北海道書店ナビ

第381回 北海道大学出版会 加賀谷 誠さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.129 北海道大学出版会 加賀谷 誠さん

北大キャンパスにある職場を訪問。お気に入りの1冊&1枚を持って。

[本日のフルコース]

北海道大学出版会の加賀谷さんが推す

「より深く本屋を味わう」フルコース

[2018.6.25]




書店ナビ 以前からTwitterで北海道書店ナビのことをつぶやいてくださった本屋のカガヤさん(@kagayam)

お仕事は本屋さん?あれ?でもプロフィールには「小出版社勤務」と書いてある……気になって取材を申し込んだら快く受けてくださいました!

「カガヤさん」の正体とは、北海道大学出版会にお勤めの加賀谷誠さんその人のこと。北海道大学出版会とは、北大関係者の専門書を出す出版社ですか?
加賀谷 皆さんにそう思われがちですが、北大関連の本と同じくらい、自分たちで独自に企画した本も出している独立した出版社です。

北海道大学さんとは別組織で、この北大キャンパス内にある会社もきちんと家賃をお支払いしています(笑)。

北大正門から入ってクラーク博士の胸像を通り過ぎ、農学部に向かう右手に建つ北海道大学出版会。

北大関係者の専門書その一例。北海道大学大学院文学研究科の千葉惠教授の大著『信の哲学(上下巻)』。

オリジナル企画の一般書の例はこちら。『新北海道の花』は「花の色」で引くことができる画期的な花図鑑。プレゼントにも最適!


書店ナビ 加賀谷さんがTwitter アカウントを「本屋のカガヤ」としたのは、以前なにわ書房にお勤めだったキャリアから。2006年の閉店時に北大出版会の方に誘われ、現在は営業職として活躍されています。

その加賀谷さんチョイスの「本屋を味わう」フルコース、じっくり見てまいりましょう!



[本日のフルコース]

北海道大学出版会の加賀谷さんが推す

「より深く本屋を味わう」フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ニッポンの本屋

本の雑誌編集部  本の雑誌社


『本の雑誌』巻頭カラー口絵連載の書籍化。全国の本屋34店の棚をカラー写真で掲載(残念ながら北海道の本屋は入っていないが)。ほしい本を探し出す楽しみと同時に、一店一店の「棚を読む」という楽しみも本屋にはあるのだ。



書店ナビ 本屋を紹介する本はこれまでにも出ていますが、ひたすら「棚が主役」という構成はユニークですね。
加賀谷 本が売れていったり、新刊の入荷や返品がある棚は、毎日動きがあって当たり前。そういう意味では、本書はその日その瞬間にしか撮れない棚の姿を集めた貴重な記録です。

しかも棚にはそのまま、本屋の方針や書店員の力量が表れるので、もしSNSなどで毎日棚の写真をアップしている本屋があれば、それはすごく勇気がある店だと思います。

皆さんも好きな棚を定点観測してみると、本屋めぐりがさらに楽しくなりますよ。

棚と一緒に各店オリジナルのブックカバーが掲載されているところも面白い。


書店ナビ いま札幌で気になる本屋さんはありますか?
加賀谷 職場が札幌駅近くなので紀伊國屋書店さんには毎日通っていますが、友人の吉成秀夫さんが経営している「書肆吉成 丸ヨ池内GATE6F店」の出版社別棚もおすすめです。

出版社別に並べることで、本の背後にいる編集者の思想や息づかいが見えてくる。吉成さんとは「書物文化協会」をつくってイベントを企画したり、同じく仲がいい古本とビールの「古本とビール アダノンキ」さんでは、毎回ビールもしくはつまみをテーマに詠む「麦酒句会」を開いています。気になる方はTwitterの「#麦酒句会」をチェックしてみてください。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

重版未定

川崎昌平  河出書房新社


赤字続きの弱小出版社「漂流社」の編集者が主人公の漫画。出版社の日常業務や出版業界の仕組み、業界用語の解説がリアルでわかりやすい。出版社と取次(問屋)、本屋との関係性がかなり細かく描かれている。




書店ナビ この「北海道書店ナビ」を運営しているコア・アソシエイツも取次会社なんですが、一般の方に説明するのが難しくて自己紹介するときはいつも「出版社と書店の橋渡しをしています」と言ったりしています。
加賀谷 取次は一般のお客様には見えない存在ですし、書店・取次・出版社の関係となると、とても一言では言い表せないくらいフクザツですからね。

ほかにも出版業界は、お客様目線で考えると「どうして?」ということが少なくなくて、書店員時代にも心苦しい思いをしたことが何度かありました。

たとえば本書でも、主人公が北海道のカニ書店から『チャップリン対キートン』の客注を受けるエピソードがせつなくて…。

絵はご覧のとおり”ゆるゆる”だが、時おりピリッとする決め台詞が飛び出す。



書店ナビ 版元の漂流社に在庫が3冊しかないため、「在庫僅少」を理由に出荷を断りますが、そのやりとりを偶然北海道に遊びに来ていた漂流社の営業が耳にして”ある行動”に出るという…それでも最後は美談だと手放しで喜べないような後味も残りました。


加賀谷 出版社勤務の身としては、売れる本をつくればいいのか、価値あるものをつくりたいのかという主人公のジレンマにも共感しました。

本の流通という側面から本屋を考える、奥行きのあるコミックです。


魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

本の本: 夢眠書店、はじめます

夢眠ねむ  新潮社
 
アイドルグループ「でんぱ組.inc」の夢眠(ゆめみ)ねむが「夢眠書店」開店を目指して、POP作りや陳列などの本屋の仕事、出版社での編集や宣伝、校閲、装幀、さらには流通に関することまで専門家に直接学ぶ。





加賀谷 昔から本屋めぐりと同じくらいアイドルが好きで、2011年に見た「ももいろクローバーZ」に衝撃を受けて、平成のアイドルたちも追っかけるようになりました。
書店ナビ 「アイドル?わからない…」という方のために簡単に説明しますと、「でんぱ組.inc」は7人組のユニット。メンバー各自がゲームやコスプレなどの「ヲタクジャンル」を持っており、本書の主人公である夢眠(ゆめみ)ねむさんの受け持ちジャンルは「ヲタク研究」。メンバーきっての読書家としても知られています。
加賀谷 本書がいわゆる”アイドル企画本”と一線を画しているのは、夢眠ねむさんが会いに行く専門家たちの顔ぶれが、本当にすごいところ。

大手書店や大手出版社の編集部はもちろん、装幀家のクラフト・エヴィング商會さんや出版元である新潮社の校閲部や装幀部など、いずれの方々もこの業界のプロフェッショナル。

読み終える頃には、先ほどの《スープ本》でも紹介した出版業界の仕組みがわかり、最後は自分で本書の装幀を手がけるという構成も見事です。



肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

これからの本屋読本

内沼晋太郎  NHK出版


下北沢「本屋B&B」の共同経営者であり、ブックコーデイネーターの著者。〈本屋〉という概念の拡張や、本屋の魅力とは何かをあらためて考察し、そのうえで実際に本屋を開業するための方法を具体的に提示する。

加賀谷 これまで幾度も出版業界に新しい風を吹き込んできた内沼さんが考えるこれからの〈本屋〉とは、”本に関わる皆が本屋である”というまったく新しい地平を開こうというもの。彼が目指す本屋像がすべて詰まった集大成のような一冊だと思います。

なかでも出色は「本の仕入れ方大全」のページです。仕入れの仕組みをここまで詳細に書ききった本はおそらく他にないのでは。元書店員の自分が見ても、驚きの克明さです。
書店ナビ 本の装幀も際立っていますね。長方形じゃなくて、ちょっと屋根がある。普通のカバーはかけられません(笑)。

しかもノンブル(ページ番号)がページごとに異なる手書き風書体?

「この本を買うとき、書店員さんがちょっと困り笑いをしながら”カバーをおかけしますか?”と聞いてくれましたが、こっちも笑いながら辞退しました」。もし加賀谷さんが「はい」と頼んだら書店員さんはどうしたのだろう…。



加賀谷 内沼さんが仲良くしている本屋の方々に実際に数字を書いてもらい、それをスキャンして使っているようです。そういうところも含めて本屋好きには必読の書です。


デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

臆病な詩人、街へ出る。

文月悠光  立東舎


高校生で詩人デビュー。二十代半ばを迎え、臆病で受け身ゆえの経験不足を克服するため、街へ出る。初めての初詣、八百屋での買い物、恋愛、ボクシングジム、アイドルオーディション…と続き、最後に収められたのは、本屋勤めのエピソード。


書店ナビ 著者の文月悠光(ふづき・ゆみ)さんは札幌出身。16歳で現代詩手帖賞を受賞し、高校3年のときに発表した詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少の18歳で受賞した、というものすごい経歴をお持ちです。

その彼女がいろいろなことに初挑戦していますが、アイドルオーディションのくだりなど、ちょっと痛々しいくらいの体当たりですね。
加賀谷 彼女がいう「臆病」だとか「受け身」って、きっと「本好き」を自認する人たちとも共通しているところがあると思います。本で得た知識はあるけれど自意識ばかりが過剰で、実社会にはあまり積極的に関わっていけないような……。

彼女は現実と向き合いながら、そこかしこで”詩人であること”の意味を問いなおして、自分自身の思い込みを解きほぐしていく。でも、なんといっても、 彼女自身の中にわきあがるさまざまな感情を、自虐やユーモアをまじえながら文章にまとめあげる力に、やっぱり「書く人」なんだなと感じます。



ちなみに文月さんがアイドルオーディションに挑戦したときは自分もリアルタイムで応援していて、投票時には文月さんに一票入れました。

文月さんは後日、一緒にオーディションを受けていた寺嶋由芙(てらしま・ゆふ)さんに詩を書いていて、寺嶋さんのシングル『いやはや ふぃ~りんぐ』(本記事の最初の写真で加賀谷さんが持っているCDアルバム)のカップリング「ぼくらの日曜日」は、二人が共同で作詞しています。




ごちそうさまトーク うちにいないときは書店にいます!

書店ナビ 加賀谷さんのお話をうかがっていますと、単なる本好きというよりも、いろいろな人の手を経て完成した本がたくさん並んでいるところに、”読みたい”という人々がわらわらと集まってくる、その空間に自分も身を浸したいという、まさに本屋好き。

やはり小さい頃からお好きだったんですか?
加賀谷 思い起こせば、高2の春の自己紹介のときに、「うちにいないときは○○書店か○○書房のどちらかにいます」と言ったくらい、自分にとって本屋はなくてはならないもの。

今の自分は出版社という形でこの業界に関わっていますが、いつも変わらないのは「まちに本屋がありつづける社会」という想いです。

内気な本好きたちでも、間に本があるだけで社会や現実とも関係を結ぶことができる。その大事な入口となる場所が本屋だと信じています。



……スミマセン、最後に思いきり宣伝してもいいでしょうか(笑)。

きたる6月29日(金曜)18時から、書肆吉成 丸ヨ池内GATE6F店(南1西2)で当社相談役のベテラン編集者である竹中秀俊が語る講演会があります。



●講演会「出版人福沢諭吉の素顔 明治150年から未来を振り返る」

講師 竹中英俊(元東京大学出版会編集局長、現北海道大学出版会相談役)

要予約・座席料500円 (電話011-200-0098)

主催/書物文化協会、書肆吉成 協力/北海道大学出版会



「読む人、書く人、作る人、売る人」という総合出版人であった福沢諭吉像に迫ります。ぜひお越しください!
書店ナビ 他では聞けないお話が聞けそうで楽しみです。「本屋のカガヤさん」こと加賀谷誠さんの本屋withアイドル愛がきらめくフルコース、ごちそうさまでした!

●北海道大学出版会




●加賀谷誠(かがや・まこと)さん 

本屋のカガヤ @kagayam

1971年秋田県能代市出身。東京大学教養学部教養学科第一科学史・科学哲学分科卒業後、書店バイトをしながら北大の大学院に通うが、のちになにわ書房に専念。2006年から北海道大学出版会勤務。





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