北海道書店ナビ

第455回 株式会社エアスパイス 代表取締役 水野仁輔さん

Vol.170 株式会社エアスパイス 代表取締役 水野仁輔さん

水野仁輔さんとイデゴウさん

20年来のカレーの盟友、札幌のイデゴウさん(写真左)と道産材のスパチュラを持って。取材場所もイデさんのお店「らっきょ大サーカス」をお借りした。

[本日のフルコース]
カレー活動20年!水野仁輔さんの視点を支える
「カレーより好きかもしれない?刺激的な将棋本」フルコース

[2019.12.16]

「カレーより好きかもしれない?刺激的な将棋本」フルコース

書店ナビルウでもスープでも”カレーが大好き!”な日本国内で「カレー活動」なる言葉がもっとも似合うひとはおそらく、水野仁輔さんでしょう。
「毎月届くレシピ付きスパイスセット AIR SPICE」のサイト運営を手がけるかたわら、カレー本の執筆や日本各地のカレー教室で多忙な日々を送るなか、2019年11月には札幌にも来てくれました。

水野さんのカレーの原体験は、小学生のときから家族で通っていた地元浜松市の名店「ボンベイ」にあり。上京後、その味を懐かしみながらカレー探訪に目覚め、社会人になってから休日には数々の屋外カレーパーティーを企画。
27歳で気のあう仲間と「東京カリ~番長」を結成し、以降さまざまなカレー活動を続けていらっしゃいます。

www.airspice.jp

水野ぼくのカレー活動は2019年の9月で20年になりますが、つねに言い続けているメッセージは「カレーはコミュニケーションツールである」ということ。
おいしいカレーを作れることが最終ゴールではなく、作れるようになってから何をしたいのか、そこまで考えてもらうのがぼくのやり方です。
自分のこともいわゆる「カレー愛好家」とは考えていなくて、カレーは”たずさえているもの”なんですよね。

読書においても、カレーの可能性を広げるためにカレーや料理と関係ないジャンルの本を読んで刺激やヒント、勇気をもらう。
書いてあることを一度「これをカレーの世界に置き換えたら…」とカレーフィルターを通して自分の中に取り入れる。
その最たる異分野が「将棋」なんです。告白すると、将棋はカレーより好きかもしれません(笑)。

書店ナビ師匠がいらっしゃったんですか?

水野ええ、小学校に入る前から親父に教わって。高校に入る頃は当時剣道部だった自分が将棋部の主将に勝ってましたから。きっと、そのときが棋士としてのピークです(笑)。
いまはまったく指さなくなって、いわゆる”観る将”になりましたが、朝起きたらプロの棋譜は毎日チェックしています。それくらい将棋が大好きです!

スマホを触る水野仁輔さん

「ほら、毎朝このサイトを観てるんです」とスマホで説明してくれた。

[本日のフルコース]
カレー活動20年!水野仁輔さんの視点を支える
「カレーより好きかもしれない?刺激的な将棋本」フルコース

前菜 そのテーマの導入となる読みやすい入門書

先崎学の浮いたり沈んだり

先崎学の浮いたり沈んだり
先崎学  文藝春秋
著者の先崎氏は、2018年に自身のうつ抜け体験を発表した『うつ病九段』が話題になった現役棋士。1970年青森県生まれ。「羽生世代」の一人で2014年九段に昇段。多数のエッセイや対局記を出版している。

水野先崎さんはプロ棋士のなかでも抜群に文章力があるひと。それはやっぱり、先崎さん自身がとてもユニークな存在だからだと思うんです。
先崎さんの文章を読んでいると、まるで自分が棋界にいるようなプロ棋士気分を味わえる。
ぼくもカレー本を50冊以上出していますが、先崎さんの語り口のようにやわらかく、やさしくカレーエッセイを書けたらいいなあと思うんです。
あまり興味がない人たちにも面白くおかしく感じてもらえるような”先崎スタイル”を学びたい。

書店ナビ水野さんの将棋師匠だったお父様も、お強かったんですか?

水野父に関しては強烈な思い出があって、ぼくの記憶では中学3年のときにそれまで一度も歯が立たなかった父と対局中に、ふと自分の勝ちが見えた瞬間があったんです。
一瞬読み違いだろ?と思ったけど、心の底では間違いないという確信もあった。でもね、急にさみしくなったんです。”おれ、勝っちゃう”と思って、その日は違う手を指して負けました。
でもそのあと、だんだん3回に一度くらいは明らかに勝ち筋が見えるようになって、きっと親父もわかっていたんじゃないのかなあ、これ以上先延ばししてもしようがないと思ったときに意を決して、決め手を指しました。
「ああ、親父に並んだんだ」と思った。そのときのことは、いまだに忘れられないです。

スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

トップ棋士の感覚 ~イメージと読みの将棋観~

トップ棋士の感覚 ~イメージと読みの将棋観~
渡辺明、郷田真隆ほか  マイナビ
日本将棋連盟が出版する月刊『将棋世界』の超人気連載。お題となった過去の局面をプロ棋士6人が個別に見て、その後の指し手や形勢を読み解く。本書は渡辺明、郷田真隆、森内俊之、久保利明、広瀬章人、豊島将之のスター棋士6人編。

水野棋士にとってこの企画は非常に過酷なクイズだと思うんです。なぜならテーマは実際に過去にあった棋譜ですから、間違いなく”正解”がある。
6人のうち、1人だけ「うーん…これは…うーん…」と悩んでいるのに残りの5人が「この一手しかありませんね」と瞬時に答えると、”この人だけが読めてないんだ”と明るみになってしまう。これは恐いです。
でもそれぞれの意見が本人の性格や棋風とリンクしていて、めちゃめちゃ面白い!だからご長寿企画として人気があるんだと思います。

ぼくはこれを見たとき、「カレーでできる!」と思ったんです。「イメージと読みのカレー観」。
あるカレーの作り方が全部で7番まであるとしたら2番くらいまでで止めて、材料を全部公開して、イデさんとか村上カレー店プルプルの村上さんに「あなたならこのあと、どうやって作りますか?」と聞いてみる。きっと参加した全員が違うことを言うと思います。
なかには「そもそもこのタイミングでタマネギを炒めるなんて…」という意見も出てきたりして、最終的にはその人のカレー観が凝縮された味が出来上がる。カレー好きにはたまらない企画です。

この間、本書にも出てくる森内俊之さんと対談させてもらったときにこの企画の話もしました。いつか実現したいです。

頬に手をあてる水野仁輔さん

ここ10年近く、秋になると道新文化センターのカレー教室で札幌に来ている水野さん。2019年11月は北海道初開催となる「カレーの学校」と「らっきょ大サーカス」でのスパイス教室も連日行い、好評を博した。

魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

人間における勝負の研究―さわやかに勝ちたい人へ

人間における勝負の研究―さわやかに勝ちたい人へ
米長邦雄  祥伝社
著者は米長邦夫永世棋聖(1943~2012)。2005年から2012年まで日本将棋連盟会長に就任。名人戦であろうと消化試合であろうと手心を加えず全力で勝負する理念は「米長哲学」として長く息づいている。先崎学九段は内弟子だった。

水野米長さんてめちゃめちゃ強かったし日本将棋連盟の会長もしましたけど一方でかなり破天荒なところもあって、いろいろ物議を醸した人だった。
でも振り返るともっとも有名な「米長哲学」しかり、つねに自分の美学、美意識を貫いた生き様で、その中味を明かしたのが本書です。

カレーは将棋のような勝ち負けはない世界ですが、ぼくもカレー活動を続けていくうえで「米長哲学」のようなものを持ちたい、という気持ちはつねにあるんです。
ぼくが一番好きな棋士、郷田真隆さんも米長さんと同じように美意識を感じるひと。ぼくもそうなれたら、と思います。

書店ナビお好きな郷田さんエピソードをひとつ、お願いします。

水野いまは誰もが棋譜研究できる時代になり、ある対局で郷田さんの指し手が過去の前例通りに進むのを観て、観戦者は皆、「そのままいくと郷田さんは負けるから、きっと途中で手を変えるんだろうな」と思っていたんです。ところが結局そのまま過去と同じ指し手を通って郷田さんの負け。
郷田さんはその局面が既に研究され尽くしてることを知らなかったんです。知らなかったけど、そのことを指摘されたときに「(途中から勝ちに変わる)そんな手を指すくらいなら、死んだほうがマシです」とおっしゃった。

書店ナビうわ、鳥肌がたちました。

水野もちろん勝負の世界は勝つことが大事だけど、この一言で郷田さんが大切にしているものが伝わるじゃないですか。
カレーも食べ物ですから「おいしければいい」んでしょうが、そことは別のところに自分の美学を持っていたい。そう、思います。

肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

羽生VS森内百番指し

羽生VS森内百番指し
羽生善治、森内俊之  毎日コミュニケーションズ
NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも取り上げられた二人、小学生からのライバルとして切磋琢磨してきた永世名人同士の百番勝負。

水野万人向けの本じゃないですけど、タイトルそのまま百番勝負の棋譜が載っている。いつかこの百番を全局並べてみたいと思っています。
かつて二人がツートップだった時代があり、「羽生さんがいたから」「森内さんがいたから」ここまできたという二人へのあこがれが、ぼくの中にものすごくあるんですよね。

ぼくがカレーの世界で何か新しいことを始めるとき、真っ先に仲間を集めます。そのスタートが4人組の「東京カリ~番長」だったし、そのあとも「東京スパイス番長」や「カリーソルジャー」のようにメンバーや目的を変えながらその都度新しい仲間と一緒にやってきた。
ある部分大切な仲間だし、ある部分競争心もあるライバルたち。彼らがいるから自分のカレー活動も充実するし、みんなでカレーを進化させてきたという感覚はあるんです。

なので、いわゆる将棋の「羽生世代」を象徴する羽生・森内コンビは”同じ世代で同じものに興味を持てる幸せな関係”の象徴のようなもの。
その二人が指した棋譜百番がこうして一冊にまとまっているなんて、たとえば「東京カリ~番長」のメンバーでもある「ナイルレストラン」三代目のナイル義己くんとぼくが共同研究したカレーの記録が100回分残っているようなものかもしれない。
今年20年の節目を迎えたぼくのカレー活動にとって一番大事なものを認識させてくれる一冊です。

書店ナビ水野さんが「仲間にしたい」と思うひとはどんなひとですか?

水野大前提は、やさしいひと。ぼくが「カレーの学校」でいつも言っているのは「皆さん、カレーのプレイヤーになってください」であり、ぼくが考える「プレイヤー」は他人を批評したり批判しないひとのことなんです。
ものすごく実力や知識があっても、やさしくなれないひととは組まないかな。

あと二番目は、好奇心と行動力があるひと。ぼくひとりではできないことも「とりあえずやってみよう!」と言ってくれるから。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

将棋の子

将棋の子
大崎善生  講談社
『聖の青春』や『泣き虫しょったんの奇跡』など映画化作品も多い大崎作品の中で本書は奨励会の退会組、プロになれなかった”将棋の子”たちにスポットを当てたルポルタージュ。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。

水野ぼくは基本ノンフィクションが好きで、この本は過去読んだ中でベスト5に入るくらい好きなんです。本当に読ませるし、感動的。
“観る将”のぼくが愛してやまずに追いかけている将棋の世界は、完全に表の世界。選ばれしプロ棋士たちが構成するピラミッドの頂点を観て楽しんでいるだけで、実はその下には数えきれないほどの挫折があるのが現実です。

でもこの本は、奨励会を退会した彼らの人生が不幸であると綴っているわけではないんです。将棋とのつきあいが人の数だけあることを丁寧に追いかけている。
しつこいようですが、それをカレーに置き換えると「自分はカレーというものと今後どうつきあっていくのか」という思考に自然と気持ちが流れていく。
ぼくはこの先カレーと離れることは死ぬまでないと思っていますが、「将棋の子」たちも自分がまさか将棋と離れるとは思ってもいなかったけど、そのあともさまざまな形で将棋との関係が続いている。
じゃあ、もしかしたらいつか自分も?とちょっとセンチメンタルな気持ちになる本でもあります。

ごちそうさまトーク スパイスをご家庭でより気軽に

書店ナビ今回で170回を数える「本のフルコース」ですが、将棋とカレーをここまでリンクさせたお話は、はじめてでした。

水野人にカレーの話をするとき、いつも「音楽で言うと…」とか一度他の世界に置き換えて話すのがクセなんです。
自分は既にカレーの世界にどっぷりと浸かっているので、この世界で何か新しい刺激やアイデアを見つけるのがすごく難しい。できるだけ外の世界に関心を持っていたいですね。
そうして外で得たヒントは結局のところ、カレー活動に戻ってきますから。

書店ナビレシピ付きスパイスセット通販サービス「AIR SPICE」の今後の展開は?

水野「AIR SPICE」は家でカレーを作るうえで最もハードルをあげているスパイスをもっと気軽に使ってほしいという思いで始めたものですが、半分は毎月新しいレシピを作りたい自分のためでもあるんです。
正直なところ、事業として爆発的にヒットしてほしいわけではなく、自分たちの袋詰め作業が辛くならないくらいの伸び率で細々と続けていけたらうれしいかな(笑)。

AIRAPICE 基本のキーマカレー

書店ナビの撮影担当は料理男子。早速「AIR SPICE」で注文した。「使い切りならムダにする心配もないし、店頭で迷わなくていいのでめちゃめちゃ便利。レシピも丁寧でおいしかったです!」

書店ナビ今回の取材コーディネーターは佐賀のり子さんでした。水野さんのお話を聞き終えたいま、とにかくカレーが食べたい気持ちと、森内・羽生両氏のライバル関係を追ったNHK『プロフェッショナル』動画を見直したい気持ちでいっぱいです。水野さんのカレー活動に刺激を与える将棋本フルコース、ごちそうさまでした!

水野仁輔(みずの・じんすけ)さん

1974年静岡県浜松市生まれ。明治大学商学部卒業。広告会社に勤めるかたわら休日に企画していた趣味のカレーイベントが徐々に本格的になっていき、1999年9月、仲間と「東京カリ〜番長」を結成。2016年に通学講座「カレーの学校」が一躍話題に。2015年からレシピ付きスパイスセット通販サービス「AIR SPICE」をスタート。現在は株式エアスパイス代表取締役。

www.airspice.jp

水野仁輔さん「カレーって 正解のない 世界なんですよね」

ページの先頭もどる

最近の記事