北海道書店ナビ

第382回 森の六畳書房 櫻井 けいさん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.130 森の六畳書房 櫻井 けいさん

夫の廣志さん自作の棚を前に。けいさんは半年間の書店員経験があり、廣志さんは元教員。中学校や特別支援学校に勤め、定年を迎えた。

[本日のフルコース]

浦河町で復活!「森の六畳書房」が届けたい
よりよい世界を考えるためのフルコース

[2018.7.2]




書店ナビ 「やめた」ことで新しく動き出す一歩があるーー。そう実感させてくれた書店復活の物語があります。



2014年11月25日、新刊書店のないまちだった浦河町に町民出資型の本屋「六畳書房」ができたことは以前、北海道書店ナビでもご紹介しました。

店は週一度営業を続けていましたが、残念ながら伸び悩む経営状態が劇的に回復することは難しく、2017年11月「店番」の武藤拓也さんは閉店を決意します。

内心は「誰かがあとを続けてくれたら」という微かな願いをいだきながら…。



その武藤さんの思いを受け止め、「うちでよかったら」と手を挙げたのが、神奈川県からIターンしてきた櫻井けいさん・廣志さん夫妻です。

お二人は、セカンドライフを自然豊かな涼しいところで過ごしたい、と北海道をまわり、移住体験を通して「役場の人が熱心で、街の機能がコンパクトにまとまって暮らしやすい」浦河を選択。

2012年に初めて訪れて以来、移住準備のために購入したトレーラーでの仮住まいを経て、2017年4月にレンガ壁が素敵な一軒家が完成。

その自宅の居間で六畳書房を引き継ぐことに決めました。

新しい店名は緑に囲まれた立地にふさわしく「森の六畳書房」に。応援してくれる仲間のひとりが看板を作ってくれた。

櫻井 前の六畳書房は店ができる前から知っていましたし、「一口店長」にもなっていました。

閉店が決まってから在庫本のダンボール詰めを手伝い、本の絶対量を実感としてわかっていたこともよかったんだと思います。

夫に一言も相談しないで、「とりあえず、やってみましょうか?」のノリで決めちゃいました(笑)。

店は2018年3月19日にオープン。毎週月曜の10時から19時まで営業しています。

本の仕入れや在庫管理などの実務はすべて櫻井さんが行い、取次や出版社との口座管理は前六畳書房の武藤さんが引き続きサポートしている。


書店ナビ 武藤さんに櫻井さんが名乗り出てくれたときの感想をうかがったところ、「率直にとても嬉しかったですし、ありがたかったです。元々知っていた方で、しかも”櫻井さんなら!”と誰もが納得がいく適任の方でした」と喜びのメッセージを送ってくれました。



それでは引き続きお店の紹介をさし挟みながら、森の六畳書房さんが選んでくれたフルコースを見てまいりましょう!

[本日のフルコース]

浦河町で復活!「森の六畳書房」が届けたい
よりよい世界を考えるためのフルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

交響曲「第九」 歓びよ未来へ!

くすのきしげのり  PHP研究所


日本で初めてベートーヴェンの「第九」が全楽章演奏されたのは、今から100年前の1918年6月1日、徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所でのことだったーー。そんな歴史を持つ鳴門市に転校してきたあいちゃんが説明を受ける形で描かれている絵本(本書のみ廣志さんがセレクト)。



書店ナビ この話、聞いたことがあります。2017年の徳島国際短編映画祭のオープニングでも、同じ題材を扱った短編映画『百年の火花~第九の聖地 徳島~』(28分)が上映されました。

いまや日本の年末の風物詩といえば「第九」ですが、こんな歴史があったんですね。
櫻井 第一次世界大戦で俘虜となったドイツ兵は坂東俘虜収容所へ送られましたが、当時の収容所長、松江豊寿陸軍中佐は明治維新の負け組である会津出身ということもあり、「祖国のために勇敢に戦った」俘虜たちを丁重に扱ったそうです。

彼らは収容所内で戦争前の職業を生かしてパンやソーセージを作り、楽器の制作・演奏なども行い、地元の人たちとも交流を密にしたとか。

その集大成として第九交響曲の演奏が披露され、俘虜と職員、地元のたちとの交流については今でも語り継がれ、歌われ続けているそうです。
書店ナビ 音楽がつないだ心と心ですね。

ちなみにイベントも多数行っている森の六畳書房さんでは、ウクレレや三線の演奏会も企画されているとか。

ホワイトボードに書かれたイベント情報。小さくて居心地のいいコミュニティが出来上がりつつある。

櫻井 店を引き継いだことが新聞などで報道されると、ありがたいことに周りの方々が「こんなこと、やりませんか?」と声をかけてくださるんです。

地域の皆さんに助けていただいています。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

髪がつなぐ物語

別司芳子  文研出版


大阪の美容師、渡辺貴一さんが立ち上げたヘアドネーションのNPO「JHD&C(ジャーダック)」の活動を描いた本。病気のために髪が抜け、ウィッグ(カツラ)を必要としている子どもたち、「自分にできることを」と髪を伸ばす子どもたちの実話に胸が熱くなります。


書店ナビ ヘアドネーションとは、自分の髪を寄付(donation)すること。アメリカが発祥の地だと言われています。

目次には「ヘアドネーション賛同サロン」のステッカーが掲載されている。

●特定非営利活動法人Japan Hair Donation & Charity(ジャーダック)



櫻井 本書では、北海道帯広三条高校の生徒さんたちがヘアドネーションについて制作した映像「髪の絆」のことも紹介されています。

私も初めて知りましたが、1つのウィッグを作るには20~30人の髪が必要らしく、たくさんの人が関わっているんですね。

日本ではたった1軒の美容室からスタートしたヘアドネーションが少しずつ、少しずつ広まっていくとうれしいです。
書店ナビ ジャーダックのサイトを見ると、地区別で賛同サロンを探せます。関心がある方はぜひ、地元の賛同サロンをチェックしてほしいですね。


魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

不死身の特攻兵

鴻上尚史  講談社

9回の特効作戦に出撃し、優れた飛行技術と運に恵まれて9回とも生還を果たした特攻兵、佐々木友次さん。入院していた著者への複数回のインタビューを通して友次さんがしたこと、考えたことを明らかにしていく。





書店ナビ 私も読みましたが、1923(大正12)年北海道当別町生まれの佐々木さんが晩年、札幌の病院に入院されていたとは知りませんでした。

ご家族の了承を得て著者の鴻上さんが初めてご本人に会ったのが、2015年10月22日。そう遠くないことにも驚きます。
櫻井 佐々木さんは「何回でも出撃して、何回でも爆弾を落とすほうがいい」と、極めてまっとうな考えを決して捨てなかった。

また佐々木さんのほかにも自分の部隊からは頑として特攻兵を出さなかった上官がいたことが、本書を読んでわかりました。

戦争それ自体は狂気ですが、そんな状況下でも自らの考えを変えず、周りにもきちんと主張し、実行した人たちがいたことは希望の光だと思います。



肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

ユダヤ人を救った動物園

ダイアン・アッカーマン  亜紀書房


第二次世界大戦下、ナチの侵攻を受けたポーランドで密かに行われた抵抗運動の一つがユダヤ人を匿うことだった。しかも動物園でーー。「ポーランド人は愚かで勇気がない」というナチの思い込みを逆手に取り、動物園園長夫妻が300人のユダヤ人を匿い、逃亡の手助けをした真実の物語。

櫻井 戦争が始まる前からワルシャワ動物園を運営していたアントニーナと夫のヤン夫妻は、長く動物たちと接してきたからこそ危険予知能力が高く、対策を立てることもうまかったという指摘に思わず納得してしまいました。

さわりだけお話しますと、匿ったユダヤ人各自の特徴を動物になぞらえて、外部の人間にわからないように動物名で呼ぶところもすばらしい。

ドイツ軍に見つかれば関係者全員が殺される危険を省みず、自らの信念に従った人たちがいたことに勇気をもらいます。

私は未見ですが映画化もされているようですね。
書店ナビ 2018年6月20日からBlue-rayやDVDもリリースされているので、ご家庭でご覧になることもできます。



今回のフルコースはすべて森の六畳書房さんで取り扱っている5冊ですが、本屋さんを始めて選書で心がけていることはありますか?
櫻井 私自身は出版社別の目録を熟読するのが大好きなくらいなので、選書自体はまったく苦になりませんが、それでも店の選書となると自分の好みだけに偏ってもいけません。個人的には手を伸ばさないであろう本も意識的に入れています。

「あの人ならこの本を読んでくれそう」と常連さんたちの顔を思い浮かべながら入荷して、それが当たったときは内心「やった!」という気持ち(笑)。

親子連れも多くて、この間は自転車で小学生4人組が来てくれました。

開店後わずか1カ月で100冊以上の本が売れ、新たに仕入れて現在の在庫数は500冊近く。「様似町やえりも町からもお客様が見えて驚きました」




デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

バタをひとさじ、玉子を3コ

石井好子  河出書房新社


今まで紹介した4冊と趣を変えて、おいしいものに関するエッセイ集。単行本未収録のエッセイ51篇を収録。


書店ナビ 著者の石井好子さん(1922年~2010年)は1952年にパリでシャンソン歌手としてデビューし各国の舞台に出演。帰国後は名エッセイストとしても名を残しました。

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』も名作です。
櫻井 石井さんの世代は第二次世界大戦を経験しています。本書の中にも「戦争中、戦後はたべたいものもたべられず、パリで歌うようになってはじめて喰い気に目覚めた」とあるように、おいしいもののことを考える、作る、食べることができるのも、平和の中でこそ。

世界各地のおいしい食べ物のことを読みながら、そんなことも考えていただけたらありがたいです。




ごちそうさまトーク オリジナルカバーにテーマソングも!

書店ナビ 3月の開店からようやく3カ月が過ぎたところです。いまの率直なお気持ちは?

まちの人々も応援している「森の六畳書房」。オリジナルブックカバー&しおりも移住仲間が考えてくれた。ヤギになった廣志さんとアライグマのけいさん!

上の棚にある「六」印付き布製ブックスタンドは、今はなき札幌のくすみ書房さんから旧六畳書房開店時に贈られたもの。新店を見守ってくれている。




櫻井 おかげでマスコミの方々からの取材も多く、週一営業でも思った以上に忙しいというのが正直な感想です(笑)。

前の「店番」だった武藤さんは町議会議員との兼業でしたから「よくやっていたなあ」とあらためて感服しています。



後先考えずに名乗り出てしまいましたが、でもやっぱり自分が手を挙げてでもまちに本屋さんは残すべき。その思いでやっています。

今はまだまだ浸透期。定期的にイベントも行い、皆さんに存在を知ってもらえるようにがんばっていきたいです。新しいイベント情報はFacebookで随時発信しているので、チェックしてみてくださいね。
書店ナビ 書店ゼロになりかけた浦河のまちで「森の六畳書房」が継続する。この事実そのものが、フルコースのテーマである「よりよい世界」を具現化しているように感じます。
希望の味がするフルコース、ごちそうさまでした!

●森の六畳書房 https://www.facebook.com/kazete.urakawa/
北海道浦河郡浦河町東町かしわ3-296-50
毎週月曜開店 10:00~19:00





●櫻井けいさん
夫の廣志さんともども、多数の民間カウンセラー資格を取得。二人の子育てを終えて2012年に浦河町を訪れ、2017年4月の新居完成と同時に完全移住。現存する道内映画館で最古の映画館「大黒座」が町内にあったことも移住の決め手になった。週2回、町内の乗馬レッスンに通っている。






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