5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員や編集者が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.37 紀伊國屋書店札幌本店 木村 敏明さん
取材は2015年12月。すでに出社は終えられて「有休消化中」のところ、お話をうかがった。
[2016.2.22]
書店ナビ | 北海道の書店関係者がこのページを見たら「あれっ、木村さん?」と驚くかもしれません。今回は、現役時代《紀伊國屋書店札幌本店の主(ぬし)》とも囁かれたこの方、木村敏明さんのご登場です。 1969(昭和44)年に紀伊國屋書店に入社して以来、脇目もふらずに書店員人生をまっしぐら。新宿本店勤務から始まり、小樽、札幌…と新店立ち上げのたびに腕を見込まれて異動し、文具売り場や総務など幅広い部署を経験。 最後の職場となった札幌本店ではイベント担当として社内外から全幅の信頼を寄せられた、スーパー書店員とはまさに木村さんのことです。 きたる2016年1月にご定年を迎えられ、47年間の書店勤務をまっとうされました。あらためまして、このたびはご定年おめでとうございます。 |
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紀伊國屋書店札幌本店で定期的に「サイエンス・カフェ札幌」を開催している北海道大学CoSTEPから2015年9月、木村さんの定年を祝って花束と感謝の言葉が贈られた。画像提供:北海道大学CoSTEP
木村 | ありがとうございます。いまはただのオジサンなので、こういう企画に出ていいのか恐縮です。ずいぶん頭を悩ませましたが、結局「家庭菜園本と戦争小説」という妙な取り合わせになりました。 |
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書店ナビ | 半世紀近くのキャリアをもつ書店員さん作のフルコース、ぜひ教えていただきたいです。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
蝿の帝国 軍医たちの黙示録
帚木蓬生 新潮社
「軍医」という直接戦闘に関わらない、今でいうエリートが半歩下がった立ち位置から見た軍隊という組織。弾薬も医薬品も、食料さえも補給されない戦場、捕虜、空襲など戦争の絶望が淡々と語られている。1951年生まれの私にも戦場から帰ってきた傷痍軍人が街角に立つ、白い姿が記憶に残っている。
木村 | まずは戦後70年を踏まえた一冊から。著者の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんは医師で、医学関係や歴史の中の民衆を描いた作品を多く出版しています。本書と次作の『蛍の航跡』を合わせて第1回日本医療小説大賞を受賞しています。 |
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書店ナビ | 実際に戦場へ行った軍医の方々への聞き取りがベースになっている証言集のような短編集。若い方にもぜひ読んでほしい内容です。 それにしても木村さん、ずいぶん本を読んでこられたんでしょうね。 |
木村 | 結婚前は残業代を全部本に使っていました。給料から天引きされるのでいくら使っているかの感覚はなかったと思います。いまは、そうはいかない(笑)。実家のある仙台に若い頃に読んでいた本が段ボール30箱くらいありましたが、津波に飲まれて魚の餌になってしまいました。でもまだ自宅にも段ボールに入ったままの本や積みっぱなしの本があるので、新刊と並行してそれを読み返そうと思っています。 好きな作家ですか? 池波正太郎、松本清張、新田次郎、津本陽、高橋克彦、堂場瞬一…外国文学も読むので名前をあげていくとキリがないなあ。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
北海道の新顔野菜 つくってみヤサイ PartⅠ
安達英人 北海道協同組合通信社
戦時中は食糧難で札幌の大通公園や校庭も畑になったそうだが、平和な世の中で家庭菜園を楽しむようになって40年になる。新しい物、珍しい野菜が好きで、春になると苗を求めて道の駅を廻っている。そういう私にとって本書は今までやっていたことの確認と新たな取り組みのバイブルになっている。
木村 | 最初は隣人に誘われて、アパート裏の1坪ほどの共同菜園を耕していましたが、いまの家に越してから本格的に始めました。自宅の約15坪の庭のほか、30坪の市民農園を借りています。夏から晩秋にかけて野菜を買うことはほとんどありません。 |
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書店ナビ全員 | うわーー、うらやましい! いまからでも木村さんちの子になりたいです。 |
木村 | なんだ、今日もなんか持ってきてあげればよかったね(笑)。『つくってみヤサイ』に取り上げられている野菜の半分は育てました。これから年金生活だから、ますます農作業に勤しむことになると思います。 |
カラフルポテトやカラーだいこんはお手の物。“木村菜園”にはオカワカメやオカヒジキも育っている。
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
完全版 自給自足の本
ジョン・シーモア 文化出版局
30年前に読んで以来、他の農業関係の本と一緒に本棚に並んでいたが、手に取ることはなかった。札幌で暮らす自分にとって荒唐無稽の内容だったからだ。自給自足するための農場は1000坪、5000坪、岩はダイナマイトで割る、豚の解体の仕方、野生動物の捕まえ方など日本だったら御用になる事も堂々と書いてある。今回読み返してみて10億円当たったらこんな生活もいいなと思える。やっぱり夢か!
書店ナビ取材班K | 僕も若い頃にこの本を読んで衝撃を受けました。なにかあったら家族で暮らせるくらいの自給自足スキルがないと、と思ってページを開きましたが、思った以上にワイルドで。 |
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木村 | 原野を拓くのにいきなりダイナマイトを使ってますしね(笑)。まあ、それは極端でもログハウスを建てたり、自家製ワインとかミツバチを飼ったりする男の夢が詰まっている。 翻訳は北海道の赤井村でアリス・ファームを営む藤門弘さん・宇土巻子さんコンビです。イラストを見ているだけでも楽しくなります。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
さらばスペインの日日
逢坂剛 講談社
第二次世界大戦中の中立国スペインに、日系ペルー人として渡った情報将校、北都昭平と各国スパイの戦いを描いたフィクション。ヒトラー、フランコ、チャーチル、ルーズベルトなど実在の人物が多く登場します。
書店ナビ | 《前菜本》の『蝿の帝国』は実際の証言をもとにした硬派なセミ・ノンフィクションでしたが、こちらは史実という素材を逢坂氏が豪快に調理した一級のスパイ小説です。 本書をもって全7巻の「イベリアシリーズ」が完結しました。 |
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木村 | もちろん全編フィクションですが、ノルマンディー上陸作戦やロンドン空襲、ヒトラー暗殺未遂事件などの史実が背景にあるので、歴史書としても面白く、太平洋戦争当時の、精神論を根拠にした日本軍や政府の愚かさが見えてきます。 戦争は国と国との戦いだと思いがちですが、外交官やスパイにとっては人対人。だましあいや心理戦を含んだ息詰まる攻防が描かれています。 |
「昔、通勤途中に読む本にかけていた羊革のブックカバー。ボロボロになるまで使っていたら二度ほど“触らせてください”と言われて驚きました」
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
花と野菜のガイド
種のタキイ
一応値段は300円だが、タキイネット通販に登録すると無料で送ってもらえる通販カタログ。新しい種類の野菜を探すための必読書で、気になった種は毎年5種以上注文する。年2回発行。
書店ナビ | 最後はふたたび野菜に帰ってきました。 |
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木村 | 女性の皆さんが通販カタログでお買い物しますよね。それの“花と野菜”版です。いろんな種類を作りたいので、うちは多品種少量タイプ。いろんな本が店頭に並ぶ本屋と一緒です。 道東の孫が遊びにくるときは、庭でのジャガイモ掘りを楽しみにしているみたい。励みになります。 |
ごちそうさまトーク 1%だけ自分の色を入れること
書店ナビ | 木村さんに書店川柳をお願いしたところ、こういう句を読んでくださいました。 |
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旅先で 分野が違うと 本移動
詠み人 閑々亭行灯
木村 | 現役時代からのクセで、「あれ、この本?」と思ったらよその書店さんでもそっと直していました(笑)。 これは私の考えですが、他店でいいフェアをやっていたらマネをしてもいいと思うんです。ただし1%だけ“自分の色”を入れること。そうすれば徐々に自分たちらしい企画になります。 若い書店員さんたちは思いついたことをどんどんやってみて。売れる本をつくりだしてほしいです。 |
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書店ナビ | 長年のお勤めを終え、晴耕雨読の日々を楽しむ木村さんのフルコース、ごちそうさまでした! |
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