「スーホの白い馬」看板はお客様から贈られた移店祝い。「絵本にはこういうことをしてくださる人を呼び寄せてくれる力があるんです」
[2019.8.5]
書店ナビ:札幌、いや、北海道の絵本好きで「ひだまりの青田さん」を知らないひとに会ったことがありません。北海道書店ナビでも過去に何度も絵本をご紹介いただきましたが、「本のフルコース」には初登場!「ちいさなえほんや ひだまり」の青田正徳さんです。
店は長らく手稲区の一軒家で営業されていましたが、老朽化を理由に2017年8月5日に近隣に新たな一軒家を借りて再出発。2019年4月2日に無事に開店25周年を迎えました。
青田:前の家がいよいよ古くなって移店を考えたときの条件は3つ。一軒家で駐車場が広くて、前のところからそう離れていないこと。
「そんな物件、本当にあるのかな?」と我ながら半信半疑でしたが運良くいい空き家が見つかりました。
わたし、力もお金もないんですけど絵本に対する思いだけはありますから。2012年に閉店を覚悟したときも北海道新聞を見た大勢の方々が手を差し伸べてくださって、今回もまた奇跡のように助けてくれる人たちがいる。
絵本って奇跡を起こすんですよね。これからもわたしの力量でお役に立てることをせいいっぱいやっていこうと思っています。
講演会に持参するラインナップがダンボール箱にぎゅう詰めに。このうち実際に読み聞かせするのは数冊だが、2時間のために60冊近くを準備する。
青田:わたしの持論は「絵本は8割、絵で語るもの」。絵が語りかけてくる物語の世界を楽しむものだと思っています。
その点、この『おおかみのおなかのなかで』は絵がとっても魅力的!なかがわちひろさんの訳もいいので、読み聞かせにも格好の一冊です。
絵本のページをめくるという行為はその物語世界の扉を開けること。そこをいつも意識しながら、ページをめくるベストのタイミングを探っています。
書店ナビ:ネタバレを避けるため、あらすじには触れませんが意外な展開にビックリしました。
青田:ですよね!「とほほーん」なんて従来の絵本には出てきそうにないせりふも楽しい。まさに思い通りにいかないわたしたちの人生そのもの。とぼけた味わいがたまりません。
ちなみに絵を描いたジョン・クラッセンは帽子好きで知られています。あひるとねずみのかぶりものにもご注目を!
語り出したらノンストップの青田さん。長年の読み聞かせで首・肩・腕は満身創痍だが絵本一筋の「はんかくさい」人生が多くのファンを惹きつけている。
青田:これはねえ、ぜひ声に出して読んでほしいんです。谷川さんが言う「生きる」とは同時に「死」も意識するということ。地球全体を俯瞰する視野の広さでさまざまな「生きる」瞬間を私たちに気づかせてくれる谷川さんの傑作のひとつだと思います。
「生きる」は6年生の国語の教科書にも載っています。世のおかあさんがたに「お子さんの全教科書に目を通して」とは言いませんが、お願いだから国語の教科書だけは見ておいてほしい!
我が子が何を教材として読んでいるのか、知っておいてほしいなあ。
この絵本に話を戻すと、谷川さんという偉大な詩人の世界観を受け止めた岡本さんの力もすごいんです。詩に具体的な描写はなくとも、伝えたいメッセージをずらさずに行間埋める想像力がすばらしい。
公園で遊ぶ少年の足元にセミとアリの生死のドラマがあるように、何気ない日常に息づく命の営みを見事に描ききっています。
詩人谷川俊太郎といえば、札幌の「俊カフェ」オーナー古川奈央さんを思い出す。2019年2月には『手記 札幌に俊カフェができました』(ポエムピース)を出版。青田さんへのサイン本には「心の姉妹店です」のメッセージが。
書店ナビ:青田さんが心から敬愛する写真家の星野道夫さん。2012年の書店ナビの取材時に青田さんはこうおっしゃっています。
星野さんは1996年8月8日、ロシア・カムチャツカ半島でヒグマの襲撃に遭い、永眠されました。訃報を知ったとき、僕は生まれて初めて悲しくない涙を流したことを覚えています。最期まで僕たちにいのちを教えてくれた星野さん、本当に大きな存在です。
青田:その気持ち、まったく変わっていません。『ナヌーク』の中でも星野さんは命の環に入る尊さを語りかけてきて、最後のページは私にとって星野さんからの遺言そのものだと受け止めています。
命をおいしくいただくってとっても大事なこと。これは自分だけのこだわりですが、講演や読み聞かせでこの本を読むと決めているときは必ず魚を食べてから行くことにしています。
あ、魚といえば、金子みすゞの「大漁」という詩も『ナヌーク』と同じことをうたっていますよね。これ以上話し出すと止まらないので、金子みすゞのことはまた今度(笑)。
書店ナビ:そういえば移店前の一軒家の壁にもスーホの絵が描かれていましたよね。確か、お客様が描いてくださったとか。
青田:そうなんです!実はいまの店に移ったときも同じお客様が「25周年祝いだから」と言って、もう一度スーホをペイントした横長看板を持ってきてくださったんです(トップ画像を参照)。
そのお客様はデザイナーとか絵描きさんじゃないんです。普通のひと(笑)。もう、感謝の一言しか浮かびません。この看板はうちの守り神です。
お店の中にも絵本をバラしてお気に入りの場面を額装している。
青田:白い馬がスーホのもとに帰ってきたとき、文章では書かれていませんが絵を見ると疲労困憊の馬の背から鞍をはずしてあげてるんですよね。これは赤羽さんの気持ちが描かせたものだと思います。
ホースが身にまとっている赤に怒りや決意などさまざまな感情がたちのぼって、これが絵の力だと実感させられます。
青田:著者の新宮さんは彫刻も手掛ける世界的なアーティスト。そのスケールの大きさが本書にもそのまま表れていると思います。
いちごがどうやって、わたしたちが知るあのいちごになっていくのか。地球という大きな生命体の一部であるいちごの秘密を色鮮やかに見せてくれます。
安易な食育的な絵本とは一線を画する世界観なので、書店でおかあさんたちが手にすることは少ないんじゃないかな。わたしの講演会で初めて知ったという声をよく聞きます。
「いちごには北極がある。南極がある。その間には金の鋲が打ってある。」日本語の他に英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語で書いてある。
青田:こういうすばらしい絵本はことあるごとに紹介し続けないと、絶版になってしまっては取り返しがつかなくなる。長く残るべき絵本を皆さんに知ってもらうのが、我々絵本専門店の使命です。
書店ナビ:コープさっぽろが子育て中の組合員1万5000世帯に絵本を無償提供する「えほんがトドック」の専門委員でもある青田さん。
2016年には絵本作家かとうまふみさんの『ぎょうざのひ』(偕成社)を推薦したことで、出版社が15年ぶりに復刊に踏み切ったとか。
青田さんの選書で命を吹き返す絵本もある。すばらしいお仕事をなさっています。
福井県出身のかとうさんは現在札幌在住。原画は紙ではなくベニヤ板の上に描かれており、「言われてみれば」と思わせる独得の質感が面白い。
青田:絵を上手く描ける人はきっと山ほどいると思うんです。でも本当に優れた絵本作家は上手いだけではなく、絵で物語を紡げるひと。
ちょうどいま店で原画展をやっているたちばなはるかさんも絵物語ができるひと。この先の活躍がとても楽しみです(たちばなはるか原画展は8月31日まで開催中)。
たちばなさんの『ボンぼうや』(PHP研究所)のカバー。「はじめて見る世界」の副題にふさわしい冒険の予感に満ちている。
書店ナビ:いつまでも聞いていたい青田さんの絵本トーク。今後も折りを見てお話を聞かせてください。みんなが応援している青田さんの珠玉の絵本フルコース、ごちそうさまでした!
〒006-0806 北海道札幌市手稲区新発寒6条5丁目14-3
TEL&FAX011-695-2120
営業時間 金・土・日・月・祝日 10:00~19:00
北海道遠軽町出身。絵本出版社の販売代理店に15年間勤務した後、1994年喫茶店の一角に絵本専門店「ちいさなえほんや あ・うん」を開店。翌年「ちいさなえほんや ひだまり」に改名し、2019年4月2日に25周年を迎えた。火~木は配達や講演、メディア出演などの外回りをこなし、金~月の4日間で店舗営業に集中。日本国際児童図書評議会会員。日本児童文学者協会会員。レイチェル・カーソン日本協会会員。
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