2023年9月3日、『詩画集 目に見えぬ詩集』原画展最終日に会場となった俊カフェに制作者3人が集まった。
[2023.10.30]
2022年9月に刊行された『詩画集 目に見えぬ詩集』は、詩人谷川俊太郎さんの詩9篇と木版画家の沙羅さんの作品が響き合う色彩豊かな詩画集だ。
2023年5月に発表された第56回造本装幀コンクールでは、美しい夫婦箱に本とともに沙羅さんの原画を納めた特装版に、出版文化産業振興財団賞を授与された。
このあと、全ての入賞作品はドイツ・ライプツィヒで2024 年 2 月に行われる「世界で最も美しい本コンクール」に出品されるという。
この広い意味で”特別”な本の話を聞くなら、やはりこの場所でーー。
札幌市中央区で今年7年目に突入した谷川俊太郎さん公認のブックカフェ「俊カフェ」では、2023年8月21日から2週間にわたり本書の原画展が開催され、最終日の9月3日には貴重なトークイベントが企画された。
トークの話し手は、スクリーンに向かって右から本書の版元であるデザイン系出版社Book&Design代表の宮後優子さん、沙羅さん、長野県の製本会社、美篶堂(みすずどう)の上島明子さんのお三方。
3人は2018年に上島さんのお話と沙羅さんの絵で自主制作した絵本『うさぎがきいたおと』を、宮後さんのBook&Designから出版しているという間柄。『詩画集 目に見えぬ詩集』はこの3人で取り組む2作目にあたる。
「俊太郎さんの詩に沙羅さんの木版画で本を作りたい」という上島さん(左端)の想いが出発点。上島さんは膨大な谷川作品の中から沙羅さんの絵をイメージしながら詩を選び、表題にもなっている「目に見えぬ詩集」と出会ったときに本書の方向性が明確になったという。
一方、谷川俊太郎さんと共著を作るという、めったに体験できない大役を担った沙羅さんはーー。
「私のラフを見てくださった谷川さんが”何を描いてもいい”とおっしゃったという話を聞いて、とてもありがたかった反面すごく難しくて。しばらく悩みましたが、谷川さんの詩を読んでいるうちに、時空を超えてもっと自由に、自分の価値観で身の回りにあるものを受け入れていい、と言われているのかなと受け止めるようになりました」
この日、壁に展示してある原画を見ながら沙羅さんご本人の解説を聞くという特別な時間を皆で共有した。
谷川作品を五感で味わえる俊カフェは2017年にオープン。詩に初めて触れる人にも優しい空間が広がっている。
『詩画集 目に見えぬ詩集』には、本に関わるプロの技が幾つも詰まっている。
特に驚かされるのは、本文の書体に谷川さんの詩のために書体設計士の鳥海修(とりのうみ・おさむ)さんが作ったオリジナル書体「朝靄(あさもや)」が使われていることである。
「朝靄」は上島さんたち有志が作る「本づくり協会」の会報誌の企画から生まれた書体。その過程がつぶさにわかる記録と、「朝靄」を受けて谷川さんが書き下ろした詩集『私たちの文字』を紹介した『本をつくる』が2019年2月に刊行されている。
「『本をつくる』を読んで関わっている方々の仕事に対する細やかさや、それを当たり前にしているプロの姿勢に感動しました。紙の本は五感で読むもの。それを伝えようとしてくださる美篶堂さんたちをこうして札幌にお呼びすることができてすごく嬉しいです」と語る俊カフェオーナーの古川奈央さん。
そしてもうお一人、話し手の3人が口々に「スペシャルな人」「一緒にお仕事できたことがとても贅沢な経験だった」と絶賛する人物が、詩画集の印刷を担当した山田写真製版所のプリンティングディレクター熊倉桂三さんである。
プリンティングディレクターとは印刷設計の監督であり、熊倉さんは沙羅さんが和紙に刷った繊細な色合いの原画がなぜ美しく見えるのかを「作家以上に読み解き、分析して製版してくださる人」として制作チームから絶大な信頼を寄せられている。
その熊倉さんに委ねられ、これ以上は望めない状態での製版・印刷工程を経て、最後は美篶堂で手製本された『詩画集 目に見えぬ詩集』は、2022年9月に刊行。コロナ禍のもとで生まれた宝石のような出版物となった。
「この本の話が持ち上がったのは2021年7 月のこと。本来でしたらこのメンバーが揃って谷川さんに直接会いに行ってご相談を、というところでしたが、コロナ対策に万全を期するためにも対面は控えたまま、最後までやりとりを続けさせてもらいました」と明かす上島さんの携帯電話には、完成品を見た詩人から「すごくいい本ができて喜んでいます」というメッセージが届いたという。
共著の大役を果たした沙羅さんも「このデジタル時代にモノを持たない人が増えている今、”手に取ってほしい”と心から思えるものが出来ました。これを読んでくださった方が少しでも生きやすさを感じてくれたらうれしいです」と本書の誕生を喜んでいる。
出版社という本を読み手に届ける立場の宮後さんにとって手がけた本は、「どれも自分の分身のようなもの」だという。「原油や紙代が高騰する中、本づくりの現場はどうやってコストを下げるか日々工夫の連続です。ハードルは高いですが、読者に満足してもらえるようなものをこれからも作っていきたい」と前を向く。
「こうして俊カフェに来ることができてとても感慨深いです」(上島さん)
冒頭でも触れたとおり、『詩画集 目に見えぬ詩集』の特装版は第56回造本装幀コンクールの出版文化産業振興財団賞を受賞し、2024 年 2 月にドイツで行われる「世界で最も美しい本コンクール」に出品される。
「もしそこで何らかの評価をいただいたら、今度こそ皆で谷川さんに会いに行きたい。このメンバーで作りました、とご報告したいです」という上島さんたち3人にエールの拍手が送られた。
『詩画集 目に見えぬ詩集』の特装版はこちらから購入できる。
『詩画集 目に見えぬ詩集』美篶堂特装版(原画入り) | Book&Design
この日、蘭越町から駆けつけ3人の話を熱心に聞いていた木工房「湯ノ里デスク」の田代信太郎さんは、俊カフェで読んだ『本をつくる』に感動してトークに申し込んだという。
「作家と本づくりの職人が手と目を使って出来上がるアートブックの話を直接ご本人たちから聞くことができ、自分もものづくりを続ける一人として刺激を受けました。俊カフェという場所があって良かったです」
書体「朝靄」ができたきっかけになった会報誌を出している本づくり協会の会員は現在全国に180人以上。本づくり学校や製本ワークショップもあり、関心がある方はぜひ下記のサイトをのぞいてもらいたい。
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