昨年12月、札幌のコワーキングスペース「bokashi」に出店時にお話をうかがった。
[2023.1.9]
書店ナビ:新年初回の「本のフルコース」は、沖縄の読谷村(よみたんそん)生まれの羽地夕夏(はねじ・ゆうか)さんにご協力いただきました。
金沢大学を卒業後、東京の出版社に就職した羽地さんは、2022年6月から北海道の人口1万5000人強のまち、白老町(しらおいちょう)の地域おこし協力隊に着任。
移動書店「またたび文庫」を始め、愛車のラパンに本を乗せて各地に出店しています。
小さい頃から本を読むお子さんだったんですか?
羽地:私の本の原体験は、おばあちゃんが小学生の時にプレゼントしてくれた『星の王子さま』でした。哲学的っぽくて意味はわからないけれど、心に残って何回も読んだ記憶があります。
そのおばあちゃんが江戸川乱歩や赤川次郎、アガサ・クリスティを読むミステリ好きで、家にあった本を夢中になって読んだ少女時代でした。
大学は、海外経験が豊富な母親の話をよく聞いていましたし、沖縄には戦争のレガシーが幾つもあるので自然と関心が国際社会に向かい、金沢大学の国際学類国際社会コースに入りました。
コワーキングスペース「bokashi」は循環社会がコンセプト。農業では米糠やおがくずなどの有機物を発酵させた肥料のことを「ぼかし」と言う。羽地さんもこの日、食や循環社会を考える本をピックアップした。
「またたび文庫」は古書も取り扱う。新刊の仕入れはトランスビューや一冊!取引所を活用。土曜社など出版社との直取引も行っている。
株式会社マンクス・ロフタンと丸大大成商事株式会社が展開する「bokashi」は2022年10月末にオープン。設計は札幌の建築士櫻井百子さんが担当。廃材を活用した腰壁が美しい。
1階はマルシェ&ダイニングスペース。多様性をイメージしたランプもよく見ると一つ一つが違うデザイン!壁の左官は土壁に定評のある浦河町の職人、野田肇介さんが手がけた。
書店ナビ:コロナ禍の2020年に就活を終えた羽地さんは、21年春から都内の出版社デイスカヴァー・トゥエンティワンの営業職に。出版社は第一希望だったんですか?
羽地:自分にとって深く考えるための手段が読書と人と話すことなので、だったら本を作る出版社かなと。
会社に入るまでは「本って著者がいれば何とかなるだろう」くらいに思っていたんですが、全然そんなことはなかった。
編集者の存在や装丁は専門のデザイナーが担当するとか、ポップを書いてくださる書店員さんの思いが売り上げに反映するとか、一冊に大勢の人が関わっていることを知りました。
白老町への移住は、ラオスに旅行した時に出会った友達が住んでいた、というご縁です。その友達は「森に美しさを観る」というコンセプトで「観森」(みもり)というブランドを立ち上げ、野草民泊の運営やバスソルトなどのプロダクト開発、自然ガイドの活動をしています。
羽地:彼から「若いうちに自然と暮らしながらいろんなことに挑戦するっていいよ」みたいなプレゼンと同時に「白老町には本屋がない」と聞いて、「白老に移住して本屋さんするの、いいかも!」という妄想が止められなくなりました(笑)。
実はその時ちょうど働き過ぎの時期で、朝7時起きで夜は11時あがりみたいな生活が続いていて。
会社のことは好きでしたが、自分の人生なので一度リセットしたかった。フリーミッション型の地域おこし協力隊に応募するというアイデアも、経験者であるその友達から教わりました。もう、全部友達のおかげ、そして自由にやらせてくれている親のおかげです。
本屋は当初「森の本屋さん」的な構想を考えていたんですが土地と物件が見つからず、「どうしようかなあ」と周囲に相談しているうちにウポポイのインフォメーションセンター前に出店できることがわかり、移動本屋を始めることに。
他にホステルとカフェバーをやっている「haku」としらおい創造空間「蔵」というイベントスペースの3カ所を拠点に、屋外での出店を中心に活動してきました。
1月からは商店街の空き物件を活用したブックカフェイベントなども始める予定です。
書店ナビ:アクティブな20代を満喫中の羽地さん。いい仲間とのご縁と、それを無にしない行動力で前に進んでこられたんですね。
フルコースのテーマ「しなやかで、強い女性に憧れて」も、とっても素敵です。
羽地:改めて本棚を見ていたら「かっこいい女性が多いな」と。芯があるけれど柔らかさもあり、仕事に対する精神がかっこいい。そんな女性たちの本を選びました。
書店ナビ:夫の白洲次郎と並んで深い教養とキレのいい文章で知られる白洲正子さん(1910~1998)。本書は彼女が38歳の時に書いたもので、今は文庫や新書の新装版が出ています。
羽地:京都に旅行に行った時、猛烈に「京都の街並みで白洲正子を読まないと!」という気持ちになって読み始めました。
特に面白かったのは紫式部(「光源氏こそ正に式部その人です」)と、藤原道隆・道長たち朝廷のご機嫌取りに必死だった清少納言の比較です。
正子さんは、清少納言を「利巧ぶって」「お洒落で見栄坊なしょうもない女」と散々に言ったあとに、彼女が仕えた「中宮定子へのまことの心」を褒め称えていて、これが本当の批評だなと感じ入りました。
正子さんと深い交流があった小林秀雄が言うように単に外から見て批判するのではなく、対象が生きた時代や社会背景、その心情に入り込んで、言葉が見つからないようなところまでいった時にはじめて見つかる言葉で書く…その境地ですよね。
それともう一つ好きだったのが、清朝の花瓶のように「完全に均整の取れたもの」を愛する人も、「げて物しか美しいと思わない人」もどちらも「幸福な人達」だと言うくだり。
ただし、この文章は「不幸になりたくないなら、そのどちらかにきめること」と続きます。…これは響きました。私も今は何にでも興味を持っていますが、30歳くらいになったら決めなきゃなと。自分の生活を積み重ねていく中でたびたび、この言葉を振り返ろうと思います。
どの文章も確信に満ちた、読み手の背筋が伸びるようなことばが凝縮されていて、何より「自分で書いたことばには責任を持つ」という強烈な意志を感じます。自分もこうありたいです。
最近、友人の手を借りて苦手な部屋の片付けを済ませたという羽地さん。「ちゃんとした暮らしの基準を作ろうと思って。ものの住所を決めて片付いた状態をデフォルトにします!」
書店ナビ:著者の志村さんは1924年滋賀県生まれの染色家。植物染料と紬糸による織物を突き詰めておられます。1982年に出版された本書は大佛次郎賞を受賞しており、随筆家としても知られています。
育ての親から本当のことを教えてもらうくだり、考えてみるとショックな話ですよね。
羽地:ですよね。志村さんの実母の小野豊(とよ)さんが民藝運動に関心を持ち、先に染色を始めておられて、ふくみさんも30歳の時に2人のお子さんを抱えたシングルマザーの状態で同じ道を歩もうとする。
紹介文に「天命が定まっているのかも」と書いたのは、そういう親子に感動したのと、私自身がいろんな人と出会って、自分はただそれにリアクションしてるだけだなって思っているから。人との出会いって実は必然なのかなと。
書店ナビ:ふくみさんと同じく染色家である娘の洋子さん、お孫さんたちとの共著『夢もまた青し 志村の色と言葉』(河出書房新社)はご存知ですか。
その中に《前菜》の白洲正子さんから「文章はね、伝えたいことだけ書けばいいの、装飾はいらない」とダメ出しを受けたエピソードが出てきます。
『夢もまた青し』P 136にその一節が。本書はふくみさんが心境を綴り、娘の洋子さんと洋子さんの長男の昌司さんがそれを受けた文章を、次男の宏さんが詩を寄せている。
羽地:知らなかった!ダメ出しを受けたと素直に書けるなんて、きれいで強い人生ですよね。
志村さんの文章はどれも、手を使ってちゃんと仕事をしている人にしか書けない、実のある文章。自然にある植物の色をどう美しく糸にうつすか、その探求と実践に明け暮れる志村さんの背中が見えるような文章です。
羽地:「強くてしなやかな女性」で真っ先に思いついたのが神谷美恵子さんでした。私が初めて読んだ神谷さんの本『神谷美恵子―島の診療記録から』(平凡社)の中で彼女は、「人は使命感がないと生きていけないけど、その思いが強すぎても周囲を不幸にしてしまう。健康な使命感を保つには一歩引いた謙虚さとユーモアが必要」というようなことを書いていて、「この人、かっこいい!」と感動しました。
この本のテーマである「生きがい」を考えるとき、大抵の人は考える対象が自分になりますよね。でも神谷さんの場合は、自分と共に療養所で暮らすひとりひとりの患者さんたちに目を向けて、「生きがい」の対象が”外”にある。それってすごくないですか?
「同じ条件のなかにいてもあるひとは生きがいが感じられなくて悩み、あるひとは生きるよろこびに溢れている。このちがいはどこから来るのだろうか。」
先程の志村さんが志村さんにしか見えていない色のグラデーションがあるように、神谷さんにはこの人にしか見えていない人間像が、確かにある。
人との関わりの中で生まれた本だからこそ、変に鬱々としていないところにも惹かれます。
書店ナビ:恥ずかしながら今回のフルコースで初めてお名前を知りました。詩人の塔和子(1929~2013)、本名井上ヤツ子さんは13歳の時に国立療養所大島青松園に入所。22歳で完治するも「らい病」に対する根強い偏見のため、社会に受け入れられず島に戻り、70年に及ぶ療養所生活を続けました。
同じ療養所にいた歌をたしなむ夫の影響もあり、詩作を始めたのは30歳になる手前から。2003年には彼女の詩をモチーフにしたドキュメンタリー映画『風の舞』が制作されました。
羽地:夫婦の日常を描いた「怒りの効用」という詩は、自分の詩を酷評した夫に対する「身が震えるほどの怒り」と、でもよくよく考えたらその指摘は正しくて直したらよくなった喜び、「あんたありがとう」という相手への愛しさ…ありとあらゆる感情が詰まっていて、その気持ちの変化と並行して2人を取り囲む外の風景までもが見えてくる。かっこいい…!
もちろん社会の無知がハンセン病患者にした負の歴史を忘れてはならないと思いますが、塔さんの詩はハンセン病の患者さんだから、と思って読んでいるわけではなく、ただただ作品そのものが美しい。
どれも素直で、だから余計に響くんだと思います。私もnoteに出店日記を書いたりしていますが、今はこんなに素直に書けないです。
羽地:寺尾さんは神谷さんが勤めていた長島愛生園でもライブをしたことがあるんです。2022年9月の帯広のライブでは知人の仲介で会場で「またたび文庫」を出店させてもらいました。
シングルマザーで3人のお子さんを育てながら執筆活動もこなす多忙な寺尾さんですが、お話しした印象では気負ったものがなく、角が取れたような感じでとてもステキでした。
そういえば以前、羅臼町の「シャケサミット」というイベントに行った時、宿で相部屋になった人と神谷美恵子さんの話でめっちゃ盛り上がったんです。
そうしたら次の日の新聞に寺尾さんが長島愛生園でのライブのことを書いていて、その時に神谷さんの霊のような存在を感じたそうです。
そんな全く個人的な思い出もあって、今一番心が動くミュージシャンです。
羽地さんが持ってきてくれた私物は寺尾さんのサイン入り。
愛用する什器は、シャケサミットの主催者である恵庭市の宮大工村上智彦さんとギター職人鹿川慎也さんのユニット「ARAMAKI」のもの。
書店ナビ:フルコースを振り返っていかがですか?
羽地:5人とも執筆や染色、医学、詩、音楽とジャンルは違っても、自分の芯や基準をしっかり持っていて何かを表現せずにはいられない人たち。
彼女たちが自分の生業や使命に注ぐ献身さには「私のことは後回しでいいから…」みたいなことではなく、自分の意志を持ってそこに身を埋めようとする覚悟を感じます。そこがまさに強くてしなやか、ですよね。
それと寺尾さんの歌に「たよりないもののために」という歌があるんですが、5人とも「人間は弱いものだ」という前提に立っている。
大きな社会的なテーマよりももっと小さな、ひとりひとりの感情や目の前のことに真摯に向き合い、自分のことを紡いでいる。そういう生き方に私も憧れます。
書店ナビ:新年を迎えるとついつい「今年は…」と気持ちが遠い未来に飛びがちですが、1日1日を誰とどこで、どう過ごすかが大切。そのステップを一足飛びにサボらないことが、白洲さんたちのかっこよさに通じるのかもしれませんね。
5人の女性たちに学びたい「またたび文庫」羽地さんのフルコース、ごちそうさまでした!
1998年沖縄県読谷村生まれ。2021年3月に金沢大学国際学類国際社会コースを卒業後、株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワンに新卒入社。白老町の友人に誘われて移住を決意し、2022年6月から同町の地域おこし協力隊に着任。新刊と古書を扱う移動書店&オンラインショップの「またたび文庫」を始める。店名は奥田民生のアルバムから命名。インスタで出店情報や書評を発信。出店日記を綴った長文のnoteは読み応えあり!
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