北海道書店ナビ

第316回 こども冨貴堂 店長 福田 洋子さん


5冊で「いただきます!」フルコース本

書店員や出版・書籍関係者が
腕によりをかけて選んだワンテーマ5冊のフルコース。
おすすめ本を料理に見立てて、おすすめの順番に。
好奇心がおどりだす「知」のフルコースを召し上がれ

Vol.83 こども冨貴堂 店長 福田 洋子さん

おすすめ絵本の執筆や講演会にもひっぱりだこの福田さん。店には約1万冊の「こどもの本」を置いている。


[本日のフルコース]
児童書専門店の店長からイーハトーヴォに愛をこめて
「私のすきな宮沢賢治本」フルコース

[2017.3.20]


書店ナビ 旭川の買物公園にある「こども冨貴堂」さんは、旭川冨貴堂の児童書担当だった泉光江さんが1981年に立ち上げた児童書専門店です。
その後経営に苦心する同店の存続を願う地元の友人たち、旭川冨貴堂の志賀健一社長(当時)、絵本作家のあべ弘士さん夫妻、彫刻家の藤井忠行さん夫妻、演出家の澤田和彦さん夫妻、保育士の土井美千代さん、子ども文庫活動に関わる福田洋子さんら9人が出資して、87年に有限会社絵本屋を設立。経営を引き継ぎました。
以来30年間、地域の人たちに支えられながらこどもたちと本との出会いをお手伝いしています。
今回福田店長が作ってくださったフルコースは、岩手県が世界に誇る童話作家、宮沢賢治本のフルコース。早速お話をうかがってまいりましょう。

旭山動物園の飼育員だった絵本作家あべ弘士さんの壁画が目印のこども冨貴堂。


絵本・児童書・詩集のほか、あべ弘士&堀川真(紋別市出身・旭川暮らし30年ののち名寄市立大学准教授として現在、名寄市在住)コーナーも設置。気軽に本の相談にのってくれる。





[本日のフルコース]
児童書専門店の店長からイーハトーヴォに愛をこめて
「私のすきな宮沢賢治本」フルコース


前菜 そのテーマの入口となる読みやすい入門書

セロひきのゴーシュ
宮沢賢治  福音館書店

「こいづぁ、俺のカガだもす」というほどにチェロ(セロ)を愛した賢治。その分身のようなゴーシュが動物たちとの出会いの中で「音楽をする」ことのほんとうの喜びを知っていく。夭折の画家、茂井田武の絵もあたたかい。





福田 宮沢賢治の作品は、賢治が理想とする宇宙そのものが描かれています。何度読んでも発見や喜びがある賢治の作品を、これまで大勢のこどもたちやおかあさんがたと一緒に楽しんできました。
本作は病床の賢治が最後まで手を入れた童話で、賢治31歳のときの作品です。
主人公のゴーシュ同様、賢治も東京に3日間だけ習いに行くほどチェロに心酔していたようですが、腕前はどうやらそこもゴーシュと同じだったみたい(笑)。ゴーシュのほうは動物たちからさまざまな “宿題”をもらい、成長していきます。
賢治作品はいろいろな出版社から出ていますが、私がこの福音館の”ゴーシュ”を推すのは、茂井田武さんの絵がすばらしいから。
鼠の親子が訪れる場面はよく見ると、水車小屋のまわりにトマトやキャベツなど菜食主義だった賢治が好んだものが丁寧に描かれています。小さいおこさんと一緒に楽しんでいただきたい宮沢賢治入門本です。




スープ 興味や好奇心がふくらんでいくおもしろ本

風の又三郎
宮沢賢治  くもん出版

透明感のある伊勢英子の絵が、風と光が主人公のこの物語にぴったり。そして《どっどど どどうど どどうど どどう》と村の子どもたちが歌う一節の、なんと懐かしさにみちていることか。その歌もまた太古からの風なのだ。







書店ナビ 田舎の尋常小学校に突然現れた赤毛の不思議な転校生、高田三郎。子どもたちは地元に伝わる精霊的な存在「風の又三郎」とあだ名します。
福田 「白いシャッポ」や「顔といったらまるで熟したりんごのよう」「目はまんまるでまっくろ」など、くっきりと映像が浮かびやすい描写が実に鮮やか。
それになんといっても物語冒頭の「どっどど どどうど どどうど どどう」の歌や、川遊びしている子どもたちが「あんまり川を濁すなよ、いつでも先生、言うでないか。」と歌うくだりが音読していても楽しくなる名作です。
転校生を「やっぱりあいづ又三郎だぞ」と信じこむ五年生の嘉助や、逆に「どうだかわからない」と思う六年生の一郎の心情は、《少年小説》独特の繊細な感情です。
賢治が生まれた岩手県の花巻市はとても風が強くて、山野には風の又三郎のような目に見えない存在がいるだろうと思わせてくれる場所。そんな生まれ故郷の風土を賢治の鋭い感性で受け止めたのが、本書なのかもしれませんね。



魚料理 このテーマにはハズせない《王道》をいただく

銀河鉄道の夜
宮沢賢治  岩波書店 

賢治の親友保阪嘉内(ほさか・かない)や妹トシ、愛する人たちと共にすごした幸せな時間を象徴するかのような、ジョバンニとカムパネルラの銀河の旅。友の死を知ったジョバンニが丘の上で聴く、静かな悲しみにみちた星めぐりの歌。2011年3月11日、大津波に襲われた東北の夜空には銀河がひときわ明るく瞬いていたという。




書店ナビ 各出版社が出している『銀河鉄道…』のなかから福田さんが選んだのは、1963年に岩波書店が出した童話集バージョン。ほかに「グスコーブドリの伝記」や「ふたごの星」など12編が収録されています。
福田 この岩波版をおすすめする一番の理由は、2つの結末が掲載されているからです。
実は「銀河鉄道の夜」は第1次稿から4次稿までの草稿が残されており、どこからどこまでを賢治が思い描いていた決定稿とするか、研究者の間で幾度も意見が交わされてきました。
いまでは、ジョバンニが星めぐりの歌にうっとりと聞き入る場面を残さない結末が主流になりましたが、この岩波の賢治童話集を編集した谷川徹三さんは、星めぐりの歌が登場する版と登場しない版の両方を掲載しています。
「感傷的すぎるから」という理由で星めぐりの歌が登場しない版を支持する声もありますが、個人的には幻想的な描写に魅せられる本作の結末には星めぐりの歌がよく似合うと思います。
みなさんも自分ならどちらが好きか、読み比べてみてください。





肉料理 がっつりこってり。読みごたえのある決定本

宮沢賢治詩集
宮沢賢治  岩波書店

賢治の詩は「雨ニモマケズ」だけじゃない。千篇もあるという。汲めども尽きない、冷たく澄んだ地下水脈のような賢治の詩。そこにたたえられているのはイーハトーヴォの自然と人への愛だ。



福田 同郷の石川啄木に憧れた賢治は短歌を入口に詩の世界へ入っていったといいます。
科学、地学、音楽、宗教、自然観…詩人・宮沢賢治という宇宙をつくるすべての要素が詰まった146篇が、先ほども出てきた谷川徹三さんの編集で岩波文庫に収録されています。
妹トシの死を嘆いた一篇「永訣の朝」に出てくる「あめゆじゅとてちてけんじゃ」、雨雪をとってきてという東北のことばの美しさと切実さ。
声に出して読めばなおさら作品の魅力に近づけるような気がします。




デザート スイーツでコースの余韻を楽しんで

宮沢賢治 雨ニモマケズという祈り
重松清・小松健一・澤口 たまみ  新潮社

賢治は大津波(明治29年の明治三陸地震)の年に生まれ、大津波(昭和8年の昭和三陸地震)の年にこの世を去った。その賢治に心から愛した女性がいた。聖人のようにあがめられがちな賢治に、悲恋であったとはいえ心から愛する人がいたことを喜びたい。



福田 本書の共著者のお一人、岩手県在住のエッセイストである澤口たまみさんはあべ弘士さんと絵本もつくっている方で、こども冨貴堂にも来店されたことがあります。
澤口さんは賢治の詩に着目し丹念な調査の結果、賢治”意中の女性”の存在を明らかにしています。私も2015年に盛岡の啄木・賢治青春館で開かれた「賢治・愛のうた展~作家、澤口たまみが読み解く宮沢賢治の恋心」を偶然見ることができ、賢治の恋人のことを知りました。
それはいったい誰なのか? 続きはぜひ本書でご確認ください。
澤口さんは盛岡に暮らす孫の幼稚園にも来てくれたことがあるんですよ。


ごちそうさまトーク 大正12年8月、宮沢賢治、旭川を訪問

福田 今日はせっかく来てくださったので、当店の隣にあるあべ弘士さんの常設ギャラリー「プルプル」もご案内しますね。
年に一度あべさんの原画展を開くほか、1月にはあべさんとこどもたちが干支の”とり”をつくって遊ぶイベントもありました。

ギャラリーを運営しているのは、あべさんが理事長を務めるNPO法人かわうそ倶楽部。メンバーの齊藤琴乃さん、川守田綾子さんの両脇にはメイとガブもいる!
ギャラリープルプル http://kawauso-club.com/




福田 あとね、2冊宣伝させてください(笑)。

「賢治とあべさんの世界がひとつになった素敵な2冊です。ミキハウスから出ている『なめとこ山の熊』とBL出版の『宮沢賢治「旭川。」より』。賢治は大正12年8月に樺太に向かう途中で旭川を訪れ、一篇の詩「旭川。」を残しています」




書店ナビ これから旭川に用事があるときは必ず立ち寄りたいスポットができました。こども冨貴堂店長の福田さんが末永くこどもたちに伝えたい宮沢賢治本フルコース、ごちそうさまでした!

●こども冨貴堂 http://fufufunet.kids.coocan.jp/
●福田洋子さん 
旭川市出身。父は作家・歌人であり、郷土史『豊談』の編集発行人でもあった故・宮之内一平氏。1987年より有限会社絵本屋メンバーとして「こども冨貴堂」の運営に参加。1988年より北海道新聞で「こどものほん」欄を執筆。


おまけ:福田さんの大好きな賢治本3冊はこちら!









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