5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.34 木工房 湯ノ里デスク 代表 田代 信太郎さん
元書店員の田代さん。取材は旧小学校を改装した工房におじゃました。
[2016.2.1]
書店ナビ | 東京の書店員だった田代信太郎さんは自営の志を胸に旭川の家具メーカー「北の住まい設計社」に転職。そこで出会った、同じく東京からの移住組である佐々木武さんと意気投合し、2002年8月に蘭越町で立ち上げたのが「木工房 湯ノ里デスク」です。 独立開業の肝だった工房は、元湯里小学校。廃校の使用許可をもらうため、役場や教育委員会、はては町長にも会って熱意を伝えた結果、子どもたちが小さい机を並べて勉強した思い出の校舎が、今度は新しい机をつくる家具工房に生まれ変わりました。 今回北海道書店ナビが注目したのは、湯ノ里デスクのお二人が家具だけでなく「読書インテリア」を大切にしているところ。 “これはきっと本好きの職人さんたちに違いない”ーー。そう、アタリをつけてフルコースづくりをお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。 |
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元教室は現在ギャラリーに変身。ギシリギシリと鳴る床がノスタルジックな思いをかきたてる。
元体育館はご覧のとおりの作業場に。出番を持つ木材が並び、「切る」「削る」「サンディングする」ための機械が揃っている。
田代 | 開業したばかりの頃、小樽に900坪近くのメガ書店ができると聞いて、ブックカフェ用の家具を作らせてほしいと営業をかけたところ、社長から「まずは小さなものを作ってお客様にファンになってもらいなさい」と、アドバイスをいただきました。 そこから腕時計スタンドやペンスタンドが生まれ、自分が本屋だった経験も活かして自立式本立てや文庫用本立ての読書インテリアを増やしていきました。 あのとき、自分たちのキャパシティーも考えずに営業に行った僕らの鼻息の荒さは相当なものでしたから(笑)。地に足がついたアドバイスをくださった社長には本当に感謝しています。 |
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新千歳空港でも販売されているペンスタンドや時計スタンド。
商品はすべて着色せず、無垢の肌合いを活かしている。
表紙を見せる面陳の発想から生まれた自立式本立て。『星の王子さま』が入っているフレームの商品名は「木おく」。
書店ナビ | 個人工房のスタートアップを応援する大型書店からのアドバイス。いいお話ですね。それでは、読書インテリアも大切にする湯ノ里デスクさんならではのフルコースを一緒に見ていきましょう。 |
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前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
読書からはじまる
長田弘 日本放送出版協会
まさに「ここからはじまるよ」という一冊。詩人・長田弘さんにより丁寧に編まれた文章の数々。中でも「読書にとって大切なのは、実は本ではない」という言葉は新鮮です。え?それでは一体、何が大切なのでしょうか。読み進むほどに、大切なものを噛みしめるような気がします。
書店ナビ | 田代さんの解説文にある「読書にとって大切なのは、実は本ではない」「では一体、何が?」の正解そのものはここでは伏せておきますが、木工職人である田代さんたちにとっては非常にはっとさせられる答えでしたね。 |
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田代 | 著者の長田さんは「人の一生も、吹いてくる風も、あらゆるものが本である」という考え方をお持ちで、何を読むかということより「どう読むか」という環境や姿勢の大切さを僕らに教えてくれます。 木工の仕事をしている人間にとって「家に帰って読書をするのが楽しみだ」と思ってもらえるような仕事がいつになったらできるのか、自分の仕事と照らし合わせながら何度でも読み返したい愛読書です。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
装丁を語る。
鈴木成一 イースト・プレス
本好きの方ならば、きっとどこかで鈴木成一さんが手がけた装丁を目にしたことがあるはず。その仕事量は圧倒的で、「ああ、この本もそうだったのか!」と思うこと必至。いかにしてそのブックデザインが生まれたのか。発想、閃き、技法、大胆さと緻密さ。クリエイティブの要素がギュッと濃縮された、美味しい一冊です。
書店ナビ | 書店に11年間勤務していた田代さんにとって、やはり鈴木氏の仕事のようにいい装丁はぐっときますか? |
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田代 | きます。かなりくる(笑)。もしかすると本の質感を身近に感じたいから、読書インテリアを作っているのかもしれません。 (棚を指さして)そこに谷川さんの本とエンデの『モモ』が入っているブックスタンドがありますよね。それらはまさに本の装丁を見せたくて、本にあわせたジャストサイズで設計した試作品です。 取り出しやすいように本の上部に指一本だけ入る空間を残しました。これのサイズを変えた定番商品が「文庫スタジオ」です。 |
奥にあるオレンジ色の表紙は2001年に岩波書店から出た『モモ』愛蔵版。
書店ナビ | 自分のためだけに“居場所”を作ってもらった本たちが、なんだかうれしそうですね。 |
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魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
本屋になりたい
宇田智子 筑摩書房
東京の巨大新刊書店から沖縄の小さな古書店(約三畳!)の店主となった宇田さんの日常。自営業なんて特別な人がやれること…と思っていた著者が、ひとりだからこそ出来る仕事もあるのだ、と気づき、やがて「ひとり本屋」を始めることに。仕事ってこんなにシンプルにすることも出来るんだよな…と、この本を読みながらあらためて思います。高野文子さんの挿絵で二度美味しく。
書店ナビ | 沖縄県那覇市にある市場の一画に「古本屋ウララ」を開く宇田さん、全国のユニークな書店特集となると必ずといってもいいほど取り上げられている方ですね。 |
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田代 | 宇田さんと自分を重ねて考えてみると、「自分の店を持つなんてとても無理!」とおよび腰だったのが、いざやっていくうちに「一生懸命やっていけばなんとか食べていけるものだ」に変わっていく心持ちを共有できているような気がします。 ひとり本屋は決してもうかる仕事ではないと思いますが、どうしても本から離れられない宇田さんの気持ちにも強く共感します。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
あしたから出版社
島田潤一郎 晶文社
作家を夢見るも才能が足りず、就職を希望するもどこからも必要とされず…。心の闇の底辺をさまよっていたある日、大切に思っていた人を突然亡くしてしまった島田さん。失った人と残された家族のために、一冊の本を作りたい。そうして始めたのが、たったひとりの出版社「夏葉社」です。
書店ナビ | 《魚料理本》のひとり本屋と、この《肉料理本》のひとり出版社。「やってやれないことじゃないんだ」というスピリッツは共通していますね。 |
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田代 | ええ、特に島田さんの場合は従兄弟の方の事故死という決定的な転機があり、そこからの熱量たっぷりの行動が圧巻です。 ひとり出版社を実現するにはもちろんいいことばかりではありませんが、出版社経営のシビアさと、人の温かさとを交互に感じながら、ほんの少しずつ車輪が回り始めます。あまりにも嘘がない赤裸裸な文章は苦みも辛みも伴いますが、痛いほどの正直さに僕らは癒されます。 出版社になるためのノウハウ本というよりは、明日を生きていくための血となり肉となる一冊です。 |
湯ノ里デスクを一緒に立ち上げた相方、佐々木武さんと並んでパチリ。二人ともご家族と元教員住宅に暮らしている。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
MONKEY vol.7
柴田元幸編集 スイッチ・パブリッシング
本誌のなかで特にご紹介したい記事は、先頃大変な話題となった村上春樹さんの『職業としての小説家』刊行を記念した、作家の川上未映子さんによる村上氏インタビュー。熱心な村上フォロワーであろう川上さんのインタビューは、村上作品が血肉となっている人にしか発し得ない質問とリアクションばかり。まさに別腹の、満足な一冊。
田代 | 村上さんを心から敬愛している川上さんと、川上さんの実力を認めている村上さんの二人だからこそ成立した“ぶちまけた話”は必読です。 例えば、かなりはしょって説明しますが、どんな文章も一度自分の中をくぐらせることでその作家らしさをまとい、そこではじめて読者の方からお金をもらえるような文章が書ける。その「くぐらせる」行為を村上さんは「マジックタッチ」と表現していて、「作家(プロ)にはそれぞれのマジックタッチがある。逆に言うと、ぶちまけた話、マジックタッチが無い人は作家にはなれない」と答えています。 これもきっとありきたりのインタビューでは出てこない発言のはず。結果的にはあらゆる職業人にとって楽しめる記事に仕上がっています。 |
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若い頃から村上作品を読んできたという田代さん。「思えば、こんなに超・個人的な考え方をする作家がなぜ世界で支持されているのか、不思議ですよね(笑)」。
ごちそうさまトーク 蘭越町に根を下ろして早13年
書店ナビ | 前回、司書の若林さんにフルコースをお願いした花一会図書館で、湯ノ里デスクの椅子や読書インテリアを見つけました。 |
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田代 | 同じ町内だから、と声をかけていただいてとてもうれしかったです。たまに見学にきた子どもたちに切り落としをあげると、おもちゃにして遊んでくれているようです。 開業からあっという間に13年が経ちました。営業や制作、新作デザインとやることはいっぱいありますが、これからもひらめきを大切にして「本のある暮らし」を彩る木工をつくり続けていきたいです。 |
蘭越町花一会図書館の大時計を囲む椅子や貸出しカウンターも湯ノ里デスク製。
書店ナビ | 前菜=詩人、スープ=装丁家、魚料理=本屋、肉料理=出版社、デザート=作家&雑誌…本をめぐる人々の情熱を鍋の底までさらいたくなるフルコース、ごちそうさまでした! |
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