「当社の神棚におられる神様です」とジミヘンのフィギュアを持つ三原社長。趣味でジャズ&ロカビリーバンドのベースも担当している。
[2019.4.22]
書店ナビ:札幌市中央区で社員4人の企画・デザイン会社を率いる三原広聡社長。
起業前の会社員時代は、京都で主にアパレルや食品業界を対象にクライアントと密に関係を結ぶ深耕営業を展開。
札幌支店に移動後は、大手取引先に端を発する連鎖倒産という難事を経験し、当時の部下や個人営業の下請け業者を集めて、広告制作の有限会社を設立。その後事務所の移転やWEB 事業への新規参入を経て、現在に至ります。
クライアントは地元中小企業から自治体や観光協会まで幅広く、マーケティングやブランディングに関する講演実績も多数。
そんな多忙な日々を送るかたわら、「つねに10冊くらい併読の本がある」”活字中毒”の側面もお持ちの三原さんです。
三原:高校生のときに長く通院した時期がありまして、待ち時間にソルジェニーツィンの『収容所群島』やドストエフスキーの『罪と罰』を読んだりして、そこから自分の生活と読書が切り放せなくなりました。
フルコースは一度、マーケティングをテーマに考えてみましたが、全然面白くないものが出来上がっちゃって。
ちょうどいま読んでた本が“読後嫌な気持ちになる”系だったので「こっちにしよう」と変えました。
書店ナビ:人間の悪意やどす黒い深層心理を描く、いわゆる「イヤミス系」かとも思いましたが、《肉料理本》や《デザート本》を見ると、三原さん独自の味つけが入っていると感じました。
三原:僕もイヤミス系の作家さんを読みますが、あの程度じゃあ、全然胃がもたれない。「世の中にはもっと厭な作品があるんだぞ」という気持ちもこめて選びました。
三原:僕、好きな作家さんはできるだけ読み尽くしたいほうでして、京極夏彦さんもそのひとりです。もともと京極堂シリーズの『絡新婦の理』が気になって買い始めて、そこからハマりました。
書店ナビ:そうなると当然、巷説百物語シリーズにも手が伸びますよね。本書のなかでも、この「赤えいの魚」を推した理由は?
三原:「島に祀られている戎(えびす)様の顔が赤くなると、島が一夜にして沈む」という言い伝えを利用して、人間が人間にできるなかでもっともひどい仕打ちが描かれている。結局、人にとって一番嫌悪すべきは悪意ある人間なんだとわからせてくれます。
読んでいるそばから厭な気持ちになりますが、そのドロドロとした気持ちをラストはすっきりと解消してくれる構成もお見事です。ボリュームが短いので《前菜本》にぴったりかなと。
書店ナビ:本書は2017年に映画化されており、蒼井優さんが十和子を、阿部サダヲさんが陣治を熱演。“最低女”を演じた蒼江さんは日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。
三原:底意地の悪さを楽しむ「まほかるワールド」の登場人物のなかでも、十和子はとびきりムカつく女ですし、相方の陣治は同じ男の僕が読んでも「おまえ、本当にクズだな!」と思うほどのダメ男。
読んでいて苦痛を覚えるくらいイライラするんですが、最後はまほかるさん独得の大どんでん返しで思わず目頭が熱くなり、「ごめん!」と謝りたくなりました。
ストーリー展開の妙が冴え渡る傑作で、これまで3人くらいにプレゼントしてイヤな思いにさせてやりました(笑)。
書店ナビ:またまた京極作品の登場です。ショッキングなタイトルは、6話全てに登場する、知性も一般常識もないような狂言回し役、ケンヤの決めぜりふです。
三原:各話の主人公はケンヤを見下し、さげすんでいるんですが、じきにそのケンヤが投げかける問いに答えられなくなり、それをごまかそうとして自分のなかから違う答えが引き出されていく。
どんなきれいごとやお題目を唱える人間も一皮むけば所詮は…という著者の冷徹な人間観察がエグイくらいに活写されている問題作です。
京極さんは長編シリーズと、こういう短編の書き分けが本当にうまい。感服します。
書店ナビ:三原さんのフルコース中、唯一の海外文学をメインディッシュの《肉料理本》にもってきました。
三原:実はちょうどいまこの本を読みかけだったので、フルコースの中心にすえました。
映画のほうはちょっと脇に置いて語りますと、『シャイニング』の厭なところって家族三人の猜疑心に満ちた心理描写が延々と続くところにあるんですね。
家族といえども人が他者といる以上、内面にわきおこる心の動きがねちねち、ねちねちと書いてある。
しかも何より恐ろしいのは、次第に相手だけじゃなくて自分のことまで信じられなくなってくるというこの恐怖!
記憶も曖昧となり、「おれはあのとき何をしていたんだろう?」と全てが信じられなくなることこそ、最悪の恐怖じゃないですか。
人物描写が巧みなスティーブン・キングだから描けた、厭なことこの上ないマスターピースだと思います。
書店ナビ:タイトルにもなっている「シャイニング」、翻訳では「輝き」となっていましたが、あの力についてはどう感じましたか?
三原:坊やが持つ「輝き」は、子ども独得の”カンの強さ”かもしれないし、相手の気持ちを思いやる心配りにも似た観念かもしれませんが、話をそっちのほうに持っていかなくても十分怖いですよね。
そう簡単には復活できない、胃もたれ確実のメインディッシュです。
北海道フードマイスターやネイチャーゲームリーダーなど多数の資格を持つ三原さん。
三原:僕、一番好きな作家を聞かれたら、筒井康隆さんか村上龍さんをあげるんですが、どちらも人の絶望を描ける作家だと思います。
そのなかでも本書は、日本中が金と力に溺れたバブル期を見つめた村上流日本論の仕上げのような一冊だと考えていて、繰り返し読んでいます。
無力ながらもなんとか自分の足でこの世界に立とうとする風俗嬢たちへの応援歌にも思えますが、こんな応援はちょっと迷惑じゃないかなとも思う(笑)。
《前菜本》の「赤魚」では、又市たち外部の人間が閉じた世界に入ってきて、その世界観を壊して去りますが、この本は閉じた世界から一歩も出ることなく、下へ下へと希望を見出していく。その救いのなさに心を掴まれます。
書店ナビ:イヤミスがウケている背景には、「自分はまだここまでひどくない」という読者の自己肯定があるのではないかという意見もあるようですが、三原さんがこういう”胃もたれ本”に惹かれる理由はなんだと思いますか?
三原:読みたい動機は人それぞれだと思いますが、僕の場合は、今回紹介した5冊で描かれいてる人間の愚かさやほの暗さをただダメなものとして排除するのではなくて、一度受容して、そこから立ち向かうすべを考える社会のほうがいい社会なんじゃないかなと思うんです。
そこに着目できる作家さんほど、すばらしい作品を残している気がします。
あ、でも、僕だって”胃もたれ本”だけを読んでいるわけではないんですよ。物語に誰ひとり悪い人が出てこない伊坂幸太郎さんとかも読んで感動するんですが、二週間経ったらどんな話だったか思い出せない(笑)。
そっちはそっちで大好きなんですけどね。
書店ナビ:最後に語っていただいた深い洞察が胃薬のように効いてきました。勧める人を選びそうですが、これを「美味しい!」と言ってくれる人とはもっと本について語りあいたくなる上級編フルコース、ごちそうさまでした!
北海道札幌市出身。弘前大学卒業後、株式会社第一紙行入社。京都本社勤務を経て、札幌支店長に就任。2002年株式会社マイカルの倒産を受けて同社が民事再生法の適用を受け、翌年退職。有限会社トライアドを設立。
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