Vol.154 箒のアトリエとお店「がたんごとん」 吉田 慎司さん
看板商品の中津箒(なかつ箒)と《前菜本》を持つ吉田さん。箒づくりは左上の天然染料で色づけした綿糸と針金でイネ科のホウキモロコシを編んでいく。
[2019.5.13]
書店ナビ:札幌市中央区南1条西15丁目のマンション「シャトールシェーヴ」で展開されている”一室一店舗”式の個性派ショップ空間「space1-15」に2017年、新しいお店が仲間入りしました。
箒のアトリエとお店「がたんごとん」。東京育ちの吉田慎司さんは、奥様の茜さんの実家がある札幌に移住。茜さんの開いたお店にアトリエを構えました。
箒(箒)とは神奈川県の愛川町中津(旧中津村)の特産品だった「中津箒」のこと。明治時代から作られていましたが、時代や生活スタイルの変化とともに需要が減り、現在愛川町の生産者は株式会社まちづくり山上(やまじょう)の一社のみ。
中津箒は机の上や棚の掃除、洋服の埃取りやソファ、車の中にも使えるいろいろな形がある。まちづくり山上では原材料のホウキモロコシも栽培している。
吉田さんは同社に所属し、ホウキモロコシの収穫期には手伝いに戻ることもある。
書店ナビ:大学時代に参加したワークショップで中津箒に魅せられた吉田さんは、まちづくり山上に入社し、今は札幌でこうしてアトリエ兼ショップをかまえていらっしゃいますが…今日初めてお店に来て知りました、ここは詩歌に力を入れた本屋さんでもあるんですね。
箒と本、あまり聞かない組み合わせです。
吉田:東京にいる頃から短歌の勉強会に参加したりして、もともと好きだったというのもありますが、僕の中では箒も本も”暮らしに根づいているもの”という同じくくりでとらえています。
箒やかごといった生きるために使い続けたものには、使い手の人生の綾を通して詩情、ポエジーが宿っている。それは、ことばで紡ぐ短歌や詩が読み手に伝えようとする詩情と重なるものだと思うんです。
どちらも使う人の暮らしや心に彩りを添えてくれるもの。その魅力をここから広めたいなと思い、この店を作りました。
書店経営に関して僕は初心者ですが、書店員だった妻が経験を活かしてくれています。
取材のために集まってくれたご家族でパチリ。箒を持ってポーズを決めている長男の舟(しゅう)くん4歳と、次男の詠太くん2歳をだっこする茜さん。
書店ナビ:事前にいただいたフルコースの原題は、「現代短歌や刺激的な詩に触れていないあなたをクリティカルKO!するためのフルコース」。これからお話をうかがうのが楽しみです。
書店ナビ:山田航(やまだ・わたる)さんは1983年札幌生まれの歌人です。歌人といえば、以前フルコースにご登場いただいた三浦綾子文学記念館館長であり北海学園大学教授の田中綾さんがいますが、山田さんの大学院時代の指導教員が田中さんだったというご縁もあるようです。
吉田:皆さん、歌人と聞くと正岡子規だとか石川啄木とか「もう亡くなっている人」のイメージが強いと思うんですが、僕がぜひとも伝えたいのは、今を生きている人たちが詠む現代短歌の魅力です。
昭和世代の方々には懐かしい俵万智さんの『サラダ記念日』以降、現在に至るまで、短歌はつねに時代とともにアップデートされている。そのことを教えてくれるのがこの本です。
書店ナビ:短歌になじみのない、あるいはここに出て来る人たちの名前を知らない私たちが読んでも楽しめるでしょうか。
吉田:山田さんの解説が面白いので大丈夫。選ばれたメンバーも、いわば”現代短歌ワールドカップ”のスタメンのような人たちですから、きっとハマる歌人がいるはず。短歌をやっている人が見ても納得の顔ぶれです。
書店ナビ:監修が前述の山田航さんですね。本書でデビュー当時は、現役の大学生歌人だった初谷さん。1996年生まれということはいま20代。本のタイトルだけでもうキュンキュンします。
吉田さんがお好きな一首を選ぶとしたらどれですか?
吉田:うーん、これかなあ。
イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く
書店ナビ:学校で習った「五七調」じゃないんですね。前半の”イルカ”と後半の”きみ”の世界観が全然違うのになぜか違和感なく1本の糸でつながっているよう。不思議な魅力をたたえています。
吉田:「五七調」をあえてきっちり守っているひともいますが、今の現代短歌は本当に自由度が増しています。
初谷さんは高校生の頃からバリバリに活躍している人で、本書で在学中より歌人として注目を集めましたが、なんといっても歌のキレ味がすごい。
短歌の重たいイメージを吹き飛ばして、誤解をおそれずに自分の気持ちをズドンと詠む。キレッキレで、問答無用の傑作ぞろい。僕が「ゼッタイ間違いなし」と思える歌人の一人です。
書店ナビ:中澤系さんは1970年の神奈川県生まれ。早稲田大学を卒業後、連作「Uta0001. txt」で未来賞を受賞。2003年より進行性の難病である副腎白質ジストロフィーに冒され、2009年4月24日に逝去した夭逝の歌人です。
吉田:解説にも書きましたが、短歌というと雅だったり幸せな気持ちを詠ったものを思い浮かべる人が多いと思うんですが、中澤さんはその真逆です。
3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって
いや死だよぼくたちの手に渡されたものはたしかに癒しではなく
ぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわれてしまったぼくたちはこわ
吉田:システムに絡み取られた現代に生きる緊張感や格闘、一握りの希望を叫び、読みながらヒリヒリするような作品を残していってくれました。
書店ナビ:本書が出版されたいきさつも広く知られてほしいですね。初めは2004年に中澤さんが所属していた未来短歌会の有志によって雁書館から出版され、版元の廃業に伴い絶版になっていたところを再び有志が集い、2015年4月に皓星社から新刻版が出版。
ところがこれも絶版となり、歌人の没後10年となる2018年に新たに復刻されたのが、皓星社の本書です。
吉田:詩歌の本を取り扱っていると、名作こそ絶版が多くてがっかりすることが多いんですが、中澤作品は詩歌に関わる皆が「この作品をこの世から無くしちゃいけない」という思いで復刻したんだと思います。
永く残す価値がある、本物の歌人です。
吉田:A・A・ミルン著の『くまのプーさん』に登場するクリストファー・ロビンは、ミルンの息子がモデルです。プーさんの世界的な大ヒットにより、現実のクリストファー・ロビンはお話のクリストファー・ロビン像に苦しめられる生涯を送りました。
この本の内容は、瀬戸さんがあとがきに書いているこの文章が全てです。
「わたしはつねにクリストファー・ロビンを愛するが、現実のクリストファー・ロビンを知りたいという欲望に打ち勝つことはできず、結局のところ、そのふたりのあわいにあるものについて永遠に語りつづけていたい、という欲望である。」
瀬戸さんの切れ味抜群で、果敢に戦い続ける情熱的評論はエキサイティング。
フェミニズムについて論じた「死ね、オフィーリア、死ね」は、歌壇で大きな論争を巻き起こしました。
日記やエッセイも抒情的なものや「え?」となるものもあって、飽きさせません!
書店ナビ:小津さんは1973年の北海道生まれで、現在はフランス在住。独学で俳句を始め、代表作は2016年に出た『フラワーズ・カンフー』です。漢詩も訳せる俳人で、夫と北ノルマンディーの港町暮らし…ステキすぎます。
吉田:そのフランス暮らしが少し不思議で、アパルトマンのトランクルームに見知らぬおっちゃんが住み着く話や痴漢にあうなんていう話を織り交ぜつつ、読書の喜びがあり、文学がある生活が綴られています。
我々読者はそんな小津さんの暮らしの1ページをめくりながら、気がつけば漢詩を読んでいる、という文化的な喜びに満ちた一冊です。
それに本の装丁もかわいいんです。ハードカバーですが文庫よりちょっと大きいくらいで、本文が愛らしい角丸デザイン。贈り物にもおすすめです。
「短歌や詩、俳句がお気に入りのコップと同じくらい身近にあれば」と語る吉田さん。フルコース5冊とも推しの出版社から1冊ずつ選んでくれた。
書店ナビ:北海道の短歌シーンは活発ですか?
吉田:ええ、今回ご紹介したようにすばらしい歌人を大勢輩出していますし、僕が知る限りでは関係者の皆さん、距離が近くて前向きな議論が活発。「こうあらねば」という保守的な声も強くなくて自由な印象です。
書店で言うと、書肆吉成さんや俊カフェさんといった詩歌にスポットをあてたお店もあるので、同じ中央区の店としてうれしいです。
店の一角では吉田さん私物の古本も100円で提供。吉田さんの読書歴がうかがえる。
『北大短歌』など地元で活動しているグループの作品集も取り扱っている。
書店ナビ:5月17日からは富良野の半農半画家イマイカツミさんの個展「生きるための道具とスケッチ イマイカツミ展」が始まりますね。
イマイさんがその場で「あなたの宝物」をスケッチしてくれるスペシャルイベントにも注目です(要予約。詳細はがたんごとんのサイトで紹介)
吉田:この店を作ろうと思ったとき、自分だけでなくさまざまな表現活動をしている人たちにとっても受け皿になるような土壌を作りたい、という思いがありました。
店名の「がたんごとん」は息子が好きな絵本の名前からもらいましたが、いろんな表現者を連結して、心豊かに暮らしていけるように走っていくという意味でもぴったりかなと思い、気に入ってます。
書店ナビ:次週は、いま話題に出たイマイカツミさんのフルコースをお届けします。いまを読む現代短歌のきらめきを教えてくれたフルコース、ごちそうさまでした!
沖縄生まれの東京育ち。2007年、武蔵野美術大学彫刻学科卒業。主な受賞に第51回ちばてつや賞佳作。9thSICF準グランプリ。2011年~日本民藝館展入選。草木染めの糸や木の枝を使った箒などを制作。
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