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第618回 新刊紹介 直木賞作家 門井慶喜『札幌誕生』インタビュー

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2025年4月23日『札幌誕生』の著者、門井慶喜さんの講演会が石狩市民図書館で開催された。事前の撮影タイムにも気さくな笑顔で応えてくれた。

[新刊紹介]
近代都市札幌ができるまで、
そこに交差する5人の主人公を描く『札幌誕生』
直木賞作家 門井慶喜氏インタビュー

[2025.5.30]

札幌の特異な成り立ちに着目、人間の活動の総体がまちとなる

書

北海道では先行して島義勇主人公の第一章を抜粋した分冊版(画像左)がセコマで限定発売された。『札幌誕生』の購入特典として現代風古地図サイト「れきちず」とコラボしたオリジナル歴史地図が付いてくる。

2025年春、札幌の書店を訪れた人は等しく、オレンジ色のこの四文字に足を止めたのではないだろうか。
『札幌誕生』――。直木賞作家の門井慶喜氏が2023年7月から2025年1月までに北海道新聞をはじめとする新聞5紙に連載していた同名小説の待望の書籍化である。

札幌誕生
門井慶喜  河出書房新社
すべてはここからはじまった――幕末から昭和のはじめにかけて、未知の土地・北海道にわたり、近代都市・札幌を作った、島義勇、内村鑑三、バチラー八重子、有島武郎、岡崎文吉の熱き物語!


2018年に「北海道」命名150年を迎えたこの北国で、道都・札幌は現在人口約196万人。
北海道全体の約3分の1の人口が一極集中する大都市になった今もなお、北海道新幹線の延伸や創成東地区を対象としたまちづくり計画が進んでおり、発展の足は止まっていない。

本書『札幌誕生』はそんな未来図がまだまだ先に思えた時代、幕末から昭和にかけて築かれていく近代都市札幌とそこに交差する5人――開拓判官の島義勇、札幌農学校2期生の内村鑑三、アイヌ歌人のバチラー八重子、作家にして農場主の有島武郎、そして石狩川治水に奮闘した道庁技師・岡崎文吉――の人生を描いた傑作歴史小説だ。

本書の発売を記念して著者の門井氏は4月に来道。秋元克広札幌市長との特別対談をはじめ各所でトークイベントが開催された。
札幌の何が作家の執筆意欲をかきたてたのか。門井さんはこう語る。
「札幌の成り立ちは、まちとしてとても異質なんです。”内地”の他のまちは徐々に人が集まってきてまちが出来上がっていきましたが、札幌の場合は”まちをつくるぞ”と行政が先に設計図を引いてからそこに人を集めるという全くの逆パターン。日本の中でも特筆すべきまちだと思います。
一般にまちづくりというと土木的な要素を思い浮かべますが、私の中では道路や橋の建設、電気を通すなどのインフラだけでなく、教育や文化・文学、若者の悩みなど人間的な活動の総体がまち。『札幌誕生』もそこから構想を膨らませていきました」

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地元書店も販促に力が入り、MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店もご覧の通り。

4月23日に講演会が開催された石狩市民図書館は、実は3年ぶりの来訪とのこと。
「本書の”第二の主人公”である石狩川について調べるために石狩市民図書館さんや川の博物館さんにご協力いただきました。なので今日も石狩川を遡上するサケのように”帰ってきた”という気持ちです。
今回改めて石狩川を見てきましたが、本書でも書いたような長い歳月を費やした大規模治水工事を経てもなお、石狩川には〈人間がコントロールしている〉というような自然との敵対感がなく、その懐の深さのようなものが石狩川をおおらかに見せているのではないかと感じました」と語り、石狩川への思いを新たにしたようだ。

講演前には北海道書店ナビも取材のお時間をいただいた。細かい質問にも丁寧に答えてくださったその内容をお届けする。

5人の主人公プラス書かずにはいられなかった有島武郎夫人像

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――『札幌誕生』出版おめでとうございます。初めに本書を構成する5人の主人公――島義勇、内村鑑三、バチラー八重子、有島武郎、岡崎文吉の人選理由から教えていただけますか。

門井札幌のまちづくりが特異である、というお話は各所でさせていただきましたが、まちづくりをハードとソフトに分けるとすると、第一章の「開拓判官」島義勇と第五章の石狩川治水に関わった岡崎文吉はいわばハード面の代表であり、その間を教育や文化面で足跡を残したソフトの3人で繋ぐという構成です。

第一章の島義勇は不器用とも言えるほどまっすぐな人。続く札幌農学校の物語は個性的な人物がたくさんいる中で島義勇とは異なるタイプ、心にさまざまな葛藤を抱える内村鑑三を主人公に据えました。
実を言うと、第二章は半分くらいはクラーク博士が主人公だとも思っているんです。ただクラークさんを直接描くのではなく、彼が北海道を去ったあとに残された人たちの葛藤やプレッシャーを札幌農学校一期生・二期生たちを通して描いていこうと試みました。

像

札幌市役所1階ロビーに設置されている島義勇像。「北海道の人はこの人のことを“島判官”と官職とセットで呼ぶんですね」(門井氏)

――第二章は唯一の女性主人公、アイヌ歌人のバチラー八重子の生き様が描かれています。

門井もともと北海道にはアイヌの方々が住んでいたわけで、「札幌誕生」というのはあくまでも和人の視点ですよね。アイヌの方々の目には全く違う当時の風景が見えていたと思っています。そこも含めてアイヌから誰か取り上げたい、とは当初から考えていましたが、ただ誰もが思い描く”被害者”にはしたくないという思いはありました。虐げられた可哀想な人物像にして読者の涙を誘うというのは、アイヌの人たちにも読者にも失礼だと。

それよりも人としていろんなわだかまりを抱えた人間性や、おそらく当時の女性には珍しかったであろう自己主張の強さに惹かれて、バチラー八重子に決めました。
八重子が最終的に選んだ表現手法、五七五七七の和歌は日本の最も伝統的な表現の一つです。それを選んだあるいは選ばざるをえなかったという八重子の心理を私自身が知りたいと思ったことも大きかったです。

――第三章の主人公である有島武郎の妻、安子夫人についても門井先生が思い入れを持って描かれたことが伝わってきました。

門井安子夫人が病床で残した手記はのちに有島武郎が私家版『松むし』一巻として配布しており、有島武郎全集の別巻にも収録されています。
彼女のことも当時の女性に求められた結婚出産育児を第一とする社会常識の被害者だと考えることはできますが、その文章の強さや教養の高さを考えるとやはりこちらも単に気の毒な”被害者”像にはおさまらないと感じました。
何より私自身が一読者としていい文章を読んだら紹介せずにはいられなかった。それで思わず、本書の流れから一旦脇に逸れてでも書く手が止められませんでした。

こうした加害者・被害者の二極化に限ったことではありませんが、偉人を書くとなると大抵は聖人君子に描かれがちですよね。「こんな純朴な言語学者が名誉欲を持つわけがない」とか「こんな発言を残したら皆が知っている
イメージと矛盾する」とか。それって小説としては一番面白くないんです。人は誰しも必ず矛盾を持っていますから。
私の場合、その矛盾は読者を信用してそのまま差し出したい。しっかりとした人物像が描けているという前提はありますが、そこは楽天的に考えて筆を進めていきました。

毎朝4時起き、道新連載時は6話分まとめて3週間前に提出

――その地域の図書館などで集めたものを含め膨大な史料を読み込んで物語の人物像を立ち上がらせていく。その工程で門井先生が特に意識されているのはどういうことでしょうか。

門井小説の場合、読者が興味を持ってくれるのは人物像であって業績ではないんですね。ですので私が常に先に考えるのは人物像。私自身が「その人らしい」と思ったエピソードを取捨選択して物語を練り上げていきます。
無論そこまでに苦労はありますが、それが小説の苦労の本道だと思います。

時代小説を書く私にとって史料選びは図書館司書さんや学芸員さんたちのような専門家の方々のお力を借りないと成立しえないものです。出来上がった本自体も各館の方々との共同作業の賜物だと考えています。

――執筆されていて特に手応えを感じた場面はどこでしょうか。

門井もとが新聞連載だったので月曜から土曜までの1日1話、毎回クライマックスとまでは行かなくとも、少なくとも読者の方々が「おっ」と思うようなポイントは必ず作ろうと決めていました。
どの回も力を入れましたが、記憶に残っているのは少女時代のバチラー八重子の家が火事になる場面。あそこはともするとその後の印象も変わりかねないところだったので慎重に書いたことを覚えています。

――講演会では新聞連載のご苦労にも触れておられました。

門井新聞5紙での連載だったので、連載中は必要に迫られた外出以外の出張や旅行に行く時間はありませんでした。
新聞には挿画もありますから挿画を担当された佐久間真人さんが描く時間も考えて、毎週6話分まとめて掲載の3週間前に提出していました。

作家仲間にもいろいろいますが、私は日中に執筆するタイプ。朝4時に起きて徒歩圏の仕事場に行って夜の6、7時くらいまで書くのが日課です。執筆は一太郎で、キーボードは「REAL FORCE」を使っています。キータッチがすごく軽いので自称ですがモーツァルトのように指が動かせます(笑)。

――連載開始が2023年7月。こうして書籍化され、北海道の門井ファンと対面されていかがでしたか。

門井連載当時から読んでいただいた方はもちろんのこと、560ページ近くのボリュームにもかかわらず熱心に読み込んでくださっている方がとても多くて、本当にありがたかったです。
これは私の、というより地元から支持されている”道新さん”のブランド力のおかげかも。

――器(媒体)と中身(『札幌誕生』の面白さ!)のベストマッチだったと思います。最後に北海道各地で頑張っているリアル書店さんに向けてエールをいただいてもいいでしょうか。

門井今、気分転換をしたくなったらみなさんスマホやネットを見るじゃないですか。そう考えると現代は人類史上一番文字を読んでいる時代だとも思うんです。
私の場合は滅多にない休日に「もう今日は小説のことは考えないぞ!」と思って外に出かけたりしても気がついたら書店にいる。
気分転換をするはずがそこから一番遠いはずの書店にいて、そこでまた自分が知らない言葉の組み合わせに出会っていく。
しかも冷静に考えたら、本はそこに刻まれた情報量や費やされた時間、これから読み手が注ぐ時間を思うとすごくお値打ちの価格で手に入る媒体だと思います。そんな本を並べている書店さん、どうぞこれからも頑張っていただきたいです。応援しています。

棚

第二章の主人公・内村鑑三と性格が全く異なる盟友、新渡戸稲造はのちに貧窮する家の子どもたちや晩学者のために札幌遠友夜学校を開設。その卒業生(故人)が残した建物(南4東3)は現在北海道最大のシェア型書店「ぷらっとBOOK」になっている。

門井慶喜(かどい・よしのぶ)

1971年群馬県生。2003年「キッドナッパーズ」で第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。宮沢賢治と父を描いた『銀河鉄道の父』で2018年に第158回直木賞受賞。同作は役所広司、菅田将暉主演で映画化され大ヒット。『家康、江戸を建てる』『文豪、社長になる』『ゆうびんの父』など著書多数。

『札幌誕生』購入者特典!

現代風古地図サイト「れきちず」×『札幌誕生』コラボ オリジナル歴史地図
https://sapporo-tanjo.rekichizu.jp/
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sapporo-tanjo.rekichizu.jp

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