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第465回 児童文学作家・升井純子さんの新刊『ドーナツの歩道橋』

新刊の表紙イラストを持つ升井純子さん。書斎でお話をうかがった。

[新刊紹介]
札幌市菊水のあの円形歩道橋が舞台!
3月25日発売!升井純子さんの最新刊『ドーナツの歩道橋』

[2020.3.2]

わたしの心は、くるくるまわる。
円形歩道橋を歩くみたいに――。

2020年3月25日、札幌在住の児童文学作家、升井純子さんの新刊『ドーナツの歩道橋』がポプラ社から刊行される(北海道は26日以降、店頭に並ぶ予定)。
これまでにも北海道を舞台にした作品を数多く書いてきた升井さんが「久しぶりにYAを書いてすごく楽しかった!」と語る本作は、札幌の高校一年生、麦菜(むぎな)が主人公。
パン屋を営む家族に送り出されて緊張の高校生活が始まろうとしている。

ドーナツの歩道橋表紙画像

ドーナツの歩道橋
升井純子  ポプラ社

その麦菜の揺れ動く心情が交差する重要な場所「ドーナツの歩道橋」とは、札幌市白石区に実在する「菊水円形歩道橋」のこと。
南郷通の六差路を通ったことがある札幌市民ならはすぐに、あのぐるりと空中に輪を描いた歩道橋のある光景が浮かんでくるはずだ。

「私が札幌生まれ札幌育ちなのでここを書くしかなくって」と笑う升井さんだが、誰もが当たり前に見ている光景に物語を重ねることができる作家の眼でまちを読みこみ、私たち読者にまたひとつ新しい光景を見せてくれる。

しかも今回は《高校生と介護》という非常に現代的なテーマに取組み、刊行前に各地の中学・高校で読書会を開くという異例の試みも行われた。
2月末、升井さんのお宅で詳しいお話をうかがった。

いい人ばかりを書いてはだめ

書店ナビ升井さんは1991年に『爪の中の魚』で第一回ぶんけい創作児童文学賞佳作を受賞され、その受賞作の単行本化で小説家デビューとなりました。どこかの文章教室に通われていたんですか?

升井ええ、北海道教育大学を卒業したあと4年間小学校の先生をしていたんですが結婚を機に家庭に入りまして、そのときに見つけた柴村紀代先生の童話教室に通って一から鍛えていただきました。

柴村先生の教えで一番心に残っていることは「いい人ばかり書いてはだめ」。ともすると児童文学はやさしいおかあさんだとか理解のある大人を登場させるとそれなりに物語ができちゃうんですが、でも実際の人生はそうじゃないから。
心ない人に傷つけられてひとりで泣くこともある。子どもたちが読んだらザワザワッとするかもしれませんがそういうところも隠さずに書いて、あとあとになって本人たちがそういう場面を体験したときに本のことを思い出して力がわいてきたらいい。そう思って書いています。

升井さんも参加した『さっぽろのお母さんが書いた作品集 第11集 夕ぐれどきのあったかバス』(札幌市)

書店ナビこちらの『夕ぐれどきのあったかバス』は初めて升井さんの作品が掲載されたアンソロジー本だとか。
バスに乗ったゆりちゃんが隣りに座ったおばさんが寝入ってしまって降りられなくなる、という3ページの掌編です。

升井お恥ずかしい話ですけど、いまの私ならこのお話にダメ出しをしますね。

書店ナビ えっ、でも最後におばさんは起きてくれるし、バスの運転手さんも気をきかせてくれる。まさにあったかいお話です。

升井 主人公が努力をしていないんです。いま書き直すなら、ゆりちゃんがおばさんを揺り動かすとか「降りま~す!」とか叫んでもいい。
主人公が何もしない、こういう作品は書いちゃだめ(笑)。
あ、でも載った当時はうれしくてみんなに配っちゃいましたねえ。

書店ナビ (笑)お気持ちはよくわかります。

おばあちゃんのことが好き?きらい?

書店ナビ 『爪の中の魚』は地方のまちから札幌の美容専門学校を目指す男子高校生が、第51回講談社児童文学新人賞を受賞した『空打ちブルース』では行き場の無い自称”四流男子高校生”が、『シャインロード』では就活に奮闘する小樽の女子高生が、それぞれの道を見つけようと模索しました。

今度の『ドーナツの歩道橋』では、高校に入ったばかりの麦菜の学校生活だけでなくおばあちゃんの介護という大きなテーマが作品を貫いています。

2年前に介護用ベッドがあった部屋を書斎化した。庭に面した窓からたっぷり日差しが入る。

北海道を舞台にした児童文学を多数執筆。小学生がスタンプラリーの旅に出る『行ってきまぁす!』にも札幌の観光スポットがたくさん登場する。

升井 私自身、過去に夫と自分の両親4人をおくりまして、自宅介護も経験しました。いまの超高齢社会を考えるとこれからの介護は親世代だけでなく、子どもたちもこれまで以上に関わりを持つことになっていくはず。
でもだからといって「みんなも介護を手伝いましょう!」なんていう標語みたいなことを言う気は全然ないんです。
まずはこの本が考えるきっかけになれたらいいな、と思います。麦菜と一緒になって考えてもらえたら。

「見おくった4人が私にこのお話を書かせてくれた。感謝ですね」

書店ナビ 物語では札幌市白石区に実在する「菊水円形歩道橋」が重要な役割を果たしています。1971年3月に建てられたこの円形歩道橋は全長175・9m。なんだか映画のセットのような存在感がありますよね。

升井 いつも見かけるたびに「かわいいなあ、いつか使いたいなあ」と思っていました。友達やおばあちゃんのことを好きになったりきらいになったり、感情がぐるぐるまわる麦菜にとって特別な場所です。

主人公世代との読書会に刺激を受け追加執筆も

書店ナビ 児童文学界では珍しく、本作は刊行前に現役の中高生に作品を読んでもらう読書会も開かれました。千葉県と東京、そして北海道は札幌南高で。

2019年12月3日札幌南高校で行われた読書会。升井さんの作家仲間も参加し、書き手と読者が混ざり合う場となった。

書店ナビ 主人公世代から直接感想を聞く。めったにない経験です。いかがでしたか?

升井 もうね、皆さんが一行一行を丁寧に読み込んでくださって感激しました。
後で送ってもらった感想文を読むと「進んで考えたいとは思わないけれど、家族と感想をシェアしたい」と書いてくれる子もいれば、「ちょっと不安になった」という意見もあって、それぞれの形で受け止めてくださったことが本当にうれしい。あと、パンの描写が人気でウフフです。

書店ナビ 私どもも同席させていただいた南高の読書会では”希望”をうそくさくなく描く児童文学の難しさや結末に対する各自の思い入れなど、かなり深い意見交換がありました。
読書会後に追加あるいは変更した場面はありますか?

升井 ええ、読書会に触発されて、ある場面で読者の皆さんにもっと考える時間を持ってもらえるような言葉に直しました。
麦菜がどうしてそういう行動をとったのか、動揺する麦菜と同じようにゆっくり考えてもらえるように。
ひと針ずつ返しながら進んでいく “返し縫い”みたいなものかなあ。急がなくていいいんです。少しずつ進んでくれたら。

ぐるりと回って「いいところもそうでないところも」

書店ナビ 2015年から執筆を始めていよいよ刊行されますね。

升井 書いているときは楽しくてたまらなかった!麦菜と男子たちの間をつなぐキャラクターとして出したチャキも思った以上に動いてくれましたし、「ほら、谷元、出番だぞ!」ってけしかけたりね。 私の中でこれからもずっと物語が続いていく、そんな一冊になりました。

書店ナビ ゲラを拝読しましたが、大人にも読んでほしい場面がいっぱいありました。親子で感想をシェアしてほしいですね。それでは最後に北海道で執筆を続けている若い方にアドバイスをお願いします。

升井 私がなにかを言うなんておこがましいんですが、とにかく書き続けること。テクニックはあとからどうとでもなりますが、その人の中にある書きたいこと、発信したいものを見つけることがなにより大事ですよね。

書店ナビ 升井さんが作品にこめたい思いはなんでしょう。

升井 北海道のいいところも悪いところも書きたい。あっ、これって最初にお伝えした「いい人ばかり書いてはだめ」と同じですね。
そうなんです、完璧なものなんてありませんから。いいところもあってそうじゃないところもある。そんな愛しい世界のことを伝えていきたいです。

すでに次作の執筆にとりかかっている升井さん。次は札幌のどこが舞台になるか、お楽しみに!

升井純子(ますい・じゅんこ)

札幌市生まれ。北海道教育大学卒業後、小学校教諭をつとめたのちに童話・児童文学を書きはじめる。1991年『爪の中の魚』で第一回ぶんけい創作児童文学賞佳作を受賞。2010年『空打ちブルース』で第51回講談社児童文学新人賞を受賞。日本児童文学者協会会員。「季節風」「まほうのえんぴつ」同人。

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