北海道書店ナビ

第290回 ワイナリーガイド 田畑 茂人さん




5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.63 ワイナリーガイド 田畑 茂人さん

馳星周作品を全作読派している田畑さん。取材は田畑さんの書の師匠がいる梅酒BAR SOUL COMPANYさんにご協力いただきました。


[本日のフルコース]
馳星周ファンが読み解いた
「北海道出身作家が書いた北海道本」フルコース

[2016.9.12]


書店ナビ 今回の選者である田畑茂人さんは芦別市生まれ。東京で実用書の書籍編集を8年間経験し、北海道にUターン後は広告・印刷会社の営業職を経て今年5月に自主退職。
ワイナリーガイドとして開業準備の最中に、フルコースづくりのお時間をいただきありがとうございました。
フルコースのテーマは「北海道作家による北海道本」。すんなり決まりましたか?
田畑 一番の動機は、デビュー以来ずっと馳星周さん、私はハセくんと呼んでしまいますが、そのハセくんのファンだったことと、道外で暮らしていたときに”どこか落ちつかない気持ち”をずっと抱えていたことが大きいと思います。
気候・風土・ことば・植物…見るもの感じるものすべてが、自分が原風景として体験したものと異なり、いつも北海道に忘れ物をしているような心持ちでした。
一度外に出た人間だからこそ再確認したかった北海道の原風景を、いま活躍中の道産子作家たちが見せてくれた北海道本フルコースです。





[本日のフルコース]
馳星周ファンが読み解いた
「北海道出身作家が書いた北海道本」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

ゴールデンカムイ
野田サトル  集英社

専門家の監修がしっかりしていて、明治期の北海道の風俗やアイヌ民族の暮らしぶりが詳細に描かれている人気コミック。北海道近代史に触れるには最適。



書店ナビ 作者の野田さんは北広島市出身。2016年の漫画賞を「総ナメッ!!!!」にしている大ヒット作です。
アイヌが隠した莫大な埋蔵金をめぐり、日露戦争を生き抜いた元軍人「不死身の杉元」を中心にアイヌの少女、死刑囚、新撰組らが攻防をくり広げる冒険×歴史×狩猟ストーリー。
田畑 ふだんはほとんどマンガを読みませんが、手塚治虫文化賞マンガ大賞にノミネートされたニュースを見て、読み始めました。
自分は芦別生まれで、身近なところにアイヌの人々や文化を感じることがないまま育ち、でもどこかで「北海道で生きている以上はきちんと知っておきたい」という思いを持っていた。その願いにマンガで応えてくれた作品です。
わたしは趣味が料理なので、このマンガの「食」の描き方も楽しみのひとつです。第1巻には山でリスの脳みそを食べる場面が出てきます。丁寧な描写に思わず食べてみたくなりました(笑)。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

約束の地で  
馳星周  集英社

北海道浦河町出身の著者が、初めて北海道を舞台にした短編集。40歳を機に北海道回帰した理由を読み解く。





書店ナビ 馳星周(はせ・せいしゅう)さんは1965年浦河町生まれ。新宿を舞台にしたデビュー作『不夜城』がいきなり大ヒットし、映画化もされました。
その『不夜城』を含め過去6度も直木賞候補に名前があがる実力派の一人で、裏社会をリアルに描くノワール小説の名手です。
田畑 この人の場合、デビュー作は幸運にも大ヒットしましたが、扱うテーマが犯罪や陰謀、暴力ばかりなので大勢に読まれるというよりも、タイトなファンに長く読まれるタイプ。私もそのひとりです。
ハセくんは苫小牧東高校を卒業後、横浜の大学に通い、新宿をねぐらにしていた若いころは「北海道なんて大嫌いだ」ということを書いたりして、複雑な故郷嫌悪の情を見せていましたが、愛犬のために軽井沢暮らしを始めてからは北海道とも通じる自然に囲まれて、もしかすると心境の変化があったのかもしれません。
先ほども申し上げましたが、私が東京にいたころは北海道に忘れ物をしたような気持ちだったのに対して、ハセくんはきっと「北海道に髪の毛一筋さえも残したくない」派。
そう思っていただけに、この本が出たとき「え?あのハセくんが北海道を?」と自分の目を疑ってしまいました。
だからといって執筆の動機を「望郷」の一言でくくられるのは、きっと本人の本意ではないはず。
愛犬マージは2005年に亡くなってしまうんですが、そのとき彼は40歳。今後なにをどう書いていくのか、作家としての危機感がいままではなかった「北海道」という選択肢を生んだのではないか、と思っています。
書店ナビ 熱い!熱いですね、さすがハセファンの田畑さん。馳星周=ノワール小説の印象が強くて敬遠してきた人たちにも、この本が馳作品に親しむきっかけになりそうです。




魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

ラブレス
桜木紫乃  新潮社

北海道に住むわれわれの精神構造には、いまだに払拭できない極貧の経験がある。その極貧を追体験できる本。




書店ナビ 道東の開拓村で極貧の家に育った主人公百合江と妹の里実、その娘たち、そして百合江の母親の女三代の壮絶な人生を描いた長編。
釧路出身の著者はこの後に発表した『ホテルローヤル』で直木賞を受賞しますが、この『ラブレス』を桜木作品のベストにあげるファンも多いです。
田畑 私が生まれた1964(昭和39)年は東京オリンピックが開催された年。『ラブレス』の主人公たちのように極貧を体験した世代のあとに生まれた世代ですが、それでも北海道の原風景に刻まれている”貧しさ”の記憶は自分とも決して無縁ではないように感じています。
標茶町の開拓団に加わった百合江の一家には百合枝と4つ違いの妹、里実がいて、生まれてすぐに夕張にいる父親の妹に預けられるんですが、10年近く経ってから生家に呼び戻される。その再会の場面は読んでいてもつらくなるほど。
当時活気があった夕張でフランス人形のように大事にされて育った里実が、開拓小屋で1週間に一度くらいしか風呂に入らないような生活をしている実の姉弟たちを「みんな、臭い」と露骨に見下す対比の構造が、実に見事です。
経済的な貧しさは心の貧しさとも直結し、いまも見られる「官主導」や「北海道至上主義で土地を動きたがらない」道民性のルーツもそこにあるのでは、と推測しています。






肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

帰らずの海
馳星周  徳間書店

北海道回帰した著者の思い出の地、函館を舞台にした警察小説。現在と過去が交錯する構成は著者自身の「よき思い出」と「冷酷な現在」の投影か。

書店ナビ 佐々木譲さんの「道警」シリーズや、映画化も話題になった織川隆さんの『北海道警察 日本で一番悪い奴ら』など、北海道警察、通称「道警」を扱った小説は少なくありません。
田畑 北海道という、これだけ広大な土地をたったひとつの組織で管理下に置こうとするあり方そのものが、ドラマを生む土壌になっているのかもしれませんね。
『約束の地で』以来、北海道と向き合い始めたハセくんが、十八番であるノワールものの世界感を照らし合わせながら描いた”馳星周の北海道原風景”が詰まった作品です。
クライマックスに出てくる函館の立待岬に、この本を読んだあとにもう一度行きました。「ここであのキャラクターが…」と目の前の風景から想像を膨らませることができるのも、北海道本の楽しさです。

本作出版を記念して札幌の書店で開かれたサイン会にも、もちろん参加。「スマホに残っているツーショットは大事な宝物です」。





書店ナビ 田畑さんを惹きつける馳作品の魅力とはなんでしょうか。
田畑 やはり、救いようのないバイオレンスを描ききっているところでしょうか。私たちの日常生活からは天地ほどもかけ離れた世界を、「一体どこから聞いてくるんだ」というようなネタをもとにリアルに描いている。
ハセくんを読んで、そんなアブナイ世界の片鱗に触れられるのを楽しんでいます。



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

そこのみにて光輝く
佐藤泰志  河出書房新社

かつての栄光と現在の閉塞感が交錯する北海道を象徴するまち、函館。よじれた男女の物語は函館がもつ湿った空気感で完結する。


書店ナビ 1949年函館に生まれた著者は41歳のときに自死。死後約20年を経てようやく再評価が始まり、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』、そして9月17日から公開が始まる『オーバー・フェンス』の3本が映画化されました。
田畑 本作にも桜木作品に通じる”貧しさ”があります。映画『そこのみにて…』に主演した綾野くんも池脇さんも、本当にすばらしかった。
2人のねじれ曲がった純愛と、夏の函館のウェットな空気感がマッチしていて、原作の世界感を見事に再現していると感動しました。




ごちそうさまトーク 慶書を習って自分の字が好きになる

書店ナビ 5冊を振り返っていかがですか?
田畑 自分がいかに暗い作品好きか、がよくわかりました(笑)。東京からUターンしてきた自分にとって北海道は広くて深くて、その深さの中にじっとりとした闇を感じる。そこにどうしても目が行ってしまうのかなぁ。
書店ナビ 今日の取材場所に指定した店「梅酒BAR SOUL COMPANY」さんとの関係は?
田畑 ご店主の井原慶一朗さんが僕の書の師匠なんです。
井原 お手本を見て書くのではなく、皆さんが自由に書いて自分の字を好きになっていただく「慶書」のセミナーを店で開いています。
田畑さんは今年3月から始めて、あっという間に書の楽しさを自分のものにされました。興味がある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください!

井原さん(左)が経営する「梅酒BAR SOUL COMPANY」は今年で10年目。

●梅酒BAR SOUL COMPANY 

http://www.umesyubar.com/


住所/札幌市北区北32条西4丁目1-7 コウメイビル1F
TEL/011-726-6400
営業/18:00~翌2:00

店を予約すると、井原さんが書いたウエルカムカードが迎えてくれる。



書店ナビ そうした書も今後開業されるワイナリーガイド田畑茂人の魅力のひとつになりそうですね。
“ハセくん愛”にあふれた深い読み解きの北海道本フルコース、ごちそうさまでした!
田畑茂人さん
1964年北海道芦別市生まれ。2001年に結婚を機に北海道にUターン。営業時代に担当エリアだった余市・仁木で北海道のワイナリーの魅力に開眼し、退社後の現在はワイナリーガイドとして独立開業の準備中。











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