見覚えがある《デザート》本を持つ石川さん。取材協力は札幌市中央区にある俊カフェさん。
[2021.3.1]
書店ナビ:Windows95の発売以降、インターネットが一気に普及し始めた1999年、アートやカルチャー情報を発信するサイト「NUMERO DEUX(ニュメロ・デュー)」(フランス語で「N0.2」の意味)を立ち上げた石川伸一さん。
NUMERO DEUX | ニュメロデュー 札幌アート&デザインのウェブマガジン | SAPPORO ART&DESIGN MAGAZINE
書店ナビ:2002年からはグラフィックデザイナーの菊池信悟さんと一緒にフリーペーパー「MAGNET」を創刊し、音楽やアート、デザイン、演劇にまつわるインタビューやコラムを発信。
現在は札幌にいながらにして室蘭工業大学のカフェづくりや室蘭市の空地活用プロジェクト、アートプロジェクトのメディア・ディレクターを務め、”まちづくりの人”としても活動しています。
まちづくりには昔から関心があったんですか?
石川:いえ、それが全然。むしろ、まちづくりというと、どこかのエライ建築家の人が都市計画の文脈で上から語る、みたいな自分勝手な偏見を持っていたのですが、2013年に急逝された渡辺保史さん、日本における情報デザインのパイオニアの一人であり、地域再生や科学技術コミュニケーション教育を専門とされていた渡辺さんに出会ってから、まちづくりが自分ごとに思えるようになりました。
渡辺さんと出会ってなかったら現在の活動もしていなかったと思います。
書店ナビ:渡辺保史さんのことをそうおっしゃる方は多いですね。
石川さんが編集長のフリーペーパー「MAGNET」はデザインも特集も独自性が高く、札幌の出版関係者の間でもファンが多いです。石川さんといえば、”MAGNETの石川さん”。
石川さんが手がけたイベントのフライヤーやMAGNETバックナンバー。
MAGNETバックナンバーのお問い合わせはNUMERO DEUXのサイトまで。
石川:恐縮です。ぼくはもともと、時代性を含めいろんなものが詰まっている雑誌という媒体が大好きで、ちょっとベタですが花森安治編集長が表紙も手がけていた『暮しの手帖』1号から100号までの世界観がたまらなく好きなんです。
その好きが高じて自分でも”雑誌づくりごっこ”を始めたわけですが、ここまで続けてこられたのはアートディレクションを引き受けてくれたrocketdesignの菊池さんや写真を撮ってくれた星野麻美さんたちがいてくれたから。
彼らとの蓄積が今のまちづくりにも活かされているんだと思います。まちを編集するような気持ちで、カフェづくりやアートプロジェクトをサポートしています。
書店ナビ:そういう石川さんなので、てっきりまちづくりをテーマにしたフルコースかなと踏んでいましたが、違いました。
石川:今ってなんでもわかりやすい結論があるものが好まれて、本も起承転結があってスッキリするものが支持されるじゃないですか。
でもぼくは起承転結では理解できないような、よくわからないものが好き。「よくわからない」からこそ何十回と読み返すし、読むたびに楽しめる。こうじゃないかな、ああじゃないかなと自分の中であれこれ考えて楽しむ、そんな5冊をご紹介します。
書店ナビ:うわ、かわいい!でも私たちが知っている、「めでたし、めでたし」とか「ひとにはやさしく」みたいな童話とは全然違いますね。衝撃の結末ばかり(笑)。
「この絵、天才ですよね。主人公の動物たちの名前をさかさまから読むと、そのコの性格がわかります」
石川:この冒頭の5行からもう、つかまれますよね。作者は一体何を考えてこのお話をつくっているのかがまるでわからない。絵本なのに感動も、いわゆる勧善懲悪もない世界。一体なんなんだ!と毎回思いながら、読む手がとまりません。
書店ナビ:この本なら子どもも大人も”対等”に読めそうな気がしますね。
石川:確かに。対話が膨らみそうですよね。この本は帯広の感度が高いセレクトショップ兼アートカフェFLOWMOTIONで見つけて買いました。
石川:1、2年前にふと「詩を読みたいな」という気分になり、買いました。詩は面白いですよね。いろんな解釈ができるし、短いのでぱっと読めてその世界観に没入できる。いい気分転換にもなると思います。
イギリスを選んだのは、音楽もそうなんですがぼくはアメリカよりもイギリスの雰囲気、センスに惹かれます。
今日の場所をお借りしている俊カフェさんつながりでお話しすると、谷川俊太郎さんの詩も図書館で借りて読みましたが、まだ自分の中で「この人!」と言いきれる詩人に出会ってないので、まずはいろんなものを読んでいる最中です。紹介したこの本は原文もついてるので、ときおり原文と見比べながら味わっています。
石川:エーリヒ・フロムの本は他にも数冊持っているんですが、これは最初に読んだ一冊です。
解説にも書きましたが、現代社会に暮らす人間は何もかもが自由になり、自由になり過ぎたゆえにもう、その自由に耐えきれなくなっている。そう考えるフロムにすごく共感できました。
フロムが言うところの“宗教に支配されていた中世の時代”は、”大工の子は大工”だし、道徳的にもそう好き勝手にできない窮屈な世界。村やギルドなどのコミュニティの力が強く、人はそうしたしがらみが面倒くさいと思う反面、実は孤独を感じないですむ。
まるで個人の自由がない暗黒時代のように思われがちな中世の人々は、ある意味では幸せな世界に生きていた。ひるがえって現代を見ると我々は……と、自由に対する考えが大きく変わりました。
ネットの普及もそうですよね。今の小学生たちは生まれたときからネットもスマホもありますからどんな情報、場所にも自由にアクセスできますが、初めて見るものがスクリーンの中の写真という客観情報であることが果たしていいのだろうか、という疑問も抱いてしまいます。
自由を、そして孤独をどうとらえたらいいのか。この二つをこれからのまちづくりとも照らし合わせて考えていけそうな気がします。
「強い政治的な信条を持っている人は、たとえ牢獄に入れられても”世界中に仲間がいる”と思えば孤独を感じないそうです。孤独は主観的なものであるということがこの本を読んでわかりました」
石川:昔デヴィッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』という映画がありまして、その原作を書いていたのがJ・G・バラード。そこからハマって、読み続けています。
ネタバレにならないように言いますが、事件の謎を追ううちに主人公はこのリゾート地で恐るべき「まちづくり」がおこなわれていることに気がつきます。
「まさか、そんなことが?」と思う人もいるかもしれませんが、そこはバラードの筆の力で読ませていく。結末がわかっても繰り返し読んでしまうのは、「ああ、だからこの場面がこういう風に書かれていたんだ」という答え合わせができますし、この突拍子も無い世界に迷いこんだ主人公に不思議と感情移入するようになってしまうから。
結局のところ、人は誰もが他人の欲望を覗き見したいという願望がありますよね。その根源的な欲求を満たしてくれるバラードならではの傑作です。
短編が得意な作家なので、もっと気軽な短編集から読みたい方には『終着の浜辺』がおすすめです。
書店ナビ:「本のフルコース」も作ってくれた「スケルツォ」の加賀城さん。石川さんは「スケルツォ」を初期の頃からご覧になって、そのカテゴライズできない面白さにすっかり魅せられたのだとか。MAGNETでもスケルツォの特集号がありますね。
石川:ぼくの中では加賀城くんは、見立てのひと。この本もねぐせという無邪気なテーマがとてもいいし、すごい本ができたと思います。加賀城くんにどうやって作ったのか、じっくり聞いてみたいです。
絵本のストーリー自体は《前菜》本と同じくオチがあるわけではないし、そういう意味では先ほどご紹介した”バラード的”だとも言えますが、こちらは親子で安心して楽しめる、まさに《デザート》のような一冊。広く長く売れてほしいなと思います。
そういえば、《スープ》で触れた詩の世界も、女性を花にたとえたりする見立ての世界ですよね。なにをどんな風に見立てるのか、自分の内面で楽しめるところが見立ての最大の魅力だと思います。
書店ナビ:5冊を振り返っていかがですか?
石川:最後の『ねぐせきょうだい』を小さいお子さんがご覧になったときのことを想像すると、きっと「なんだかよくわからないけど楽しい!」て言うと思うんです。
他の4冊もそうですが、こういう「なんだかよくわからない」世界があることを知るって、とても大切なことだと思うんです。この世は”愛と感動”の本ばかりじゃないですから。
余談ですが実はいま美術検定の勉強をしている最中なのでもう一種類、「美術を楽しむ本」フルコースも考えていたんです。でもこっちで正解だったと思います。
書店ナビ:目標の美術検定1級に合格されたあかつきにはぜひ、2本目のフルコースもご紹介ください。今回は、一冊の中に幾通りもの答えが潜むフルコース、ごちそうさまでした!
1969年北海道札幌市生まれ。学生時代からメディア好き。1999年にアートやカルチャーの情報を発信するウェブNUMERO DEUX(ニュメロ・デュー)を開始。2002年フリーペーパーMAGNETを創刊。2011年からまちづくり活動を始め、現在は札幌から室蘭工業大学のカフェづくり、室蘭市の空地活用プロジェクト、同市のアートプロジェクトのメディア・ディレクターを務める。プライべートな楽しみは盆栽と水石。
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