5冊で「いただきます!」フルコース本
書店員が腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ
Vol.25 日本劇作家協会北海道支部長 齊藤 雅彰さん
1993年に主宰劇団「超級市場」を設立、演出のかたわら役者としても活躍してきた齊藤さん。
[2015.11.16]
書店ナビ | 北海道の演劇シーンで演者としても指導者としても長年にわたり精力的に活動してきた齊藤雅彰さん。 日本劇作家協会北海道支部長や北海道舞台塾実行委員、札幌市民芸術祭市民劇場委員などの要職に就き、札幌市教育文化会館で行われる教文演劇フェスティバルでは実行委員長として10年以上にわたりに関わってこられました。 |
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齊藤 | もとは絵を描いていたんですが、1980年代に札幌で演劇を始めたいという同世代の連中に誘われてこちらの道に。悪の誘惑に負けてしまいました(笑)。 主宰している劇団「超級市場」の活動はここ数年休んでいますが、声をかけてくださる劇団やオペラの舞台で演出や出演をさせてもらっています。 |
書店ナビ | いまの札幌の演劇シーンは、どうご覧になっていますか? |
齊藤 | 前市長の上田さんが芸術に理解があったこともあり、夏と冬に開かれる「札幌演劇シーズン」の浸透など、いま札幌の演劇環境は非常に整ってきています。 それに応えるように「千年王國や清水企画、弦巻楽団、yhs」といった面白い劇団が頑張っている。目が離せない状況です。 演劇人は台本や演劇論関係の本は読んでいるはずですが、趣味の読書は人それぞれ。今回のフルコースは、演劇人の私が「いかに面白いか」エンターテインメントの観点から選びました。この5冊をきっかけに活字中毒予備軍を増やせたらうれしいです。 |
前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書
火車
宮部みゆき 新潮社
「困った時は宮部みゆき、宮部みゆきにはずれなし」と言われているくらい宮部みゆきの作品は何を読んでも面白いのです。『火車』は20年くらい前に読みました。今残っている記憶は「とにかく面白かった」「一気に読んだ」です。この本から宮部みゆきファンになりました。読書好きで、もしまだ読んでいない方がいるならば、こんなにもったいないことはありません。
書店ナビ | 演劇、特に演出も手がけるかたは、やはり小説も頭の中で明確にビジュアル化しながら読むものですか? |
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齊藤 | みなさんもそうだと思いますが、ビジュアル化できないと先に進むことができないんです。その点、宮部作品は文句なし! 面白さが打率8割バッターのよう。5冊でフルコースの企画ですが、僕の中では宮部さん1人と4冊を選んだつもりです。 |
スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本
ガダラの豚
中島らも 集英社
尊敬していました。小説よりエッセイを先に読みましたが、センスと切り口がすごいんです。尋常じゃない感覚で危なそうに見せておいて、きちんとまとめ上げる力は天性のもの。そのセンス全開の小説『ガダラの豚』も20年くらい前に読み、今残っている記憶は「とにかく面白かった」の一言。波瀾万丈の人生で52歳で他界しちゃうんですが、中島らもらしい逝き方でした。もっと生きていてほしかったお方です。
書店ナビ | 簡単にあらすじを紹介しますと、主人公は民族学者の大生部(おおうべ)多一郎。著者『呪術パワー・念で殺す』がベストセラーになったものの長女の事故死以降、大生部はアル中になり妻は新興宗教にのめりこむ。妻を取り戻そうと大生部は奇術師とともに一大計画を企てる…。なんかもう、すごい話ですね(笑)。 |
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齊藤 | 中島らもさんは劇団「笑殺軍団リリパットアーミー」を主宰する演劇人でもありましたが、私が夢中になったのはエッセイから。道産子はちょっと引いてしまうような関西のギャグがもりだくさんなんですが、芝居と同じで最後に「うわ、やられた!」と思わせる手管がニクい。 中島らも事務所の秘書であり、のちに「リリパットアーミー」の座長になったわかぎゑふさんに会ったことがありますが、それはまあ面倒見がいい、見事な「鍋奉行」でした。 晩年はアル中だけでなく、さまざまな病状でボロボロになったらもさんに長年付き添ってきたことを思うと、これくらい面倒見がいい人じゃないと到底つとまらなかったんだろうなと、考えさせられました。 |
魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく
クリスマスのフロスト
R・D・ウィングフィールド 東京創元社
フロストシリーズは何冊も出ていますが、どれもみんな面白い。2007年に著者が亡くなったので、もう新作を読めないのがとても残念です。主人公のフロストのセリフ回しが独特で、いつか自分の芝居の登場人物に使ってみたい。TVドラマになった「フロスト警部」のDVDも買いましたが、やはり本の方が圧倒的に面白いですね。
書店ナビ | 「不屈の仕事中毒にして下品きわまる名物警部」フロストシリーズを元にした映像化「フロスト警部」。データによると1992年12月6日から2010年4月5日までイギリスで放映されたTVシリーズで全42話。DVD、買っちゃったんですね(笑)。 |
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齊藤 | でもやっぱり自分の頭の中で思い描いたフロスト像と主演のデヴィッド・ジェイソンは似て非なるものでした。DVDもまだ途中までしか見ていません(笑)。 フロストシリーズの面白さは、主人公が頭脳明晰でもハンサムでもなく、むしろすごくずさんで下品なのに気がつくと事件の真相に迫っているところ。 |
書店ナビ | そういう人間くさい設定にファンが惹かれるのかもしれません。 |
肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本
羊たちの沈黙
トマス・ハリス 新潮社
怖い、とにかく怖い。トマス・ハリスはハンニバル・レクター博士が登場するシリーズを3作書いていますが、この『羊たちの沈黙』が圧倒的に怖いです。ページをめくるのが怖い辛いでも読みたい!という恐怖を本書で初めて味わいました。
齊藤 | 映画でレクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスが実によかった。一般に《原作小説はよくても映画が失敗》という例がほとんどなのに、この『羊たちの沈黙』だけは映画「も」よかった。 捜査官のクラリスを演じたジョディ・フォスターもすばらしかったです。 |
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書店ナビ | アンソニー・ホプキンスは《まばたきをしない演技》で、画面に緊張感を与えることに成功しています。 |
齊藤 | まばたきをしない秘訣、教えてもらいたいですねえ。以前自分でも役づくりでまばたきをしないように頑張ったことがありますが、どうしても難しかった。ハリウッドの一流の役者はどうしているのか、知りたいなあ。 |
芝居の世界に誘われた当初は台本のない即興芝居をつなげていく斬新な手法で、周囲から注目を集めた。「みんな、自分の出番を増やしたいから稽古場は闘いでした」。初期のメンバーが解散したのち、「まだやっていないことがある」と演劇に本腰を入れて現在にいたる。
デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで
シスターズ・ブラザーズ
パトリック・デヴィット 東京創元社
物語の舞台は19世紀末。兄弟の殺し屋「シスターズ・ブラザース」が仕事を依頼されてゴールドラッシュまっただ中の西部に向かう話です。冷酷な兄チャーリーと大男で粗暴だけれども心優しく、ちょっと足りないところがある弟のイーライ。物語が弟目線で語られていくので平易な表現でテンポもいい、どんどん読み進めていけます。
齊藤 | 男はみな腰に銃をぶらさげ、移動は馬で宿場町には女がいる…いかにも映画になりそうな荒くれ者の時代設定にそそられました。さんざん人を殺してきた兄弟ですがラストが素敵で、なんともせつなく、じんわりとした思いがわきあがってきます。 |
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書店ナビ | 2015年9月の段階で、フランス人監督ジャック・オーディアール氏による映画化が発表されました。タミル人の移民を描いた『Dheepan』で今年のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを手にした名匠がどんな作品に仕上げるのか、楽しみですね。 |
ブラックユーモアに富んだ表紙も魅力的だ。
ごちそうさまトーク 芝居も小説も、いいものは後味が同じ
齊藤 | 《デザート本》のラストに感じた「じんわりとした思い」は、実は自分の芝居でも再現できたらいいなあと思っている感情です。反対に、本を読んでいて都合がよすぎる展開はいただけないなあと思います。くさい芝居を見せられたような気になる(笑)。 |
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書店ナビ | 芝居のステージもエンタメ小説も上質なものには共通の《後味》がありそうですね。北の演劇人に教わった極上のエンタメ小説フルコース、ごちそうさまでした! |
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