「当館は美唄市・三笠市の方々や岩見沢に通勤通学している方にもご利用いただけます」
[2020.1.6]
書店ナビ:2020年最初の更新は「本のフルコース」からスタートです。岩見沢市立図書館の杉原理美館長に選書をお願いしました。
岩見沢市は、1980年代に集英社のコバルト文庫から『なぎさボーイ』や『多恵子ガール』『なんて素敵にジャパネスク』を発表した小説家・氷室冴子さん(1957~2008)の出身地。
2017年には没後10周年を記念して氷室冴子青春文学賞が創設されました。
書店ナビ:2018年10月には氷室冴子青春文学賞実行委員会の事務局長、栗林千奈美さんに「氷室冴子本フルコース」を作っていただきました。
市立図書館さんは、同賞にどういう形で関わっておられるんですか?
杉原館長:先に個人的なことをお話ししますと、私も事務局長の栗林さんも岩見沢東高校出身で、世代こそ違いますが氷室さんは”先輩”にあたります。
なので二人の間で氷室さんのことを話すこともありましたが、図書館として動き出したのは、2017年5月に地元の緑陽高校の情報コミュニケーション科の生徒さんたちが授業の一環で「図書館とコラボレーションをしたい」と訪ねていらっしゃってから。
若い彼女たちが自分たちの視点で氷室作品を紹介するガイドブック「はじめて読む氷室冴子」を作ってくれたのが始まりです。
「はじめて読む氷室冴子」に続き作品マップも出来上がり、図書館でパネル展も行った。岩見沢東高校の放送局とはアニメにもなった氷室作品『海がきこえる』の朗読会もコラボしたという。
館内にある氷室作品の棚。没後10周年のときに復刻された作品も買い足して充実させている。
杉原館長:氷室冴子青春文学賞実行委員会ができた1年目は私もメンバーとして加わりました(現在はNPO法人氷室冴子青春文学賞が運営)。
毎年授賞式にあわせて図書館がトークイベントを主催し、式を盛り上げるお手伝いをしています。
書店ナビ:2019年12月1日には第二回の授賞式と審査員のお一人である朝倉かすみさんのトークショーが行われ、さらに同じタイミングで第一回の文学賞受賞作、櫻井とりおさんの『虹色図書館のへびおとこ』が河出書房新社から出版されました。
今回のフルコースにもその『へびおとこ』が入っています。あとで詳しくうかがいますが、テーマが「本の本」とは今までにない新鮮な切り口でした。
杉原館長:これまでに登場された方々のフルコースを拝見したら、皆さん、なんらかの専門性をお持ちで、その視点から素敵な本を紹介されていて、なんだか私なんかが出ていいのか恐縮してしまいまして…。
やはり「図書館」らしい切り口がいいのかなあと思い、いろんな本が出てくる本、「本の本」にしてみました。
書店ナビ:吉野朔実さんといえば、『月下の一群』や『少年は荒野をめざす』『ぼくだけが知っている』が代表作。登場人物の心理や葛藤をメロドラマに陥らずに描写できる希有な才能でした。
杉原館長:華麗な絵柄と文学的な香り……私のなかでは萩尾望都さんの系譜を受け継ぐひとで、コミックの大ファンです。
エッセイは、先に映画評を読んでからこちらの書評エッセイにハマりました。
手塚作品を浦沢直樹さんがリメイクした『PLUTO』の回では「おさつの絵柄を考える」というタイトルで、もし万札の絵柄がアトムだったら、ドラマによくある手切れ金を渡すシーンとかで床にアトムが散らばるのかな、とか(笑)。
日常のなかでマニアックなことをおもしろがる、その洞察力に感服します。
書店ナビ:第1回氷室冴子青春文学賞の審査員は作家の辻村深月さんと久美沙織さん、2014年公開の映画『ぶどうのなみだ』の撮影で岩見沢とご縁ができたオフィスキュー代表の伊藤亜由美さんでした。
本の帯にも「辻村深月さん絶賛!」という力強い文字が入っていますね。
杉原館長:最終選考に残った作品を読ませてもらったとき、私の中でも『へびおとこ』が非常に深く心にせまってきました。
氷室冴子青春文学賞の応募条件は中編のボリュームでしたが、書籍化にあたり加筆修正が加わって、まるで宝箱のような本に仕上がっています。
プロの編集者さんの力ってすごいものだと改めて感銘を受けました。
書店ナビ:私も読みましたが、まず目次の構成にシビれました! 「ああ、子どもの頃に読んだなあ~」と懐かしさもこみあげて。
各章が主人公の心情をすくいとった、あるいは影響を与える名作児童書のタイトルになっている。
杉原館長:図書館の役割である「たくさんの本に出会ってほしい」という思いを見事に表現してくれていますよね。
詳しいひとなら表紙を見ただけで「あ、このモチーフはあの作品だ!」と気づくはず。
児童書の傑作がズラリと並ぶ巻末の「この物語に登場する作品」リストにもぐっときます。
現在、北海道各地の書店でもご覧の通りイチオシの扱い!氷室冴子青春文学賞のサイトで各審査員の講評を読むこともできる。
書店ナビ:書評家の豊崎さんといえば、辛口で知られた方。毎年暮れに北海道新聞の連載「トヨザキ社長の鮭児書店」で鮭児文学賞を発表しています。
個人的には「TV Bros.」の書評連載がめちゃめちゃ好きでした。
杉原館長:わかります! 私も豊崎さんの連載を読みたくて「TV Bros.」を買っていた時期があります。
きっかけは「文学賞メッタ斬り!」を読んで「ステキすぎる」と思い、以来ずっとファンなんです。
そしてこの本がすばらしいのは、こういう年表がついているところ!
「10年ごとのベストセラーと社会風俗・事件を記した《日本のようす》、さらには《そのころ世界は?》というところまで網羅した年表があり、理解を助けてくれます」
書店ナビ:なかには「えっ、こんなすばらしい作品が出ているのにこの年のベストセラーはこっちのしょぼいやつ?」という”ベストセラー疑惑”も出てきそうですね。
杉原館長:ええ、そのへんは豊崎さんたちも鋭くえぐっていて、それをベストセラーにした時代の雰囲気や価値観が見えてきます。
書店ナビ:豊崎さん自身、本書の中で「思えば、とんでもないチンピラですよ、わたしたちは。近代文学史の中で褒め称えられている文豪たちをこれだけ誹謗中傷して」と言っちゃってるところが痛快です。
杉原館長:そのあとに岡野さんが「でも面白いって言ってるんだから」とフォローしている(笑)。一周回って”名作”の魅力を紹介してくれている、そう思えばいいですよね。
書店ナビ:北海道帯広市生まれの池澤夏樹さん。2014年から2018年6月まで北海道立文学館の館長をお務めになっていました。
杉原館長:先ほどの豊崎さんたちの本に出てきた年表の下段《そのころ世界は?》に該当する世界文学のガイドが、こちらです。
連載媒体が「夕刊フジ」なのでやさしく書かれていて、とても読みやすい一方で、ひとつの作品を紹介するために引き合いに出す本が実に多彩で、池澤さんの”本の引き出し”の多さに圧倒されます。
書店ナビ:特にお好きな回は?
杉原館長:イタリア人作家のナタリア・ギンズブルグの『モンテ・フェルモの丘の家』と『ある家族の会話』を訳した須賀敦子さんを紹介するくだりで、こういう文章が出てくるんです。
――ぼくは世界文学というのは翻訳しても価値が失われない文学のことだと思っている。
この一文を読むまでは、なんとなく「翻訳モノって本当にその文学を味わっていることになるのかな?」という疑問があったんですが、それが一気に氷解して、日本文学だけでは知り得ない世界の広さを教えてくれる世界文学に関心がわいてくる一文でした。
書店ナビ:池澤さんが北海道文学館長時代にトークイベントに行ったことがあるんですが、そのときに「子どもだった自分の世界を広げてくれるものが二つあります。自転車と文学です」と話されていた記憶があります。
杉原館長:本の中だけでなくトークでもそんな素敵なことをおっしゃるんですか……。作品自体はあまり読んでいないのでお恥ずかしいんですが、池澤さんが繰り出す名文にいつもうっとりしてしまいます。
書店ナビ:フルコース取材でも人気があるクラフトエヴィング商會さん。この本もまた、実在する本とそうでないものが混ざりあう彼らならではの世界観がいいですね。
テーマごとに背表紙が並ぶ。「読めない本」棚には自作の台湾語バージョンが。
杉原館長:「寝しなの本」なんて自分でも作ってみたいと思いますよね。
この本のあとがきに本の醍醐味が三つ書いてあって、ひとつめは「探すこと」なんです。確かに図書館や本屋さんに行くのが楽しいって、本を探す楽しみがあるからですよね。
その次に「なかなか読めない」醍醐味があって、最後に「読む」醍醐味がくる。
二番目、共感しますよね(笑)。わが家も積ん読がたまる一方なんですが、この醍醐味がやめられなくてそのままです。
書店ナビ:今回ご紹介いただいたブックガイドや書評集、どれも本が好きになる入口を示してくれて、とても楽しかったです!
この5冊の中にいったい何冊の本が紹介されているのか、見当もつかない「本の本」たち。
書店ナビ:最後にもう一度、第1回氷室冴子青春文学賞大賞受賞作『虹いろ図書館のへびおとこ』に話を戻しましょう。
杉原館長:1月中旬から当館で、『虹いろ図書館のへびおとこ』の紹介だけでなく、一冊の本が出来上がるまでの工程を解説する企画展を予定しています。
開催の時期など詳細は図書館のサイトをご覧ください!
表紙や帯の色校正紙など普段目にすることがないものも展示予定。ぜひ、お運びを!
書店ナビ:岩見沢発、図書館が舞台となった本はやはり図書館で読みたくなる「本の本」フルコース、ごちそうさまでした!
lib.city.iwamizawa.hokkaido.jp
美唄市生まれ。高校は氷室冴子と同じ岩見沢東高校。北海道教育大学を卒業後、岩見沢市役所に勤務。福祉関連の部署を経て2017年から教育委員会に異動、図書館業務に就き2018年から現職。
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