。中学1年から高校2年まで、受講した神奈川県の私立栄光学園の生徒たち17人がうらやましい。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

続敗戦論 戦後日本の核心

永続敗戦論 戦後日本の核心
白井聡  太田出版

土肥さんの解説
上記2冊は近代史が中心。このメインディッシュ本でいよいよ現代史の「核心」へ迫ることに。最初の問いかけをもう一度。靖国神社に首相や閣僚が参拝するとなぜ中国・韓国は怒るのか? 
それは100年前に遡って考えるまでもなく、首相をはじめとする日本の支配階級が「いま」も100年前と同じメンタリティーだから。
靖国問題も竹島や北方領土などの領土問題も、北朝鮮の拉致被害者問題が解決しないのも同じこと。「ずっと敗戦が続いている」という「永続敗戦」の考え方から解き明かされる。目からうろこの本とはこのような本のことを言うに違いない。
敗戦時の天皇の真意や「国体」というわけのわからない概念を「丸裸」にするような冷徹な論理と、日本人としての矜持とは何かを訴える憂国の情熱が誕生せしめた「現代史」における名著の一つ。



土肥 一頁一頁じっくりゆっくり時間をかけながら、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいです。


肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

アジア・太平洋戦争辞典

アジア・太平洋戦争辞典
吉田裕・森武麿・伊香俊哉・高岡裕之編
吉川弘文館

土肥さんの解説
こうした辞典の出版を待ち望んでいたが、ついにこの11月に出た。「こうした」というのは、「戦争」を扱っていながら「軍隊用語」や「武器」だけの説明に終始せず、当時の生活・文化・人物・思想に関する用語もしっかり載っている辞典という意味だ。加えて、中国や東南アジア、欧米の当時の状況に関する言葉もある。だから(辞典なので頭から読む必要はないのだが)「あ」から順番に読んでいってもじつに面白い。


書店ナビ 各項目に参考文献が載っているところもいいですね。
土肥 「慰安婦問題」などのデリケートな項目は「こうも言われている」という多角的な視点が解説されていて、何か原稿を書くときに役に立つばかりではなく、読み物としても十分楽しめます。
《前菜》から《魚料理》までの3冊に出てくるわからない言葉や気になる事象を本書でより細かく調べることで、近現代史の知識は飛躍的に高まります。ただし値段は高い。2016年3月31日までは本体価格25000円。4月1日から27000円。いま買うべし!

「近代思想史ついて理解が深まる用語も載っています」



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

アイヌ民族否定論に抗する

アイヌ民族否定論に抗する
岡和田晃、マーク・ウィンチェスター編
河出書房新社

土肥さんの解説
札幌市議(当時)の「アイヌ民族なんてもういない発言」から始まったアイヌ民族を否定する妄言やアイヌに対する差別的言論に対して、さまざまな立場の人々が、さまざまな切り口から反論した本である。目次をみて興味ある論考、読みやすそうなところから読んでいい。本書を(一部分でもいいから読んで)アイヌ民族の歩んできた歴史を知ってほしい。そしてそこから「もうひとつの近現代史」をかえりみてほしいと思う。



書店ナビ 市議の発言が2014年8月のことで、本書の出版が2015年1月。帯に書かれていたとおりの「緊急刊行!」です。
土肥 われわれの頭から近現代史の知識が抜け落ちるとどうなるか。「アイヌ民族なんていない」という妄言に惑わされることになります。
これまで紹介した4冊にアイヌ民族のことはまったく出てきませんが、「正史」としての日本の近現代史は、アイヌ民族にとっては「その居住地を和人に侵略され蹂躙された歴史」に他なりません。そのことを北海道民なら特に知っておかなければならない。
そのための入門書は数多くありますが、「今日的な本」という意味で、この本を《デザート》本に選びました。


ごちそうさまトーク 「おかしいものはおかしいんだ」





書店ナビ 土肥さんの下のお名前を付けた「寿郎社」さん。昨年10冊もの新刊・ムック本を出せたのも、若いスタッフたちが頑張ってくれたおかげだとか。
土肥 ちょっと面白い学生が2人何を血迷ったのか、うちで働きたいと言ってきまして。ほかにも編集・営業面でボランティア的に力を貸してくれた“助っ人”のみなさんに助けられての刊行でした。
僕は晩聲社時代に受けた仕事も含めて200冊くらい本をつくり、独立してからはこの15年間で100冊の本を出してきました。いつも根っこにあるのは、弱いものを助けたいという気持ちと、あらゆる権力・権威に対しておかしいものに対して「おかしいものはおかしい」と声をあげ続けるジャーナリズムの精神です。
とはいえ本づくりは本当に奥が深くて、自分にしか出せない本だと思えるところまで高めてつくったつもりでも、できた瞬間に「もっとできたんじゃないか」と不満がこみ上げてくる。いつか、納得のいくものをつくって死ねたら本望です。
書店ナビ 全国の書評家も注目する寿郎社さんの仕事、これからも楽しみにしています。私たちが生きる現代そして未来をクリアーな視界で見通すための《近現代史》本フルコース、ごちそうさまでした!






2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんや編集者の方にお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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