2023年4月28日、札幌市中央区南17条西6丁目にオープンした円錐書店。「フルコース、本当は10冊くらい選びたかったです」と語り、楽しく悩んでくれた福田大道さん。
[2023.7.24]
書店ナビ:先週の書店ナビで、おばあさまが閉じられた内科医院跡に古書店を開くまでのお話をたっぷりとうかがった円錐書店の福田大道さん。
中学校の英語教員を経て、札幌弘栄堂書店・書肆吉成で新刊書店・古書店両方の書店員を経験。2023年7月現在、札幌でもっとも新しい古書店の店主になりました。
福田さんの祖母が昭和36年に開業した福田医院は平成30年に閉院。「まちのお医者さん」から今度は「まちの本屋さん」に。「祖母も喜んでくれています」と福田さん。
書店ナビ:店舗取材と同時に「本のフルコース」もうかがったところ、考えてくださったテーマが「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」本。とても大切なテーマですね。
福田:言語は自分にとって常に気になるテーマの一つ。考えていることの中心にあり、そこから読書が広がっていくという感覚です。
改装はアンティークショップ勤務時代の先輩・同僚が手伝ってくれた。本のラインナップは言語や思想哲学などの人文・アート系が中心。
展示スペースを活用してトークイベントなども企画中。
文庫や絵本、ZINEもあり、ふらっと立ち寄る感覚でも十分楽しめる。
書店ナビ:《前菜》を2冊選んでくれました。河田さんは「日本のはしっこ」与那国島で出版社を経営されています。「カディ」は与那国語で「風」のこと。河田さんの相棒の名前です。
私もSNSで知り、『馬語手帖』を持っています。
福田:『馬語手帖』も『はしっこに馬といる』も直接的な対象は馬ですが、書いている本質は「他者との共存」。
人でも動物でも他者を理解していくときにどうすればいいのか、あらゆるレベルの異文化コミュニケーションのヒントが詰まっています。
カディという一頭の馬によって他者理解に導かれていく河田さんとカディの一対一の関係。俗に言う動物との主従関係でもない、自分たちの関係を築こうと模索していく河田さんの文章がとてもいいんです。
「ウマに通じない」イコール
「自分のこころとからだの言葉が一致していない」
という、答えあわせがすぐできるので、
とてもわかりやすいと思います。『はしっこに馬といる』より引用
福田:これって人間もそうですよね。親がどんなに「人に優しくしなさい!」と子どもに言っても、親の本心と言ってることが違えば、子どもは混乱します。
書店ナビ:確かに。一方的に相手をコントロールすることはできませんね。2021年4月の時点で『馬語手帖』の売上が1万部を超えていることからも、河田さんのメッセージが時代に求められていることが伝わってきます。
書店ナビ:これはもう、読者の皆さんにページを見ていただいた方が早いですね!
「モダン」を動詞化した「モダる」まである!「モタン・ボーイ」の解説、ディスりがすごい。
「主産夫」とは「無辜(むこ)の女房を十月十日も苦しめるという残虐(?)をあえてする男」。
福田:今読んでもわかる言葉や「とっつぁん坊や?何だそれ?」と吹き出すような言葉、それを解説するイラストの面白さがあいまって読み物としてめちゃくちゃ面白い辞典です。
1930年代初頭からもう少し時代が進むと日本の軍国主義が強まり、そこから先は国や権威を笑う風刺が死んでしまう。そこに至る直前の、外国かぶれの風潮を思いきり揶揄する皮肉がきいています。
こういう言葉の縦軸を知る奥深さだけでなく、装幀や紙の質感から当時の雰囲気が伝わってくるところも、古書の魅力の一つだと思います。
福田:私もそれほど漢詩に詳しいわけではないんですが、李白の詩は昔から好きで…
牀前看月光 牀前 月光を看(み)る
疑是地上霜 疑うらくは是(これ)地上の霜かと
擧頭望山月 頭(こうべ)を挙(あ)げて 山月を望み
低頭思故郷 頭(こうべ)を低(た)れて 故郷を思う
福田:漢詩の解説書は他にもたくさんありますが、この本の出色は第5章[「文語自由詩」としての訓読漢詩](注:「自由詩」に強調の句点あり)。ここだけでもぜひ読んでいただきたいです。
書店ナビ:夏目漱石や森鴎外も名を連ねる日本の知識人たちに脈々と受け継がれてきた漢詩の教養。その背景には絶句(四句)や律詩(八句)などの漢詩を書き下すーー「國破山河在」という原詩を「国破れて山河在り」と訓読する「自由詩」としてのリズム(ここでは六・五調)が、五・七・五で構成される俳句や和歌の定型詩に対して「非定型詩のリズム」として機能していたのではないかという論ですね。
福田:ええ、中国の漢詩に限らず欧米にソネット(十四行詩)があるように詩には定型と非定型があり、両者が緊張関係にあることで詩歌の世界が膨らんでいくものだと考えられています。
ところが日本の場合、俳句や和歌といった定型詩に対して非定型詩の席が空いているように見える時代が平安前期以来長くありました。しかし実は異質な音感とリズム感を持つ訓読漢詩が日本語の非定型詩である「文語自由詩」として補完的な役割を果たしてきたのではないか、という松浦さんの分析が非常に刺激的で、他では読めない面白さをはらんでいます。
日本人の対句表現に対する欲求を、実は漢詩が満たしているという指摘にも唸りました。
例えば与謝蕪村の「菜の花や/月は東に/日は西に」の「月と日」「東と西」は意味・視覚的には対句になっていても音数律的には完璧な対句にはなっていない。そこで杜甫の「江碧鳥逾白 山青花欲然」(江碧にして 鳥は逾々白く 山青くして 花は燃えんと欲す)を訓読した場合を例にとると、視覚的には原詩の対句の定型性を味わいつつ聴覚的には訓読の自由律リズムで対句を味わうことができる。「なるほど!」と膝を打つ思いです。
書店ナビ:こういうことを教わっていれば、学生時代の漢詩の授業ももっと楽しめたかもしれません。
福田:本書で引用されている詩はどれも美しく、しかもお求めやすい新書です。気軽にお手にとっていただけると思います。
福田:本書の初版発行年は2018年であり、私の2018年のベストワン。久しぶりに「読書って面白い!」と感じながら、読み終えるのがもったいなかった本です。
書店ナビ:ダニエル・ヘラー=ローゼン、すごい人なんですね。巻末の解説を読むと、古今東西の言語だけでなく文学にも精通している「現在世界で最も注目を浴びている哲学者の一人」なのだとか。
福田:天才です。1974年にフロイトの伝記作家である父と比較文学者である母との間に生まれたヘラー=ローゼンは、フランスの中世寓意文学『薔薇物語』に関する博士論文でたちまち脚光を浴び、アメリカのブリストン大学で比較文学研究の教授職を得ます。
彼がこの本を書いたのはまだ30代のとき。赤ん坊が話す喃語から始まり、それぞれの言語の生成や消滅についてバリバリの言語学文献だけでなく古典や神話なども例にひもといていく。
その引用文献をヘラー=ローゼンは実にいろんなところから引っ張ってくるので、読んでいるこちらは気が遠くなりそうになりながらも面白くてやめられない。
例えば彼が引用するダンテを読んだ後にもう一度この本を読めば、きっと受け取るものが変わってくるはず。言語に興味がある人にはぜひ読んでほしい一冊です。
この本をここまで面白くしているのはヘラー=ローゼンの「難しいことを優しく書く」という腕前あってのことですが、それを日本語に移した、詩人であり英仏語に精通した翻訳家・関口涼子さんの超人的な翻訳の功績も大きいと思います。
フランス語版と英語版、両方の原著にあたり、素晴らしいお仕事をされています。
ヘラー=ローゼンの著作はあと6冊ほどあって、日本語ではまだ翻訳されていません。ということは日本語版が出るまで洋書で読むしかない。
いつか「ヘラー=ローゼンを読む」みたいな読書会をやれたらいいなと考えています。
福田:先週お話ししたとおり、「円錐書店」の店名の由来にも関わる詩人の北園克衛(きたぞの・かつえ)も参加していたコンクリート・ポエトリー。
一言で言うと、文字を物質として扱い、デザインや配置の妙を楽しむ世界です。浮世絵の寄せ絵(だまし絵)なども同じ文脈に入りますね。
アルファベットならではのことば遊びと動きをパラパラ漫画のように楽しむことができますが、この本をただのことば遊びだと思って侮ると、とんだしっぺ返しを食らいます。
芸術において制約がいかに創造を喚起するかという好例です。
11文字11行のグリッド全てが埋まっているパターン。これがスタートページ。
それがだんだんこんな風になり……
こんなことにもなる。wheeeeeeeeeは喜びの爆発にも読めるし、w(woman)にheが落ちていくとも読めそう。
書店ナビ:ことば遊びだけでなく、恋人たち(sheとhe)が出会っていろんなことが起きて最後は…というドラマとしても見応えがありますね。まるで映画のよう。
福田:ですよね。”wet sweet sweat”なんてちょっとエロチックなときもあれば、瞑想的な詩行や環境問題に対する皮肉と思わせる部分もある。甘くてビターな《デザート》です。
書店ナビ:馬語から始まり、モダン語、漢詩、言語哲学エッセイ、そしてことば遊びが楽しいコンクリート・ポエトリー。
フルコースのテーマ「他者へ、そして言語へひらかれてゆく」を余すところなく表現した6冊でした。
福田:詩歌も外国語もコミュニケーションも全ては「他者や言語にひらかれていく」延長上にあり、そこから派生したものだと思います。
自分が何に関心を持っているのか、何を読んできたのか、選書しながらその原点を再認識することができました。
書店ナビ:古本屋を開くのも、文字通り「ひらく」という行為の一種ですね。
福田:ええ、店を持つということがそのまま自分がひらかれていくことになると感じています。いろんな方がいろんな本、いろんな出会いを持ってきてくださるので私自身もこの場所もひらかれていく。
先日は祖母の医院時代に通院されてた方が来てくださったりして、地域のつながりの面でもこの場が息を吹き返すことができてよかった。
いずれはみなさんにとって「自分の場所」だと思ってもらえるようになれたら嬉しいです。
円錐書店は札幌市中央区南17条西6丁目3-5。営業時間12:00~19:00(火・水定休) 電話011・213・1366。駐車場1台あり。
書店ナビ:福田さんが本屋店主になるまでの道のりは、先週の書店ナビでご紹介しています。未読の方はぜひそちらも合わせてご覧ください。新しい本屋さんの誕生を心からお祝いします。世界にひらく喜びにあふれたフルコース、ごちそうさまでした!
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