北海道書店ナビ

第367回 株式会社亜璃西社 編集部 宮川 健二さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.118 株式会社亜璃西社 編集部 宮川 健二さん

自社本『増補版 北海道の歴史がわかる本』を手に。

[本日のフルコース]
人生の機微を教えてくれる

滋味深いエッセイ集フルコース

[2018.3.12]







書店ナビ 札幌の老舗出版社、亜璃西社さんから井上哲さんに引き続き、編集者の宮川健二さんにフルコースづくりをお願いしました。宮川さんは札幌の小さな編集プロダクションでこの仕事の基礎を学び、2004年に亜璃西社に入社。和田由美社長、”番頭さん”の井上さんにつぐベテラン編集者です。



フルコースの前に、2018年1月に御社から出版された新刊についてお話をうかがいます。北海道命名150周年にあたる2018年にふさわしい一冊が出ましたね。



増補版 北海道の歴史がわかる本 

桑原真人・川上淳  亜璃西社


歴史学のスペシャリストが手がけた1万部突破のロングセラー増補版!


宮川 ありがとうございます。2008年に刊行した本書を北海道命名150周年という節目の年にさらにパワーアップしてお届けすることができました。

石器時代から近・現代までの3万年の歴史を56のトピックスで解説しています。一般の歴史書と異なり”どこからでも読める”ところが本書の魅力です。
書店ナビ ええ、とても読みやすくて、これはプレゼントにもいいなと思いました。春から北海道を離れる、あるいは北海道にやってきた人たちにも、「勉強」「勉強」っぽくない雰囲気でおすすめできる一冊ですね。

それでは、宮川さんセレクトのエッセイフルコース、いってみましょう!





[本日のフルコース]
人生の機微を教えてくれる

滋味深いエッセイ集フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ニホンゴキトク

久世光彦  講談社



日常生活ではほぼ使われなくなった「辛抱」「冥利」「すがれる」など、柔らかで奥ゆかしい日本語への想いが溢れるエッセイ集。言葉と思考は密接につながっています。




書店ナビ テレビドラマの演出家で知られる久世さんは、エッセイもお上手でしたね。同じく名エッセイストである向田さんとも親交が深く、本書でもこんなくだりがあります。



向田邦子さんが愛用していた《冥利が悪い》なんか、このごろはまあ耳にすることはないが、これもちょっとほかの言葉には置き換えにくいニュアンスのある言葉である。

《出先で買物をして荷物が増えると、傘をさすことができなかった。うちまでひと息という近さなので車に乗るのも冥利が悪い》(「視線」)。

具合が悪いのとも違うし、もったいないでもない。罰が当たりそうとか、神仏に申し訳ないとかいうニュアンスがどこかにある。

宮川 言葉は生き物なので時代とともに使われなくなる言葉があるのはわかるんですが、言葉を知らないと考えそのものも広がっていかないし、わかりやすい言葉に変換しちゃうと手あかのついた文章ばかりになる。

伝えたい感情を掬うためにも、こういう仕事に就いている我々くらいはせめて知っておかないと、と思います。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

女たちよ!

伊丹十三  新潮社


衣食住、文化、芸術とあらゆることに目を凝らし、自分の物差しで「好き・嫌い」とはっきり判断する著者の書きっぷりが気持ちいい。軽やかな口語体で、豊かな知識・経験に少しの皮肉と嫌味を交えて読み手を引きこむ技術はさすがです。



書店ナビ 私も大好きな1冊なのでうれしいです。50代以降は映画監督として『お葬式』『マルサの女』など数々の大人が楽しめる映画を作った伊丹十三。映画はエッセイの世界観をそのまま映像化したようなところがありますね。デビュー作の『タンポポ』なんて食べ物にまつわる描写が秀逸で…。
宮川 そう、そう。エッセイでも「アルデンテ」とか「オリーブオイル」なんて、まだ当時の日本の食卓にはなかったものをいち早く紹介していましたよね。僕の料理好きは完全に伊丹さんの影響です。

彼独特の鼻につくところはありますが、この人にしかない知識・教養がとにかくカッコイイ。貧乏は恥ずかしくないけどケチはだめだとか、男たるものの格好よさを教わりました。僕が生まれる前に出た本ですが、いま読んでも古さを感じません。






魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

男のリズム
  
池波正太郎  角川書店



仕事・遊び・食べることにきめ細やかな喜びを見つける著者が、その流儀・ノウハウをそっと教えてくれる一冊。とはいえ押しつけがましくなく、自然と「このように生きたい」と思えるあたりは、著者の人徳でしょうか。




宮川 伊丹十三がディテールの人だとしたら、池波さんはどすんと大きく構えて、考え方の道筋を示してくれる人。悩める20代のときにこの本を読んで、「こういう大人がいる」ことが救いになりました。

あと、今では当たり前になりましたが、「   」のあとを改行して強い印象を残す独特な池波文体も好きでした。

常にどこかで「死」を意識して、冷めているところもあるんですが、決してシニカルには偏らない。楽しめなかった映画の話も自分が年をとったからかなあと、まさに大人の態度で包み込む。完敗です。

「本全体から感じるのは、余裕がないといい仕事はできないな、と。時代そのものの余裕なのかもしれません」




肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町

中島らも  集英社



著者の少年期から青年期を描いた自伝的エッセイ集。青年期の底抜けの明るさや恋、心に潜む闇、何に対してか分からない怒りや焦りなどがギュッと凝集されており、自分の青春時代と重ねてしまいます。


書店ナビ 久世、伊丹、池波の流れから一気にカラーが変わりました。

持病の躁鬱病とナルコレプシーに苦しみ、アルコールと薬物に依存。最期は飲み屋の階段から転倒し脳挫傷で…という壮絶な人生を送った中島らも氏の青春記です。
宮川 僕の青春時代はこんなに破天荒ではないですが、若いときって一度は”プチ破滅願望”というか、極端な話、死を含めて形のない悩みで頭がいっぱいになる時期がありますよね。

今思えば、それは”何者でもない自分”にイラついていたと思うんですが、この本を読むと「そうだ、自分にもこういう時期があった」と思い出して、目の前の形ある悩みがささいなことに思えてくる。

この本が、ためになることを教えてくれるわけではないんです(笑)。それでも不思議と、読後は生きることに前向きになれる。疲れた大人におすすめです。




デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

無名仮名人名簿

向田邦子  文藝春秋


日々の暮らしを愛情あふれる眼差しで掬い上げたエッセイ集です。著者がどんな登場人物も見捨てず、かといって全面的に受け入れるわけでもなく、「そういうこともあるよね」と諭すような世界観に、読後気持ちがふっと軽くなります。


宮川 向田さんの文章はとにかく書き出しが秀逸で、その後もつまずくことなくずーっと読んでいられます。仕事がバリバリできて、せっかちで、はっきりした性格の人という印象がありますが、この本を読むと常に相手の立場を思いやりながら、どんな人でも最後まで追いつめることをしない。白黒をつけるのが苦手な人だったんだなと意外な一面が見えてきます。

優しく柔らかなのに強い芯がある。向田邦子らしい語り口に魅了されます。




ごちそうさまトーク 手編みのセーターのように手間を惜しまずに

書店ナビ 5冊を振り返ってみていかがですか?
宮川 5人とも名文家ですよね。僕たちの仕事は1日の大半が活字相手なので、含蓄のある言葉やうまい文章を読むと心の底からほっとする(笑)。どの本も夜寝る前に読むと、おだやかな眠りに入れます。

それに5人とも、目線が決して”上から”じゃないんですよね。冷めた目線もオブラートに包みながら、僕ら読者と同じ視線の高さで語りかけてくる。そこに惹かれるんだと思います。
書店ナビ 編集者として宮川さんの仕事のモットーは何ですか?
宮川 これはうちの会社が、ということだと思うんですが、細部にいたるまで手を抜かずに全力で作る。大好きな人に贈る手編みのセーターと同じで、手間を惜しまずに作り上げる。そう心がけています。
書店ナビ 便利なはずのSNS上で心ない言葉が日常的に飛び交う今こそ、昭和の名文の妙を味わいたくなるフルコース、ごちそうさまでした!



亜璃西社



●宮川健一さん
1975年北海道苫小牧市生まれ。帝京大学文学部史学科を卒業後、北海道にUターン。編集プロダクションで基礎を学び、同社の閉業に伴い亜璃西社に転職。









ページの先頭もどる

最近の記事