映画祭のオフィスでお話をうかがった。《肉料理映画》のパンフレットを持ってニッコリ。
[2019.6.17]
書店ナビ:今年で6回目を迎える新千歳空港国際アニメーション映画祭に行ったことがありますか?
北海道の玄関口、新千歳空港にある映画館をメイン会場に「空港全体で発信する、空港だからできる映画祭」を目指すアニメーションの国際映画祭です。
2019年は11月1日(金)~4日(月・祝)の4日間開催。現在も作品募集中で、コンペ部門はすでに各国から1000作品以上の応募があるそうです。
書店ナビ:この映画祭でチーフディレクターを務めるのが札幌の上映イベントプランナー、小野朋子さん。 北大工学部を卒業後、大手ソフトウエア会社のプログラマーを「大好きな映画にまつわる仕事ができたら」と退職。
シアターキノで上映マネージャー養成講座を受けたのち、札幌の狸小路にあったフリースペース「ATTIC」の運営管理を任され、インディーズ映画やライブの上映に力を注いできました(現在、ATTICは閉館)。
その後もポーランド映画祭や札幌爆音映画祭といったユニークな上映イベントを次々と企画・運営されています。
小野:現在は映画館のスクリーン以外でも簡単に映画を観ることができる時代になりましたが、やっぱり「映画館にあのウワサの映画がやってくる!」みたいな気持ちってワクワクしますよね。
10年前はまさか自分がアニメーションの映画祭に関わっているとは想像もしていませんでしたが、世界各国から関係者が集って生まれる熱気に惹かれて、いいと思う作品や制作者たちはできる限り応援したい。その思いで現在に至るという感じです。
書店ナビ:今回は、小野さんに「自分という人間を作った」日本映画を軸にフルコースを作っていただき、その関連本をあわせてご紹介する構成です。普段本はあまり読まないけれど映画は観る、という方もぜひご覧ください!
書店ナビ:主人公のバツイチ夫は浅野忠信さん。妻を田中麗奈さん、妻の連れ子をこれが映画デビュー作となる南沙良さんが演じました。
小野:物語は、「こんなはずではなかった」を重ねてしまう駄目な大人が再生に向かうストーリー。なんか面白そうだとカンがはたらいて原作を先に読みましたが、映画もまた原作に劣らぬ傑作でした。
これまで家庭人を演じる印象がなかった主演の浅野忠信さん、ベストアクトです。
書店ナビ:確かに浅野さんといえば、社会のルールから外れたキャラクターを得意とする印象。「おとうさん」のイメージはありませんでした。
小野:離婚再婚の有無に限らず、誰しも”家族を演じる”ことってありますよね。でもそれが思ったとおりにうまくいかなかったり、正解が見えなかったりする。
私自身も中年といえる歳になって、こんなにも多くの「こんなはずではなかった」を重ねる駄目な人になるとは思ってもみなかった。だからでしょう、答えは見つからなくても向き合おうとする作品に魅かれます。
小野:私、主人公を演じた柄本佑さんの大ファンなんですが、本作も本当にすばらしかった!自分のやりたい表現がわからない混迷期を抜けて、あやしげな仲間に囲まれて勢いがついていくと、どんどん背中に色っぽさが表れていくんです。
書店ナビ:ミュージシャンの菊地成孔(きくちなるよし)さんが、有名写真家をモデルにした”荒木さん”を演じて話題になりました。
小野:モデルとなった方も対象になっている「me,too」運動の流れで考えると、エロ雑誌モデルの女の子たちへの扱いは全く褒められたものではないですが、悪巧みで時代を動かしてきた男たちの、吠えたくなるような熱量が根底にある作品です。
あと、この映画に出てくるキャラクター全員のメガネが汚い(笑)。とぐろを巻くような欲望でギトギトになっている。細部にまでこだわった演出だと思います。
末井さんの母親の壮絶な死についても、主人公が所属する世界が変わると母親が隣家の男とダイナマイト心中したことの”解釈”も変わっていく。周囲が笑い飛ばしてくれることで癒される傷もあるということがわかりました。
「末井さんたちの悪ノリは、私がやっている映画上映とも共通するところがあって、やっぱり映画も大勢の人に観てもらってなんぼ!です。その仕掛けを考えているときが最高に面白いんですよね」
書店ナビ:池松壮亮さん主演のドラマが非常に好評でした。キャスト・スタッフともにドラマ編の続投で、映画では原作の最後まで描かれるようです。
小野:主人公の宮本がもし実在して近くにいたら暑苦しいだろうし、絶対一緒に仕事をしたくないタイプ。でも本作の名セリフ「人は感動するために生きてるからよ」のように、理屈じゃない感動は間違いなく、ある。
私も予算が限られたイベントに関わることがありますが、そこできっと心が動かないものだったら、きっとあれこれ理由をつけてやめていると思うんです。でもそこに「きっといいものになる」とか「これを今上映することは意味がある」と思えるから動き出す。
大人になると感動するにも努力がいるようになるけれど、この衝動は忘れたくないなと思います。
この漫画にぐっとこない人とは友達になれない。私の線引きです。
書店ナビ:昭和11年に起きた阿部定事件とは、仲居の阿部定が勤め先である鰻料理店の主人、石田吉蔵と男女の仲になり、駆け落ちの果てに定が吉蔵を扼殺し、局部を切り取った事件。捕まった定はのちに恩赦を受けて釈放され、消息不明になりました。
この猟奇的な事件を題材にした大島渚一流の美学と、日本では修正せずには上映できなかったほどの過激な性描写が、日本映画史でも本作を特異なポジンションに位置づけています。
『失われた愛のコリーダ』巻頭には映画のスチールも掲載。”本番”をOKしてくれる役者探しの苦労や撮影秘話が描かれている。
小野:今だから打ち明けると、この映画は今から10年くらい前にATTICでスクリーンチェックを兼ねて一人きりで観たんです。
大島作品は他に何本も見ていましたが、『愛のコリーダ』の凄さは別格。映画の8割が性行為なのに、全編緊張感が途切れない。
この映画を見て、藤竜也演じる吉蔵に惚れない女はいないでしょう。無邪気で優しくて、そして残酷。私の理想のひとです。
阿部定を演じた松田暎子さんはこれが映画初出演。特に美人でもなく、むしろ地味なくらいの印象ですが、吉蔵にのめりこんでいくにつれてどんどんキレイになっていく。物語の力ですね。
2000年に『愛のコリーダ』無修正バージョンがシアターキノで上映され、そのとき購入したパンフレットを小野さんに進呈した。「うわ!いいんですか!うれしい!」素で喜んでくださって、こちらも大満足。
書店ナビ:佐藤泰志原作の映画といえば、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』の三部作。映像化と相性がいい作家として知られています。
小野:三宅監督は2016年の札幌爆音映画祭で、監督3本目の長編『THE COCKPIT』を札幌初上映したご縁があります。確かそのときに「函館でロケハンをしている」というお話をされていたのが、これだったんですね。本作を見終わったとき「三宅監督、やったな!」と思わず嬉しくなりました。
北海道を舞台にした映画はとかく、澄んだ青空とかどこまでも緑が広がる大自然を撮りがちですが、本作はちゃんと、いまの函館の空気を取り込んでいる。かもめの鳴き声と市電の音が重なるエンドロールなんてたまらなく感動的で、三宅監督、よくぞその”土地の音”に気付いてくれました。
言いたいことはまだまだありますが、とにかく主演の3人が素晴らしくて、函館で暮らしたことがない私がまるで自分の記憶のように感じる希有な作品。
3人が函館の夜明けを歩くシーンを思い返しては鼻の奥がツンとなる。デザートの余韻という意味ではこれに勝る映画はありません。
書店ナビ:近年公開の作品を中心に構成していただいた日本映画フルコース、振り返ってみていかがですか?
小野:以前ATTICで入江悠監督の『SR サイタマノラッパー』を上映して、10年後のあるべき姿へ向けて夢を追う決断を問うラストが、自分に突き刺さってビクッとしたことがあるんです。 その問いは今も胸に残っていて、イベント企画にありがちな惰性や慣れで動かないように気をつけています。
書店ナビ:お仕事のモットーは何ですか?
小野:最近言っているのは「言い続けることが大事」。「映画祭をやりたい」とか「みんなが集まる場が欲しい」「爆音映画祭を復活させたい」とか言い続けていると、なにかしら実現できる方法が見えてくる。
黙っていたら誰にもどこにも届かないんですよね。
書店ナビ:なるほど!じゃあ、書店ナビも「いつか本のフルコースで本を出したい!」とここで言っておきます。
10月の札幌爆音映画祭(at 札幌市民交流プラザ クリエイティブスタジオ)と11月の新千歳空港国際アニメーション映画祭、どちらも楽しみにしています。北海道から力強い上映イベントを発信して闘い続ける小野朋子さんのフルコース、ごちそうさまでした!
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