2021年7月末に発売早々、Amazonの美術館・博物館関連書籍のカテゴリで1位になったこともある初の著書『ミュージアムグッズのチカラ』を持って。
[2021.8.25]
書店ナビ:今回は北海道書店ナビで「本のフルコース」が始まって以来のスピンオフ企画!
2021年7月17日に刊行された『ミュージアムグッズのチカラ』の著者、大澤夏美さんに本の紹介と合わせて、《ミュージアムグッズでフルコース》を作っていただきました!
初の著書『ミュージアムグッズのチカラ』が各メディアで紹介され話題を集めている大澤さん、ミュージアムグッズにハマったきっかけは何だったんですか?
本書をチラ見せ!道内からは知床国立公園 知床羅臼ビジターセンター、北海道大学総合博物館、札幌にある渡辺淳一博物館が掲載されている。画像は知床羅臼ビジターセンターのエコ軍手。「ウニとコンブ」「フキとクマ」模様がある。
大澤:札幌市立大学でデザインを学んでいた大学3年のとき、学芸員の資格を取るために北海道大学に実習に行ったんです。それがすっごく面白くて、全てはそこから始まりました。
実習コースで私が選択したのは、昆虫体系学の研究者である大原昌宏先生が指導してくださる「昆虫」のコース。北大中を走り回って昆虫採集をするんです(笑)。
大量に採った昆虫を分類し、トンボやチョウ、ハチごとにそれぞれにふさわしい方法で標本を作る。その一連のプロセスごと見せる展示作りをして「なんて面白い世界なんだ!」と博物館学の魅力にどっぷりハマりました。
書店ナビ:ここで「博物館」の定義を確認しますと、公益財団法人日本博物館協会の公式サイトに載っている銭谷眞美会長の「あいさつ」に、こんな一文がありました。
日本には4,000 館を超える博物館施設が存在するといわれますが、そこには歴史博物館や郷土資料館、美術館、科学館、そして動物園、水族館、植物園など、様々な種類の博物館が含まれています。
書店ナビ:『ミュージアムグッズのチカラ』でも国立科学博物館やサントリー美術館、上野動物園、京都水族館、リニア・鉄道館と行った幅広い施設のグッズが紹介されています。
本書にも出てくる上野動物園のぬいぐるみ「ほんとの大きさ パンダの仔」。生後2日目147g、10日目は284g、20日目になると608gという実測に基づいた重さや地肌の様子をリアルに再現。”カワイイ”だけじゃない命の重みを実感できる。
大澤:そうなんです。博物館って実は幅広い施設がカバーされるんですよね。
それに私も勉強してはじめて、博物館には大切な5つの役割――収集・保存・研究・展示・教育――があることを知りました。実は、あとでご紹介するグッズもこの5つの役割と密接に関係しています。
そうして勉強していくうちに、自分がもともとデザインやモノが好きだったことと、新しくその魅力を知った博物館学をかけ合わせると「私がこれから突き詰めていきたいのはミュージアムグッズなんだ!」という答えが出て。
大学卒業後は北大大学院の修士課程に進学し、博物館学の佐々木享先生の研究室でみっちり2年間お世話になりました。
書店ナビ:その後も地道に全国の博物館巡りとグッズ収集を続けた大澤さんは一般企業に就職し、職場で出会った男性と結婚、愛娘の陽菜ちゃんとも家族になりました。
そして2018年11月、札幌で開催されたZINE・リトルプレスイベント「NEVER MIND THE BOOKS」に自主制作した冊子「ミュージアムグッズパスポート」を携えて参加します。
大澤:知人から「ミュージアムグッズの本を出したら?」と言われるまで、そんなことは思いつきもしなかった。まさか一個人の私が、公共施設である博物館に取材や掲載を依頼してもOKをもらえるわけがないだろうと。
でも「ない前例なら作っちゃえばいい」と思い、まずは知人が多い札幌の博物館を取材させてもらい、一冊にまとめました。
当時は北大の学芸員リカレントプログラムを受講中で、「初めて世に出すものはクオリティにこだわった方がいい」というアドバイスをいただき、冊子のデザインは市立大学の同期だったプロのデザイナー坂田亜沙美さんにお願いしました。
彼女のデザインのおかげで手に取ってくれた方も多かった。今も大事なパートナーです。
2019年に発行した「ミュージアムグッズパスポート」2号目は「マスキングテープ」を特集。「横に長いマステと絵巻物は相性がいいんです」
2020年に発行した4号目は「コロナ禍のミュージアムショップ」の動向をまとめた。企画展の中止や休館を余儀なくされたミュージアムがどう動いたかを知る貴重な資料になっている。「ミュージアムグッズパスポート」は大澤さんのブログ「百物気」(もものけ)から購入できる。
大澤:この「ミュージアムグッズパスポート」を出したことで弾みがつき、次は本を出したいと思い、関心を持ってくれそうな出版社10 社に企画書と「ミュージアムグッズパスポート」のPDFを送りました。
それに真っ先に返事をくれたのが国書刊行会さんだったんです。「ぜひうちに!」と言ってくださって、編集長が担当になってくれました。
今思えばすごく生意気なようですが「ブックデザインはずっと一緒にやってきた坂田さんで」と条件をつけても、「大澤さんの好きにやってください」とこちらがビックリするくらい自由にやらせていただいて。
他にも手を挙げてくださったところがありましたが、国書刊行会さんにお世話になって大正解でした。
書店ナビ:それではここから先は『ミュージアムグッズのチカラ』に掲載されているグッズで構成したフルコースを一緒に見てまいりましょう!
大澤:まず昆虫館のグッズに「お守り」があること自体が斬新ですよね。こちらの職員さんはすごくアイデアマンで、「昆虫館の職員は1分間で何が採れるのか」チャレンジや職員の仕事を「学芸員七種競技」に見立てて紹介するYouTubeチャンネル「ふれこんチャンネル」がすごく面白いんです!
大澤:虫の「羽化」と「合格する=受かる」をかけるのは、昆虫館にしかできない語呂合わせ!ご利益に説得力があります(笑)。基本は旅行が可能になったらぜひ訪ねてほしいんですが、それまでにどうしても手に入れたい方は通販もご利用いただけます。
書店ナビ:同じ岩手県にある遠野市は、民俗学者の柳田國男が地元に伝わる逸話や伝承を記した説話集『遠野物語』が有名。「天狗」や「雪女」「山の怪異」に並んで「川童」の項目もあります。
外(ほか)の地にては川童の顔は青しというようなれど、遠野の川童は面(つら)の色赭(あか)きなり。佐々木氏の曾祖母、穉(おさな)かりしころ友だちと庭にて遊びてありしに、三本ばかりある胡桃(くるみ)の木の間より、真赤なる顔したる男の子の顔見えたり。これは川童なりしとなり。今もその胡桃大木にてあり。この家の屋敷のめぐりはすべて胡桃の樹なり。
青空文庫より『遠野物語』五九
書店ナビ:このトートバッグは、もりおか歴史文化館が所蔵する河童絵巻《水虎之図》(制作年代・作者ともに不明)をもとに作られたもの。『ミュージアムグッズのチカラ』に詳しいインタビューが掲載されています。
「抱きつき」のバッグは、通常のトートバッグであれば袋の両脇を縫い合わせるところを河童の腕をきれいにつなげるために裏面の真ん中で綴じている。
大澤:先ほどご説明したように博物館の役割は「収集・保存・研究・展示・教育」ですから、この河童トートはグッズが入口になって実際の所蔵品が見たくなる、グッズの力で博物館本来の役割に引っ張っていくことができる、その可能性を見せてくれたものだと思います。
自分たちが所蔵しているものに自信を持ち、愛をもって差し出す。その姿勢が最高にカッコいい!
本には盛岡藩主だった南部家の代々の殿様をモチーフにした「殿さま一筆箋 一筆啓上致し候」も掲載。学芸員のちょっとした遊び心からグッズ化に結びついたという。
大澤:「うちには有名な所蔵品がないからグッズ展開が難しい」とお悩みのところも、もりおか歴史文化館さんの「うちのコたちは本当にすごいですから!」という姿勢にきっと勇気やヒントをもらえると思います。
実際、この本を読んだ学芸員の方から「背中を押してくれる一冊です」と言っていただき、これ以上の言葉はないなと胸が熱くなりました。
大澤:『ミュージアムグッズのチカラ』は全て書き下ろしで、2020年いっぱいかけて対面やオンラインを活用しながら各館に取材させていただきました。
こちらの中津市歴史博物館さんは令和元年にできた新しいところだったので、今回初めておじゃましています。
同館では中津城石垣の見どころを解説する「石垣シアター」も展開。石垣を琥珀糖(砂糖と寒天で作られるお菓子)にするという大胆な制作エピソードはぜひ本書でご覧ください!
書店ナビ:本品の詳細は本に譲りますが、全くの素人が見ても「美しい」の一言です。
大澤:石垣をモデルにした琥珀糖の積み方も学芸員さんたちが学術的に正しいかどうかをチェックしていますし、出したい色を表現するために「数滴レベル」の色調整もあったとうかがいました。
そんな根気のいる作業を最後までやり遂げた地元の和菓子職人さんの一言、「美しくなるなら付き合うよ」に全てが凝縮されていると思います。
石垣琥珀糖は商品開発チームにデザイン会社さんがいたこともあり、九州アートディレクターズクラブ(九州ADC)アワード2021に出品して、見事総合グランプリを受賞されました。
受賞の様子がYouTubeで中継され、私も自分のことのようにうれしかったです!
書店ナビ:大阪府高槻市にあるJT生命誌研究館。公式サイトの説明を一部抜粋しますと、《生命誌研究館では「生きているとはどういうことか」という問いに向き合い、「38億年という長大な歴史をもつ生きもののつながりの中の人間」を考えています。(中略)生命誌研究館は、すべての人に開かれ、すべての人に参加を求める、「生きている」を考える場です。》
大澤:会社勤めをしていた時に先輩から教えてもらったJT生命誌研究館さんの季刊誌「生命誌」には毎回ペーパークラフトが載っていて、工作できる仕掛けになっています。
そこに載っていたものを厚紙に変えて製品化したのが、この「他人のそら似を生む進化シリーズ」です。
…これ、わかりますか? 一見すると「ヨツユビハリネズミ」のクラフトのようですが、くるっとひっくり返すと裏は全く違う生き物「ヒメハリテンレック」なんです。
書店ナビ:えっ、なぜ違う生き物を?しかも似てるから全然わからなかった!
「このグッズは生き物の《収斂(しゅうれん)進化》がコンセプトで、ようは《他人のそら似》です。DNA的には全く違う生き物なのに同じ環境で育つと形態が似てくる。それを裏表違う動物を重ね合わせることで表現しています」
「作って楽しいし飾ってもすごくカッコイイんですが、何よりぐっとくるのはこれがJT生命誌研究館さんが伝えたい学びを的確に表現しているところ。《表現を通して生き物を考える》同館のコンセプトがそのまま具現化されています」
書店ナビ:なるほど、ミュージアムグッズは博物館という生命体の細胞を一部持ち帰ってくるようなものなんですね。母体であるJT生命誌研究館にすごく行きたくなりました。
大澤:最後の《デザート》は東京の江東区、お台場のゆりかめもに乗って行く日本科学未来館から。
日本科学未来館からの科学や文化にまつわる問いかけが印刷された6本セットの鉛筆です。私たちの世界観や生命観にも触れるような問いが優しくも深くて、考えさせられます。
「どんなに親しい人にも知られたくないことがあるのは、なぜだろう?」「「こころ」はどこにあるんだろう?」「人はなぜ、ロボットをつくるんだろう?」。日頃忘れかけている問いかけにハッとさせられる。
大澤:非日常的な博物館体験を暮らしの中で持続させる意味でも、この「問いかける鉛筆」はおすすめ。
ちなみにミュージアムの中は所蔵品や展示物を守るためにボールペンやシャーペンはNG。鉛筆オンリーなので、実は鉛筆って博物館業界の必需品なんです。
書店ナビ:博物館に行ったら真っ先にグッズコーナーをご覧になるんですか?
大澤:先に全部、展示を見ます。私が関心があるのは、その施設がどういう博物館活動をしていて、それをどういう形でショップやグッズに落とし込んでいるか。取材でも毎回そこからお話をうかがっています。
「ミュージアムグッズは博物館のエンドロール」が私の持論。いわゆる雑貨的なミュージアムグッズの紹介とは異なるので、それが自分の差別化にもなっていると思います。
大学の卒業制作でミュージアムグッズを取り扱ってから約10年。大量にあるグッズの収納方法は「その館を出たらすぐにパンレフットもショッパーもレシートもひとまとめにしてパウチにしまいます」
「家族や周囲の皆さんに助けていただいて出来上がった本です。実家の猫もモデルで出ています(笑)」
大澤:この本を読んで博物館に行きたくなる人が増えたらうれしいですし、「美術館好き」「歴史博物館好き」といった鑑賞の垣根もぐちゃぐちゃにしたい。
そして何より博物館の”中の人たち”を元気づける一冊になれたら、言うことありません。
書店ナビ:これからも各施設の知と心を伝えるミュージアムグッズの発掘、期待しています。「本のフルコース 」初の番外編・ミュージアムグッズで作るフルコース、ごちそうさまでした!
札幌市立大学でデザインを学んだのち、北海道大学大学院に進学。博物館経営論をベースにミュージアムグッズの研究に取り組む。会社員を経て現在はミュージアムグッズ愛好家として活動。研究、実践の両面からミュージアムグッズを通じて博物館の魅力を伝える活動に邁進中。
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