文学賞主催者、受賞者(著者)、書店が各地から参加するオンラインイベントは終始笑いが絶えない1時間だった。画像協力:栗林千奈美さん、高橋純子さん
[2020.7.20]
2020年7月4日土曜の夜9時から行われたNPO法人氷室冴子青春文学賞実行委員会主宰の「氷室冴子青春文学賞オンラインイベント」。
先週の前編に続き、「第1回大賞受賞作「虹いろ図書館のへびおとこ」櫻井とりお氏トークライブ ようこそ 虹いろ図書館と本の世界へ」のレポート後編をお届けする。
話し手は、インコのお面姿で登場した著者の櫻井とりおさん(関東地方)と進行役のNPO法人氷室冴子青春文学賞事務局長の栗林千奈美さん(岩見沢市)、『へびおとこ』の販売実績300冊以上!日本で一番売っている書店、いわた書店の及川昌子さん(砂川市)の3人。
事前に募った質問に櫻井さんが答える形で始まった。
「特に気に入っている場面は?」の質問に「主人公のほのかが怒って後先を考えずに行動するところ。おこりんぼの女の子がすごく好きです」と櫻井さんが回答すれば、本作の熱心なファンであるいわた書店の及川さんは自他ともに認める「イヌガミ推し」。
「あなたにはあなたのイヌガミさんがいます」という名言とともに、イヌガミとほのかの相棒「スタビンズ」を描いたファンアートを披露した。 作画の過程がわかる動画も「いわたま。」チャンネルで配信中だ。
これから読む人のために詳細は伏せるが、高校生読者から「イヌガミが言ったあるセリフの真意がわからなくてモヤモヤした」という質問に対する櫻井さんの回答はぜひともそのまま、掲載しておきたい。
「ありがとうございます。モヤモヤしてくれてすごくうれしいです。答えは言いません。大人になってからもう一度読んだときに多分、その答えがわかると思いますので、がんばって大人になってください」
その言葉の意味は、その夜のあたしにはよくわからなかった。
『虹いろ図書館のへびおとこ』より
現役の図書館司書である櫻井さんの同業者からの質問も多く、本を無料で貸し出すだけではない図書館の役割――参加型イベントの企画やコミュニティとしての場づくり、「知のデータベース」となるレファレンス機能にも話が膨らんだ。
「あそこに行ったら何か面白いことがあると子どもたちに思ってもらえたら」という櫻井さんの一言は、全国の司書の気持ちを代弁していたのではないだろうか。
また読書感想文の是非論については「読書感想文はなくちゃ困ります」と即答。
その理由は「毎年数人ですが、読書感想文用の本を借りるために図書館に初めて来た、という子どもたちが必ずいます。なかには図書館のシステムを全く知らないで、”図書館ってお金がいらないの?”という中学生もいて、その子たちが一生図書館を知らない人生を送ると考えると、とてもさみしいです」
図書館のファーストステップとなる読書感想文の必要性に言及した。
「とにかく表紙がかわいい!」と著者も絶賛する『虹いろ図書館のへびおとこ』。図書館に入る本の装備に必要な請求記号ラベルを背表紙の規定の位置に貼ると、花が咲いたように見えるアイデアも効いている。
後半は、作家・櫻井とりおに迫る質問が集中した。
執筆は小学5、6年生の頃から「殺人事件を書いていた」という櫻井さん。
「エドガー・アラン・ポーの短編『モルグ街の殺人』を初めて読んだとき、マネされた!と思ったけど、違いました。あっちが先でした(笑)」
氷室冴子青春文学賞が作品募集のプラットフォームにしている小説投稿サイト「エブリスタ」にも常時作品を発表しており、探偵モノや鎌倉時代を舞台にした時代小説を読むことができるという。
過去には公務員だった時期もあり、公務員作家の大先輩として都庁勤めで知られた童門冬二氏の名をあげたが、「自分は仕事と執筆の両立はとても無理でした」と告白。現在はパートタイムの司書として働きながら執筆時間を確保している。
「普段はどんな本を読んでいますか?」という質問にいわた書店の及川さんはコミック『メタモルフォーゼの縁側』をピックアップ。
櫻井さんは「疲れたときは東海林さだおの『丸かじりシリーズ』。『ゴールデンカムイ』は必ず新刊を買っています」。
さらに『虹いろ図書館のへびおとこ』にも出てくる古今東西の名作児童文学については「読書癖をつけてくれたという意味では『ドリトル先生シリーズ』。いつも手元に置いているのは『赤毛のアンシリーズ』です」
続けての質問「読書が苦手な人たちへのおすすめ本は?」に対して現役書店員の及川さんは、「いしいしんじさんの『トリツカレ男』とか短くてすぐに読めそうな本がいいかもしれません。読めない本は読まなくてもいい。読書は無理をしないこと」と意外な回答で《読書が苦手組》を勇気づけた。
櫻井さんは「読書は”文学”に固執しなくてもいいと思うんです。皆さんが興味がある分野について書かれた本は必ずあるはず。ゴルフでも腰痛でも、図書館に来れば知りたいことが書かれた本がきっとあるので、そこから図書館で借りることになれてほしい」と呼びかけた。
岩見沢市出身の作家・氷室冴子(1957~2008)は1980年代半ばに隆盛した《少女小説ブーム》の旗手として知られた作家の一人である。
没後10年を目前にした2017年に創設した氷室冴子青春文学賞をきっかけに全国的に再評価の声が高まり、その第一回の大賞受賞作が櫻井さんの『虹いろ図書館のへびおとこ』であったことは、関係者にとっても非常に誇らしい門出となったにちがいない。
櫻井さん本人も「私は少女っぽいものは苦手なほうですが、氷室先生の代表作『なんて素敵なジャパネクス』には引き込まれましたし、スタジオジブリがアニメ化した『海がきこえる』もすごかった。女性の生理を書いた本を読んだのはそれが初めてで、生々しいけどかっこいい作品です」と作家の筆力を讃え、一番好きな作品には、この日の進行役である栗林さんも大好きな『いもうと物語』をあげた。
現在、作家デビュー作である『虹いろ図書館のへびおとこ』が4刷に突入した櫻井さんの今後の予定を尋ねると、2020年10月に次回作『虹いろ図書館のひなとゆん』(河出書房新社)の刊行が決まっているという。 『へびおとこ』と同じく「虹いろ図書館」が舞台となり、今度は二人の女の子が主人公だ。もちろんこのシリーズには欠かせないイヌガミさんも登場する。また、NPO法人氷室冴子青春文学賞理事長の木村聡氏からも次回の同賞開催に向けて準備が進んでいることが告げられた。
左上の栗林さんと右下の木村理事長が着ているTシャツは、この日のためだけに作られた特注品。木村理事長のアイデアで4刷目のポップをプリントした。
こうして栗林さんの軽快な進行と、いわた書店及川さんのオープンマインド、そして櫻井さんの酸いも甘いも知り尽くした図書館愛に彩られた氷室冴子青春文学賞初のオンラインイベントは無事に終了。
終始笑いが絶えない1時間の生配信を全国から80名近くの参加者が見守った。
このコロナで一気に普及したオンラインイベントだが、本イベントでは関東地方と北海道の物理的な距離や顔出しを避けたいゲストの事情などに縛られずに”集う”ことができる利点が十分、活かされていたようだ。おそらくは全国から観ていた人たち全員が”虹いろ図書館の見学者”気分を満喫した、幸せな1時間であったことを告げて、2週に渡ってお届けしたこのレポートを締めくくりたい。
©2024北海道書店ナビ,ltd. All rights reserved.