満島さんが店長を務めるセクシャリティフリーの女装サロンBAR「7丁目のパウダールーム」でお話をうかがった。後ろの絵は中学時代の先生が贈ってくれたもの。
[2021.12.20]
書店ナビ:生まれ故郷の三重県では誰にも言えないゲイの自分は心の奥底に眠らせ、研究職を目指して入った北海道大学時代に人生初のカミングアウトを経験。そこから人生が大きく動き出した満島てる子さん。
現在はススキノにある女装サロンBAR「7丁目のパウダールーム」店長、さっぽろレインボープライド実行委員会副委員長、そして北大の恩師たちのあたたかい声援を受けながらLGBTの理解につながる研究・講演活動も続けています。
大学進学を北海道に決めたのには、何か強い思い入れがあったんですか?
満島:ごめんなさい、それが全然(笑)。三重県から名古屋や東京に進学することもできたかもしれないんですが、当時はまだカミングアウト前だったので家族と距離を置いて暮らしたかったというか、ゲイとしてはっちゃけれるならはっちゃけたーい!と思うと、やっぱり北海道かなと(笑)。
まあ、それは冗談半分だとしても高校時代に、今は退官された文学部の千葉惠先生の本を読んで感銘を受け、北大に決めました。
書店ナビ:周囲へのカミングアウトは大学院在学中だったとか。ご両親にはどうお話されたんですか?
満島:今、店長をやっている「7丁目のパウダールーム」の下にドラァグクイーンがおもてなしをするバー「7丁目のママ」がありまして。そこでドラァグクイーンをやってみないかと誘われて、アルバイトの契約上必要な住民票のことで実家に電話したときのことです。
「一体何のバイトをするの?」と聞かれて、私、ウソがすごく下手で「札幌ドームで警備員をする」って言ったんです。野球、好きでもないのに(笑)。すぐにウソだとバレました。
そのときに「そんなフラフラしていたらいい父親になれないよ」と言われて、「ああ、もう、限界だ」と思い、全てを打ち明けました。今は二人ともお店にときどき顔を出してくれます。
札幌市中央区南5条西7丁目の第一ファミリービル2階に「7丁目のパウダールーム」がある。オーナーは「レインボーマーチ札幌」の代表を務めていた。
書店ナビ:「性的マイノリティに対する差別の解消や権利主張」のためのパレードを行う「さっぽろレインボープライド」についてうかがいます。
前身は「レインボーマーチ札幌」でしたが、満島さんもパレードの参加者だったんですか?
さっぽろレインボープライド|Sapporo Rainbow Pride|北海道
満島:いえ、私自身は札幌に来るまで生涯カミングアウトをすることはないだろうと思っていて、パレードに出ることで自分が大切にしてきたものを失うのがとても怖かった。
「レインボーマーチ札幌」が一度終了したのも、テレビで知ったくらいでした。
でも、「7丁目のママ」で働くうちにだんだんゲイ仲間もできてきて、その過程で知り合いが一回ぽっきりでパレードを復活させる企画を立ち上げたんです。そこに「7ママ」のスタッフたちと参加者として遊びに行ったのが、私の人生初パレード。自分たちが住んでいる街中を歩くだけで「自分はここにいるよ」というあたたかい自己肯定感を仲間と一緒に確認することができました。
その体験があったから、さっぽろレインボープライドの実行委員長に「一緒にやらない?」と声をかけられた時も「ぜひ!」と即答できたんだと思います。
今、これを継続的に運営する側にまわってみると、もう一年365日大変です(笑)。でもやっぱり当日を迎えると「ああ、この笑顔を見るためにやってきたんだ」と思う。そんな4年間が続いています。
今日のフルコースは、皆さんがLGBTやマイノリティを考えるきっかけになればと思って、私が人前でお話しさせていただく時に参考にしている本や今、夢中になっている本を選んでみました!
満島:著者の石田先生には、2018年に私が司会を務めた北大での公開シンポジウム《「LGBT」はどうつながってきたのか?》で講演をしていただいたことがあります。
最近はLGBTという言葉の認識率は8割を超えるとも言われていますし、NetflixとかでもLGBTをテーマにした作品がすごく増えましたよね。
そこから「この先を知りたい」と思った時に手にとってほしいのが、この一冊。「カミングアウトを受けたときにどうすべきか」といった実践的なことを含め、たくさんの話題について見開き1ページずつでコンパクトにまとめた、とっても読みやすい構成になっています。
北海道では札幌に続いて函館が2022年4月に「パートナーシップ制度」の導入を目指している。満島さんは11月に市から請われてオンラインで市民向けの基調講演を行った。「北海道全体がそうなっていくように、私たちもどうはたらきかけたらいいのか考えています」
書店ナビ:満島さんが特に気になった話題は?
満島:LGBTを経済的な側面から見て「新たな消費層」ととらえる項目は、今一番関心を持っている話題でした。
札幌でも例えば、コロナになってススキノはすごく大変で、残念ながら閉店する店が何百とある一方で、最近新たに男性でも女性でも入ることができる「ミックスバー」のオープンが増えています。
これもまた石田先生が指摘する「新たな消費層」の一例になるかもしれないなと、当事者の私たちが読んでも勉強になります。
書店ナビ:著者の望月もちぎさんは現在「学生作家」として数々の著作を出しています。
満島:《前菜本》が知的な側面から視野を広げてくれる本だとしたら、こちらの《スープ》は思いきり「情感」にうったえる本。
LGBTがメディアで取り上げられる時はとかくかっちりした話題というか、光を当てやすい部分が決まっていて、「それだけじゃないのに…」という思いは私の中にもあります。
そこを、もちぎさんは何のためらいもなく描いていて、初めてツイッターを見た時は衝撃を受けました。
感情と密に触れ合うサービス業としてのセックスワークは、時に人間のプライベートな部分にも触れることになる世界。単にセックスして終わりじゃなくて、従事する側もお客さん側もいろいろな感情が思わず溢れ出してしまう。そこにさらされ続けたもちぎさんだからこそ描けた世界なのかな、と私なりに解釈しています。
書店ナビ:第20話、ボネ姉さんと店長のエピソードにハッとさせられました。
満島:私もその話がイチオシです。「結局『自分のあり方』『人のあり方』に枠を決めてるのよ そんなのもったいなわ」というボネ姉さんのセリフが響きますよね。
「私の中にも”常識”や”役割”があって、それに縛られて動けなかった時もありました。もちぎさんの”理”にかなっていて、辛辣さもあるスパイスのきいたメッセージが胸に刺さります。いつかもちぎさんに会ってみたいです!」
満島:私の母親が名古屋で性的少数者(LGBTQ+)に関する出張授業や講演活動をしている団体「ASTA」に入っておりまして、そのご縁で著者の一人である風間先生にご挨拶させていただいたことがあります。
書店ナビ:耳を折っているページがありますね。手書きの星印がついています。
既存の議論は、救済的な視点に立ち、性産業で働かないで済むような「未来」に注目するのに対し、セックスワーク論は、当事者ベースの視点から働いている「今」の問題に注目しているところが大きな違いなのである。
満島:コロナ禍の持続化給付金がセックスワーク事業者には支払われないという政府の方針について研究会で発表するときに参照資料として読み返した部分です。
ロボット研究で知られる大阪大学の石黒浩教授が立ち上げた勉強会「未来思考学会」にも参加させていただいているんですが、LGBTやセクシュアリティ研究について授業が開講されると、医療分野などで触れられることを除けば、どうしても文系の取り組みが中心になる気がして。文系の人間として、理系の人たちとの距離を感じて、それがすごくもったいないと思うんです。
例えば、ロボットに「愛」を教えようとするならば、「愛とは何か」ということになり、愛と性、その先にある結婚を一体化して考える「ロマンチック・ラブ・イデオロギー」をロボットに教え込めば全て解決するのかというと、そんな短絡的なことにはもはやならないし、したくない。
こうした問題意識を含めて、LGBTやセクシュアリティの研究者がもっと、もっと増えてほしい。〈食べごたえ〉がある一冊ですが、学術的なことに関心がある人ならこの旨さがわかるはず、そう信じてお勧めしています。
書店ナビ:「20世紀の知の巨人」とも称されるフランスの哲学者ミシェル・フーコー最後の主著『性の歴史』最終巻の4巻目「肉の告白」の日本語訳が刊行されたのは、2020年12月。フーコーの没後30余年のことでした。《肉料理》にふさわしい大著ですね。
満島:本当はアメリカの哲学者ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』にしようか悩んだんですが、ジュディス・バトラーに触れるならやはり、彼女がリスペクトしているフーコーを語らずしてこのフルコースはできないのでは、そう思ってこちらにしました。
自分が同性愛者であることをとりたてて隠すことなく、むしろそれをアカデミックな領域で活かしたことで、フーコーが提示する問いをきっかけにさまざまな人々が「性」について語り出す。そんな突破口を開いた開拓者の凄みを感じます。
書店ナビ:「日本では「性」はあまり人とシェアし合わない話題の一つかもしれませんね。
満島:「自分は当たり前にどこかのカテゴリーに所属している」と思いがちなのが、セクシュアリティというもの。
でもフーコーはそういう思いこみに対して、性と政治、性と権力との関係をひもとき、「”そういうもの”として都合よく作り上げられてきた歴史がある」ことを丁寧に掘り起こしていきます。
表現も難しいですし、読み手の読解力も求められる本ですが、自分の問題意識に深みを出すには絶対読んでおいた方がいい。
そしてフーコーから得た学びを、今度は自分たちが咀嚼して今の時代に継いでいかなきゃいけないんじゃないか。そんな気持ちを表明する意味でも、これが私の《肉料理》です。
「コロナの時代になり、今、特に注目を浴びているのはフーコーが唱えた《生-権利》です。男女は結婚して子供を産み、それが国を強くして生産性が高まり…という考えがいつの間にか人々に組み込まれ、支配側は人々を生かしながら操っていく。そんな《生-権利》がコロナ以降強まっているのではないかという議論が活発に行われています」
書店ナビ:昭和世代はご記憶の方も多いと思います。第18回講談社漫画賞少女部門受賞作で、1997年から2001年にかけて菅野美穂さんと武田真治さん主演でドラマ化され、手話ブームを巻きおこしました。
満島:中学時代に近所の同級生のお母さんが手話通訳をやっていたご縁で、手話サークルに参加するようになり、そこで勧めてもらいました。
もうね、職場恋愛から始まった主人公二人が毎回毎回モメてるんです(笑)。でも、単に恋愛のすれ違いでもめているだけじゃなくて、そこを通してろうコミュニティが課題としている生々しい問題がちゃんと見えるようになっていて。例えば、ろう者と聴者が結婚する時は何がどう大変なのかとか、当事者が抱える育児の困難とか、リアルな問題が次々と。
ろう者の方々も私たちゲイも、いろんな人がいろんな課題を抱えながら必死に生きている。その必死さを時に気持ちのうえで分かち合える場所があった方がいい。そう思って今、「さっぽろレインボープライド」のパレードをやっています。
そういう感覚の原点がこのコミックだったんだなと今回改めて思い返しました。さまざまな方向に目を開いていくことが、誰もが生きやすい社会を実現するためには必要ですよね。
「まだLGBTという言葉もなかった時代に出会った本。残念ながらドラマは見逃しているので今すごく見たいんです」
書店ナビ:「満島てる子さん」というお名前はどうやって決めたんですか?
満島:バーのバイト用に名前をつける時に「学生さんなんでしょ?」「ラテン語をやってます」「じゃあ、『テルマエ・ロマエ』が流行ってるからテルマエ」と言われて(笑)。
下の店では「てるまゑ・ノヱビア」を名乗っていたんですが、この「7丁目のパウダールーム」の店長を任される時に「てる子」を残して、苗字は私が人生の支えにしている映画、園子温監督の『愛のむきだし』の主演をやってらした満島ひかりさんからいただきました。
書店ナビ:フルコースを振り返ってみていかがですか?
満島:最初に浮かんだ感想は「味、濃くない?」(笑)。ちょっと濃すぎたかなと思いつつも、でも皆さんに本当に読んでいただきたい本を厳選したつもりです。
私自身のことを振り返ると、まさか自分が札幌でカミングアウトをして、大学院を出た後にゲイバーの店長になって…という人生は思いも寄らなくて。「ホント、今、なんでここにいるんだろう?」と不思議な感じです。
お店にいる自分と、さっぽろレインボープライドの自分、研究会や勉強会に出席している自分、そして新しくコラムの連載をいただいた自分…とその時々で、まるで光の三原色のスポットライトを浴びるようにいろんな光を当てていただいているのが、本当にありがたくて。
微力かもしれませんが、そんな私がそれぞれの領域を動き回ることで色の組み合わせが増えて、新しい何かが始まったらうれしい。それが自分の役目なのかもしれないなと感じています。
書店ナビ:書店でも「LGBT」や「ジェンダー」「性」のインデックスを見かけるようになりました。当事者であり、豊富な読書量をベースとするアカデミックな視点をもとに発言する満島さんのおすすめ本を教えていただき、とっても参考になりました。
皆で美しい虹色の明日を作るための「セクシャリティとマイノリティを考える本」フルコース、ごちそうさまでした!
1990年三重県生まれ。本名は杉山和希。北海道大学大学院文学研究科修士課程修了後、女装サロンBAR「7丁目のパウダールーム」店長に。さっぽろレインボープライド実行委員会副委員長としてLGBTの理解につながる研究や講演活動も行う。WEBマガジン「Sitakke」でコラム『インテリ女装家 満島てる子のお悩み相談ルーム』も連載中。
©2024北海道書店ナビ,ltd. All rights reserved.