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第585回 BOOKニュース 寮美千子さんトークレポート編

作家・寮美千子さんトークレポート at 俊カフェ
奈良少年刑務所の186人と過ごした「物語の教室」のお話

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8月26日、谷川俊太郎氏公認のブックカフェ「俊カフェ」が笑いや涙に包まれた2時間だった。

[2023.9.11]

児童文学、SF、絵本、文芸…ジャンルを超えた寮美千子の世界

「今日は俊カフェさんにいるので、私と谷川俊太郎さんとのエピソードからお話ししますね」という一言から始まった作家・寮美千子(りょう みちこ)さんのトークイベントが、2023年8月26日札幌市中央区の俊カフェで開かれた。
今回の書店ナビは、その参加レポートをお届けする。

今年で作家活動37年になる寮さんは高校卒業後、外務省に1年間勤務し、その後コピーライターとして活躍する時期もあったという。
詩人・谷川俊太郎さんとの接点は外務省を辞めたあと、就活中に谷川さんが翻訳する『マザーグースのうた』を出版している草思社の編集補助スタッフに応募、採用されたことがきっかけだった。

谷川俊太郎さんのサイン会の手伝い要員として憧れの当人に会った時、上司が気を利かせて「このコも詩を書くんですよ」と寮さんのことを紹介した。すると、当時からすでに誰もがその名を知る詩人はこう言ってのけたという。
「じゃあ、ぼくと同業者だね」。寮さんは「なんて育ちのいい人なんだろう」と思ったそうだ。

その後、多忙なコピーライター業を経て1986年に童話「ねっけつビスケット チビスケくん」で第10回毎日童話新人賞を受賞。
そこから児童文学作家の道をひた走る……とはならないのが、執筆ジャンルの広さを誇る寮さんである。

長野県にある野辺山宇宙電波観測所の電波望遠鏡にインスパイアされたSFファンタジー小説『小惑星美術館』や、のちに金沢芸術創造財団がオペラ化した『ラジオスターレストラン』(どちらもパロル舎)を発表したかと思えば、「何を書いても児童文学に分類されてしまう」イメージを脱却しようと大人の女性の心の旅路を描いた『楽園の鳥 -カルカッタ幻想曲』(講談社)で第33回泉鏡花文学賞を受賞。

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楽園の鳥 -カルカッタ幻想曲
寮美千子  講談社
消えた恋人を追って「世界の果て」にさまよいでた三十代半ばの作家ミチカ。バンコク・カルカッタ・カトゥマンドゥ・ヒマラヤ山中、ベンガル湾を舞台に、いくつもの傷ついた心が交錯する。死ぬほど美しい大地を見下ろしながら、脚のない「楽園の鳥」は飛びつづける。

書店ナビの選書企画「本のフルコース」では、札幌の老舗アウトドアショップ「秀岳荘」のスタッフ橋本さんが寮さん作の絵本『おおかみのこがはしってきて』(ロクリン社)を《前菜本》に紹介してくれたこともあるーー。

オリジナルフェア「秀岳荘BOOKS」発案者の橋本さんが選ぶ 「土地の記憶を呼び覚ます」本フルコース

www.syoten-navi.com

けれどもこの日、寮さんが俊カフェで話したのはどれとも異なるノンフィクションであり、詩の世界だ。
舞台は奈良少年刑務所。「少年たちと会ったあの時間は、私の心の森林浴でした」と語る186人との物語だった。

矯正教育に力を入れる奈良少年刑務所で「物語の教室」を担当

奈良少年刑務所は、明治期に建てられた日本に現存する最古の刑務所建築。2017年、廃庁となり、「旧奈良監獄」名で国の重要文化財に指定された。

奈良少年刑務所は、明治4年に奈良監獄として発足し、明治34年に明治政府の監獄建築改良方針に基づき建築が計画され、同41年に五大近代監獄の一つとして現在地に竣工された。
同所は昭和21年に少年刑務所と改称されて以降、主に犯罪傾向の進んでいない26歳未満の受刑者(YA指標)や20歳未満の少年受刑者(JA指標)を収容する全国でも4つしかない若年の初犯受刑者を収容する少年刑務所の一つとして、受刑者の改善更生と社会復帰に向けた矯正処遇を積極的に展開してきた。
取り分け、矯正教育や職業訓練において先進的な取組みを多々実施しており、全国の刑事施設を牽引してきた歴史を持つ。なお、建物の老朽化に伴い平成28年度末をもって廃止となり、長いその歴史に幕を下ろすこととなっている。

引用元:https://www.moj.go.jp/content/001216205.pdf

寮さんが奈良に移住した2007年当時はまだ稼働中。その美しい明治のレンガ建築を見学した際に、職員の方々と作家であることを含めて軽く立ち話をしたのが、全ての始まりだったという。

「それからしばらくして連絡がきて、”社会性涵養プログラムの講師になってください”と言われてビックリしました。だってここに入っている受刑者は、強盗・殺人・レイプ・放火魔・覚醒剤…と重たい罪を犯した子たちばかり。そんな子たちに詩や童話で何ができるのかと思いました。でも聞けば、どの子も”加害者になる前に被害者だった”と。”ひどい虐待や貧困の中『助けて』も『イヤだ』も言えず、『苦しい』『悲しい』を感じたくなくて自分の気持ちを閉ざしてしまった。だから被害者の気持ちも思いやることができないんです。そんな彼らの心の扉を開いてほしい”と刑務官の方からお願いされました」

そこから始まった寮さんと彼らの「物語の教室」。結論から述べると、全18期・186人と試みた化学反応は誰も予想しなかった形で花開き、そこから何冊もの宝石のような輝きを放つ本が生まれている。特に紹介したいのがこの2冊だ。

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空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集
寮美千子編  新潮社
受刑者たちがそっと心の奥にしまっていた葛藤、悔恨、優しさ…。童話作家に導かれ、彼らの閉ざされた思いが「言葉」となって溢れ出た時、奇跡のような詩が生まれた。寮さんが選んだ感動の57編。

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あふれでたのはやさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室
寮美千子  西日本出版社
『空が青いから白をえらんだのです』が生まれた場所で起こった数々の奇跡を描いた渾身のノンフィクション。絵本を読み、演じる。詩を作り、声を掛け合う。それだけのことで少年たちは「心の鎧」を脱ぎ始める…。

これほど劇的な変化をもたらした寮さんの授業とは、一体どういう内容だったのだろうか。俊カフェに集まった参加者も食い入るように聞いている。
はじめに教科書がわりにしたのは、北海道を舞台にした自身の絵本『おおかみのこがはしってきて』だった。
アイヌの親子のせりふで構成されているこの物語を2人に朗読してもらう。ひと組が読み、終わるともしかしたら彼らが物ごころがついてから初めて浴びるのかもしれない拍手が起きる。感想を言う。本人たちも率直な気持ちを打ち明ける。「拍手をしてもらえてよかったです」…。また誰かが読む、拍手が起きる…を繰り返す。

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朗読の助けになればと一人の刑務官がアイヌの衣装がわりにハチマキを用意し、その心に打たれた寮さんが自作したものを披露した。

次の絵本は、だれが一番えらいかをどんぐりたちが話し合う『どんぐりたいかい』(現在絶版)。今度は役が増え、「のっぽちゃん」「美人ちゃん」「普通くん」たちにナレーターもいる。

「前回、読めないと言った子がいたんです。でも刑務官の先生がその子のことを”うん、やらなくていいよ”と受け止めてくださったんです。すると、今回はその子が一番最初に手を挙げて演じてくれました。準備ができていない子の背中は無理に押さない。本当の意味で《寄り添う》とはどういうことかを教わる思いでした」

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寮さんが実際に使った脚本。読みやすいように役ごとにマーカーが引いてある。

みんなで読み、拍手と感想を交換し合うとじきに少年たちの演技に力が入り、自ら台詞を関西弁にアレンジする子まででてきて、みんな大笑い。寮さんを驚かせた。

ことばを受け止める・受け止められる経験で再犯の抑制に

その次の授業ではまど・みちおの「ぞうさん」などの詩を読んだが、「少年たちが自分で書いた作品を語り合う方が、ずっと効果が大きいとわかり、まど・みちおさんにはお引きとりいただきました(笑)」
前述した文庫本『空が青いから白をえらんだのです』のタイトルは、一人の少年が作った「くも」というたった1行の詩がそのまま使われている。
作者の少年がくもに寄せた思いと、それを自分自身の生い立ちと重ね、口々にたたえる少年たちの純真な共感力…その時やっと表に現れた彼らの人間性こそ、このレポートをご覧の皆さんにも『空が青いから…』を読んで確かめてもらいたい寮さんからのメッセージだ。

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「大切なのは共感と受け止めですよね」と語る寮さん

寮さんや授業を見守る刑務官たち大人は「物語の教室」を始める前に「これは必ず守りましょうね」という申し合わせをしたという。
少年たちの言うことを否定しない、人生訓をたれない、指導しないーーただひたすらかたわらにあり、少年たちが心身ともに安全だと感じる場やひとが揃ってはじめて彼らも自分の罪と向き合える。そう、寮さんは指摘する。

「大変な罪を犯した少年たちの肩を持つようなことをなぜするのかと聞かれたこともあります。少年たちは、被害者やご家族の悲しみ・苦しみを癒やしたり、罪を償うことはできません。ただ、彼らの心の扉を開くことが彼らが社会に出たときの再犯防止につながり、もしそのままだったら生まれていたかもしれない次の被害者の人権を守ることにもつながる。そう信じてやってきました」

2007年から取り組んだ寮さんの教室は2016年9月唐突に幕を下ろすことになり、建物の老朽化等を理由に奈良少年刑務所は2017年3月に廃庁となった。
現在は知的障害者の施設でも同様の教室を開いている寮さんだが、足かけ10年の活動を振り返り、心に刻まれたことがあるという。
「どんなにつたないことばでも受け止めてくれる人さえいれば、それは人生を変える重要なことばになる。彼らと過ごす以前の自分は”詩のエリート主義者”だったことにも気づかされました。本当に、あふれでたのはやさしさでした。彼らに心から感謝しています」

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「札幌、奈良より暑いですね!」と寮さんが驚くほどの酷暑にもかかわらず、熱心にメモをとる人が多かった。

今回、寮さんと俊カフェの”橋渡し役”を務めたのは、北海道の図書館関係者から厚い信頼を集める全国SLA学校図書館スーパーバイザーの佐藤敬子さんだ。
「寮さんはどんな人をもハダカにしてしまう魅力があります。それはご自分もハダカになるから。そうやって人をその場で自由にさせ、その人の奥底からの心を引き出します。だからこそ奈良少年刑務所の彼らも声を出せたんですね。私も寮さんとは20年近く前に奈良の平城宮跡保存運動で初めてお会いしましたが、最初から心を開いてお話しできたように思います」

会場でお見かけした札幌の朗読アーティスト五十嵐いおりさんにも感想をうかがった。十勝の子どもたちによる詩集「サイロ」の編集委員であり、アイヌの昔話を日本語で読む朗読ライブもしている五十嵐さんは、寮さんの『空が青いから…』を読み、「小学校でもこういう出張授業ができたら」というヒントを求めて参加したという。

「とても印象に残ったお話は、授業の目的はコミュニケーション力を育むこと、受刑者である彼らに”助けて!”"できません!”"イヤです!”と言える練習をしてもらうこと、というくだりです。大きな罪を犯した少年たちイコール恐ろしい存在と思い込んでいましたが、曇った目で見ていたんですね。彼らも実は弱い存在だったんだと気づかされることの連続でした。子どもたちが書く『サイロ』の詩もいいことや嬉しいことばかりでなく、辛い気持ちを書いた詩もあります。詩を書くことで自分の気持ちを確認する、自分を知る、といいましょうか。同じように受刑者たちも詩を書くことで自分の心を俯瞰できるんでしょうね。詩を書くって素晴らしいです」

自分には発したことばを受け止めてくれる人がいるだろうか。また、受け止めたいと思う相手がいるだろうかーー。
少年たちの詩が語りかけてくることは、読んだ人の数だけありそうだ。トーク後のサイン会で盛り上がる俊カフェをあとにし、空高く浮かぶくもの白さに触れる心を大切にしたいと思う寮さんのお話であった。

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