北海道書店ナビ

第246回 イベントプロデューサー 山岸正美さん



5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.23 イベントプロデューサー 山岸 正美さん

実行委員長を務める札幌国際短編映画祭は2015年10月、盛況のうちに閉幕した。「11年目の来年からまたいろいろ変わりますよ。お楽しみに」


[本日のフルコース]
あたまとこころに栄養を送る
知的好奇心本フルコース

[2015.11.2]






書店ナビ 今週のフルコースづくりをお願いした方は、今年10周年を迎えた札幌国際短編映画祭や今年から新体制で動き出した札幌デザインウィーク、NPO法人アートチャレンジ滝川など、北海道を盛り上げるさまざまなイベントの企画に関わってきた山岸正美さんです。
デザインプロダクション、マーケティング・コミュニケーション・エルグ(通称エルグ)の取締役会長でもある山岸さんなら、「デザイン」や「まちづくり」をテーマにしたフルコースをつくってこられるかなと思っていましたが、予想がはずれました。
山岸 今回はあえてそういうキーワードを脇に置いて、自分の気持ちに素直にしたがって皆さんにご紹介したいと思う5冊をピックアップしました。
書店ナビ 釣りやキャンプ、園芸、料理など幅広い趣味をお持ちの山岸さんを「遊び心の人」と称する人もいます。どんな5冊か、とても楽しみです。


[本日のフルコース]
あたまとこころに栄養を送る
知的好奇心本フルコース

前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

江戸のセンス ー職人の遊びと洒落心

江戸のセンス ー職人の遊びと洒落心  
荒井修・いとう せいこう  集英社

荒井さんは浅草にある扇専門店「文扇堂」の四代目。120年近く続いている江戸文化の継承者です。その荒井さんに、こちらもまた江戸好きで知られるいとうせいこうさんが聞き役となって「のぞき」や「見立て」といった江戸の粋を教わる、センスと扇子の教養本です。


山岸 この本は江戸文化について知りたいと思っていた時期に買った本で、ほかに落語や茶室に関する本も集めていました。
僕は頭から順番に読んでいくのが苦手なほうで、気になるところから読み始める拾い読み派。なので、こういうどこから読んでもいいタイプの本が、最近とみに多くなりました。
(フセンが付いているページを開いて)たとえば、「のぞき」のところを読みますとね、扇子に月を描くとき、月全部を描かずに扇子の端にほんの少しだけ月の一部を「のぞかせる」。それだけで十分、月の存在感が出て、空白の美しさも活きてくる。それが「粋」である、ということが書かれています。この粋は現代のデザインにも通じる考え方だと思います。

このページは「見立て」の話。亀甲文様と杵があれば、それだけで「ウサギとカメ」を表現したことになる。


書店ナビ 江戸文化や伝統芸能に触れる機会が少ない北海道の表現者こそ、自分の幅を広げるためにこういう本を手に取っておきたいですね。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

縄文聖地巡礼

縄文聖地巡礼 
坂本龍一・中沢新一  木楽舎

以前から縄文文化に深い関心を寄せる音楽家の坂本龍一さんと人類学者の中沢新一さんの二人が、縄文文化の聖地を巡ります。諏訪、若狭、敦賀、奈良、紀伊田辺、鹿児島、そして青森へ――。







山岸 これはですね、どちらかというと「縄文」というテーマそのものよりも、坂本さんと中沢さんという当代きっての知識人が縄文文化について何を語るのかを知りたくて買った本。
聖地で語り合う会話のなかに「エネルギーのある死を感じる」なんていう、とんでもないことばが出てきたりするわけです。「エネルギーのある死」。自分には考えもつかないことばです。
ほかに印象的だったのは、「人間に自然の声が聞こえなくなってしまう」というくだり。人が自然と対話しなくなって久しいいま、いたましい自然災害が各地で起きていることを我々はもう一度考える必要があると感じています。
書店ナビ 奥付を見ると発行は2010年。2011年の東日本大震災以前にこの本が出ていることを思うと、対話の内容がいっそう胸に迫ってきますね。
山岸 そう思います。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

コトの本質

コトの本質 
松井孝典  講談社

著者の松井さんはNASAの研究員だったこともある惑星科学の研究者。現在は千葉工業大学・惑星探査研究センターの所長です。この本は松井さんが東大の教授だったときのインタビューをまとめたもので、研究職以外の仕事にも通じる、まさに「コトの本質」を突いた持論を展開しています。




書店ナビ 「コトの本質」というタイトルがいいですね。読みたくなります。
山岸 でしょう? 非常勤講師として学生に講義をするときや、大きな決断を前に迷っているとき、いつもこの本を読み返しています。
著者の松井さんは頭の中味を「内部モデル」と表し、入ってくる情報をつねに更新していくのが生きることだといっています。
よく「ひらめきが天から降ってきた」という表現を目にしますが、それも松井さんにいわせると、ずっと考え続けているからこそひらめくことができる。すなわち、考えていない人にはひらめきはこないんです(笑)。
もっというと、そもそもデザインとは「問題を解決する力」でしたが、今の時代は「問題そのものを作り出す力」が問われる、新たな局面に突入しています。そういう意味でも《考え続けるからこそひらめくことができる》というような「コトの本質」を知っておくことは、皆さん自身の大事な寄りどころになると思いますよ。


肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

凍原

ソース -フランス料理のソースのすべて-
上柿元勝  柴田書店

《肉料理》といえば、ソースでしょう。フランス料理の真髄であるソースについて全225アイテムを網羅した決定本です。フォンやジュなどのだし類についても詳しく書いてあり、見ているだけで作った気持ちになっちゃいます。








書店ナビ 趣味で料理をされるとはいえ、こんな分厚い専門書が目に入ってくるという時点で、山岸さんの書店の楽しみ方は決して新刊や話題本重視じゃなさそうですね。
山岸 そうなんです。僕は一度書店に入ったら全部の棚を見てまわりたいので、時間が許せば2時間でも3時間でもい続けたい。住みたいくらいの気持ちです(笑)。
この本も料理コーナーで見つけて、専門的な内容もさることながら写真やデザインの美しさに惹かれて買いました。
同じような理由でカクテル本なども持っていて、何の気なしに見ているつもりが仕事上のヒントになることもあります。

山岸さんの手料理は、美食の追求というよりも周囲を喜ばせるため。「おいしいといってくれる顔が見たくてねえ」



デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

サラ・ミッダの南仏スケッチブック

サラ・ミッダの南仏スケッチブック
サラ・ミッダ  角川書店

やわらかなタッチの水彩画で人気のイギリス人イラストレーター、サラ・ミッダさん。日本で三越が彼女の商品を取り扱う以前からずっと好きでした。僕が買った日本語版には大きめの帯が付いていましたが、それを外すと美しいボーダーが下まで続く表紙があらわれます。



山岸 《デザート本》にはかわいらしいものを、と思い、サラ・ミッダさんのスケッチブックにしました。

「ね、かわいいでしょう?」




書店ナビ 若いころは油絵をやっていたという山岸さんご自身は、水彩画は描かないんですか?
山岸 実はちょこっとだけ描いたりしていて…これは17年前に出した『北海道ナチュラルチーズ紀行』(東京書籍)という本ですが、その中の水彩マップは僕が描きました。いまも趣味程度にときどき、ね。

北海道ブランドの食に注目が集まる、はるか以前に出していた「チーズが主役」のガイドブック。時代を先取りした切り口に2015年版も欲しくなってくる。


ごちそうさまトーク 理にかなっている思考と大人の教養

書店ナビ ジャンルもテーマも異なる、「遊び心の人」山岸さんならではの5冊が並びました。
山岸 あらためて見返すと、理屈好きなのかもしれません。デザインの世界に身を置いているので、感覚にうったえてくる画集や写真集も好きですが、その一方で理にかなっているモノや世界観も大好きなんです。
特に料理なんて段取り重視の最たる世界ですよね。すべてが理にかなっていればおいしく出来上がり、出来上がるまでの時間も速くなります。
書店ナビ デザインや表現というと、つい見た目に話題が終始しがちですが、そこに行き着くまでの論理的な思考や教養の重要性を今回の5冊から学ばせてもらった気がします。あたまとこころに「知」を送るフルコース、ごちそうさまでした!





2015年5月から北海道書店ナビは書店員さんにお願いしています、「お好きなフルコースを作ってみませんか?」と。素材はもちろん皆さんが愛する本を使って。

《前菜》となる入門書から《デザート》として余韻を楽しむ一冊まで、フルコースの組み立て方もご本人次第。

読者の皆さまに、ひとつのテーマをたっぷりと味わいつくせる読書の喜びを提供します。

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