浦河町唯一の新刊書店「六畳書房」3代目店主の武藤あかりさん。大好きな絵本作家・長新太さんのイチオシの絵本を持って。
[2022.5.16]
2022年4月21日、「いらっしゃい!」と武藤あかりさんが出迎えてくれた3代目「六畳書房」。観光協会の裏手にある一本道を進むと木目調のプレハブ小屋と「本」の青いのぼりが見えてくる。
札幌から車で3時間弱、北海道の地形をひし型に見立てると一番下のとんがり部分=えりも岬にほど近いところに人口約1万1千人強の浦河町がある。
競馬ファンにはおなじみ、「優駿のふるさと」としても知られるこの小さな町に、市民出資型の新刊書店「六畳書房」が産声をあげたのは、2014年11月25日のことだった。
事の発端は、当時閉店の危機を迎えていた札幌のくすみ書房が再起をかけたクラウドファンディングだった。「本屋のオヤジ」こと久住邦晴さんを慕う浦河町在住の武藤拓也さんたち有志が、久住さんの出張講演会コースに申し込んだところまで、話はさかのぼる。
その頃、浦河には新刊書店がなく、本好きは近くのまちまで出かけることを余儀なくされていた。
「もう一度まちに本屋さんを取り戻したいけれども、今の時代に書店経営が難しいことは素人でもわかる…」そんなジレンマを抱えていた町民たちに久住さんが伝授したのは、「在り続けることを目指す」本屋づくりだった。
今の店でも、もちろんこの本は取り扱っている。久住さんの遺稿が収録された『奇跡の本屋をつくりたい くすみ書房のオヤジが残したもの』(ミシマ社)
「借金はせずに、すベて現金払いで」「開店資金は町民の寄付で」「家賃がゼロの場所を」といった「小さくスタートし成長する本屋づくり」を勧める久住さんの呼びかけに、会場にいた参加者全員の心に火がついた。
そこから一口1万円か5千円、あるいは2千円から選べる「一口店長」方式で瞬く間に開店資金の30万円が集まった。
小さな町の小さな本屋さん、「六条書房」の誕生である。
コミュニティスペースがわりの古民家で始まった店の営業日は毎週月曜の1日限り。開店当時の取材では「店長は出資してくださる皆さんで、僕はそれをお預かりしている身。だから”店番”なんです」と答えてくれた武藤さんは、のちに町議会議員に当選した。
その後、店は多忙な武藤さんを手伝う有志の協力もあったが、残念ながら経営不振が続き、開店から3年後の2017年11月に閉店した。これが〈六畳書房 第1期〉のあらましだ。
「小さく始めたまちの本屋を誰かが引き継いでくれたら…」
〈六畳書房 第2期〉は、幸運にも初代店長の武藤さんの思いを「うちでよかったら」と継いでくれる人の登場で始まった。
神奈川県から浦河町にIターンしてきた櫻井けいさんと廣志さん夫妻。セカンドライフを自然豊かな涼しいまちで過ごしたいと北海道の各地で移住体験にトライし、「役場の人が熱心で、街の機能がコンパクトにまとまって暮らしやすい」浦河を選択した。六畳書房の「一口店長」でもあった。
櫻井家にもあった「六」マークのブックスタンドは、くすみ書房のスタッフが初代六畳書房の開店祝いに作ってくれたもの。今も静かに店を見守ってくれている。
2代目店長の櫻井けいさんによると「次の人が決まるまでの”つなぎ”のような感覚」もあったと言う。2018年3月19日から櫻井家の居間で毎週月曜に”開店”した。
櫻井さんのオープンマインドな人柄もあったのだろう、気がつけばさまざまな企画が持ち込まれ、絵本の読み聞かせや鹿角を使ったアクセサリー作りなども行った。
Vol.130 森の六畳書房 櫻井 けいさん[本日のフルコース] 浦河町で復活!「森の六畳書房」が届けたい よりよい世界を考えるためのフルコース
この第2期中の2020年には、浦河町出身の作家・馳星周氏が『少年と犬』で第163回直木賞を受賞。町が本の話題でおおいに盛り上がったことも、忘れられない出来事だ。
3代目になった現在も「六畳書房は馳さんの地元書店だから」と出版社が肩入れし、地方書店とは思えない冊数の新刊『黄金旅程』が平積みされていた。「これまでに書いてもらったサイン本は50冊以上。現在サイン本は売り切れ中ですが、6月以降にまた馳さんが浦河に来たらお願いする予定です」
そうして2年半が過ぎた2020年11月、櫻井さん念願の引き継ぎの時がやってきた。
「私がやります」
3代目店主に手をあげたのは、ほかでもない、初代店主の武藤拓也さんの妻である武藤あかりさんだった。
「夫から何か言われたわけではないんです(笑)。むしろ、本屋のことは私が気持ちを固めるまで夫婦の間で一度も話題に出たことがなかったくらい。高校から札幌に出て、働きながら自主制作のショートフィルムを作っていましたが、結婚を機に浦河に帰ってきて、ふと自分はこれから何をしたいのかなと立ち止まって考えた。その時目の前にあったのが〈本屋さん〉という選択肢でした」
2019年6月に女の子を出産し、初めての育児が少し落ち着き始めた頃合いであり、「本屋さんのあるまちで子育てをしたい」という思いも重なった。
この日は晴天に恵まれ、店の外でお話をうかがった。「久住さんの長女でフォトグラファーのクスミエリカさんとは札幌のクリエイターが集まる事務所Tabで一緒でした」
本好きだったあかりさんの祖父が趣味の部屋兼休憩所に使っていたプレハブ小屋を自宅の駐車場に移設。ひさしをつけて店舗化した。
2020年12月に看板を引き継いだ当初は出張本屋さん形式を試したが、コロナ禍で出店もままならず方針を転換。
2021年7月から自宅の駐車場に移設したプレハブ小屋で店舗営業をスタートした。
営業時間は木曜から土曜をメインにした不定期営業(日曜定休)。取次は、初代から続く子どもの文化普及協会や2代目の櫻井さんが発掘した中央社、そしてあかりさんの代から取引を始めたトランスビューを活用している。
店の什器は「櫻井さんから譲っていただいたものや身近にあった不用品を活用しました」
赤ちゃん連れでも座れるスペースあり。引き出しの取手が傾いているのもご愛敬だ。
限られたスペースだからこそ、置きたい本は厳選している。
「浦河町立図書館は文芸や小説がすごく充実しているんです。なのでそこは割り切って棲み分けることにして。特にお勧めしたい文芸作品の他は、主に私が気になる人文学やノンフィクション系、コミックや絵本に力を入れています」
「ジェンダーやフェミニズム関連の本はあえて〈ジェンダーの棚〉とくくらずに、いろんな面白い生き方の女性の本などと一緒に置いています」
あかりさんが好きな映像関連の本もラインナップ!
絵本は毎月10冊くらい入れ替えている。「育児中のお客様から『この本は”鉄板”だから!』と教えてもらった本はすぐに注文します」。『パンどろぼう』シリーズはそれで仕入れ、半年で10冊以上販売した。
取材中、小学校から帰ってきた近所の子どもたちが顔を出した。「学校終わったの?」「うん!」あかりさんと二言、三言交わして帰っていく。
「あのコたちが初めてここにきたとき、私に『ここの本はぜんぶ借りられるの?』と聞いたんです。多分、親御さんと一緒に図書館に行ったことはあっても、本屋さんという場所があることを知らなかったんだと思います。”そうか、本屋さんを知らない子どもたちがもう珍しくないんだ’と思うと、改めて感じるものがありました」
本屋さんの敷居は低く、でも「買ってくれた方が嬉しい」本音も交わし合うのがまちの本屋スタイル。浦河には牧場で働くインド・ネパール人就労者も多く、彼らの国を題材とした絵本も取り扱っている。
町民への浸透率は「まだまだこれからです」とあかりさん。「SNSをやっている人自体が少なくて、かえって町外からInstagramを見ました、と言う人が来てくれたりします」
じきに3歳になる娘の母であり、六畳書房の店主であるあかりさんには、実はもう一つの顔がある。
それは実家の家業で、現在は夫の拓也さんが代表を務めている株式会社マルセイが17年来発行している情報誌「マルニュー」の編集長!
あかりさんの父親が会社を立て直すため経営コンサルタントに勧められて始めたもので、現在はあかりさんが担当している。
広報誌とは一味違った等身大の目線でまちの出来事を取材し、原稿を書き、写真を撮り、自分でDTP作業までこなす活躍ぶりで、発行部数は驚きの3700部!街の人口の3分の1に無料で配布していることになる。
「母が編集長時代から愛読してくださる読者がいるので、こちらも手を抜けなくて(笑)。今年はページ数が増えて大変ですが、できれば六畳書房のことを発信するものも作りたい。いつか選書サービスも始められたらと考えています」
小さく始めて「在り続けることを目指す」浦河町唯一の新刊書店「六畳書房」。
形を変え、場所を変えながら「在り続ける」歩みは続く。その背中を押すのは私たちだ。まちの本屋さんと同時に本屋さんがあるまちを失わないために。
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