北海道書店ナビ

第342回 札幌市中央図書館 図書情報専門員 本間 恵さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.104 札幌市中央図書館 図書情報専門員 本間 恵さん

取材場所は、本間さんが棚づくりに関わった旧あけぼの小学校「あけぼのアート&コミュニティセンター」。ご協力ありがとうございました。

[本日のフルコース]
かつて小中学生だったあなたへ、いま小中学生のきみに
「世界を信じる力をくれる本」フルコース

[2017.9.18]




書店ナビ 今回の選者は、以前「古書店を始めたい人と読み継ぎたい」フルコースをつくってくださった札幌の古書店・書肆吉成(しょしよしなり)さんからご紹介いただきました、札幌市中央図書館の図書情報専門員、本間恵さんです。
お二人はどちらで知り合ったんですか?
本間 私が2010年にアダノンキさんと一緒に、不忍(しのばず)ブックストリートから始まった「一箱古本市」を札幌で企画・出店したときに、私が好きな函館出身の作家・佐藤泰志(1949年~1990年)に関する記事などのファイルをずっとご覧になっていたのが、吉成さんでした。
書店ナビ 本間さんは、佐藤泰志の著書『海炭市叙景』の映画化を目指した『海炭市叙景』製作実行委員会・同北海道応援団のメンバーとして随分ご尽力されたと関係者の方々からうかがっています。

Twitterでの本間さんのつぶやきを機に小学館から復刻された『海炭市叙景』文庫の初版発行日は、偶然にも本間さんの誕生日!

旧あけぼの小学校図書室に短大時代の同級生である朝倉かすみコーナーを設置。出版社の垣根を越えて朝倉作品20タイトルが印刷された『少しだけ、おともだち』発刊記念手ぬぐいも展示されている。



書店ナビ 今回のフルコースも「もしかして佐藤泰志フルコースでくるのでは?」と踏んでいたのですが、読みがハズレました(笑)。
テーマにある「世界を信じる」ということばが、強く響きますね。
本間 小さいころからうちにあった偉人伝や文学全集を読んで育ちましたが、中学に上がってからふと何を読んだらいいのかわからなくなった時期がありました。
その年頃になると学校や家でもいろいろなことが起きて、大人に抱いていた絶対的な信頼が揺らいだり、実世界との距離がつかめなくなったりする。
そんなときに力になってくれる本のフルコースにしました。


[本日のフルコース]
かつて小中学生だったあなたへ、いま小中学生のきみに
「世界を信じる力をくれる本」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

時計つくりのジョニー
エドワード・アーディゾーニ  こぐま社

手先の器用な小さな男の子ジョニーが「大時計のつくりかた」という本を手に、自分もつくってみようと思い立つ。周囲の無理解・偏見を少年ジョニーはどうやって乗り越えるのか…?


書店ナビ 先生や同級生は「できっこない」と決めつけ、親でさえ信じてくれないなかでクラスメートのスザンナだけがジョニーを「すごいわ」と励ましてくれる。
スザンナのような存在が、いま夢を抱いている世界中のジョニーにいてほしいですね。

ジョニーにぶつけられる心ないことば、自分も誰かに言ったことがないか、思わず省みたくなる。


本間 子ども時代は”大人イコール親や学校の先生”で、そのひとたちが言うことに一喜一憂しますが、実は世界はそれだけじゃないんだよ、ということを教えてくれる名作です。
この”親でも先生でもない”のに自分のことを応援してくれるひとの存在は、とても大きいと思います。
私が小さかったころ、地元に移動図書館が来て何回か使っているうちに、私が読んでいるシリーズものの続きがリクエストを出していないのにいつも入っていることに気がつきました。
多分、移動図書館のおじさんがそっと先回りして揃えていてくれたんだと思います。私がこういう仕事に就きたいと思うようになった原点の体験です。
この移動図書館のおじさんや小学校のときに理不尽ないじめから救ってくれた新しい担任の先生が、私のスザンナでした。
みなさんにも、みなさんのスザンナがいてくれますように。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

世界を信じるためのメソッド    
森達也  イースト・プレス

メディアの情報を何の疑いもなくそのまま受け入れてしまうと、人を殺し、自分も殺されることになる状況を呼び寄せてしまう可能性がある…。そんな時代の森達也流《世界の信じ方と疑い方》の指南書。


書店ナビ 取材前にいただいた回答シートでは、フルコースのタイトルが本書のタイトルそのままの「世界を信じるためのメソッド」でした。
本書は2006年に理論社から初版が出ており、その後2011年10月にイースト・プレスから再版されています。
本間 私が手に取ったのは2011年のイースト・プレス版で、東日本大震災後に国会前に集まった原発反対のデモ人数の発表が、新聞各社によってまるで違ったときに、「森さんが書いているように真実はひとつじゃないんだ!」と目を見開かされる思いでした。
森さんはさらに「わかりやすさ」に警鐘を鳴らしていて、世界はつねに多面体であることを伝えようとしています。
いまから10年以上前に初版が出た本ですが、SNS時代の今読んでもまったく古びていない内容です。




魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

青い図書カード
ジェリー・スピネッリ  偕成社

麻薬のオーバードーズで母親が亡くなって以来、自暴自棄になった不良少年が図書館で一冊の本に出会う「ソンスレイ」ほか、不思議な青い図書カードが導く小さな希望の物語。



書店ナビ 4つの話が入っていて、それぞれ主人公の名前がタイトルになっているんですね。

主人公はみな10代。ワルガキ、テレビ中毒、恋人に裏切られたパンク少女…優等生と真逆の設定が面白い。


本間 私がいちおしの「ソンスレイ」の主人公は、愛されてこの世に生まれたという実感が持てないまま、母親が亡くなってしまいます。でも唯一記憶に残っているのが、母親がいつも読み聞かせてくれた一冊の本…。
大人はつい、子どもに良い本を読ませようとか「すばらしさの押しつけ」をしてしまいがちですが、子どもがなにをすばらしいと感じるかは、世界との出会い方次第。
ソンスレイの母親が読んでいた本の正体は、私たちの想像の斜め上をいくようなものですが、彼にとってはまちがいなく人生の一冊となった。その結末をぜひ、ご自分で読んでいただきたいです。




肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

僕は、そして僕たちはどう生きるか
梨木香歩  理論社/岩波書店

コペル君、14歳。学校に行かないことを決めた親友ユージン。ユージンのいとこのショウコ。ユージンの家の庭に潜む(潜まざるをえなかった)インジャ…。彼ら10代の「考えるヒト」の思考と行動に打たれる、平成版『君たちはどう生きるか』。


書店ナビ 少し補足しますと、梨木さんに本書を書かせたネタ本『君たちはどう生きるか』(ポプラ社ポケット文庫)は、児童文学者の吉野源三郎著。旧制中学2年生(15歳)の本田潤一ことコペル君が主人公です。
学校生活の相談相手になってくれている叔父さんがコペル君に向けてノートを書き、最後はコペル君がこれからどう生きるかの決意をノートに綴るという構成で、「教養教育の古典」として永く読み継がれています。

右が2011年に出たポプラ社版の『君たちはどう生きるか』。1982年に岩波文庫から初版が出て以来ロングセラーとなっている。



本間 ネタ本と同じ名前をとった本書の梨木版コペル君は、親友のユージンやショウコ、インジャに比べると、どちらかというと普通の子。その彼がユージンやインジャたちの経験を通して、いろいろなことを考えていく過程が丁寧に描写されています。
《前菜本》のスザンナのように、実の親でもないショウコのおかあさんがインジャに差し伸べた手がとてもあたたかいところも、大好きです。


実は、梨木さんがこの本のある登場人物を書くにあたり、おそらく参考にしたであろう本が、同じ出版元である理論社から出ています。その人の主張に対して、梨木さんは深い怒りと決意を持ってこの本を書いている。
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』という真っ向勝負のタイトルが、彼女の強い決意を語りつくしていると思います。





デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

吉野弘詩集
吉野弘  角川春樹事務所

市井の視線で日常のさまざまを言葉に紡ぐ詩人吉野弘。戦後50年にわたる詩作から選んだ代表作をテーマごとに紹介したアンソロジー。詩の一行に救われる生もある。


本間 私が10代のときに出会ってラクになった吉野さんの詩は「樹」という一篇です。「人もまた、一本の樹ではなかろうか。」ということばから始まる詩で、そのなかでもとりわけ胸を貫いたのは「枝を張らない自我なんて、ない。」の一行。

最近は、映画の宣伝文句やSNSでも「泣けた!」とか「わかる!」「いいね!」などの共感ばかりを求める空気が、私はどうも気持ちが悪くて(笑)。
「わからない」があっても、ときには空気を読まなくてもいいと思う。自分がどう思うかを真摯に考えていきたいです。
先日お亡くなりになった元くすみ書房の久住邦晴さんの呼びかけで作った推薦図書リスト『中学生はこれを読め!』の続編『高校生はこれを読め!』でも、この詩集を紹介しています。

「吉野さんのこの詩をお守りみたいにいつも持ち歩いています」




ごちそうさまトーク そこに立つことを許してくれる

書店ナビ 今年、夏休み明けの9月1日に子どもの自殺が一番多いというニュースが話題になりました。今回の5冊、全国の「学校に行きたくない子どもたち」に教えてあげたいです。
本間 一番伝えたいことは「学校と親がすべてではない」ということ。「みんながこうだから、あなたもこう」という画一性は、そう強要された側の心身を傷つける危険性もはらんでいます。
でも、このフルコースでご紹介したような本が、この世にあること自体が、「自我を張ってもいいんだよ」とそこに立つことを許してくれる。
いまいる世界に絶望しても、もっと広い世界を信じてほしいし、世界はそう捨てたものじゃない。そのことを伝えられたら、うれしいです。
書店ナビ かつて画一性に苦しんだ子どもも、大人になるとつい「共感の呪縛」を選んでしまいがち…。私たちは一人一人の個なんだという勇気を再びかきたててくれるフルコース、ごちそうさまでした!

●札幌市中央図書館

http://www.city.sapporo.jp/toshokan/sisetu/chuo/chuo.html


●あけぼのアート&コミュニティセンター

http://concarino.or.jp/akebono/


●本間恵(ほんま・めぐみ)さん
札幌市生まれ。20歳のときから図書情報専門員として働き始め、今年37年目。仕事のかたわら、高校時代演劇部だった経験を活かして演劇や人気公開句会『東京マッハ』の番外篇『札幌マッハ』などのイベントも企画・プロデュース。札幌演劇シーズンのレビューを書く「ゲキカン!」執筆メンバー。

















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