作家デビュー3年目にして顔出しの取材は北海道書店ナビが初の葛来さんだ。
[2019.8.19]
書店ナビ:20代30代の若手作家で構成される北海道作家会から、代表の萩鵜アキさんに続いて、ご協力いただきました。
2016年9月9日にスカイハイ文庫の創刊ラインナップ第一弾『花屋の倅と寺息子』でデビューした葛来奈都(かずら・なつ)さんのご登場です。
書店ナビ:デビューのお話からうかがいます。小説投稿サイト「エブリスタ」で発表していた作品が出版社の目に止まり、書籍化依頼のメールがきたときは、さぞ驚かれたんじゃないですか?
葛来:よくある詐欺メールのひとつかと思いました(笑)。当時は小説を書いていること自体を家族や友人に知らせていなかったので、誰に相談したらいいのかもよくわからなくて。
結局、父に打ち明けて契約書も見てもらったら「これは詐欺じゃないね」ということになって、ありがたいお話を受けることになりました。
副業を禁止している職場にも相談したら皆さん応援してくださって、とてもうれしかったです。
ただスカイハイ文庫の創刊記念作品だったのでプレッシャーも半端なかったです(笑)。
書店ナビ:文章を書き始めたのはいつごろから?
葛来:小学校高学年のときに思いついたストーリーを母親に見せたら、すごくほめてくれたことは大きかったと思います。母は手紙や文章を書くのが好きなひとで、わたしの作文の添削とかもしてくれました。
その後、私が中学生のときにちょうどネットの掲示板に小説を投稿するのが流行り始めて、「モバゲータウン」によく投稿していたんです。
じきに「モバゲータウン」が終了して、新しく立ち上がったのが「エブリスタ」。
同じ投稿サイトでも「小説家になろう」はファンタジー系が強くて、「エブリスタ」は女性作家が活躍している。そういう違いはあると思います。
私はなんとなくエブリスタかなと思ってそのまま投稿を続けた、という流れです。
書店ナビ:このあとはフルコースの解説とあわせてデビュー作のお話や執筆テーマへの思いなどをうかがってまいります。
葛来:わたしはもともとそんなに本を読むほうではないんですが、乙一先生の作品を読んでから短編の面白さにハマりました。
短い枚数で主人公の成長を描き、謎解きもあって、オカルトチックで、最後のあの感動までもっていく。短編でここまでできることを教えてくれた作品。
泣きたいときに読んでスッキリする、私にとって原点のような一冊です。
書店ナビ:葛来さんが最初に書き始めた連作短編は、架空の絹子川市を舞台にした高校生・柄沢瞑(からさわめい)たちの退魔事件簿でしたが、主人公の兄、悟(さとり)を主人公の一人に据えたスピンオフ作品のほうが先に単行本になったというのが、おもしろいですね。
葛来:意外でした。「寺息子」弟の話は自分が高校2年の時から投稿を始めて、一時期書いてない時期もあったんですが、大学生である兄の物語を書き始めたのは自分も大学3年のとき。
福祉系の大学に通っていて、卒論テーマが「死別を経験した人が喪失からどうやって立ち直っていくのか」だったのでいろいろ調べていくうちに、なんだか卒論だけじゃ足りない気持ちになって「寺息子」兄を書き始めました。
書店ナビ:ご自身が中学1年のときにお母様をおくった葛来さんにとって「死別」に向き合うことは、人生のうえでも大きなテーマですね。
葛来:自分の中に大きな根を下ろしています。大学3年から4年にかけては就活と社会福祉士の資格の勉強と卒論と小説も書いて…自分でもよくやりきったなって、ちょっと感心します(笑)。
書店ナビ:著者の江崎さんもエブリスタから輩出された作家さんです。
葛来:エブリスタのランキング上位の常連さんで、わたしも一ファンとしてずっと読んでいました。
物語がダイフク目線で描かれているのもユニークですし、とにかくダイフクがかわいい!実家にコーギーがいたので、この本にもメロメロになりました。
書店ナビ:葛来さんもデビュー前からトップ10入りされてたんですか?
葛来:それがそうでもないんです。10位~20位台をウロウロしていて、感想コメントも少ないほうだったと思います。
それなのに「書籍化したい」なんていうメールが突然きたものだから、てっきり詐欺かと(笑)。
書店ナビ:編集部さんはランキングの順位だけを書籍化の基準にしているわけじゃない証しですね。
書店ナビ:こちらはエブリスタの前身である「モバゲー」小説コーナーに投稿された作品。当時は『霊感青年』というタイトルでしたが、出版にあたって『霊感ニート』に変更されました。
葛来:わたしが大学生のときに夢中になって読んでいて、プーとカナの関係にドキドキした記憶があります。
プーの心霊現象うんちくは、たとえば「幽霊はどうして足がないのか」という素朴な疑問に対して「霊は浮く。(中略)そうすると足が必要ないから、まず足が消える」。
手が消えないのは「人は何かに触ろうとする時、手を伸ばす。(中略)人として体を持っていたときの癖が抜けないんだ。だから、手はなかなか消えない」…というような持論でズバズバ切っていく。そこがすごく新鮮でした。
原稿は普段スマホで入力。書籍化時はWordに流し込み、縦原稿で推敲を重ねる。「初めは”私なんかの作品でいいのかな…”と不安だったんですが、最近は”ここだけは思いどおりに書きたい”という欲も出てきました」
葛来:高校のときに図書館で手にした、人生で初めて読んだ長編です。上巻は舞台を整えるために穏やかなシーンが続きますが、下巻になるとたたみかけるような急展開に!
鮮やかな伏線回収と胸がいっぱいになりながらも爽やかな余韻を楽しめる結末を、1人でも多くの方に味わっていただきたいです。
ラスト、「こういう涙も出るんだ…」という新しい発見がありました。
書店ナビ:連作短編を書き続けてきた葛来さんもいつか長編にチャレンジを?
葛来:いずれは、と考えています。わたしの場合、高校からずっと書きためてきた短編原稿があったので、『花屋の倅と寺息子』シリーズ5冊と「寺息子」弟本1冊も比較的スムーズに出せる土台ができていました。
それら全部を出し切った今は新しい作品の投稿も始めていて、まだ一度も出したことがない文学賞への挑戦も考えていきたいです。
書店ナビ:高校生2年生の白石颯太が見つけたアロマ雑貨屋『馥郁堂』。「魔女のように美しい店主」成瀬馨瑠(なるせ・かおる)と出会い、香りと記憶の思わぬ結びつきに気づいていく…こう、紹介しているだけでも胸がきゅっとなる世界観ですね。
葛来:スカイハイ文庫のなかで一番好き!調香師がどういう仕事かも丁寧に描かれていますし、落ちついた文章がすごく読みやすい。《デザート》の「余韻」という単語で真っ先に思いついた作品です。
書店ナビ:デビューシリーズで一貫して死別経験と遺された人たちの想いと希望を描いてきた葛来さん。おそらく読者のなかにも同じような経験をして、心に響いたという方がいらっしゃるのではないでしょうか。
葛来:はい、とても心のこもった感想をいただくこともあって、初めは自分のために書いていたものが気がつけば誰かの支えになれていることに勇気づけられています。
小説を書いていたことも家族や友人に打ち明けたあとは、すごく胸が軽くなって。生きやすくなりました(笑)。姉にも「最近自分のことを話すようになったね」と驚かれています。
初めてサイトに投稿したときから書籍化するまでに10年近くの歳月が流れていますし、わたしも学生から社会人になりました。
社会に出たから、結婚したから書けることもあって、「寺息子」シリーズの4巻で悟が父親に「再婚は考えなかったの?」と問いかけるセリフも、そのひとつ。
母の死を経験して得たアイデアもまだ温めているので、いつか必ず書き上げたい。
別れと喪失からの回復はこれからも揺らがない私のテーマですが、そこに社会とも向き合う視点を加えて書き続けていきたいです。
書店ナビ:シリーズの主人公たちが巻を重ねながら強くやさしくなっていくさまは、そのまま葛来さんのたくましさを反映しているのかもしれませんね。 今後新たな展開が楽しみな葛来奈都さんのおすすめ本フルコース、ごちそうさまでした!
北海道札幌市在住。高校2年から「エブリスタ」に「光と影とそして華」(書籍化時は『絹子川奇譚』に改題)を掲載後、スカイハイ文庫創刊時に『花屋の倅と寺息子』シリーズで書籍デビュー。シリーズには自身が在籍した北星学園大学をモデルにした絹子川学院が登場する。
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