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第418回 札幌弘栄堂書店 パセオ西店 竹之内 美紀さん

Vol.150 札幌弘栄堂書店 パセオ西店 竹之内 美紀さん

インパクト十分の《肉料理》本を持つ竹之内さん。取材場所は竹之内さんも「ずっと気になっていた」俊カフェにご協力いただいた。

[本日のフルコース]
弘栄堂書店の竹之内さんがそっと教えてくれた

「心の琴線に触れる愛読書」フルコース


[2019.3.18]

書店ナビ 選書企画「本のフルコース」、とっても久しぶりの書店員さん編は、JRタワーの札幌弘栄堂書店パセオ西店にお勤めの竹之内美紀さんにご協力いただきました。

同業他社でも働いた経験がある竹之内さん、一時期「人生に迷って」コールセンターなどに寄り道したものの「同じ苦労でも、本にまつわる苦労ならがんばれる」と気づき、再び書店業界に復帰されたそうです。
竹之内 あとでまた《肉料理本》のときにお話ししますが、まだ勤める前から札幌弘栄堂書店パセオ西店のとんがった選書が大好きで、気になっていました。

勤めて1年ちょっとの今も、店長や先輩から「一体どこから引っ張って来たんだろう」と思うような面白い本を教えてもらうことが多くて、やっぱり書店で働けてよかったと実感しています。
書店ナビ フルコースは「琴線に触れる」5冊を選んできてくださいました。

それでは一緒に見てまいりましょう!
[本日のフルコース]
弘栄堂書店の竹之内さんがそっと教えてくれた

「心の琴線に触れる愛読書」フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

手巾(ハンケチ)

芥川龍之介  Kindle版

芥川の短編小説。実家にあった文学全集(中央公論社)で読みました。主人公の「長谷川謹造先生」は北大の新渡戸稲造をモデルにしたと言われています。皮肉が効いていて、人の感情の寄る辺なさを描いた秀作。

書店ナビ この本は、ネタバレになってもきっと「自分で読んでみたい!」と思われる内容なので、竹之内さん、本の解説をお願いします。
竹之内 物語は、先生の家に教え子の母親がやってきて、入院していた息子の死を告げるというだけの話なんですが、涙のひとつも見せない母親のことをいぶかしむ先生が、ふとした瞬間に実は母親が「膝の上の手巾(ハンケチ)を、両手で裂かないばかりに緊(かた)く、握つてゐるのに」気がつくんです。
書店ナビ 実は心では号泣していた、と。それを長谷川先生は「日本の女の武士道」だと讃えますね。ところが物語には続きがある。
竹之内 そのとき先生が読みかけていた西洋演劇の評論本の、婦人の名刺をしおり代わりに挟んでいたページに「(中略)顔は微笑してゐながら、手は手巾を二つに裂くと云ふ、二重の演技であつた、それを我等は今、臭味(メツツヘン)と名づける」とある…。それを読んだ先生は感動が急に冷めて、鼻白んでしまうんです。
書店ナビ 母親の仕草がどこまで演技だったのか、博覧強記である帝大の先生をどこまで皮肉っているのかは、芥川ははっきりと書いていませんが、いずれにせよ、どろりとした後味が残りますね。
竹之内 読んだ瞬間「こわっ!」と思いました。でも私たちの日常生活でも、正直な気持ちを隠すために演技めいたことをしたり、誰かがそう演じているのを見て「演じてるな」と察することってありますよね。そういうときにいつもこの場面を思い出します。

ちなみに先生の読んでいた演劇論の表紙の色は黄色。欺瞞の色でした…。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

クラウド・コレクター―雲をつかむような話

クラフト・エヴィング商會  筑摩書房

20代のときに、札幌の旭屋書店さんで買いました。装丁を含めて完成された一冊。世界の作り込みが素晴らしいです。ページをめくりながら自分も一緒に旅をしているようで、ウィットに富んだラストが忘れられません。

書店ナビ 吉田篤弘さん・浩美さん夫妻が構成する著作家ユニット「クラフト・エヴィング商會」は明治30年に創業し、両氏は3代目にあたるという《架空の設定》があるそうですね。
竹之内 本書は、先代の吉田伝次郎が遺した空想旅行の記録「アゾット行商旅日記」をもとに再構成したという設定で、私たち読者を架空の地アゾットに連れて行ってくれます。

表紙に一目惚れして買い、中をめくっていくと「ああ、なんで自分はこの世界の住人じゃないんだろう!」と身悶えしたくなるほどハマりました。

私の中で「読み終わったあともずっとその本のことばかり考えている」という本が数冊ありまして。その一冊に入ります。

特に好きだったのは夜の国の話。「筆談で話すとか出てくる小物にグッときます」


魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

天上の青〈上〉

曽野綾子  新潮社

昭和の連続殺人犯・大久保清事件を題材にした犯罪小説。実際にあった事件を扱っているので、読んでいて苦しくなりますが、この読後の虚無感はなかなか味わえません。

書店ナビ 補足しますと、大久保清連続殺人事件は1971年3月から5月にかけて当時36歳だった大久保清が何人もの若い女性に「絵のモデルになってくれませんか」などと声をかけ、うち8人を殺害したという事件です。
竹之内 この本を知ったきっかけは、精神科医の春日武彦先生の本にこの本が紹介されていました。

著者はあくまでも小説として書いていますが、この救いのない話(大久保清は死刑判決を受け、1976年に刑が執行された)をどう終わらせるのかを見届けたくて、最後まで読み切りました。
書店ナビ 特に印象に残っている場面は?
竹之内 終盤になって犯人の主人公と、曾野作品のヒロイン像を象徴するような清らかなキリスト教信者の女性との手紙のやりとりが出てくるんですが、片方は「あなたを赦します」と書いているのに、もう片方はまだ欲と俗にまみれたことを書いている。二人とも全然噛み合ってないんです。

でもこういうことは実生活にもよくあって、隣りの人とだって話が噛み合わないこともあるかもしれない。その不条理のような、リアルなやりとりがいつまでも心に残ります。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

赤い人

吉村昭  講談社

ノンフィクションの面白さを知った一冊。弘栄堂に入社するきっかけを作ってくれた本です。北海道開拓の背景には囚人と看守たちの息詰まるドラマがあった。誇張のない緻密な取材で描かれた吉村作品は読みごたえ◎です。

竹之内 まだお客のときに今の店に立ち寄ったら、この表紙の囚人をそのまま切り抜いたポップがあって、目が釘付けになりました。

しかもこの本は新刊でもなんでもないのに(この表紙は1984年版、新装版は2012年に出版)なんでこんなに積んであるんだろう、と。

あとで聞いたら、それは店長と先輩が仕掛けたみたいで、私がもう一度本屋に戻ってくるきっかけを作ってくれました。
書店ナビ うわあ、それは大事な一冊ですね。
竹之内 それに私の趣味は、徒歩や自転車で郷土資料館をめぐること。今こうして普通に私たちが暮らしているのも、この本で描かれた「赤い人」や屯田兵の存在があればこそ。北海道の歴史をきちんと知りたい。今年もあちこち出かけられたらうれしいです。

「吉村作品は、登場人物のセリフがほとんどないほど描写が緻密。誌面を埋め尽くす字の密度を乗り越えられたら大丈夫です」


デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

月曜日の友達 1

阿部共実  小学館

36歳の中年でも心ときめいた作品。中学1年生のガール・ミーツ・ボーイ物語。他の作品と一線を画すのが、セリフの詩的さと絵の儚さ。震えました。2巻完結なので読みやすさもおすすめです。

竹之内 弟が買ってきて、読みました。社会に出ると、自分でももてあましぎみな感受性とかすぐに揺れやすい感情なんかはもう封印して、ずっと低体温で生きていこうと思ってたし、そうしてたはずなんですが、このマンガを読んで「あ、私の感受性、まだ生きてた」と思えた。こみあげてくるものがありました。



特に言葉のセンスがすばらしくて、主人公の「なんで私はみんなみたいになれないんだろう」とか、「思った、自分もそう思った!」とがくがく頷きそうになりました。

中学時代に感じていた鬱屈なんかをこうやって絵や言葉にしてくれる作者の表現力に導かれて、主人公たちとの一体感を覚えるのかもしれません。 

ごちそうさまトーク 店頭から仕掛けたい!「一冊多読」

書店ナビ 5冊を振り返ると、芥川の古典に始まり空想本、犯罪小説、硬派なノンフィクション、新進気鋭の作家のコミック…幅広いフィールドで竹之内さんの琴線が動いていますね。
竹之内 なんか”厨二病”みたいで恥ずかしいですが、今まで自分の中にためこんできたものが、気がついたらこの5冊になったのかなあと思うとちょっとうれしいです。
書店ナビ 書店員として今後の抱負を教えてください。
竹之内 やっぱり、私自身が『赤い人』に感動したように新刊・既刊本を問わずに「これを推したい!」と思う1冊をたくさんの方に読んでいただく《一点多読》を仕掛けたい。

そういう本を推しているほうがお店のカラーにもなるし、私たち書店員も注文がラクになるかもしれません(笑)。
書店ナビ 「自分だったら、この本をどう受け止めるのか」という読書の本質をそっと教えてくれるフルコース、ごちそうさまでした!
●札幌弘栄堂書店パセオ西店

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●竹之内美紀(たけのうち・みき)さん

北海道石狩市出身。北海道武蔵女子短期大学卒業。大手書店2社を経て、2017年12月から札幌弘栄同書店パセオ西店に勤務。文芸・ビジネス担当。

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