5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.137 一般社団法人まちライブラリー 関西エリアマネージャー 磯 勝己さん
取材場所はまちライブラリー@千歳タウンプラザ。公開取材の形で行った。
[本日のフルコース][2018.9.24]
書店ナビ | 2018年4月から、全国に広がる私設図書館「まちライブラリー」の関西エリアマネージャーに転職された磯さん。 その前は京都市内の専門学校で教員をされていたとうかがいました。 |
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磯 | そうなんです。はじめは情報処理の授業を担当していて、じきに学校の方針で旅行業も教えるようになり、一般旅行業務取扱主任者(現:総合旅行業務取扱管理者)、国内旅程管理主任者の資格を取りました。 その後学校が図書室を新設することになりし、面白そうだったので担当に手を挙げて、そこでまた新たに図書館司書の資格を取得します。 |
書店ナビ | 図書室の運営に関心を持ち始めた磯さんはやがてお勤めのかたわら、大阪府立大学の大学院に通うようになり、そこでまちライブラリーを提唱した礒井純充さんと出会います。 その礒井さんからの誘いもあり、今回の転職を決意されたとか。 磯さんの修士論文は「鉄道ミュージアムの図書と図書室に関する研究―さらなる活用による交流の可能性について―」。 調査の一環で小樽市総合博物館や三笠鉄道記念館にも足を運ばれたそうです。 鉄道は小さい頃からお好きだったんですか? |
磯 | もともと旅行が好きで、夫とあちこち出かけてはいたんですが、はじめて一人で本格的な鉄道旅行をしたのは2006年です。 京都から熊本を走る寝台列車「なは」(現在は廃止)に乗り、日常を離れた優雅な雰囲気に魅了されて鉄旅にハマりました。 ですので鉄道ファンとしてはまだまだ日が浅い、駆出しです(笑)。 |
今回のフルコース取材は、まちライブラリー@千歳タウンプラザの久重薫乃さんの仲介で実現した。全国の鉄道博物館の蔵書を見て歩いた磯さんと、鉄道本『日本一貧乏な観光列車が走るまで』(ぴあ出版)を出した書店ナビライター佐藤の対談も織り交ぜ、フルコース初の公開取材を試みた。
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
ローカル線ガールズ
嶋田郁美 メディアファクトリー
交通系女子のお仕事シリーズの1冊。2000年から2001年にかけて半年間に2度の正面衝突事故を起こし、運行停止となった福井県の京福電鉄は、のちに第3セクターの「えちぜん鉄道」として復活。その復活の立役者である客室乗務員たちの奮闘を描く。お笑い芸人横沢夏子さんの主演で映画化されるそう。
書店ナビ | 著者の嶋田さんは「ローカル線ガールズ」のチーフご本人。一度は廃止になった路線にガールズパワーで命を吹き込みました。 |
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磯 | 新幹線は別格として、ローカル線にサービス重視の客室乗務員が乗るようになったのは、おそらくこの「えちぜん鉄道」が走りだと思います。 私も乗りに行きましたが、客室乗務員の方々が揺れる車内でひざをついて接客をしたり、自分たちで作ったガイドマップを配ったり、とてもあたたかいアテンドで迎えてくれました。 私が特に本書に感動したのは、「ローカル線ガールズ」の「エス」の部分。鉄道を動かし続けるために皆が力を合わせるチームワークに胸が熱くなりました。 映画が公開になったら、またさらにまちが盛り上がると思います。北海道のみなさんもどうぞご注目ください。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
鉄道ファンのためのトレインビュー・ホテル
伊藤博康 東京堂出版
線路しか見えないホテルの部屋が、ある人たちにはこの上ない理想の空間に!発想の転換によって観光まちづくりが拓けることを教えてくれるガイドブック。
書店ナビ | トレインビュー・ホテルとは、窓から鉄道が見える部屋を売りにしているホテルのこと。一般に”景観のいい部屋”が好まれるなか、”鉄道しか見えない”悪部屋を生かした発想です。 |
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磯 | そうなんです。高級リゾートホテルに限らず、駅前のビジネスホテルも鉄道ファンにとっては「うれしくて寝てられない」部屋になる。 私事で恐縮ですが、一昨年は銀婚式の記念に夫と京都駅直結のホテルグランヴィア京都で「鉄道の見える部屋を」とリクエストして泊まりました。 京都駅は新幹線や近鉄などいろいろな車両の発着が多くて、時間を忘れて見入ってしまいました。 これがあまり便数が少なくて、似たような車両ばかりが走るところだとちょっとつらいかもしれません(笑)。 |
取材は2018年8月17日。京都から来てくれた磯さんは、たくさんの副読本と今回紹介する路線の関連グッズを持参してくれた。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
ディスカバー、ディスカバー・ジャパンー「遠く」へ行きたいー
東京ステーションギャラリー
1970年に展開された旧国鉄のキャンペーン「ディスカバー・ジャパン」を「再発見」する、東京ステーションギャラリーの展覧会の図録。若い女性をターゲットにしたデザイン先行のキャンペーンは、「どこか」「遠く」への鉄道旅行の出発点になったのか。
書店ナビ | お若い読者のためにちょっと補足しますと、1970年の大阪万博に日本中から大量の来場者を運んだ旧国鉄が、万博以降も個人旅行を促進するキャンペーンとして始めたのが「ディスカバー・ジャパン」です。 |
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磯 | ディスカバー・ジャパンの最大の功績は、それまで旅行といえば団体旅行、個人旅行といえば男のひとり旅だった旅の扉を若い女性たちに開いたところ。 ポスターに旅の”主役”として女性を起用し、オシャレな英字を駆使して新しい旅行像をつくりあげました。旅行ポスターのデザインという視点でも、エポックメイキングだったと思います。 このキャンペーンを「再発見」する展覧会が2014年に東京駅内のギャラリーで開かれ、そこで購入した図録が本書です。 |
今見ても古さを感じさせない「ディスカバー・ジャパン」ポスター。1993年に始まったJR東海の「そうだ京都、行こう。」キャンペーンにも、そのDNAが受け継がれている。
磯 | この展示を見に行った当時はまだ博物館学芸員の資格を持っていなかったんですが、資格取得後のいま思うと展覧会の切り口も面白いですし、図録を見ても完成度の高さと大変さがよくわかります。 |
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肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
「ななつ星」物語-めぐり逢う旅と「豪華列車」誕生の秘話-
一志治夫 小学館
JR九州はある日突然(あるいは偶然)豪華列車を完成させたのではない。四半世紀のD&S(デザイン&ストーリー)の積み重ねが、多くの人を奮い立たせた。JR九州がJR東日本(「四季島」)やJR西日本(「瑞風」)を追随させているのも痛快。
書店ナビ | 2013年から運行を開始した豪華列車「ななつ星 in 九州」は、定員30名の14室全室がスイートルーム。一泊二日コースと二泊三日コースがあり、お一人様18~70万円の宿泊費という、まさに”走る高級リゾートホテル”です。 磯さん、もしかして乗ったことが……? |
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磯 | ホームに入ってきた「ななつ星」を触ったことはあります。この列車が走るまでの道のりを思って、涙があふれてきました。 1987年に国鉄からJRへと切り替わったとき、JR西日本、東日本から切り放された北海道、四国そして九州が非常に厳しい状況に陥ったことは、皆さんもご存知のとおりです。 JR九州の場合、当時社長だった唐池恒二さん(現会長)の強力なリーダーシップのもと、「D&S(デザイン&ストーリー)」というコンセプトを打ち出し、そこに日本の鉄道デザインの第一人者である水戸岡鋭治さんも加わって、廃線になってもおかしくない路線に物語を見出してきました。 本書を読むとその2人を取り囲む地元の方々もたくさん登場して、本当に大勢の方に支えられて、いまの「ななつ星」の成功があることがよくわかります。 佐藤さんが書いた『日本一貧乏な観光列車が走るまで』の中で、日本旅行北海道の永山茂さんが沿線の人々が手を振ることのすばらしさを指摘していましたよね。 |
書店ナビ | 「手を振るのになんの準備もお金もいりません。ただ手を振るだけ。それだけでお互いになんとも言えないやさしい気持ちが通い合う。(中略)この温かい旅情は鉄道だけが持つかけがえのない魅力です」のくだりですね。 |
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磯 | ええ、実際、JR九州に乗っていると沿線のみなさんが本当によく手を振ってくださるんです。2011年に九州新幹線が全線開通したとき、九州中の人が新幹線に向かってタオルや旗を振るCMが話題になりましたが、地元の方々が笑顔で歓迎してくださっている姿が本当にあたたかい。 私が住んでいる京都では……こうは行かないかもしれません(笑)。 |
書店ナビ | わかる気がします。「手ぇ?振 らしまへんぇ」と言われちゃいそう(笑)。 |
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
嵯峨野トロッコ列車の10年
嵯峨野観光鉄道
1989年に複線化のため廃線となった山陰本線嵯峨―馬堀駅間の旧線を使い、観光路線として1991年に開業。さほど期待されていなかったが、いまでは沿線整備とユニークな演出で年間輸送人員が100万人を超える人気路線に。
磯 | これもまた市販されていない本なんですが、私の地元の話題ですのでご紹介させてください。 京都の嵯峨野トロッコ列車を走らせている会社が、2002年に作った社史です。 開業前は「こんな何もないところに観光列車を走らせてどうするの?」という声もあったんですが、開業時の9人のメンバーが路線周辺に桜やもみじを植えたり、車掌さんが中で歌を歌ったり、スタッフが途中の駅で鬼の扮装をして迎えたりとさまざま工夫を重ね、今では亀岡市の観光の目玉となりました。 |
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書店ナビ | 先ほどご紹介した自称”日本一貧乏な観光列車”の道南いさりび鉄道「ながまれ海峡号」は、旅行業界の優れた鉄道商品を表彰する「鉄旅オブザイヤー」の2016年度グランプリを受賞しましたが、こちらの嵯峨野トロッコ列車はなんと2011年初代のグランプリ受賞者! 大先輩でした。 |
磯 | 風光明媚な保津川(ほづがわ)峡谷を真っ赤なトロッコ列車が頑張って走っています。京都にいらしたら、ぜひご乗車ください。 |
「イソカツミ」名義で、歌集『カツミズリズム』(本阿弥書店)も出している磯さん。
ごちそうさまトーク 趣味を楽しむ鉄道ファンのファン宣言
磯 | 最後にもう一度『日本一貧乏な観光列車が走るまで』に話を戻しますと、一連のプロジェクトをけん引した永山さんが日本旅行の人だった、というところが非常にユニークですよね。 関西で非常に有名な平田進也さんという方が著書『カリスマ添乗員が教える人を虜にする極意』(KADOKAWA/中経出版)を出していますが、この人もまた日本旅行の社員さん。 こういう型破りな社員を許容する自由闊達な社風があるんでしょうね。 |
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書店ナビ | 日本旅行の堀坂明弘社長が、社外の人間から「北に永山、西に平田」がいることを指摘されたとき「平田はお笑い文化、永山は鉄道文化で活躍している」と評したそうです。それぞれの風土に不可欠なもので表現されているところが、お見事だと思いました。面白い会社ですね。 さて、一口に鉄道ファンと言っても乗り鉄や撮り鉄、模型愛好家、グッズコレクターなどさまざまな分野がありますが、磯さんはご自分をどんな鉄道ファンだと思いますか? |
磯 | 強いて言うなら、私は鉄道ファンのファンかな、と。京都で「鉄道研究会TKN48」の事務局長をしており、会員の皆さんがそれぞれ鉄道という趣味を大切に楽しんでいらっしゃる姿に元気をいただいています。 あ、それと鉄道本も大好きなので鉄道本ファンかもしれません。 |
書店ナビ | 確かに磯さんのお話をうかがっていると、主客を問わず鉄道を走らせている人々に拍手を送っているような、やさしいまなざしを感じました。 嵯峨野トロッコ列車もながまれ海峡号も、持続可能な観光の取り組みとして息長く走り続けてほしいですね。まちづくりに新しいヒントをくれる鉄道本フルコース、ごちそうさまでした! |
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