北海道書店ナビ

第368回  植物写真家 杣田 美野里さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.119 植物写真家 杣田 美野里さん

2018年2月に紀伊國屋書店札幌本店2階で写真展を開催。平日の取材時にも大勢の来場者が訪れていた。

[本日のフルコース]
“礼文短歌”をうたう植物写真家が選ぶ
「自然を愛(かな)しみ命をゆする」フルコース

[2018.3.19]







書店ナビ 以前フルコースづくりをお願いした歌人であり、2017年に旭川の三浦綾子記念文学館の館長に就任された田中綾さんに「こんなステキな方がいらっしゃいますよ」と教えていただきました。
東京出身で娘さんが生後3カ月のときに一家で礼文島に移住された植物写真家・エッセイストの杣田美野里(そまだ・みのり)さんです。



2018年1月に礼文の自然とご自身の短歌を組み合わせた短歌写真集『礼文短歌 蕊』(北海道新聞社)を発刊し、翌月開かれた紀伊國屋書店札幌本店での記念写真展に在廊されているところにおじゃましました。



短歌写真集『礼文短歌 蕊』

杣田美野里  北海道新聞社


誌面の大きさが手のひらサイズのミニ写真集。編集者命名の《礼文短歌》という表現が実にしっくりくる短歌が57枚の写真に添えられている。道内主要書店で好評販売中。


杣田 夫(自然写真家の宮本誠一郎さん)と初めて会った場所が礼文島でした。東京に戻ってから再開して家族になり、娘が生まれて子育てをしながら写真を撮れる場所を考えたときに、なぜか二人ともいろんなところを見てきたのに「礼文にしよう」と自然に思えたんですね。気がついたら居続けて、今に至るという感じです。

短歌を始めたのは7~8年前から。父が亡くなって母が私にメールで短歌を送ってくるようになり、その流れで私も始めることになりました。

この『礼文短歌 蕊』を出すことになったとき、担当の編集さんに、かねてからご活躍を耳にしていた歌人の田中綾さんに解説を書いていただきたいとお願いしたのは私のワガママでした。快く引き受けてくださって本当に嬉しかったです。

書店ナビ これからうかがうフルコースの合間に引き続き、『礼文短歌 蕊』のお話も織り交ぜながら進めていきたいと思います。





[本日のフルコース]
“礼文短歌”をうたう植物写真家が選ぶ
「自然を愛(かな)しみ命をゆする」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

わたしと小鳥とすずとー 金子みすゞ童謡集
 
金子みすゞ  JULA出版局



大正後期の童謡作家、金子みすゞ。26歳の若さで亡くなっていますが、512編の作品を残し、その中から60編を選んで作られた童謡集です。生き物たちへ向けられた視線が優しい言葉で素直に表現されています。





杣田 30年くらい前に出会って以来、私の芯を支え続けてくれる一冊です。JULA出版局は書店も経営されていて、以前そこで金子みすゞ全集を持ってレジに行ったら、うれしそうに話しかけてくださったのが、JULA出版局の編集者、大村祐子さんでした。

金子みすゞさんの薄幸な人生を思うと、こんなにピュアな世界を書けることに驚かされます。でも彼女の作品はこうして今も残り、愛され続けていることがすばらしい。

礼文の自然歩道でカメラをかまえたり風景を見たりしているときに、金子みすゞさんの詩をふと思い出すときがあります。

『蕊』の基本デザインは右ページに一首、左ページに写真。ときおりエッセイが挿入されている。



杣田 『蕊』では


紙テープ
氷雨にちぎれ我はまた
空と海との狭間を生きる



と、礼文島に転勤で来て去っていく方々を見送る気持ちを詠みました。

「こうして何人見送れば私のご用はすむのだろう」とエッセイにも書きましたが、それはみすゞさんの詩「木」で知った次の一節が心に残っていたから。



そうして何べん、
まわったら
この木は御用が
すむかしら。 (金子みすゞ「詩」一部引用)



途切れることのない生の営みの切なさを表現しています。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

サラダ記念日

俵万智  河出書房新社


話言葉そのままに語られる俵万智の短歌。短歌は難しいものではなくて、心が揺れたら31文字にまとめればいいのだと教えてくれます。もしこの本に出会わなければ私は短歌を作らなかったかもしれません。



書店ナビ 280万部も売り上げた昭和の大ベストセラーです。1987年に本書が出版されたときは、身の回りのことなんでも”なんとか記念日”にしちゃう一大ブームが起きました。


「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの



今あらためて読んでもキュンとします。
杣田 私の両親も短歌を詠む人たちでした。彼らの世代ですと文語や旧仮名遣い、難しい漢字もそれほど生活からかけ離れたものではなかったのかもしれませんが、私の世代になると短歌は難しい特別なものという感覚になってきていました。
俵さんの作品を通して、短歌が自由で日常的なものであると一般に広まったことはとても大きいと思います。

何度手にしても、いくつ歳を重ねても、読むたびに新たに心を揺さぶられる歌集です。

写真展の会場で『蕊』をお買い上げのお客様に筆ぺんで「本ごとに異なる」サインを入れる。

書店ナビが持参した1冊にも入れていただいた。大事にしたい。





魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

サロベツ・ベニヤ 天北の花原野

杣田美野里・宮本誠一郎  北海道出版社



自分の著書で恐縮ですが、北海道北部の自然の魅力をお伝えするために作った本です。原野に咲く花々を案内役に、道北の自然への理解と愛情を深めていただけたらと思います。




書店ナビ 杣田さんと宮本さんの主な共著は、1995年刊『礼文―花の島花の道』と2001年に出たその新装版、2007年刊の『利尻―山の島 花の道』と、2012年刊『礼文 花の島を歩く』などなど…いずれもその島や目と鼻の先に住んでいるからつくれるものを発表されてきました。
杣田 近著の『礼文 花の島を歩く』は『礼文―花の島花の道』の3回目の全面リニューアルで、初版から17年、自然歩道や歩く人の変化に対応して作り直してきました。

たくさんの人に読んでいただき、累積10万部以上のロングセラーになりました。これで礼文で暮らす経済的な土台ができました。
書店ナビ 今回《魚料理》にご紹介いただいた本書は、次の《肉料理》とあわせて味わう仕掛けだとか。
杣田 ええ、『サロベツ・ベニヤ 天北の花原野』という書名は、旭川出身の作家・三浦綾子さんの作品『天北原野』を意識して付けました。天北原野とは北海道北部の天塩川、頓別川以北の平野の呼び名です。

この2冊の本が語る、厳しいからこそ際立つ道北の自然や人々の営みに、アンテナをいっぱい立てて旅していただけたらうれしいです。



肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

天北原野

三浦綾子  新潮社



北海道北部と樺太(サハリン)を舞台に、太平洋戦争下の過酷な運命と苦難に耐えて生きた男女の壮大な物語。戦前・戦後の暮らしや厳しく雄大な自然が克明に描写され、そこに生きる人々には重厚な存在感があります。


書店ナビ 北海道を代表する作家・三浦綾子さんの中期の代表作です。物語は道北のハマベツ(実在するサロベツに別名を冠した架空の地)から始まり、主人公、貴乃と将来を誓いあった孝介、同じ村の権力者の息子、完治を軸とした愛憎入り乱れる人間模様が描かれていく…。

聖女のような貴乃に次々と降りかかる”他者の罪”があまりにも重すぎて、読後しばらく立てませんでした(笑)。
杣田 確かにそうかも(笑)。三浦綾子さんは人生の大半を闘病されていたこともあって、罪深き小さきもの、人間は何のために生きるのかということを常に問いかけてこられたんだと思います。

でもそんな病気にも負けず、数々の傑作を残した彼女のエネルギーに圧倒されます。生きることにいつも真剣。三浦さんの本を読むと、私も1日1日を実感しながら生きていこうと励まされます。

あと、本書で印象に残ったのは太平洋戦争前後の北海道や樺太で行われていた製材業の様子です。大量に伐採した材木を雪解け水に乗せて一気に下流に運ぶくだりなど、すごい迫力でした。

貴乃の夫となった完治は製材業を営み、大儲けしたり、死にそうになったりしながら、自然の恵みを奪い取るような生きかたをします。そんな開拓の歴史がこの美しい原野に隠されていたのかもしれないと思うと感慨深いです。

上巻に掲載されている地図。本作は1977年に山本陽子主演でドラマ化された。ほかに北大路欣也、松坂慶子、三国連太郎、森繁久彌、倍賞美津子、藤岡琢也の豪華キャスト!



書店ナビ 《魚料理》が先か、《肉料理》が先か。どちらからでも楽しんでいただけるメインディッシュ2皿でした。

なお、三浦綾子記念文学館では本館2階回廊で杣田美野里写真短歌展『天北の蕊たち』が4月14日から7月22日までロングラン開催されます。そちらもたくさんの方に見ていただけるといいですね!



三浦綾子記念文学館


http://www.hyouten.com/




デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

おんなのことば

茨木のり子  童話屋


「自分の感受性くらい」「わたしが一番きれいだったとき」など彼女の代表作が入った文庫本サイズのアンソロジーです。何度も何度も開いては閉じ、茨木さんに叱って、励ましてもらいました。



書店ナビ 茨木のり子さんは1926年に生まれ、2006年に亡くなった日本の代表的な詩人です。「わたしが一番きれいだったとき」は国語の教科書にも掲載されたことがあるのでご存知の方も多いかもしれません。

私も「自分の感受性くらい」を初めて読んだとき、がつんと頭をたたかれたような、でもそれが素直にうれしい不思議な衝撃を受けました。
杣田 わかります。私が好きな詩は「汲む」です。何度も読み返しています。




「汲む」


大人になるというのは

すれっからしになるということだと

思い込んでいた少女の頃

立居振舞の美しい

発音の正確な

素敵な女の人と会いました






から始まる詩で、中にこんな一節が。




あらゆる仕事

すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと……





叱咤激励するのではなく、「それでいいのよ」と言ってくれます。




ごちそうさまトーク 一万年前からの約束を果たしに

書店ナビ 『礼文短歌 蕊』で個人的に特に好きだった1首はこちらです。




フキノトウは

地球のニキビ

噴火する

青き怒りが

星の数ほど

杣田 ホント? それ、装丁を担当してくださった江畑菜恵さんもいいと言ってくれて。一度掲載から落としたのを復活したんです。今回、江畑さんが1冊まるごと、とっても素敵に作ってくださって心から感謝しています。
書店ナビ 花と昆虫の組み合わせも印象的でした。
杣田 どちらも相手が欠けては生きていけない共生関係。礼文の自然が教えてくれました。


きみが吾(あ)の

蕊を訪ねる約束は

一万年も前からのこと


書店ナビ 本書は礼文の四季や自然をうたう「蕾」「蕊」「結(ゆい)」の三部構成。「結」では、杣田さんご自身の闘病への思いも綴られています。




病室の窓におぼろな

春の月

「闘うなかれ

向き合うもの」と

札幌での入院時、冬の朝、病院の窓を見下ろして思わずパチリ。

書店ナビ 今度は自分も心が揺れたときに短歌や詩を作ってみようか。そう思わせてくれる「自然を愛(かな)しみ命をゆする」フルコース、ごちそうさまでした!

杣田さんのブログ「島風に花と 杣田美野里のふぉと短歌 礼文島より」



●杣田美野里(そまだ・みのり)さん

1955年東京都八王子市生まれ。武蔵美術大学視覚伝達デザイン学科在籍時に写真に目覚め、卒業後、毎日新聞子ども新聞編集部で本作りの一連の流れを学ぶ。フリーの写真家になり、同業の宮本誠一郎と結婚後1992年に礼文島に移住。夫婦での共著多数。島の自然の盗掘防止や外来種除去活動にも取り組む。









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