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第522回 新刊紹介 山里稔著『熊から造形へ』

木彫り熊や熊形グッズが並ぶ山里稔さんのアトリエ

いろいろな表情の木彫り熊や熊形グッズが並ぶ山里稔さんのアトリエでお話をうかがった。

[新刊紹介]
北海道の木彫り熊研究をまとめた『熊から造形へ』
次代の研究者に思いを託して自費出版

[2021.8.2]

昭和を代表する北海道土産がいつしかいらないものに

2021年7月1日に刊行された『熊から造形へ 木彫り熊 未知なるコトで独り言』(熊学舎)は札幌の造形作家、山里稔さんが2011年ごろから始めた木彫り熊収集から得た知見をまとめた私家版の研究書。
2014年に木彫り熊287頭を掲載した『北海道 木彫り熊の考察』(かりん舎)に続く、”在野研究者”山里さんの集大成ともなる一冊だ。

熊から造形へ

「『北海道 木彫り熊の考察』は衰退の危機にあった木彫り熊の魅力を幅広く知ってもらうために作りました。今度の『熊から造形へ』は研究資料の意味合いが強く、この分野に興味がある若い方々に深く静かに読んでもらいたい」と山里さんは語る。画像でめくっているのが『北海道 木彫り熊の考察』。圧倒的な掲載点数が評判を呼んだ。

北海道で制作された総数は計り知れないが「現在道内で生産される木彫り熊は、年間約250万個、ザッと15億円」

『熊から造形へ』によると1976年2月発行の『ほっかいどう観光百景』にこうした記述があるように、かつて昭和の時代には北海道土産と言えば、”木彫り熊一択”の時代があった。
どの家庭や職場にも必ずと言っていいほど木彫り熊があり、ガラスケースに入れられた、あるいは立派な台座の上に置かれた木彫り熊が懐かしい子ども時代の思い出の一部となって記憶されている方も多いのではないだろうか。

ところが時代が進むと、木彫り熊はいつしか「場所をとる」「他のインテリアに合わない」などの理由から不要なものとなり、土産物屋や民芸品店の売上は激減。じきに作り手も少なくなり、衰退の一途をたどっていくーー。
山里さんも、研究のきっかけは実家にあった木彫り熊が両親の他界により処分されようとしていたことから。「あんなに人気のあったものがなぜ、いらないものに」と驚き、あらためて木彫り熊に関心を抱くようになったという。

山里稔さん

山里さんは1944年室蘭市生まれ。「小学2年の時に国鉄マンだった親父の転勤で札幌に越してきました。当時、時計台近くのやまぐちやさんや狸小路の土産物屋では実際に彫師さんが店頭で彫っている作業を見ることができた。どれもすばらしい工芸品でした」と述懐する。

木彫り熊の歴史がある八雲や旭川、白老で関係者に聞き取りを始め、ネットのオークションや自分の足で探し歩き、木彫り熊を収集した。
一時は600体にも上る数を集めるうちに、山里さんは熊が持つ「視覚言語」を読み解いていく。
「比較検討していくうちに、自分なりに”いい熊”がわかっていく。彫りがいい、形がいい、あるいは木の質がいいというようなことがわかり始め、彫師の特徴や地域による系統も見えてきました」

ネットでは全国から出品された木彫り熊が売買されており、山里さんが集めたものも「鹿児島から釧路まで」広範囲に渡る。日本に駐留したアメリカ人が買って帰ったものが海外で出品される例も少なくないという。

「新人の彫り師はまず”這い熊”から始めたそうです」。『熊から造形へ』には「鮭背負い熊を彫ることが許されたのは7年目だった」という貴重な証言も掲載されている。写真の熊は旭川で彫られたもの。「彫刻家に彫れと言ってもこうは彫れない」リアルな表現に目を奪われる。

木彫り熊の歴史にとどまらず、一造形ジャンルとして探究

集めた熊の来歴は不明なものがほとんどだが、なかには足の裏に彫り師の刻銘入りのものもあり、それは貴重な資料となる。

尾張徳川家第19代当主、徳川義親侯は北海道・八雲での熊狩りを好み、スイスから民芸品の木彫り熊を八雲に持ち帰り、それを手本に農民の冬の副業として木彫り熊が始まった話や、アイヌ文化において熊は「キムンカムイ」(=山の神)として崇める対象であり、熊と共存する暮らしを続けてきた近文アイヌコタンから広がった旭川の熊彫りは、関心がある人ならば聞いたことがあるだろう。

だが、本書はそうした各地の木彫り熊歴史探訪だけが目的ではない。
『熊から造形へ』というタイトルが示すように「熊型意匠」という一種の造形ジャンルに着目し、熊と人が結んできた太古からの関係を俯瞰し、そこに潜む新たな研究テーマを差し出すことが、自身も造形作家である山里さんの最大の執筆動機となっている。

続縄文・擦文時代の遺跡からも熊形意匠のものが出土されている。上の画像は本書に掲載されているアイヌ民族の祭具イクパスイ。四角い枠の中に熊の形が見える。

「これは絵馬。どこかの神社のもの。もう、熊に関するものは何でもあるから自分でも収集がつかなくなってきた(笑)」

こちらはぐっと時代を進めて昭和、「定山渓」温泉の土産品。メガネ熊の頭を開けると小熊たちがぴょこりと顔を出す。

表紙の熊を取り巻く言葉「神としての熊とは」「アートから見る木彫り熊」「民俗学としての調査」などは、山里さんが思いついた研究のキーワードを羅列した。

本書の国会図書館収蔵を見届け、資料熊も次の担い手に

北海道美術学校を卒業後上京し、企画会社に勤め、多数の商品開発に携わった山里さんから見ても「実用性のない飾りものの中で、木彫り熊ほど国内外に知られているものは類を見ないのでは。しかも北海道という地域性も背負った稀代のヒット商品だと思います」

本書に自身の熊コレクションから一体が掲載された人がいる。苫小牧市在住の彫刻家、藤沢レオさんだ。
「数年前に友人が冗談半分で買ってきたお土産の熊が、自分が小さい頃に隣町の白老で見たカッコイイ木彫り熊と印象がまるで違ったんです。”これじゃないよなあ”と思い集め出したら、気がつけば80体近く集まりました」

本書を読んだ感想は「山里さんの”熊愛”に胸を打たれました」と即答。
「木彫り熊の博物館的な価値が認められる以前から、一個人が私費を投じてここまで注目されたとは、もう、愛しかない。内容も、熊を彫り続けた人々の暮らしやなりわい、造形としてのアート性など考えさせられることばかり。僕も北海道のアイコンとしての木彫り熊をこれからも愛し続けていこうと思いました」

展覧会「藤沢レオ:Sculpture of Place 柱の研究」
8月29日までモエレ沼公園で開催中!

会場 モエレ沼公園ガラスのピラミッド2F スペース2他
開場時間 9:00~17:00

展覧会「藤沢レオ:Sculpture of Place 柱の研究」 | モエレ沼公園-イサム・ノグチ設計

moerenumapark.jp

取材中、何度も「僕の木彫り熊研究はこれでおしまい。あとは若い人たちにどうつなげるか」と口にした山里さん。
掲載された木彫り熊は、こうした骨董コレクションには珍しく来歴も可能な限り明らかにし、研究資料としての価値に重きを置いた。
自身が所有する大量の資料熊も『熊から造形へ』が国会図書館に収蔵されたのを見届けたのち、次の所有者に引き渡した。
7月25日投稿のFacebookには「売買を目的とせず、散らすことなく大切に引き取られて行く姿を見て寂しくも思うが、後世の人たちに引き継がれたと言う思いが、嬉しくもあり充実した気持ちでもあります」と今の気持ちが綴られている。

『熊から造形へ 木彫り熊 未知なるコトで独り言』の取り扱いは、本書のために作った販売窓口「熊学舎」が担う。一冊3,300円。
山里さんの「独り言」でおさめておくにはあまりにも貴重かつ豊かな一冊。あとがきにある「木彫り熊も日本の大切な造形物であると認識をして後世に引き継いで行って欲しい」という願いが、たとえ時間をかけてでも、この北海道の地でしかるべき人たちに届くと信じたい。

『熊から造形へ 木彫り熊 未知なるコトで独り言』の購入方法

熊学舎から直接購入

お申し込みE-mail : kumagakusya@gmail.com

※8/2以降にご連絡をくださった方には8/10以降にご返信差し上げます。
恐れ入りますが、しばらくお待ちください。

販売店一覧

・熊の家藤戸民芸品店

北海道釧路市阿寒町阿寒湖温泉4-7-12

TEL 0154-67-2503

mail@kumanoya.com

・TO OV cafe(ト・オン・カフェ )/ gallery

北海道札幌市中央区南9条西3丁目2-1 マジソンハイツ1F

TEL 011-299-6380

・アンティークショップ36号線

北海道札幌市中央区南5条東3丁目9

TEL 011-521-5391

・株式会社マリヤ手芸店

北海道札幌市中央区北1条西3丁目3番地 時計台前仲通

TEL 011-221-3307

・古道具 十一月

北海道札幌市中央区南2条西8丁目

TEL 011-272-1307

・haku hostel + cafe bar

北海道白老郡白老町大町3丁目1-7

TEL 0144-84-5633

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