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第405回 「北の出版人 本気&本音トーク」レポート





[イベントレポート]江別蔦屋書店に集う札幌の名編集者たち!

「北の出版人 本気&本音トーク」レポート

[2018.12.3]

2018年11月、「食」「知」「暮らし」の江別蔦屋書店オープン!

前日の内覧会にはなかった雪が散らつく駐車場から次々と人が降りてくる。2018年11月21日、北海道で2店舗めの”蔦屋書店”が江別市牧場町にオープンした。

TSUTAYAの英字ロゴでおなじみの複合書店が、2011年冬「大人のための文化の牙城」として代官山蔦屋書店を開業。

読書を含むハイセンスなライフスタイルを提案する空間として人気を集めていることは、北海道にも聞こえていた。


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“蔦屋書店”はいわゆる全国均一の質を維持するチェーン店とは一線を画し、出店前に必ず地元の要望や課題などの聞き取りがあるという。

江別市では市内の大学生たちから大型書店を望む声が多く、マッチングが実現。構想から2年半を経ての開店となった。

企画・運営は、株式会社北海道TSUTAYAとパッシブホーム株式会社の合弁会社アイビーデザイン株式会社(江別本社)が担う。

建物は「食」「知」「暮らし」の3棟に分かれ、どの棟にも書籍は置いてあるが、書店としてのメインスペースは真ん中の「知」の棟にあたる。

2階建ての「知」の棟。「図書館みたいだね」「一日中いられそう」。激混みの店内から驚きの声が聞こえてくる。

Wi-Fi完備。随所に購入前の本を自由に読める席があり、早速学生たちが利用していた。

「暮らし」の棟のキッズコーナー。窓からかつて北電の石炭を運んでいた車両が見える。

テナント数は全15店舗。江別初のスターバックスコーヒーも出店している。


無料駐車場は500台。公共交通機関で行く場合、JR江別駅から徒歩20分(冬場はもう少しかかる)。最寄り駅は北海道中央バス「元町」下車後徒歩5分。セブンイレブン側に渡って右手に進むと見えてくる。











札幌の出版社7社が大集合!「実はこう思っていた」他社の本

開店から2日後の11月23日祝日、江別蔦屋書店で初のイベント「北の出版人 本気&本音トーク」が行われた。

参加出版社は亜璃西社、寿郎社、中西出版、柏艪舎、北海道出版企画センター、北海道新聞社出版センター、北海道大学出版会(株式会社省略)。いずれも札幌に本社を置く7社から顔の知れた編集者たちが集まった。

進行は、NPO北海道ブックシェアリング代表の荒井宏明さん。北海道の読書環境整備に力を入れるかたわら、江別で新刊古書店「ブックバード」を経営。北海道の図書館や学校、出版社に顔が広く、今回の個性派メンバーの話を等しく聞き出すには最適の人物だ。

第一部は、亜璃西社、寿郎社、柏艪舎、北海道新聞社出版センターの4社からスタート。

右端が寿郎社の土肥寿郎さん。「この4社から本を出している唯一の道内作家がノンフィクション作家の合田一道さん。同じ作家の本でも編集に各社のカラーが出ています」。左端が進行役の荒井さん。画像提供:北海道ブックシェアリング(以下★印)


「自社の推し本を紹介して」と言われた寿郎社の代表、土肥寿郎さんは開口一番、11月に亜璃西社から出たばかりの『札幌の地名がわかる本』を紹介。「実は私もこういう企画の本を出したかったんです。でもこの本を見ると、札幌だけでもこの内容、この厚み。マネができない仕事です」と賛辞を送る。


かくいう寿郎社(従業員2名)は、北海道の近現代史や文芸評論に切り込むノンフィクション出版の雄。「北海道の偉人といえば?」というテレビ番組の問いに大半が「何をした人かわからないまま”クラーク博士”と答える」画一性に疑問を呈し、「固定概念を揺さぶる本を出したい」と語る。

一方、「人間を描く小説」に力を入れているのが従業員5~6人の柏艪舎(はくろしゃ)だ。

代表の山本光伸さんは翻訳家。同社から海外小説も多数出しているが、なんといってもこの日一番の話題は、2017年9月から刊行している『完本 丸山健二全集』(全100巻!しかも全作改稿!)の新展開について。

始まりは一本の電話から。文壇と距離を置く”孤高の作家”本人から全集を出したいという電話が柏艪舎にかかってきたという。

その日たまたま電話口に出た営業の可知佳恵さんは「出します」と即答した。

社長でもないのにそんなことを言っていいのか?と問い直す作家に可知さんは、山本さんが20代の頃から丸山文学を敬愛していたこと、入社以来つねにその魅力を聞かされてきたことを告げ、翌日作家の暮らす長野県に飛んだ。


飛行機が苦手な山本さんは山本さんはこの話を聞いてすぐにフェリーで駆けつけるーーという何から何までドラマチックなこの実話は現在、『完本 丸山健二全集』英訳本の資金を募るクラウドファンディングにまで発展している(詳細は下記のリンクへ)。

「丸山文学は日本文学、いや、世界文学の宝になるもの」と語る山本さん。

●日本が世界に誇る作家、丸山健二『完本 丸山健二全集』英訳本を世界に発信したい!

actnow.jp


目指すは丸山健二にノーベル文学賞をとってもらいたいーー。作家74歳、出版者76歳。札幌から前人未到の偉業に挑む。

次は北海道新聞社出版センターの仮屋志郎さん。同社は過去に1700タイトル以上、年に40冊ペースで出版。従業員20人近くを抱える「関東以北最大の出版社」だ。

代表作は『北海道夏山ガイド』。版を重ね、40万部を売り上げてきた。大泉洋主演で今年映画化された『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』も同社から。

「本の企画は主に新聞ネタから考えることもありますが、普通の読者から教えていただくことも多いです。2017年に出版して反響を呼んだ『札幌のカラス』の著者中村眞樹子さんも、作家ではなくて普通の主婦。今年は続編の『なるほどそうだね 札幌のカラス2』が出ました」。

2部にも登場した北海道新聞社出版センターのベテラン編集者仮屋志郎さん。★


「実は今日ここで初めて言いますが」と、このあと話を引き取ったのは、今年創立30周年を迎えた亜璃西社の”大番頭”、編集者の井上哲さんだ。

「そのカラス本企画は一度当社にも持ち込まれたことがあるんです。そのときはお断りしましたが、道新さんでのヒットを知って”やっちゃったな”と思いました(笑)。でも他社から出ても良い本は良い本。第二弾も出てうれしいです」と打ち明けた。

代表の和田由美さんが書く喫茶店や映画館にまつわる”まち歩きエッセイ”も出版する亜璃西社が「社運をかけて出した」渾身のタイトルは、地図エッセイストの故・堀淳一氏が書いた古地図本『地図の中の札幌』。

全400ページで本体価格6000円という買い手を選ぶ専門書だったが、内容の充実度や資料としての稀少性が話題になり、初版の2000部が見事完売。増刷された。

残念ながら91歳の堀氏は本書の出版前に亡くなり、井上さんたちはお棺の中に完成本を入れて手をあわせたという。

「著者の生死とも関わる、本作りの奥深さを教わった本。先ほど柏艪舎の山本さんが70代で丸山全集出版について熱く語られたのを見て、敬服しました。いま50代の自分もあと20年がんばりたいと思います」。

同業者ながらこの4人が一堂に会して語り合う機会は札幌でも過去になく、今回が初。それぞれに交わされたエールがあった。







増刷に喜び返品に泣く、出版は出し入れの繰り返し

休憩をはさんで第2部の4社は、中西出版、北海道出版企画センター、北海道新聞社出版センター、北海道大学出版会。

会場は「知」の棟2階。江別蔦屋書店イベントのこけら落としにふさわしい”濃い”メンバーで本づくりへの思いを語った。★


北海道大学出版会の編集者今中智佳子さんが最初に紹介した自社本は、本体価格6万円の『病原細菌・ウイルス図鑑』!

「重さ3kg、郵送の際は小包扱いになる」医療系関係者必携の専門図鑑を出せたのは、文理を超えてアカデミックな専門書に強い同社ならでは。

社名の印象と会社も北大キャンパス内にあることから大学の付属出版社だと思われがちな同社だが、実は独立した一企業。木野田君公著『札幌の昆虫』など、北大教員以外の在野の研究者と組むことも少なくないという。

中西出版は中西印刷出版事業部としてスタートし、1988年に分離独立した出版社。STVラジオの同名番組を書籍にした『ほっかいどう百年物語』は第十集まで出し続け、同社を代表するロングセラーになっている。

この日は取締役の河西博嗣さんが出席し、「どうしても出したいと社長に頼んだ本」として2008年5月に出版した『野菜博士のおくりもの』を紹介した。

「野菜博士」とは、2005年3月に亡くなった農業博士の相馬暁氏のこと。北海道農業の発展に尽くし、野菜の伝道師として多数の講演もしていた氏の想いを形にしようと、生前氏と交流があったベジタブル&フルーツマイスターや青果店主らが集まってレシピ付き野菜本を制作。スタイリストとカメラマンが腕を振るった写真も楽しい一冊が誕生した。

「チーム全員の思い入れがたっぷり。おかげで5刷までいきました」。

マイクを持つ河西さんの両脇から北大出版センターの今中さん、道新出版センターの仮屋さんが誌面を持つ仲良しショット★

このあと2度目の登場の道新出版センター仮屋さんは、奇しくも今年8月に刊行した地震のメカニズムに迫る『揺れ動く大地 プレートと北海道』を紹介。

「もちろん意図したわけではありませんが、9月6日に北海道胆振東部地震が起きてから売れ行きが伸びています」。

ときには編集者もまったく意図しない事態が起こる出版の奥深さをのぞかせた。





第2部の4社目は、北海道出版企画センター。昭和51年に野沢信義さんが創業し、息子の緯三男さんが跡を継いだ。「多いときは最大3人いた」という同社の得意分野は、歴史・郷土史本。なかでも松浦武四郎関連本はおそらく道内屈指の充実度。あわせて開拓使時代の貴重な資料も復刻してきた。

自己紹介をする野沢さん。「昭和50年から父の仕事を手伝い、出版歴は40年以上。500点ほど手がけてきました」★

半世紀近くに及ぶ社歴は「著者の方々の支えがなくては成り立たないもの」と改めて感謝のことばを口にした野沢さん。

「何十年もかかって資料を集め、研究してこられた著者の方の成果が本になって届けることができたときは、その方の奥様も一緒になって喜んでくださる。それが本当にうれしい」と語る。

トーク中、皆が口を揃えたのは「増刷の判断の難しさ」と「返品はとにかく悲しい」。「出版社は出したり入れたりの繰り返し」という一言が確信をついている。その営みのなかで一冊入魂ーー。

北海道から、そして自社からこの本を出すことで社会があるいは誰かが前進する、そう信じて北の出版人たちは東奔西走の日々を送っているはずだ。


進行役の荒井さんが冒頭に述べたとおり「北海道に暮らす私たちの身近に、こんなに多彩な出版文化を発信している企業がある」ことが、編集者たちの肉声を通して実感できたこの日、トークは3時間近くに及び、終始和やかな雰囲気で幕を下ろした。

江別蔦屋書店も「知」の棟1階に各社の本が並ぶ企画棚を設け、販売を後押しする。

ノンフィクションの雄、寿郎社。大胆な装丁にも定評がある。



創立30周年の節目に『札幌の地名がわかる本』を出版した亜璃西社。『増補版 北海道の歴史がわかる本』同様、一般読者も楽しく読める視点を貫いた。



真っ赤なケースが目を引く柏艪舎『完本 丸山健二全集』は現在第二期に突入。内野聖陽主演でNHKでドラマ化された『満州 奇跡の脱出』も同社の一冊。


「もっと聞きたかった」「またやってほしい」という声が高かった「北の出版人 本気&本音トーク」。そのときがきたら、またぜひとも北海道書店ナビでご報告したい。



●江別蔦屋書店 

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