北海道書店ナビ

第341回 まちライブラリー@千歳タウンプラザ 久重 薫乃さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.103 まちライブラリー@千歳タウンプラザ 久重 薫乃さん

「本を読む、勉強をする、ワークショップに参加する、お子さんと遊ぶ…いろいろな楽しみ方ができるので、まずは遊びにきてください!」

[本日のフルコース]
日本一広いまちライブラリーの司書が愛読する
《発見》の喜びに包まれるフルコース

[2017.9.11]





書店ナビ 先週ご紹介した民間図書館「まちライブラリー@千歳タウンプラザ」から、設立メンバーのひとりである図書館司書の久重薫乃(ひさしげ・ゆきの)さんにフルコースをつくっていただきました。

久重さんは、愛媛県の西予(せいよ)市のお生まれで、ホテル勤務を目指して入った専門学校で図書員会に所属し、そこで出会った司書の先生に憧れ、進路を変更。
大学に編入して司書資格を取得後、公立図書館等で経験を積まれました。
2016年、一般社団法人まちライブラリーに入ったきっかけは何だったんですか?
久重 司書の先輩がまちライブラリーの代表である礒井と知り合いで、「今の職場を辞めて、新しいことをやってみたい」と相談にいったときに紹介してもらいました。
「日本全国どこにでも行きます!」とアピールしたところ、ちょうど2016年の冬に北海道千歳市で新しいまちライブラリーができるからと、設立準備室のサブマネージャーに配属されて、今にいたります。
書店ナビ 親類縁者もなく、遊びに来たこともない北海道に単身Iターンとは、人生の転機ですね。
久重 私もまさか南国生まれの自分が北海道に住むとは思ってもいませんでした(笑)。
ここでは何もかもがゼロスタート。皆さんに蔵書を持ち寄っていただく。なにかイベントを一緒に企画する。「こうしたらもっと楽しい」を考える。
皆さんや千歳のことを教えていただきながら、私のことも知っていただく毎日がとても充実しています。
そういういまの気持ちもあって、フルコースのテーマは「発見」にしました。

面積約800㎡! 日本最大規模のまちライブラリーにいると時間を忘れてしまいそう。



[本日のフルコース]
日本一広いまちライブラリーの司書が愛読する
《発見》の喜びに包まれるフルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ぼくは勉強ができない
山田詠美  新潮社

勉強ができない、成績が悪い。でも勉強よりも素敵で大切なことがある。大切な事ってなんだ? 親のいうこと、先生のいうことを聞くのが正しいのか。自分で考え、納得して自分の人生を進もう。



書店ナビ 主人公は17歳、サッカー好きの高校生、時田秀美くん。勉強はできないが女性にはよくモテて、年上の彼女・桃子さんともラブラブのはずだったのだけれど…?
山田詠美ファンならずともこの作品が大好き!という人は多い人気青春小説です。
久重 私も気がついたら、うちに2冊ありました(笑)。好きな本はプレゼントする派なので、1冊弟にあげました。
一番印象に残っているのは、秀美くんのクラスメートが途方にくれる秀美くんに詩集を読むことを勧めるくだりです。


皆さんにもぜひ読んでいただきたいのでネタバレはしませんが、今年3月に大阪大学文学部長の金水敏(きんすい・さとし)先生が式辞で
 「文学部の学問が本領を発揮するのは、
  人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」
と述べておられるのを知って、文系出身の自分としても本当にそのとおりだと感じ入りました。
この本でも、金水先生の発言と通じることが語られていてグッときます。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ルリユールおじさん    
いせひでこ  理論社

本の世界には多くの人が関わっている。買う?借りる?一冊の本を繰り返し読む?読んだら売る? 私もルリユールおじさんとの出会いにより、手職人により本は時代を越えてよみがえるのだと知った。


書店ナビ ルリユールとは、フランス語で「手仕事による製本工芸」ひいては「その職人」をさす言葉。
この絵本では、女の子がルリユールおじさんのもとを訪ねます。
物語やキャラクターが魅力的ということだけでなく、手製本がどういう手順で行われるのか、緻密に描かれているところも見応えがありました。
久重 実はこの絵本をご紹介したかったのは、私にも、私だけの「ルリユールおじさん」がいるから、なんです。

大学時代に和綴じの本をつくるカリキュラムで、京都の修復師の方が指導にきてくださいまして。そのときの手仕事の美しさに感動して、修復師の先生に弟子入りをお願いしたんですが、「女の子だから…ずっと食べていけるかわからない仕事だし…」と断られてしまいました(笑)。
ガックリしつつ、「まあ、確かに急にあんなことを言われても驚いただろうなあ」と思い直してしばらくしたときに、この絵本と出会ったんです!
なんかもう、あのときの気持ちが蘇ってきて、思わず京都にも1冊送ってしまいました。読んでくれてたらうれしいです。

ブルーの配色が美しい『ルリユールおじさん』

右は久重さんがはじめて手がけた和綴じ本。「実はまだ、弟子入りの夢はあきらめていないんです(笑)。もっと年を重ねてからでも…」





魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

辞書になった男 ケンボー先生と山田先生
佐々木健一  文藝春秋

司書の仕事に辞書事典は欠かせない。レファレンスブックの面白さを知ったのは、新明解国語辞典だ。単語の意味を調べるだけでなく、用例の面白さ!
私が母から譲り受けたのは「新明解国語辞典 第三版」だった。




書店ナビ 本書は、2013年にNHK-BSで放映されたノンフィクション番組の書籍化です。番組は全日本テレビ番組製作社連盟が贈るATP賞最優秀賞を受賞しました。
タイトルの「ケンボー先生」とは見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)氏、「山田先生」は山田忠雄氏のこと。東大の同期生である二人は『明解国語辞典』の編者として協力しあいますが、のちに訣別。
戦後、ケンボー先生は『三省堂国語辞典』を、山田先生は『新明解国語辞典』を個別に世に送り出します。二人の生涯をかけた辞書ものがたりが本書です。
久重 赤瀬川原平さんが著書『新解さんの謎』で『新明解国語辞典』独特の用例を紹介したことで一躍ブームになった新明解。
母からもらった第三版は、特に主観的な用例が多いことで知られており、私もたちまちとりこになりました。
意味を知るためだけだと思っていた辞書の思わぬ魅力、大発見でした。

本書で触れている「読書」の定義。他の辞書『三国』によると読書は「本を読むこと」だが、『新明解』にかかると「寝ころがって読んだり、雑誌・週刊誌を読むことは、本来の読書には含まれない」!

久重さんが譲り受けた『新明解』第三版は1982年の第九刷。裏にはしっかりとおかあさまの直筆サイン入り。






肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

立獣の奏者
上橋菜穂子  講談社

闘蛇(とうだ)村に暮らす少女エリンの幸せな日々は、闘蛇を死なせた罪に問われた母との別れを境に一転する。エリンに関わるたくさんの人々、獣たち。自然を愛し、人を愛するということを考えさせられる。


書店ナビ NHKでアニメ化された作品ですね。
久重 私、「ナウシカ」が大好きでして、実在する・しないを問わずに動物や生き物が出てくる物語は、無条件に惹かれてしまいます。
この『獣の奏者』も闘蛇をはじめ、いろいろな生き物が出てきて、《文字から空想する》というファンタジーならではの醍醐味をたっぷりと堪能できます。
少女エリンが一人の女性として成長するさまも描かれていて、自分の道を貫く勇気や逆境を乗り越えていく姿など、大人にこそ読んでほしい場面がいっぱいです。
人の一生は短いけれど、たくさんの人と出会い、残すものがあり、それがのちの誰かの大切な発見につながる。自分が生きる意味を考えた大切な作品です。





デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

手から、手へ 
池井昌樹/詩 植田正治/写真 山本純司/企画と構成  集英社

もともと植田正治の作品は好きであったがこの本と出会ってから、もう5冊ほど人に贈っている。故郷を思い出すノスタルジーなタッチ。本・物語は人から人へ、伝わっていくものである。


久重 NHKの番組「美の壷」で、植田さんの写真が実は念入りにポージングを決めておられるのを知ったときは驚きました。時が止まったかのような独特の魅力を放つ植田ワールドを身近なひとたちにも知ってほしくて、この本は母にも贈りました。
なにより「手から、手へ」というタイトルが、とてもいいですよね。まちライブラリーも「本を通して人とつながる」ことを大切にしていて、オーナーから始まり、読んだ方がどんどん感想を書き足していく「メッセージカード」もつながりを生み出すための仕掛けのひとつです。

寄贈したオーナーがどんな思いでこの本を読んだかがわかる「メッセージカード」

毎月開催されるサポーター会議。赤いカーディガンを着た久重さんが進行役。





ごちそうさまトーク 毎日が「発見」の連続、トライ&エラーを楽しんじゃおう!

書店ナビ フルコースを頭から振り返ると、順に「小説」「絵本」「ノンフィクション」「ファンタジー」「写真&詩」と幅広いジャンルから選んでくださったことに気づきます。
久重 ご紹介したい本ありき、だったんですが、いろいろなジャンルにおもしろい本が点在していることをわかっていただけたらうれしいです。
それと今回の取材であらためて自分が「たくさん本を贈ってる」ことに気がつきました(笑)。
あの人だったらこの本に共感してくれそう、と考える時間もワクワクしますし、後日感想が返ってきてそこでまた盛り上がるのも楽しいです。
まちライブラリー@千歳タウンプラザに勤務しているいまの私は、毎日が「発見」の連続! トライ&エラーを楽しみながらがんばっていきたいです。
書店ナビ 日本最大のまちライブラリーに眠っている「発見」に会いに行きたくなるフルコース、ごちそうさまでした!

●まちライブラリー

●まちライブラリー@千歳タウンプラザ
北海道千歳市幸町4丁目30
TEL 0123-25-3544
開館時間 毎日10:00~20:00 
*施設営業は、千歳タウンプラザの営業日時に準じます


●久重薫乃(ひさしげ・ゆきの)さん
愛媛県西予(せいよ)市のみかん農家に生まれる。図書館司書資格取得後、香川県立図書館等を経て、2016年から一般社団法人まちライブラリーに勤務。同年12月23日にオープンしたまちライブラリー@千歳タウンプラザの設立準備から関わり、はじめての北海道暮らしのかたわら、同ライブラリーの中心スタッフとして活躍中。


















ページの先頭もどる

最近の記事