北海道で「新しい本のありか」を増やし続けている山田光明さん。
[2023.11.27]
書店ナビ:2023年、北海道の本にまつわる耳寄りな話――アウトドアショップ秀岳荘オリジナルのブックフェア「秀岳荘BOOKS」が好評だとか、栗山町にできた複合型アウトドア施設「アートアウトドアヴィレッジ栗山」のブックカフェが驚きの充実度だとか、道内の出版関係者12人が本音で語る覆面座談会だとかーーが聞こえてきたとき、そこにはいつもこの人が関わっていました。
日本出版販売株式会社北海道支店の山田光明さんです。
書店ナビ:2023年現在28歳の山田さんは東京・八王子生まれ。大学を卒業後日販に入社し、2年目の春に札幌に異動。現在の所属部署はエリアマーケティング課で「新しく本のある空間を増やす」お仕事をしています。
小さい頃から本がお好きだったんですか?
山田:はい、きっかけは小学校に通常の図書室とは別に、空き教室をまるごと使った書庫みたいなスペースがあったんです。
自分の教室になじめなくてその両方に通いづめて、卒業する頃にはそこにあった本をあらかた読み尽くしていました。
書店ナビ:趣味の登山はいつごろから?
山田:八王子は高尾山があるので中高時代のお正月といえば、高尾参りでした。大学で山岳部に入って本格的に山の魅力を知り、日販に入って1年目で札幌に異動願いを出したのも北海道の山、大雪山や利尻岳に登ってみたい!という気持ちがあったような、ないような(笑)。
登山を続けるうちに山と読書の親和性みたいなものにも気がついて、秀岳荘北大店の橋本さんから「秀岳荘BOOKS」のご相談をいただいた時も「これはいい企画になる!」とワクワクしました。
オリジナルフェア「秀岳荘BOOKS」発案者の橋本さんが選ぶ 「土地の記憶を呼び覚ます」本フルコース
書店ナビ:今回のフルコース、山田さんが取材シートに記入してくださったテーマの原題は「死との上手な付き合い方」でした。なぜ、このテーマを?
山田:小中学校でいじめにあっていたときの息苦しさや、可愛がってくれたご近所のおばあちゃんが亡くなった時のショックとか…登山もともすれば死と隣り合わせですし、思い返すと自分の人生はいつも「死」を、そしてその対象である「生」をどう受け止めたらいいのかをずっと考えてきた気がします。
その受け止め方をこれまで読んできた本が支えてくれたという実感があって、今回のテーマにしました。ちょっと重いですよね、すみません。
書店ナビ:いえ、とても大切なテーマだと思います。それでは一緒に見てまいりましょう。
書店ナビ:もはや説明も不要な世界屈指のベストセラー「ハリー・ポッター」シリーズは1997年に1作目の『賢者の石』がイギリスで刊行され、日本発売は99年から。
95年生まれの山田さんの少年時代は、まだ現在進行形で刊行が続いている時期ですね。
山田:この一作目は僕が年長組だった頃に父親が買ってきてくれて、それから母親が夜寝る前にずっと「ハリー・ポッター」シリーズの読み聞かせをしてくれました。
でも小学校3年生くらいになると今度は自分で読むようになって、何度も何度も読み返して。
その中で見つけたのが、1作目の終盤にダンブルドアがハリーに言うこのセリフです。
「(中略)死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものなのじゃ。結局、きちんと整理された心をもつ者にとっては、死は次の大いなる冒険にすぎないのじゃ」
『ハリーポッターと賢者の石』グリフィンドール(20周年記念版)P470より一部抜粋
山田:もちろん死はとても悲しいものですが、それをこの言葉にあるように「次の大いなる冒険」と思えるのなら、「悲しむ」ことがそこまで重要ではないのかもしれない。
一方、この物語に登場する「闇の帝王」は生にしがみついていて、この言葉と照らし合わせて考えると、恐怖の対象なんだけれども同時にすごく哀しい存在にも思えてきます。
自分の心の持ちようによって死を受け入れることは難しくも、容易にもなる。私の「死との向き合い方」の根底になっている至言です。
実家のお父様が撮影画像を送ってくれた山田家所蔵の1作目。「親に『ボロボロだけど絶対に捨てないで!』と頼んでおいてよかったです」
書店ナビ:著者の小林武彦さんは東京大学定量生命科学研究所の教授です。専門分野はゲノム再生で、本書は2021年4月に出版されました。「死生観が一変する〈現代人のための生物学入門〉」として話題になりました。
山田:私のような文系人間は物語の文脈でしか死を捉えることができないので、そこに科学的な視点を取り入れたくて手に取りました。
正直に打ち明けるとDNAだとかリボソームだとか難しい話が続いて、きっと全体の3割も理解できていないかもしれませんが、一番感銘を受けたのはこの部分です。
死んだ生物は分解され・回り回って新しい生物の材料となります。(中略)ターンオーバーです。新しい生物が生まれることと古い生物が死ぬことが起こって、新しい種ができる「進化」が加速するのです。
『生物はなぜ死ぬのか』P52より一部抜粋
山田:どんな種も死ぬことが「ターンオーバー」だと考えられるなら、その死は次の生き物への貢献だとも考えられるし、そうやって死を繰り返すことで生き物が進化し、多様性ができてくる…。
思えば、自分は母方のおばあちゃん子で、おばあちゃんは身内の中で一番「学びなさい」ということを私に言ってくれた人でした。
その祖母が2年前に亡くなり、当時はかなり落ち込みましたが、祖母から受け取ったものが自分には確かにあると思えるようになってきた。ターンオーバー、ですね。
山田:祖母の話が続きますが、私が大学院生のときに彼女の持病が悪化して介護が始まり、八王子からおばあちゃんが住んでいた横浜まで週に一、二度車で通い、通院の送り迎えをしていたことがありました。
そのときに2人でいろんなことを話して、それまで血は繋がっていても漠然としていた祖母という人間の実像が私の中に明確に形作られていったんです。
実は札幌に住んでいたこともある、なんていう話も、そのときに初めて聞きました。
書店ナビ:『旅猫リポート』の主人公サトルと元野良猫ナナの関係を彷彿とさせますね。
山田:そうなんです。『旅猫リポート』を初めて読んだのは高校生の時でしたが、祖母の送り迎えをしながら「そういえば、あの時のナナの気持ちも…」と自然にこの本を読んだ記憶が蘇りました。
大切な人を失っても残される側はその人のことを忘れる必要はないし、その人と過ごした時間や思い出を糧にできる。
そのことをナナたちが教えてくれた、私にとってはめちゃめちゃハッピーな物語です。
きっと今もどこかで中学生や高校生たちの中に、初めて近しい人の死に接して「死ってなんだろう」とか「自分はこの後どう生きていけばいいんだろう」と悩んでいる人たちがいると思います。
その答えを本当に優しく、柔らかく語りかけてくれる『旅猫リポート』、ぜひ読んでもらいたいです。
書店ナビ:1992年4月、アメリカ東海岸の裕福な家庭に育った青年クリストファー・ジョンソン・マッカンドレスは大学を卒業後、家族や友人に何も告げずに突如姿を消し、アラスカ・マッキンレー山の荒野に分け入った4カ月後に死体で発見されたーー。
全米ベストセラーにもなったこのノンフィクションノベルは、原題と同じ”Into The Wild”名でショーン・ペンが2007年に映画化しています。
山田:私は先に映画から入りました。当時大学に入ったばかりで、平日はあくせくバイトに明け暮れ、週末になると必死に山に登るという、つねに何かに追われる毎日でだんだん物質社会に嫌気がさしていたころ。
「なんで、こんな資本主義の中で生きるように仕向けられているんだろう」とか「こんなにも山は静かなのに、どうして人間社会で暮らしていかなきゃいけないんだろう」という鬱屈した思いを抱えていたところに、この映画がバッチリハマりました。
書店ナビ:映画ではクリス青年の”Happiness only real when shared”というセリフが、多くの人に感銘を与えたようです。
山田:確かに自分も幸せを感じるのは誰かが隣にいるときがすごく多くて、マーク・トウェイン研究の面白さを祖母が聞いてくれたときや、チーム登山でおしゃべりしながら歩いているとき。
いまも資本主義社会にうんざりすることもありますが、それでもだんだん、この社会をうまく活用して自分が誰かと幸せを分かちあうための空間を作っていけばいいんだ、とも思えるようになってきました。
クリスの死をもって私の生を教わった。そう感じています。
現在、山田さんも活動メンバーになっている北海道積丹町で温泉施設を活用した「崖っぷち書店」&「みさきの図書館」プロジェクトも進行中。https://shakotango.jp/
山田:それと映画はクリスの一人称視点でしたが、本の方は記者であり登山家でもある著者のジョン・クラカワーさんがクリスが残した日記や関係者への取材を通して客観的な目線で描いているので、「人間社会で生きるとはどういうことなのか」という部分がより鮮明になっています。
クラカワーさん自身が死を意識した登山経験もあるようで、文章を読んでいると、自然と向き合うことで生命はいやまして光り輝くし、その時に初めて自分の生命がいかに大事なものなのかを実感できる、自然イコール死なんだよということがスッと理解できた気がします。
山田:私にとってソクラテスは「すごく平たい言葉を使って難しいことを理論的に、かつ優しく教えてくれるおじさん」のような存在(笑)。ダンブルドアの言葉とも通じるソクラテスの死生観がすごくしっくりくるんです。
無論、順番から言うとこちらの方が先なので、おそらくJ.K.ローリングもソクラテスを読んでいるのはないかなと推測していますが、たとえば、こういうくだりです。
(中略)もし、死がこの世からあの世への旅立ちであり、死んだ者は誰でもみなそこへ行くというあの言い伝えが真実であるならば、これより大きい善がどこにありえよう?
(中略)してみると、この旅立ちは無益ではない。『死の思索』P23より一部抜粋
目覚めと眠りはたがいに反対である。(中略)それと同じように、生と死はたがいに反対関係にある。死ぬとは、生者から死者が生じることであり、生まれるとは、死者から生者が生じることである。
『死の思索』P35より一部抜粋
山田:これまで紹介してきた本のほかにも死生観についていろんな本を読みましたが、結局、全ての味をひとまとめにしてくれるのは哲学でした。
いろんな死生観を濾して蒸留したのがこの知の書、まとめにふさわしい一冊だと思います。
書店ナビ:人は生まれた瞬間から死に向かっているとも言われています。山田さんは自分の人生において「何をする・しない」ことが怖いことだと思いますか?
山田:「極限のクライマー」として世界に知られる山野井泰史さんは、死と紙一重の経験から何度も生還しています。「なぜ生き残ったのかわからない。わからないから生き続ける」というような、死に直面してなお自分の生を楽しむ、私にとって生の象徴のような人です。
じゃあ、翻って自分はどうなんだと考えたときにやっぱり、自分がやりたいことをやれているかどうかは、生の意味を考えるうえでとても大きいと思います。
かといって人間社会に生きている以上は、最終目標を実現するためにやりたくないこともやらなければいけない局面ってどうしても生じますよね。
でも、その本当はやりたくないことをいかに”自分事化”して、本当にやりたいことに結びつけていくかが生き方の腕の見せどころだと思うし、それができるかどうかで、生きながら死んでいるのか、死に向かいながら自分の生を生きているかに分かれていくんだと思います。
なので、今はやりたくないことを「やりたくない」と思いながらやるのが一番怖いです(笑)。
先日、ある書店の閉店に立ち会い、改めて紙の本の重要性を実感しました。本というコンテンツを使って人の心に何かを残すことを続けていきたいし、続かせたい。私の「やりたい」は今そこにあります。
書店ナビ:現在もさまざまなプロジェクトが進行中だとか。2024年のご活躍も期待していますし、書店ナビにもいつでも声をかけてください。山に登り、書を開く山田さんの死生観を支えてくれたフルコース、ごちそうさまでした!
東京都八王子市出身。創価大学大学院 文学研究科 修士課程修了後、2021年日本出版販売株式会社に入社。物流部署を経て2022年から札幌の北海道支店に異動し、東部支社エリアマーケティング課で「新しく本のある空間を増やす」仕事に携わる。趣味は読書と登山。憧れのクライマーは小山田大さん。読書は一冊集中タイプで、お風呂場で読むことも。 日販が発信するWEBメディア「ほんのひきだし」
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