取材は浅村さんの勤務校の一つ、札幌市立手稲中学校にご協力いただきました。取材当日はちょうど終業式。送る春から迎える春へと変わる3月末に同校図書館でお話をうかがいました。
[2021.4.5]
書店ナビ:今年もまた、新しい春が始まります。中学生の皆さんと保護者の方々に届けたい今回のフルコースは、札幌市の手稲中学校・稲積中学校で学校司書を務める浅村麻姫子さんに選んでいただきました。
明るい光が差し込む手稲中学校図書館。万全のコロナ対策をしながら生徒を迎えている。
図書局員の生徒たちによる新学期の歓迎ディスプレイ。
図書館入口のお勧め本コーナーは書店顔負けの充実度!
「読むだけで青春」のキャッチコピーが秀逸!参加型アンケートも楽しそうだ。
書店ナビ:大学を卒業後、市内の中学校で社会科教諭をしていた浅村さん。学校司書となるまでの道のりを教えてください。
浅村:大学時代から母校の図書館でアルバイトをしていて、もともと図書館は大好きだったんです。大学には司書教諭を取得できるコースがなかったので、教職とは別に自分で資格を取り、初めての勤務校で出会ったのが現在、北海道学校図書館協会の理事であり全国SLA学校図書館スーパーバイザーも務める佐藤敬子先生でした。
[本日のフルコース] 北海道の学校図書館に詳しい佐藤敬子さん選書 「若い人におススメしたい古典文学」フルコース
浅村:その敬子先生を師匠にいろいろと教えていただき、一度家庭の事情で教職を離れたあと「次は学校図書館に関係する仕事をしたい」と2015年に有償ボランティアの学校図書館司書一期生として札幌市の中学校に配置されました。
2020年からは文科省が定める学校司書として市内の手稲中学校と稲積中学校の2校で、それぞれ週15時間ずつ勤務しています。
書店ナビ:学校司書の魅力とはなんでしょうか。
浅村:担任時代もそうでしたが、自分が読み終えた本や学校図書で学級文庫を作ると普段は本を読まなさそうな子が手を伸ばしてくれたり、朝読の時間にいつも元気な1年生が『超訳 ニーチェの言葉』を夢中になって読んだりして、本のある空間を広げることで「あ、この子、ハマったな」という瞬間が目に見えてわかるのが、とても楽しいです。
特に中学校の3年間は、入学当時はまだ子どもらしさが残る生徒たちが3年間で劇的に成長して卒業していく、人生の中でも大切なとき。その成長のドラマに図書館や本を通して関われることにやりがいを感じています。
こちらは浅村さんが企画する展示コーナー。春らしいピンク色の装丁本を集めた一角が気分を上げてくれる。
力作揃いの豆本コーナーも発見!
浅村:「今日、あなたは空を見上げましたか。空は遠かったですか。近かったですか。」「あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。」
詩人の長田弘さんがやさしい言葉で語りかけてくる問いかけは、きっと子どものためだけに書かれたものではないと思うんです。誰が読んでもそれぞれの心に思い描くものがあるはず。
その心に浮かんだ「答え」を読んだ生徒たちに聞いてみたい。中学生になると小学生よりも生活体験を積んできていますから、つたないながらも自分で語れる言葉が増えていく。生徒の数だけ大切な記憶の話が聞けそうです。
《「うつくしい」と、あなたがためらわず言えるものは何ですか。》 大人にとっても考えさせられる問いかけを、いせひでこさんの絵が柔らかく包み込む。
浅村:以前、この本を養護教諭の先生にお勧めしたところ、保健室によく来る男子生徒に読み聞かせをしたそうなんです。そのとき、彼が「大人に本を読んでもらったのは初めてだ」と言い、二人ですごくいい時間が過ごせたというお話を聞かせていただきました。
学校司書の仕事は子どもたちに本を勧めることですが、先生たちにも自信を持って「これはいい本です」とお勧めすることもとても大事な役割。また、先生たちから勧められた本って生徒にとっては特別なもの。先生を通してその子に届けばいい。そういう本の手渡し方もあると思います。
書店ナビ:本書は、栃木県那須塩原市に実在するパン・アキモトさんが主人公。1995年の阪神淡路大震災をきっかけに賞味期限が長い「パンの缶詰」開発に取り組んだ同店が、試行錯誤のうえに完成させ、2004年の新潟県中越地震や2005年のスマトラ沖地震の被災者の方々に役立ててもらうという、まさに感動のドキュメンタリーです。
浅村:そうなんです、すごくいい本なんです。私も初めて手に取ったときは夢中になって、その場で一気読みしてしまいました。
ただ、本の分類の話をすると、本書は日本の図書館で使われている分類法「日本十進分類法」によると「工学・工業」にあたる5類で、このまま棚に差していてもほとんどの生徒が手に取らずにスルーしてしまいがち(笑)。そこを面出し(表紙を見せる並べ方)したり、コーナー展示することで知ってもらえる機会を増やしています。
私がそうしたいと思うのは、中学生のときに「カッコいい大人がいるじゃん!」ということを知ってほしいから。根が純粋で、でもだんだん大人を見る目が変わってくる年頃の彼・彼女たちにこそ、こういう秋元さんたちのような大人の存在を知ってほしいし、ぜひ感想も聞いてみたいです。
パンを送られたフィリピンの女の子のエピソード。「こういう話も押しつけがましくなく読める本。読後に何かを受け取ってくれたらうれしいです」
浅村:カバーの見返しに載っている「短歌って心の格闘技かもしれない」という一言が、この本の全てを言い表しているよう。私自身が国語科教諭ではないので主人公の桃子ちゃんたち「うた部」の部員が作る短歌の評価については自信がないんですが、うたを作っていく様子や皆で添削していく過程、そこから生まれた短歌の瑞々しさに胸を打たれます。
例えばですね、桃子ちゃんの先輩が歌った恋の一首を顧問の先生が添削するくだり、先生が少し表現を整えるだけで、そのうたがこうなるんです。
恋じゃないあんなの恋じゃなかったと二時間きっちりお風呂場で泣く
書店ナビ:キュン死しそうです。
浅村:ワ~オと思いますよね(笑)。物語自体は、中学時代にいじめにあった友達に対して自分が”裏切ってしまった”という後悔や、それが原因で不登校になった本人がどう前に進んでいくか、中学生にとって決して無縁ではない話題が盛り込まれ、最後はそれらの葛藤が主人公たちの連歌という形で鮮やかに収束していきます。
無論、全ての問題が一気に解決するわけではありませんが、希望の光は見出せる。逆にそこにリアリティーを感じます。
同年代の主人公と同じ目線で、多様な他者の存在を感じてほしい。自分の周りのクラスメイトを見る目が深く温かく変化するきっかけになれば、と願っています。
浅村:学校司書仲間に「すごく面白いよ!」と教えていただき、私が手稲中学校に着任してからここの図書館にも入れました。
読書の入り口は先ほどの《魚料理》本のように自分に身近な話題や設定から入るというものもありますが、他に長く読み継がれたものを読んでみる、という方法もあると思うんです。
解説にも書いたように『指輪物語』みたいな知名度はありませんが、謎とスリルに満ちた物語の面白さは一級品!一気に読ませてくれる波乱万丈の成長譚です。
書店ナビ:2020年にNetflixで映像化されていますね。オランダNetflixのオリジナルシリーズ。やや設定を変えているようですが、一話から引き込まれました。
浅村:主人公がいろんな困難にあうワクワクドキドキのストーリーも素晴らしいんですが、その中で「責任を果たすとはどういうことか」とか「人に誠実であるか」「仲間とどう信頼関係を築いていくか」成長の本質が描かれている。そこも大きな魅力だと思います。
それにもう一つの推薦の理由は、この岩波少年文庫独特のクラシックな装丁とワクワクドキドキの中身とのギャップ萌え(笑)。中学生が「ジャケ読み」する可能性はかなり低いところを「読んだらめちゃめちゃ面白かった!」と言ってほしい。一緒に語り合いたいです。
「生徒たちにとって”最後まで読まないといけない”と思い悩む、辛い読書にはしたくない」と語る浅村さん。勧めるときは「気に入らなかったら遠慮なく教えてね。他の本もあるから」と言い添えて、その生徒にとって「今、あう本」を探っていく。
浅村:この本は、先に中身を見ていただいたほうが早いかもしれませんね。
「タイトルそのままに女の子の独白が続く『女生徒』は決してメジャーな太宰作品ではありませんが、今どきのイラストレーターが描く絵の力を借りながら文章を深く味わえます」
書店ナビ:確かに、この世界観なら普通の短編集や全集を読むよりもぐっとハードルが下がりそうです。出版元の立東舎は、『キーボード・マガジン』や『ギター・マガジン』を出している音楽専門出版社リットーミュージックの姉妹レーベル。大手出版社にはない柔軟な発想が、こういう文豪と乙女系イラストの組み合わせを思いついたのかもしれませんね。
気になるイラストレーターから選んでもいい『乙女の本棚』シリーズ。画集としても置いておきたい。
浅村:このシリーズを読んでそれぞれどんなBGMが合うかを話し合う、そんな読書会もいつか開いてみたいと思っています。私の個人的な感想では、この『女生徒』はバッハのチェンバロかな。芥川龍之介の『蜜柑』や泉鏡花の『外科室』も好みでした。
シリーズを次々と借りていく生徒もよく見かけます。食後のショコラのように一粒一粒楽しみながら味わってほしいシリーズです。
書店ナビ:浅村さんのように授業や担任を受け持つ教員から視点を変えて、学校司書として子どもたちの読書を応援する道筋もあるんですね。
浅村:担任時代はやはり生徒との距離が近いですから、生徒の数だけ人生ドラマが滝のように降り注いできて、毎日が激動のハリウッド映画のよう。
それが今は、たとえ勤務時間は短くても図書館に来てくれる一人ひとりの思いにしっかりと耳を傾けて、本を通して力になれそうなことを探っていく……余韻の長いフランス映画くらいになったのかもしれません(笑)。
生徒たちにしてみれば、担任でも部活の顧問でもなく、少し距離のある学校司書だから話せること、聞いてみたいこともあると思うんです。
図書館という場所だから築ける信頼関係を大切にしていきたいと思っています。
今回は「中学生と語り合いたい本」をテーマに学校図書館の「読書センター」機能を中心にお話をしましたが、現在の学校図書館は学習を支える「学習センター」、情報活用能力の育成を支える「情報センター」の役割も期待されています。この三方向からバランスよく、生徒や先生方をサポートしていきたいと思っています。
書店ナビ:自分の中学校にも浅村さんのような学校司書がいてほしかったです。中学生時代の読書の忘れ物を大人になった今だから回収させてくれるようなフルコース、ごちそうさまでした!
札幌市生まれ、石狩市育ち。北星学園大学文学部社会福祉学科心理学コース卒業後、教職とは別に司書教諭の資格も取得。札幌市内の中学校で社会科教諭として14年間教壇に立ち、その後司書資格を取得。2015年から有償ボランティアの学校図書館司書に。2020年4月から札幌市会計年度任用職員として手稲中学校・稲積中学校の学校司書に着任。北海道学校図書館協会研究部副部長。「りぶ*さぽ(さっぽろ学校司書友の会)」代表。オーボエ奏者として社会人オーケストラにも参加している。
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