開店資金のクラウドファンディングに協力した札幌市の「かの書房」でお話をうかがった。荻鵜さんはかの書房の「推し作家」にも名を連ねている。
[2019.6.24]
書店ナビ:北海道在住のライトノベル作家、荻鵜(はぎう)アキ先生のデビューのきっかけは、小説投稿サイト「小説家になろう」で発表していた長編ファンタジー『冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~』が第6回ネット小説大賞を受賞したこと。 2018年の夏に受賞作が単行本化され、2019年2月にはコミカライズも実現!5月末には『冒険家になろう!』3巻も発売され、いま勢いにのっている道産子作家さんです。
書店ナビ:小さい頃から作家志望だったんですか?
萩鵜:いえ、それがそうでもなくて。読書は苦手で、名作と言われるものもほとんど読んだことがなかったんです。
正式に診断を受けたことはありませんが、読もうとするとなぜか文字が逃げていくような感覚があり、調べるとどうもディスレクシア(難読症)に該当するようで、このことも読書嫌いの原因のひとつだったと思います。
それよりも中学の頃からギターにハマり、音楽系の専門学校を卒業した後は飲食店でDJとかをやっていたんですが、そのときに人前で思いどおりに話せない経験を何度もして、それが本当に辛かった。
「しゃべるのが苦手なのは一体どうしたらいいんだろう? そうだ、話す前に自分の気持ちを文章に書いてみよう」と思い、書き始めたのが執筆の始まりです。
それがちょうど20代に入ったばかりの頃。初めて小説を書いてみたら3週間で300枚書き上がり、2作目が2週間で200枚。そうやってハマっていったという感じです。
並行して文体や構成の勉強のために小説を一日一冊読むようにもなり、今では読書が楽しめるようになりました。
書店ナビ:今回作っていただいたのは、そうしたご自身の経験と照らし合わせて「読書につまずき、苦手意識をもっているあなた」に向けて作ったフルコースですね。
《前菜》から《デザート》までに楽しいキャッチコピーも考えてくださいました。早速見てまいりましょう!
書店ナビ:アニメ化もされた本作は、2007年のガガガ文庫創刊時に1巻が発売され、2016年に本編9巻・短編2巻の全11巻で幕を下ろします。
《前菜本》はライトノベルのSFファンタジーですね。ドキッとするタイトルですが、設定が面白そう。おすすめのポイントは?
萩鵜:文体が軽くてとても読みやすく、使用されている語彙が豊富なので初心者にとって非常に読み応えを感じるシリーズです。全11巻と長めですが、妖精さんたちと「わたし」のやりとりがほのぼのと続いていく”ファンタジー版サザエさん”だと思っていただければ(笑)。
書店ナビ:初心者にはまず、読み切れる作品との出合いが大切ですね。
萩鵜:ええ、やはり読書に慣れていない人間にいきなり『カラマーゾフの兄弟』は難しいと思うんです。返り討ちに遭って、読書自体が嫌いになってしまいますよね。
それよりもとっつきやすいところから入って自信や達成感を高めて行く。それが大事だと思います。
書店ナビ:桜庭一樹さんのデビュー作は1999年にファミ通エンタテインメント大賞小説部門佳作に入った『夜空に、満天の星』。2005年に『少女には向かない職業』で頭角を現し、2008年に『私の男』で直木賞作家の仲間入りを果たします。
萩鵜:この本は自分が執筆を始めた頃に読んで衝撃を受け、「自分もいつか、こんな人の心の芯に突き刺さるような作品を書いてみたい!」と思わせてくれた大事な一冊です。文体の影響も非常に強く受けています。
書店ナビ:自分らしい文体を確立するにはどういう練習をするんですか?
萩鵜:僕の場合は気になる作家さんの文章を徹底的に分解します。主語、動詞、目的語などに分けて、各パーツに違う言葉をあてはめても文章が成立するか検証していく。そうしていくうちにその作家さん独自のクセやリズムが見えてくるんです。
書店ナビ:京都の寺町三条商店街にある骨董品店の息子、家頭清貴は「寺町のホームズ」と呼ばれる頭脳派で、ひょんなことからそこでアルバイトを始める女子高生の真城葵がワトソン役を務めていく…「京都」に「ホームズ」と、ちょっとズルいくらい美味しい要素が満載ですね(笑)。
「ライトノベルの魅力は挿画も楽しめるところです」。コミックやアニメになると絵柄が変わり、原作ファンが一喜一憂したりする。
萩鵜:いわゆるキャラミスとか骨董ミステリーといわれるジャンルです。歴史上の人物を主人公にしたり、古今東西の人気キャラにうんちくを語らせる。
一見、安易な設定に聞こえるかもしれませんが、そこは組み合わせの妙でいくらでも世界観を広げることができる。作家の腕の見せどころです。
小説から知識を得られる体験は、実は読者にはとても大事なことで、その入口はホームズでも文豪でもなんでもいいと僕は思います。
ついてこれない読者が悪い、ではなくて、置き去りにしないことのほうを大事にしていきたいです。
萩鵜:森見先生の作品はやはりどこを切り取っても森先生にしか書けない世界観に脱帽です。ホームグラウンドの京都を縦横無尽に描かれる筆力もすごいですし、「黒髪の乙女」をはじめ「パンツ総番長」とかキャラクターの強さはぐうの音も出ないほど。
文体も「読者諸賢、ごきげんよう。ここに久闊を叙す。」なんて書かれてしまうと、読み終わって自分の執筆に戻ったときについ引っ張られて自分も「諸君!」とか書きそうになって危ないんです(笑)。
非常にクセのある文体に最初は面を喰らうかもしれませんが、読み進めるにしたがってすっかり読み手の僕らもこの森見ワールドの住人に。少々”残念な”主人公の恋路を全力で応援しています。
これが読めたら「もっと読める」という自信もつきますし、あとアニメ化作品のほうも素晴らしくて、100点満点の出来! 読み終わったらあわせてお楽しみください。
書店ナビ:2018年の本屋大賞作品です。「今世紀最高の恋愛ミステリ」との呼び声も高く、著者の知念実希人さんの名前が一躍知られるようになりました。
萩鵜:最後はマニアックなものにしようか迷ったんですが、「本屋大賞作品を読めるようになってフィニッシュ」の流れがいいかなと思い、こちらにしました。
医療ミステリに見えて、あくまでも主軸は恋愛にあるのでどなたでも楽しめると思います。ネタバレを避けますが、ある人物がある人物に会いに行く場面がとても素晴らしくて、ぐっときました。いつかこういう設定を自分の作品でも使ってみたい!と燃えたことは内緒です(笑)。
書店ナビ:執筆を始めてほぼ10年後に念願のデビューを果たした萩鵜先生。2019年5月末には3巻が発売になり、「かの書房」さんではサイン本と限定SSも取り扱っています。
北海道と自宅ダンジョンの設定を融合し、従来の「目立ちたがりじゃない、巻き込まれ型の男性主人公」と真逆のキャラクターを導入した『冒険家になろう!』。
取材後はかの書房に置くサイン本作り。「北海道の作家を推してくれるかの書房さんには足を向けて眠れないです」
萩鵜:『冒険家になろう!』を書いたとき、ようやく自分だけの作品が書けたと思うことができました。なかでも、ちょっと空回りの言動が目立つヒロインは、昔の自分を投影しているところもあり、3巻まで使って彼女の成長に答えを出せたことにほっとしています。
ただ、デビュー作にいつまでも甘えてはいられないので、これからもどんどん自分で自分の筆力に手を入れていかないと。いつか読んでくださる方の「人生の一冊」になるような作品を書きたいです。
書店ナビ:2019年5月1日に活動を開始した、若手が中心となる北海道作家会の代表もお務めですね。
萩鵜:現在10人弱のメンバーがいて、北は稚内から南は函館まで。創作の手法や葛藤を共有できるのはお互いの刺激になりますし、相談できる相手がいることにもみんな救われていると思います。
書店ナビ:今後、北海道作家会のメンバーさんにもぜひ、いろんな形で本のフルコースにご協力いただけるとうれしいです。
ただいま3巻が好評発売中!『冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~』の萩鵜アキ先生のフルコース、ごちそうさまでした!
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