北海道書店ナビ

第387回 ミツイパブリッシング 代表 中野 葉子さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.134 ミツイパブリッシング 代表 中野 葉子さん

取材はジュンク堂旭川店が入っているフィール旭川4階のブックマークカフェでお話をうかがった。

[本日のフルコース]

あなたたちは”奇跡にように完璧”です!

「女の子の自己肯定感を高める」フルコース

[2018.8.7]




書店ナビ 前回ご登場いただいた旭川在住のイラストレーター三井ヤスシさんに続いて、今回は三井さんの公私のパートナーである編集者、中野葉子さんにフルコースづくりをお願いしました。

www.syoten-navi.com


書店ナビ 中野さんと三井さんは2013年に「ミツイパブリッシング」という出版社を立ち上げ、薬物依存症の人々の回復や高福祉国家スウェーデンに学ぶ教育制度、在宅医療問題などの社会的なテーマを切り口にした出版物を刊行しています。



東日本大震災後、お二人は生後3カ月半の娘さんとともに、山梨県から中野さんのご実家がある旭川市にUターンされました。出版社をやろうという話は、どういう経緯で持ち上がったんですか?
中野 私は社会人になってからずっと書籍編集畑を歩いてきましたし、山梨県で育児に専念していたときも「自分たちで本をつくる?」という話は出ていたんですが、始動のきっかけとなったのは東日本大震災です。なにしろ原発事故に腹を立てていましたから。

福島の障がい者団体で働いておられた中手聖一さんと知り合い、被災直後から子どもの健康を心配する保護者たちのネットワークを立ち上げて東奔西走していた彼の講演録をまとめた『父の約束 本当のフクシマの話をしよう』を、刊行第一作に決めました。




北海道の出版業界に縁もゆかりもなかった私たちですが、札幌の寿郎社の土肥寿郎さんがいろいろとアドバイスくださって、本当にお世話になっています。

今回の「女の子の自己肯定感を高める」フルコースは、今年5月に当社から出た本を軸に考えました。
書店ナビ Twitterから始まった《#MeToo》運動など、世界的に潮目の変化を感じさせるいま、とても意義のあるテーマです。それでは一緒に見ていきましょう!




[本日のフルコース]

あなたたちは”奇跡のように完璧”です!

「女の子の自己肯定感を高める」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

愛すべき娘たち

よしながふみ  白泉社


著者は、男女逆転設定の『大奥』やグルメコミック『きのう何食べた?』で一躍メジャーになる前のよしながふみ。女子の自己肯定感と切っても切り離せない「母娘」問題をスマートに、かつ感動的に描く名作。


中野 マンガマニアな大学時代の友達が「これはすごい作品だから!」と推してくれたので手に取りました。いま持っているの、初版本なんです。
書店ナビ 5話のオムニバスですが、中野さんが特にお好きなシーンは?
中野 後の物語で、「お母さんは娘時代おばあちゃんから始終あんたは不細工だ不細工だと言われて育ってきたから」「だから将来私に子どもが生まれたらその子の容姿について無神経な事を言ってその子を傷付けたりは絶対しないって誓ったわ」という場面。

このあと、なぜ「おばあちゃん」が本当は愛らしい顔立ちの娘を始終「不細工だ」と言っていたのかが、本人の口から明かされる。

中野 DVや薬物依存などの問題も元をたどっていくと、当事者だけでなく当事者の親にも支援が必要であるケースが少なくありません。

このコミックのなかでは、その不幸の連鎖を断ち切ろうと努力している人がいる。他にも好きな場面はたくさんありますが、ともかく娘さんがいる人、必読です。

よしながさんにしか描けないクールなタッチで、登場人物たちが実にスマート。男性にもおすすめです。


スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

北欧に学ぶ小さなフェミニストの本

サッサ・ブーレグレーン  岩崎書店


10代の自己肯定感が高いとされる北欧、男女平等先進国スウェーデンの子ども向けの本。近代(西欧)女性史と哲学(考える力)から、「自分らしく生きること」に迫る。



書店ナビ 10歳の女の子エッバといっしょに考える「女の子らしく、男の子らしくってなんだろう?」。

「フェミニスト」というと、日本では大人ですらとっつきづらいイメージがありますが、スウェーデンでは小さい頃から考える身近な話題のひとつなんですね。
中野 フェミニストの根本は、男女がともにいたわりあうこと。サッカー選手になりたい女の子がいてもいいし、バレエダンサーになりたい男の子がいてもいい、といった文章で、すごくわかりやすい。

「女の子はこれをしちゃだめ」とか「男の子らしくない」と思われている慣習をロジカルにほどく(この”ロジカル”がかなり大事!)批判的な思考を、小さい頃から身につけられるといいですよね。
書店ナビ 「わたしはわたしで、あなたはあなたでいい」思考。うーん、小さいお子さんのいるご家庭にプレゼントしたくなってきました。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

少女のための性の話

三砂ちづる  ミツイパブリッシング

上の世代からの知恵が受け継がれず、親も学校も性のことはおしえてくれない。国際母子保健の専門家で女子大の教授が、現代女子が女性性を肯定的に受け入れ、自信を持って生きていくための基礎知識をわかりやすく伝える本。




書店ナビ このフルコースの出発点となった本書は、2018年5月28日にミツイパブリッシングさんから出ました。

著者の三砂(みさご)ちづるさんは京都薬科大学卒業、ロンドン大学で疫学の博士号を取得。JICAの疫学専門家としてブラジルで10年にわたり、国際母子保健プロジェクトに携わりました。

本書の目次を見ると、「生理、めんどうですか?」「お股を大切に」「誰とでも寝ていいの?」「避妊について」など、まさに大事な内容ばかり。

しかもこれはミツイパブリッシングさんのウェブマガジンGIFTの連載を単行本化したものなんですね。
中野 三砂さんには私自身が、出産や子育ての実践ですごく影響を受けています。今も年に3~4回、旭川にいらしてるんですよ。8月23日には紀伊國屋書店新宿本店さんでこの本をテーマに、三砂さんのトーク&サイン会があります。

連載のきっかけは、ママ友のひとりが「性教育の本を出してほしい」と言ってくれたこと。それなら三砂さんに、とコラムをお願いしたら、快く引き受けてくださいました。

「あなたが、いまのあなたであるだけで、それは奇跡のような完璧、のあらわれです」(本書188ページより)。「こういうフレーズを小さい頃から聞かせてあげたい」(中野さん)


三井ヤスシ 三砂さんて本当に人間が大きくて、いさぎよくて、いつもカッコイイんです。本書は男のぼくでも、DTP作業しながら読むたび、泣いていました。
中野 千葉のときわ書房志津ステーションビル店の男性書店員さんも老若男女におすすめ、と連続ツイートしてくださったり、男性にも好評です。




肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

いのちに贈る超自立論 すべてのからだは百点満点

安積遊歩  太郎次郎社エディタス

車椅子に乗る著者が、「障がい者」というレッテルを飛び越えて自由に生き、同じ障がいをもちながらコンプレックスのまったくない娘、宇宙(うみ)ちゃんを育てるまでの奮闘記。ハンディキャップと自己否定感は必ずしも正比例しないことに気づく。




書店ナビ 恥ずかしながら、安積遊歩(あさか・ゆうほ)さんのことを存じあげませんでした。プロフィールを拝見しますと……

福島県生まれで、生後約四十日で「骨形成不全症」と診断される。1983年から半年間、アメリカのバークレー自立生活センターで研修を受け、ピア・カウンセリングを日本に紹介。障がいをもつ人の自立をサポートする「CILくにたち援助為センター」代表。コウ・カウンセリングの日本におけるエリア・リーダー。

いまは札幌を拠点に活動されて、宇宙(うみ)さんとミツイパブリッシングのウェブマガジンでお悩み相談を連載しているんですね。
中野 宇宙さんの内向きになっている足を、パパのお母さんが「この足が問題よね」と言ったとき、パパがすかさず「宇宙ちゃんのここがかわいいんだよ」と返して、遊歩さんが感動する…という場面が好きなんですよね。障がいがあっても自己肯定感の超高い宇宙さんの話を聞くと、いま多くの人が抱える「生きづらさ」はどうすれば克服できるのか、そのヒントが見えてくる気がします。

デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

うちにあかちゃんがうまれるの 

いとう えみこ  ポプラ社


日常のなかでいのちの誕生を体験する家族を切り取った写真絵本。だれもがお母さんから生まれてきたこと、あなたの存在をまるごと受け止めてくれた人がいたんだよ、ということを思い出して。


書店ナビ 自宅出産で新しい一員を迎える家族の姿が、とても幸せそうです。
中野 三砂さんが以前、「出産や育児は本来、楽しいものなんです」とおっしゃっていました。

大人はつい、子どもができたら不安や心配が先立ってしまいますが、物事を素直に受け止めてくれる子どもたちこそ、出産を「喜ばしいこと」として楽しんでくれる。その手引きになってくれる一冊です。
三井 ぼくも娘の出産に立ち会いましたが、赤ちゃんは血まみれで産まれてくるとか、この厳しい世の中に出てくるのが悲しくてと泣くとか言われますけど、すごく静かに、きれいな姿で生まれてきてくれました。
中野 いのちの誕生って穏やかで自然なことなんだよ、ということを子ども時代から知るのは、とても大切なことだと思います。

「二人とも、ちょっとマニアックすぎたかな」「大丈夫ですか?」という会話も楽しい中野葉子さん・三井ヤスシさんの同時取材だった。





ごちそうさまトーク 小さな声を一冊一冊にのせて




書店ナビ お二人お揃いで長時間の取材におつきあいいただき、本当にありがとうございました。

ミツイパブリッシングさんの今後の抱負を聞かせてください。
中野 私たちのコーポレートコピーは、「小さな声を、カタチにします」です。これからもこの言葉を大切に、一冊一冊を作っていきたいです。
書店ナビ 結婚出産を経て、故郷で家族と出版社を自営する中野さんの姿も、将来を模索する女子たちに見てほしい、しなやかな生き方です。

女性が変われば世界も変わる、その糸口となる自己肯定本フルコース、ごちそうさまでした!

mitsui-publishing.com

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●中野葉子(なかの・ようこ)さん

北海道旭川市生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、東京の出版社に勤務。以降書籍編集ひと筋で、幾つかの出版社を経験。イラストレーターの三井ヤスシさんと結婚・出産後、三井さんの実家がある山梨県に移住。2011年の東日本大震災を機に、自身の実家がある旭川にUターン。2013年にミツイパブリッシングを設立。







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