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第355回 デザインマネジメントオフィス ノイエカ 浜垣 靖幸さん

5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.112 デザインマネジメントオフィス ノイエカ 浜垣 靖幸さん

大島紬がお似合いの浜垣さん。取材場所の俊カフェさんにもしっくりとハマッていました。

[本日のフルコース]
年末年始前に男性陣は必読!
「着物女子と対峙する男子のための参考書」フルコース

[2017.12.18]




書店ナビ 札幌で企業や公的機関を対象にデザインマネジメントの仕事をされている浜垣靖幸さん。デザインマネジメントとは…スミマセン、ちょっと想像がつかないのですが。
浜垣 これはデザイン業界でよく聞く話ですが、自社商品の宣伝をしたいというお客様がいらした場合、販促物の色・形の話にばかり終始してしまうケースが案外少なくないと思うんです。

私がご提案したいのはその奥のところから。そもそもクライアントさんがどういうコンセプトを持ち、今後何を作り上げていこうとするのか、ビジネスの根幹を整理するところからお手伝いしています。

家に例えると、どの玄関マットにするかを話し合う以前に「どういう暮らしをご希望ですか?」と問いかけるのが、自分の仕事だと考えています。



フルコースのキーワード「着物」は、ある老舗ブランドさんのリニューアルをお手伝いしたときに、自分がいかに着物や日本の伝統文化について勉強不足かを痛感したところからハマったもの。

着付けや礼儀作法などの知識はネットでさらっと勉強できますが、どうしてもわからないのが着物をお召しになる女性たち、”着物女子”の心です。

今日はそれを教えてくれる、男性陣のための参考書を持ってきました。





[本日のフルコース]
年末年始前に男性陣は必読!
「着物女子と対峙する男子のための参考書」フルコース



前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

きもの

幸田文  新潮社



舞台は明治時代の東京下町。幼い頃から着物選びに鋭敏で、我を通してきた主人公のるり子が、様々な経験を経て現実的な生き方を会得していく。男子は、女性がなにを着るか、あるいはなにを着ないかを決める心持ち、すなわち”他人にどう見られるか”以上に重きを置く心のありようを学ぼう。


書店ナビ 《前菜》からいきなり、タイトルずばりの『きもの』。著者の幸田文は幸田露伴の娘。本書は自伝的作品で著者最後の長編です。
浜垣 物語の3分の2は、るり子たちが何を着るとか着ないとかを語り合っているだけの話なんですが、実はその着物の選り好みこそが女性の生き方そのものを表しています。

卒業式に姉のおさがりである晴れ着を着ずに、”自分らしい”普段着の着物を選ぶとか、関東大震災後の”着るものがあればなんでもいい”という虚飾を脱ぎ捨てた状態とか。

生き方という着物をまとった女性の半世紀です。
書店ナビ 深いお話です。現実に着物女子と出会ったら、男子はまずなんて声をかけたらいいでしょうか。”今日はどうしてその着物にしたの?”とか?
浜垣 第一声はほめてください(笑)。それとその着物で今日ここに来たという選択肢をリスペクトすること。そこからがスタートです。



スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

ゆめこ縮緬

皆川博子  集英社


80代の現役作家が描くジャパニーズ・ホラー。8編の短編集なのに最後で全てがつながる仕掛けが鮮やか。水墨画のような、風景がぼけた描写の文章も美しい。いわゆる女性の怖さを学ぶ入門として。


書店ナビ 幻想作家の皆川さんが描く、大正から昭和初期にかけた着物の世界。これはいろんな意味で相当怖そうです。
浜垣 ここで出てくる着物やそれに関連する小物は、《前菜》のような生き方のシンボルではなく、業や怨、念の象徴としてまとう、あるいはまとわされてしまうもの。

あまり詳しくお話してこれから読む興をそいでしまっても申し訳ないので、あとは皆さんにご自分で読んで確かめてほしいです。女性は怖いという事実は知っておくべき。

「着物や日本文化の勉強を始めるまでは “どこどこの老舗さんが使っていらっしゃる色は同業他社は暗黙のうちに使えない”といったしきたりなども知らなくて、自分の教養不足をおおいに反省しました」





肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

細雪

谷崎潤一郎  新潮社


長い。長いし、特に劇的な展開もない。しかし丁寧に丁寧に描写される主人公たち4姉妹の機微は、女子の気持ちを「わけがわからないよ」と思ったことのある男子にこの上ないヒントを示す。と思う。たぶん。いや、わからないけど。



書店ナビ フルコースの基本は《前菜》《スープ》《魚料理》《肉料理》の順ですが、浜垣さんは《肉料理》と《魚料理》の順番を入れ変えてこられました。
浜垣 テーマが着物なのでやはりフルコースも日本食で。《魚料理》を真のメインにしたくて、《肉料理》を先にしました。

『細雪』は10代の頃に読みましたが、40代になってまた読み直すと「なるほど!」と膝をたたくことしきりでした。

主人公は大阪・船場の旧家の4姉妹。彼女たちもまた、それぞれの人生の岐路で着物と対峙したときに選択肢が変わっていきます。

長女・鶴子や次女・幸子にとって何を着るかは格式であり権威ですが、自由奔放な4女・妙子はそれらの華美な着物と訣別する瞬間がやってくる。

この4女には「それって今で言うとアレじゃないのか?」と首を傾げたくなるようなエピソードもあり、自分たちとは無縁に思いがちな古典にも現代と通じる部分があるんだなと考えさせられます。
書店ナビ 本書に出てくる男性陣はどうですか? 市川昆監督が映像化した映画『細雪』では石坂浩二や伊丹十三たちが着物女子たちに見事に振り回されていました。
浜垣 私は映画のほうは未見ですが、原作の男性陣も実にぱっとしません。「なぜそれを着るのか」という女心を受け止めているとは到底思えない(笑)。そういう意味で読者は、着物女子と着物女子のまわりでオロオロする男性陣、両方を見て反面教師にすることができると思います。




魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

古都

川端康成  新潮社



デザイナーとしては着物や帯の柄で述べられる象徴と具象のさじ加減について考えさせられる。といいつつ実はそんなこととは関係なく、ただただ美しい小説。冒頭に「しかし蝶は知っている。」とあるように、男子諸君は蝶の視点を持って女子に接せねば。



浜垣 高校のときから大好きで、自分のなかのベスト1。生き別れの双子が偶然再会して…というストーリーはありますが、自分にとっては印象がすべて。開いたページから即座に引き込まれます。

主人公・千恵子の実家である京都の老舗呉服商が近代化とともに経営が傾いていく”終焉の美学”も息づいています。

お持ちいただいた私物はご覧のとおり、いい感じに色が焼けている。「家には保管用と読む用、貸出し用の3冊あります」


書店ナビ 千恵子が、父が道楽で描いた誰も評価しない絵をもとに帯を作る場面が出てくるとか。

着物女子にとって帯や帯留め、帯の上部からちらっと見える帯揚げもきっと大事なおしゃれポイントなんでしょうね。
浜垣 そこ、非常に重要です。帯からぶら下がっている根付(ねつけ)も、今日はどれにするかきっと悩みに悩んで決めている方が多いと思います。

本人が自分からは言い出さないような帯揚げや根付けなどの細部にも注目して、素敵だなと思ったら伝えてあげると、とても喜ばれるんじゃないでしょうか。





デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

第七官界彷徨

尾崎翠  河出書房新社


大正から昭和初期にかけての話。主人公は大正時代のワカメちゃんだと思えば、だいたい合ってる。着物女子との接し方の一例を、古びた紺がすりの青年たちが示してくれる。男子が着物を着た場合の立ち居振る舞いのケーススタディとしても読める。


書店ナビ 『第七官界彷徨』の読みは、だいななかんかいほうこう。五感や第六感のさらに先、”第七官”に響くような詩を書けたらと、主人公の小野町子ちゃんは夢見ています。
浜垣 著者の尾崎翠は60年代になってから脚光を浴び始めた人。その理由は現代にまで脈々と息づいている《私語り》のライトノベル、その源流が彼女ではなかったかと言われているからです。

本作も主人公視点なので自分のせりふを示す「  」がなく、つねに対象を、泣いている自分さえも冷静にとらえている女性独特の視点がきわだっています。

登場人物の男性が主人公のことを「きみ」でも「町子ちゃん」でもなく「女の子」と呼ぶ。尾崎翠の世界に共鳴する人が多いのもわかるような気がします。



ごちそうさまトーク たおやかで芯が強い、永遠の着物女子たち

書店ナビ 今回の5冊は谷崎、川端という日本文学の大家と、女性作家たちがそれぞれの視点でとらえた女性と着物の物語でした。
浜垣 どの作品にも共通しているのは、着物に託した”女性性”が見事に描かれているところ。いま読んでも十分魅力的な、つつましく、たおやかで、でも芯には強いものを持ち、たくましく成長していく着物女子が描かれています。
そんな女性たちに男子はいつまでたってもかなわない。生涯「女心って不思議だなあ」と思い続けていくわけです。
書店ナビ 達観のような、永遠の片思いのような心持ちに到達されましたね(笑)。年末年始にお着物の方を見かけたら、ぜひ思い出してほしい着物女子フルコース、ごちそうさまでした!

株式会社 ノイエカ




浜垣靖幸(はまがき・やすゆき)さん

1970年北海道標津町出身。2000年に「Gutegrafika」名で起業し、2005年から現在の「Neueka」に変更。ノイエカは「新しいこと」をイメージした自作の造語。ブランドコンサルティングや研究開発機関の広報戦略など、根本的な段階から課題を可視化していくデザインマネジメントが高く評価されている。趣味は水泳。


取材協力 俊カフェ
2017年5月にオープンした詩人の谷川俊太郎さん公認私設記念館兼カフェ。「俊太郎さんの詩を読んだことがないという方も気軽にいらしてくださいね」。オーナー古川奈央さんがやさしい笑顔で迎えてくれる。

[新店紹介]2017年5月、札幌市の南3条通り沿いに
全国初、詩人の谷川俊太郎さん公認「俊カフェ」OPEN!

















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