2021年1月末から店頭で撮影した動画配信を始めた札幌の古書店「書肆吉成」の吉成さん。
[2021.4.19]
今回の北海道書店ナビは、コロナ禍で一気に覚醒した感がある書店のSNS活用術について。国や自治体からの自粛要請により営業がままならない状況下において、自分たちにできることを探る書店関係者たちの試行錯誤は現在も続いている。
札幌でもTwitterでご当地本情報を集めた未来屋書店桑園店の「#GoTo読書」「#コミックでGoTo読書」フェアをはじめ、いくつかの目覚ましい動きがあった。
今回は2021年の年初から一気に拡散した音声配信型SNSのClubhouse(クラブハウス)を始めた「俊カフェ」と、今やテレビを駆逐する勢いの動画配信サービスYouTubeで動画配信中の古書店「書誌吉成」のケースをご紹介したい。
「奈央さん、Clubhouseやらないんですか?向いていると思う」
周りからそう言われて、少しずつ関心を持ち始めた「俊カフェ」店主の古川奈央さん。2017年に詩人の谷川俊太郎さん公認のブックカフェ「俊カフェ」を札幌市中央区に開業し、きたる5月3日で開店5年目に入る。
「俊太郎さん」について語り出したら止まらないことは、近しい人たちの間では有名な話。国民的な詩人とその世界観について敬愛の情と知識がともに深く、声も話し方もやさしい。音声のみで聴き手を魅了するClubhouse向き、と友人たちが考えるのも納得の人材だ。
「奈央さんなら俊太郎さんについて話せることが山ほどあるし、奈央さんの話を聞きたいと思う人はいっぱいいるんじゃないかなと思いました」と言う詩作仲間で絵本コンシェルジェの佐賀のり子さんも、半ば確信を抱いて「やらないの?」と声をかけた一人であった。
そんな周囲の勧めもあり、「まずはどういうものか聞いてみようと思って」アプリをダウンロードした古川さん。手始めにナレーター・俳優の渡辺克巳さんが谷川氏の長編詩「みみをすます」を毎晩朗読するルームを訪れた。
そこで感じたことは「何日か続けて聴いていると、渡辺さんのその日の調子が声を通して伝わり、聴く側の私の調子によっても同じ詩が違って聴こえてくる。”声が伝えるものはすごく大きい”ということがわかりました」
同時に実名制のClubhouse参加者特有のアクティブな明るさにも好感を持ったという。
その後佐賀のり子さんを相方に古川さんは3月4日、Clubhouseデビューを果たす。この時佐賀さんが考えた『谷川俊太郎公認 札幌「俊カフェ」店主 古川奈央さんと語る詩や絵本や読書』というルームタイトルのインパクトも強く、数十人が集まった。その中にーー。
「俊太郎さんとの共著もある福島県在住の詩人、和合亮一さんがいらしたんです。私ものり子さんも和合さんのお名前は知っていて『すごい人がきてくれてる!』と驚いてスピーカーに招待したところ、気さくにいろんなお話をしてくださり、とても楽しい時間を過ごすことができました」(注:Clubhouseはルームの主催者であるモデレーターが話してほしいリスナーをスピーカーに指名できる)
誰もが一参加者というフラットな立ち位置で著名人ともつながれることから一躍人気が高まったClubhouseだが、録音機能がない招待制で「話したいことを話したい相手と気軽に話せる」点も好評だ。
また朗読や読み聞かせもある詩や絵本は声をのせる音声配信型SNSとの相性がよく、古川さんも従来のSNSとは違う魅力を見つけたようだ。
3月13日にClubhouse上で「俊カフェ」クラブを立ち上げ、前述の和合さんを改めて第3回のゲストに招くなどして意欲的にルームの運営を楽しんでいる。
古川さん流Clubhouse参加の心得は「新しい出会いを面白がる。時には話相手を選びながら、無理をしないで自分のペースで」。
4月からは古川さんが自著『手記 札幌に俊カフェができました』(ポエムピース)を約15分ずつ朗読する新企画も始まった。自宅からiPhone一台で気軽に発信できる声のメッセージを全国に発信中だ。
次の主人公は、札幌市東区にある古書店「書肆吉成」店主の吉成秀夫さん。2021年1月28日に「札幌の古本屋・書肆吉成」公式チャンネルを開設、「YouTuberになりました」。
きっかけは、吉成さんがその蔵書管理も託されている戦後の日本を代表する詩人・吉増剛造さんが2020年のコロナ禍に始めた映像詩の配信をサポートするようになったことだった。
今年82歳となった詩人の公式チャンネル名は「吉増剛造 gozo’s DOMUS」。DOMUS(ドモス)とはラテン語の「おうち」の意味だという。
デジタル環境を持たない吉増さんの映像詩をYouTubeにアップするまでの手順は、次の通りである。
まず吉増さんと夫人であるミュージシャンのマリリアさんが登場する映像詩「葉書Cine」を収録したSDカードと手書きの「葉書詩」とメモの3点セットが吉成さん宛に詩人から郵送されてくる。
次に吉成さんがパソコンに取り込んだ「葉書Cine」の映像データを受け取るのは、同じくサポートメンバーである千葉県のひとり出版社「コトニ社」の後藤亨真さんだ(札幌市北区新琴似出身の後藤さんは吉成さんと大学時代からの親友)。後藤さんが仮アップした映像に「葉書詩」と映像内で語られる言葉のテキストデータ(吉成さんが入力)が加わり、映像作品「葉書Cine」が完成。毎週木曜に更新される一連の流れが2020年4月30日から始まっている(4月末に第一期が終了)。
吉増剛造,マリリア【葉書Cine】#1「歌よりも遠くへ。さらに深く、……。」
この詩人の試みに刺激を受けた吉成さんは、自身も動画配信を計画。「それまではYouTubeを見る習慣もなかった」ところから勉強を始めた。
これまでに何度も北海道書店ナビにご協力いただいた吉成さんだが、印象に残っているのは古本屋と新刊書店の違いに触れたときのこんな言葉だった。 「新刊は同じタイトルが何冊も入荷しますが、古本屋の場合、基本的に在庫は一冊限り。その本が売れたら終わりなので一つの商品紹介にたくさんの労力をかけるテレビショッピングのようにはいかないんです」
そこを自作の動画ならば、「こういう本がある」という一冊を導入にして、それに紐づく関連書籍を”流れ”で紹介できることに着目。書肆吉成が得意とする文化人類学や北海道関連、貴重古書の世界をたっぷりと自分の言葉で紹介していく構成にした。
撮影機材はSONYのビデオカメラ一台。店の2階で収録し、編集はフリー動画編集ソフト「AviUtl」を使用。
この日「買っちゃいました」と新しいLEDライトを見せてもらった。「瞳に丸い明かりが入って可愛くなるんです(笑)。古書店主というと無愛想なおじさんと思われがち。そのイメージも変えていきたいです」
だが記念すべき第一回目は、あえて一冊にフォーカスした。デイヴィッド・フィッシュマン著『ナチスから図書館を守った人たち』(原書房)。
詳細はぜひ動画本編を見ていただきたいが、タイトルからも察せられる通り「本が人生をかけるに値するものである、ということをその命をかけて教えてくれた人々の物語であり、その史実を重しとして本屋という営みを続けていきたい」という吉成さんの想いが込められている。
ナチスから図書館を守った人たち【書肆吉成の古本買取紹介 第1回】
「図書館で使われている日本十進分類法が世界を腑分けする見取り図だとすると、その全ての分野の本を取り扱い、ときには全く違う分け方もする本屋は本のマトリックス的な存在。そのマトリックスの火が消えないように守り番として本屋がいるんだと思ってやっています」
そう語る吉成さんには、店頭で本を売ることも動画配信も「背表紙だけでは伝わらないその本の扉を開く」同一線上の行為に他ならない。
1月28日から始めた配信は、スタートダッシュの勢いで2月中旬までに一気に6本を更新。その中には2020年中に収録した批評家の港千尋さんのインタビューもあり、今後はさらにインタビューの本数を増やしていきたいと考えている。
動画配信に関する取材もあらかた終わり、雑談タイムに入ったとき、2017年に逝去したくすみ書房の久住邦晴さんの名前がぽかりと上がった。
「なぜだ!?売れない文庫フェア」や「中高生はこれを読め!」などのヒット企画を飛ばし、幾度も閉店の危機を乗り越えてきた久住さん。コロナ禍の今、(こういうとき、久住さんならどうしただろう?)と思いをはせるのはきっと吉成さんだけではないはずだ。
「新刊にしろ古書にしろ、書店主という職業が”本を売る人”という意味だけじゃなくて、久住さんのように”本で人を幸せにする職業”の肩書きになればいいと思う。目の前のお客様や動画を見てくださる方々と楽しくやりとりをして、本屋遺伝子みたいなものをつないでいけたらいいんじゃないですかね」
動画の編集作業は大変だが、吉成さんが密かにモチベーションにしているのは5歳の息子さんの反応だ。「パパは本当は何になりたいの?」と聞いてくる我が子に「YouTuber!」と答えた時の嬉しそうな表情や、息子たちが成人したときも動画が残ることを思うと、一本一本の撮影・編集にも力が入るという。
「すべての新刊が店頭に並んだ瞬間に古本になるように、すべての動画もアップされた瞬間に古動画になります(笑)。古本のように動画もいつか、どこかで、誰かに見てもらえるために今は更新履歴を積み上げるとき。チャンネル登録よろしくお願いします!」
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